Side Act.4:テレジアの報告 その1
ハルメニア王国、首都ファラス。
そのファラスの中心に位置する王宮内を私は歩いていた。
目的は、国王陛下の控える玉座の間……ではなく、陛下の執務室だ。
これから私は、陛下に対して報告を申し上げなければならない。
勿論、姫様についての報告だ。
「近衛騎士団カノッサ隊、クリスティアネ王女殿下付き近衛騎士、テレジア・カポディストリアスです。国王陛下への報告に参りました」
「うむ、暫し待たれよ」
陛下の執務室前に来ると、扉の前にいる二人の衛兵に対し所属と氏名を名乗り、国王陛下に取り次いでもらう。
当たり前だが、勝手に入るなど言語同断だ。
「よし、入れ」
「ハッ」
許可が下り、私は衛兵によって開かれた扉を潜って執務室へと入室する。
執務室は広く、向かって右側に本棚がずらりと並び、左には大きな絵画が飾られていた。
そして部屋の奥中央には、立派な机と椅子があり、その椅子には国王陛下がどっしりと座り込んでいる。
イグナティオス・カスパル・フランキスクス・ハルメニアン国王陛下。
ハルメニア王国代4代目国王だ。
厳しい目付き、短く整えられた口髭、やや白い物が混じった亜麻色の髪は、耳が隠れるか隠れないくらいの長さ。
大変威厳のある国王で、内政手腕も外交手腕もそれなりに優秀な方だ。
臣民からは”イグナティオス王”の名で呼ばれている。
その国王陛下の前で直立不動になり、額にピンと伸ばした右手の指を添えて敬礼をする。
「テレジア、定期報告に参りました」
「ああ、報告してくれ」
要件を言うと、国王陛下は早速報告を聞いてきた。
その声は王らしく、威厳の声だ。
「ハッ、報告します。クリスティアネ王女殿下の学院での交友関係ですが、現在、赤組の生徒との関係は良好です。ですが、殿下に対し、異性の中から好意を抱く者が……複数名確認されました」
6日に一回、学院が休日の日に姫様と共に王宮へ来ると、私はこうして国王陛下に姫様の近況を報告しなければならない。
これが私に与えられた役目だ。
普段は姫様の身辺警護だが、姫様の交友関係など、悪い虫が付かないようにするのも私の役目である。
今まではあの男……ベルホルトのことは国王陛下に報告していなかった。
私が追い払えばいいと考えていたからだ。
しかし、最近ではあの男ばかりか、姫様までもあの男に惹かれているご様子。
ならばとここで国王陛下に報告申し上げねば、と思ったが……。
私は、今の幸せそうな姫様を見ていると、どうもその幸せを壊したく無いと思ったのだ。
私も、あの男のことは言えないな……結局は姫様に悲しい思いをさせてしまうというのに……。
「……ほう、その者達は貴族の子息か?」
「……はい。ですが若干名、貴族の子息でないものもおります」
「ならば、その者は近づけるな。もししつこいようなら……始末は任せる」
「ハッ」
国王陛下がこう言われるのは目に見えている。
だから私は、意図的にあの男のことをボカしたし、姫様と相思相愛であることも伏せた。
きっとありのままに報告すれば、国王陛下は全力で二人の仲を裂いただろう。
そうなれば、姫様の悲しみは計り知れない。
だから、あの男のことは正確に報告しなかったのだ。
姫様とは円満に分かれた欲しかったからな。
ただ、こうして中途半端にあの男のことを報告したのには理由がある。
もし、あの男が姫様に仇なす存在であるのなら、その時は国王陛下の報告し、思い知らせてやらねばならないからだ。
「報告は以上か?」
「はい、報告は以上です。引き続き、殿下の身辺警護及び、交友関係についての監視を行います」
「ああ、任せた。下がって良いぞ」
「ハッ、失礼します」
報告はこれだけ。
いつもこうして淡泊で短く、とても事務的な報告だ。
報告を聞いた国王陛下は、すぐに私から視線を逸らして手元の書類に集中し始めた。
そんな陛下に敬礼し、私は踵を返して執務室から退室する。
あとは扉の傍で立っている衛兵に一言声を掛け、姫様の許に戻るだけだ。
今後、あの男がどういう行動に出るかは分からない。
だが、もしあの男が姫様を傷つけたなら……。
私は国王陛下へ報告するまでも無く、あらゆる手を使ってあの男を貶めるつもりだ。
国王陛下の仰った”始末”を、私が付けてやる。
それが私の使命だ。
姫様と……クリスと幼