第34話:魔導祭について
メコーニと一悶着があった日のホームルーム。
午後からの授業は何とか気持ちを入れ替えて臨み、いつも通りの調子を取り戻せたと思う。
そのあとのホームルームなのだが、いつもこの時間が始まるとすぐにやって来るジューダスが、今日はなかなかやってこない。
まあ、たまに教職員の連絡会みたいなので遅れてくることもあったし、今日もそんな感じで遅れてくるんだろう、と勝手に解釈して待っていた。
ただ、その後少ししてから俺達の待つ教場にジューダスがやって来たのだが、何やらドアを開ける仕草がいつもより荒い気がする。
なんかスンゴイ怖い顔してるし、何かあったのだろうか?
そんなジューダスが教壇に立ち、両手で教卓を思いっきり叩いた音にビックリしてクラスがシンと静まり返った。
「君らに一つ言っておくぞ。今年の魔導祭、絶対に白組にだけは負けるな」
え? なんすかいきなり……。
冷静に、しかし凄い剣幕で言ってるが、何があったんだ?
「きょ、教授、何かあったんですか?」
ジューダスの剣幕に堪らなくなったのか、クラスメイトが恐る恐ると訳を伺う。
するとジューダスは、スッとその生徒に視線を向けて静かに淡々と言った。
「何かもクソも無い。メコーニの奴、うちのクラスのことを散々こき下ろしてきやがった」
「はぁ……」
淡々とジューダスは言うが、その言葉の一つ一つに怒りが籠っているのを感じる。
というか、問題の発端はあのメコーニか。
あのキノコ野郎、ホント碌なことしねえな。
「アイツがなんて言ったと思う? 『ジューダス教授の生徒は、野蛮な輩しかおりませんな』とかほざきよってな……他にも――」
すみません、その野蛮な生徒は多分俺です。
そう心の中で謝罪しつつ、眉間に皺を寄せたままジューダスはぼやき始めた。
『教授に手を挙げようとする生徒がいるなんて、まるで野生動物ですなぁ。そう言えば、ジューダス教授の専門は召喚魔術でしたが……成程、だからあんなに知能の低い生物達がいるわけですか。我が白組の生徒達のようになるまで、どれくらい躾なければなりませんかな? いやはやこれは失礼! どれだけ躾けようとも動物は人にはなれませんからなぁ。あそうそう、今年の魔導祭、お互いに頑張りましょう。人と動物の戦いなんて中々見ることが出来ませんよ? ではこれで』
というのがジューダスが実際に言われたことらしい。
もうなんかホント、絵に描いた様なクズだな。あのキノコ頭。
そりゃこんだけボロクソに言われたら能面みたいな顔になるよ。
俺達のことを動物扱いしてるし、ジューダスの召喚魔術もディスりやがったしな。
もう俺なんて怒るどころか、逆にスゲェって感心してしまったぞ。
「そう言うことだ諸君。あの男はそういう目で君達を見ているし、今年の魔導祭も君達に負けるつもりはないようだ。だがそうはさせるな。奴から受けた屈辱は、キッチリと返してやれ」
教卓の端を強く握りながら、ジューダスは生徒達の顔をじっくりと見渡す。
クラスの皆は、それに応えるかのように神妙な面持ちで、或いはやる気に満ちた表情で頷いたり聞き入ったりしていた。
「それでだ、今日は少し時間を取らせてもらうが、魔導祭について説明しておこうと思う。同時に、君達がどの種目をするかを早いうちに決めてしまおうとも思っている」
魔導祭か……確か年が明けてからやるんだっけ? 春頃とか。
まあ詳しくは知らんから、今からの説明でちゃんと聞いておこう。
丁度ジューダスが黒板に概要を書き出したしな。
「開催日は年が明けてから3か月後の春。期間は2日間。君達は他の学年の青組と協力してもらうのだが、当然、学年別での種目もある」
ジューダスが書きだした魔導祭の説明に、クラスメイト達は真剣な顔で見つめていた。
アールも珍しくメモを取っている。
余程あのキノコにこき下ろされたことが悔しかったのだろう。
魔導祭についての説明も、かなり黒板に書き込まれていた。
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・魔導祭で行われることとは?
―魔術等を主に用いた運動競技が行われる。
・競技の種類。
―協議の種類は以下の通り。
1、全体競技
全員、または大人数で一斉に行われる競技のこと。
2、学年対抗競技
学年別に、組み対抗で行われる競技のこと。
3、代表競技
各組から代表で数名を選出し、個人、或いは少人数でする競技のこと。
・得点
―それぞれの競技で1位になった組は40点獲得。2位以下は30点、20点、10点と点数が下が
り、最下位は無得点となる。
全競技を終えた時点での総合得点が一番高かった組が優勝となる。
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以上が魔導祭についての説明だ。
うん、説明を理解すればするほど、前世の体育祭を思い出す。
魔術版体育祭だな。
で、競技についても前世と似ているところが多く、親近感を覚える競技が目白押しだった。
例えば全体競技の”騎馬戦”。
これは普通の騎馬戦ではなく、大将騎馬が魔力を受けると燃え上がる旗を背中に差し、それを他の騎馬が守りつつ攻めつつとやり取りを行う競技だそうだ。
あと、学年対抗競技では”棒倒し”なんかもある。
相手の棒を力で倒すのではなく、アトラクションやレパルションなどを使って倒し、守備するものはそれをレジストするのだとか。
これはこれで結構面白そうな競技だ。
他にも既視感を覚える競技があるのだが、前世では馴染みのない競技も勿論あった。
代表競技の”障害馬上魔術”だ。
これは馬に乗って障害を越えながら、魔術を使って的に当てるというもので、高度な馬術に加え、魔術の種類も豊富に使えなければならない。
使った魔術や魔法によって点数が違い、上級魔術や魔法を使えば当然点数も高くなる。
ま、いくら馬術競技会に所属しているとはいえ、俺には少し難しいかな。
魔法が使えたとしても、まず馬に乗って障害を越えなければ話にならんしね。
「魔導祭の説明としては以上だ。細かい競技の内容やルールについては、どの競技に出るか決まった時に聞いてくれ」
一通り説明を終えたジューダスは、真剣な表情で説明を聞いている生徒達を見渡し、より一層に険しい顔で言った。
「前回、そして前々回……優勝した組は白組だった。その前は赤組だ。青組が優勝したのはかれこれ40年前になる。それまでは殆ど白組が優勝していた……いいか? 今回は絶対に優勝するぞ! 白組の連中に、目に物を言わせてやれ!」
『オオォッ!!』
ジューダスの熱意に満ちた演説に、クラスは一丸となって応える。
勿論俺も一緒になって応えたし、打倒白組を心の中で誓っていた。
というか青組40年も優勝してないのかよ。
それは舐められるよな……。
でも、舐められているからこそ勝機があるだろうし、本番当日となれば力いっぱい頑張るだけだ。
うん、今からでも頑張ろう!
「そう言うことで今日はここまでにするが、次の休日にでも他学年の青組を招集して、皆でどの競技に出るのかを決めてもらいたい。スマンが明後日は午前中の予定を空けておいてくれ」
それだけ言うと、ジューダスは足早に教場を後にした。
どうやら誰がどの競技に出るかは休日にじっくりと話し合うみたいだ。
休日はクリスと約束が……いや、今はそんなことを言ってられないな、まずは俺がどの競技に出たらいいかを考えよう。
クリスには後で謝っておかないとな。
ということで、これから部活にでも行こうか。
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「――というわけなんだ」
「まぁ……そんなことが……」
部活……馬術競技会が終わった後、俺はいつも通りの場所でクリスと会っていた。
勿論話題は、メコーニから受けた侮辱についてだ。
当たり前だがテレジアもクリスの傍に控えている。
思い出しただけでも腸が煮えくり返るのだが、それを感情に出さないよう冷静に話した。
それでも少し愚痴っぽく言ってしまったかもしれないと思っていたが、クリスも赤組でメコーニの厭らしさを目の当たりにしたからか、同情的に俺の話を聞いてくれている。
「そういうことでさ……今度の休みにここでゆっくりしようって約束したけど、クラスの都合で午前中は会えなくなってさ……その、ゴメン!」
ジューダスが、青組が受けた屈辱を晴らすため、今回の魔導祭は早い段階から本気になって取り組まなければならない。
魔導祭自体が初めての行事だけど、初めてだからこそ早くから取り組まないと勝てるものも勝てなくなる。
そういったこともあり、前々から約束していたデートの予定を反故にしてしまうことを、深く頭を下げて謝った。
頭を下げてから一拍置いてクリスの様子をチラッと見ると、彼女は残念そうでもあったが優しく微笑んでくれている。
「……気にしないで下さい。クラスが、青組が纏まって魔導祭に向けて準備をするというのでしたら、そちらを優先してください。またこうやってお話をする機会はたくさんありますから」
「クリス……ありがとう!」
やっぱりクリスは優しいな……。
デートの約束を破っても、怒るどころか拗ねることもない。
本当は色々言いたいこともあるだろうに……そんな優しさに、俺は甘えっぱなしになったら駄目だよな。うん。
今回みたいに、どうしてもっていう用事が無い限りは極力クリスとの約束を優先させよう。
そんなことを決意していると、クリスは「その代わり」と右手の人差し指を立てて少し悪戯っぽい笑みで言ってきた。
「私達赤組も、優勝を狙って頑張りますから! ベルホルトさんにだって負けません。ふふ!」
……成程、どうやら俺達の敵は白組だけじゃないみたいだ。
これは大変だぞ!
「そうか……なら、俺も手加減は無しでいかせてもらうぞ」
「はい。それは勿論。ただ私達のクラスにはカーリちゃんやリンちゃんにイリーナさんがいますから、そう簡単には負けませんよ?」
「確かに、その三人は強敵だな」
「はい。ふふふ!」
「あはは!」
カーリナにリンマオにイリーナ。
この三人は俺の知る中で赤組きっての武闘派だ。
そんな三人の顔を思い浮かべつつ、俺とクリスは一しきり笑い合った。
「……メコーニ教授について、何か御存知ですか?」
「いや、知らないな……確か貴族の出身だったっけ?」
いい雰囲気の中で笑い合っていたが、ふと、クリスは真面目な顔になりメコーニのことについて聞いてきた。
勿論、貴族で白組の監督教授であること以外知らないし興味も無い。
そんな俺に、クリスは奴に関しての情報を教えてくれた。
「メコーニ教授は、ハルメニアの北西、メノンという街の貴族の方で、確か伯爵家の四男だったはずです」
「メノン……って聞いたこと無いな。それって田舎じゃないのか?」
「まぁ、その、有り体に言えばそうですね……」
あ、ちょっと困ったような表情も可愛い……じゃなくて。
伯爵の四男って、なんかもう中途半端な奴だな。
「その田舎貴族の四男坊が、何でここにいるんだ?」
「この学院は、貴族で長男以外の未婚者などが教授を務めることも多いそうです。恐らくメコーニ教授もその一人でしょう。ただ……」
「ただ?」
「あの方は少し、いえかなり偏見に満ちていると言いますか、貴族であることが全て、と考えている方ですから……私の前でも平気で臣民の方々を侮辱するのでしょう」
そう言い切ったクリスの顔は、眉を顰め、少し怒った様子だった。
珍しいな、クリスが怒った表情を見せるなんて。
カーリナは俺のことばっかり言っていたが、あのキノコは他にもいらんことを言っていたのだろう。
だからこんなにクリスも怒っているのかもしれないな。
「こういったことは父上……国王陛下にもお話しているのですが、まともに取り合ってもらえなくて……申し訳ありません」
「いやいや、クリスが謝ることじゃないって。悪いのはあのキノコ頭だ」
クリスはクリスなりに、そう言う理不尽な扱いを憂いて色々掛け合ってくれているみたいだが、現状はなかなか改善されないみたいだ。
それでクリスが悪いわけじゃないのに、何故クリスが謝らないといけないのだろうか?
ホントあの野郎は碌でもない奴だな。クリスに頭を下げさせるなんて! 増々許せん!
「ふふっ、キノコですか! うふふふふ!」
お、ちょっとツボに嵌ったみたいだ。
まあ確かに、あの頭を見たら誰だってキノコを連想するよな。
クリスが口元を隠しながら笑う姿を見ていると、あのキノコに対しての怒りも段々と薄れてくるから不思議だ。
「……ありがとうクリス。色々気を遣ってくれて」
「いいえ、気にしないで下さい。あの方の言動には私も思う所がありましたから」
しばらく笑っていたクリスに、俺はお礼を告げた。
笑い終えたクリスは、また真面目な顔になって応えてくれる。
しかしクリスは、ふと、柔らかい笑みを浮かべてると――。
「ですのでベルホルトさんも、また辛いことがあったら私に言って下さいね?」
「クリス……」
お茶目に、だが少し照れ臭そうにクリスはそう言ってくれた。
もう、ホント可愛いな!
そんなクリスの優しさと笑顔に救われながら、陽が落ちるまで彼女との会話を楽しんだ。
なんということはない。いつも通りの会話だった。
購買に新しく入ったお茶っ葉の味についてだったり、誰それと誰それが恋仲だったりと、ありきたりな話だ。
だが、そんなありきたりな話をクリスとしている時が、俺は一番楽しい。
本当に、彼女に出会えてよかった。
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2日後、授業の無い休日に俺達青組の生徒達が……1学年40人の4学年分で約160人がジューダスの呼びかけで集まった。
場所は俺達の学年が入学試験をした時に使った筆記試験の会場で、200人は入れる大教場だ。
主に合同での授業や、何らかの集会の時に使われている。
「皆、今日は休みなのに集まってくれてありがとう! 早速だがこれから魔導祭で各人が出場する競技を決めていきたいと思う。まずは今年の競技についておさらいしておくぞ!」
壇上に立ち、生徒達全員の注目を浴びながら、ジューダスは語り出した。
その傍には他の学年の教授も立っている。
当たり前だが全員青組の監督教授や、青組に所属する教授だ。
「ではまず、全体競技からだ。全体競技は――」
こうしてジューダス主導による”魔導祭必勝作戦”(俺命名)についての話し合いが始まった。
壇上に立って競技の説明をするジューダスは、かなり熱が籠っている。
それほど本気で勝ちたいのだろう。
俺達2年の青組生徒達もジューダスと同じように本気と書いてマジな表情で話を聞いていた。
しかしそんな俺達とは裏腹に、3、4年生の先輩達はどこかやる気のない様子だ。
ある者はあくびを掻き、ある者はこっそりと本を読み、ある者はこそこそと隣の生徒と話をしていた。
他にも、というか殆どの生徒が、早く終わらないかなー、なんて言いた気な雰囲気を出している。
なんでそんなにやる気が無いんだ?
1年生達はまだよかった。
俺達と同じで初めての魔導祭だからワクワクする部分もあるのだろう、大体の生徒は真剣な表情でジューダスの話を聞いている。
だが一度魔導祭を経験したであろう3、4年生達は、知っているからこそなのだろうか、今いちやる気が感じられなかった。
そんな彼らの態度が、俺としてはなんとなく許せない。
クリスとの約束を反故にしてまで来たのに、っていう気持ちも少なからずあるが、何より、折角こうして青組の全学年が集まったのに皆でやってやろう! っていう気持ちになっていないのが許せなかった。
……そういえば俺も、前世ではこういった学校行事に積極的ではなかった。
むしろ何かにつけて準備や話し合いをサボっていたな。
女子の委員長から、「ちょっと男子! 真面目にやりなさいよ!」って言われる側だったし、こういうことで時間が取られるのが嫌だったからだ。
だが今は違う。
メコーニのキノコ野郎にカーリナのことを侮辱され、クラスをバカにされ、ジューダスも屈辱を受けた。
白組に……というかメコーニに売られた喧嘩だ、買ってやらないといけない。
バカにされた分、白組に勝って、ついでに優勝もして奴の鼻を明かしてやらなければ!
と、そんな考えが、今の俺にやる気を与えている。
要は目的次第だ。
「――と、競技の説明は一通り終わったから、後は誰がどの競技に出るのか、そしてどうすれば優勝できるかを考えていきたい」
そんな俺達と上級生との温度差に不満というか、苛立ちを募らせながらも話は進んで行く。
ジューダスも俺達の温度差を感じているだろうに……。
この後3時間ほど、俺達2年生が中心となって話を進めていたのだが、結局、誰がどの競技に出るのかを決めることは出来なかった。
1年生は、まだ入学して1か月しか経っておらず、何が出来るのかが分かっていない様子で。
3、4年生に至っては勝手にしてくれ、と言った様子だ。
戦術や戦略を話し合おうともしたが、意見を言うのは2年生や1年生くらいだった。
やる気のない3、4年生の先輩達。
やる気満々の俺達1、2年生。
魔導祭まで半年、果たしてこれが長いのか短いのかはまだ分からないが、本番に向けた青組の第一歩は、こうして各学年の気持ちがバラバラのまま、何一つ意見が纏まることも無く終わった。
なんで先輩達はあんなにやる気が無かったのだろうか?
苛立ちよりも、今はそんな疑問で頭が一杯だ。
「先輩達も、何で前の魔導祭の経験を活かそうとしないんだろうね? そういうことはもっと話してくれてもいいのに……」
話し合っていた教場から出てきた際にアールが言ったことだ。
アールも先輩達のあの冷めように思う所があるみたいで、解散になってから足早に教場を後にした3、4年生の先輩達を睨むように見送っていた。
「前回、何かあったんだろうな……」
「なにかって、なにさ?」
「さぁ? それは聞いてみないと」
結局、先輩達をやる気にさせることは出来なかったし、有意義な時間とはいかなかった。
先輩達も、やる気が無いのはそういう性格、だからというわけでもなさそうだし、前回の魔導祭で何かあったんだろう。
今度それを聞いておこうかね?
「……取りあえず、俺達も飯食いに行こうぜ」
「そだね」
なんとなくスッキリしないまま、俺達は食堂へと向かうことにした。
ムシャムシャしてやる。反省はしない。
次回は4月30日の投稿です。




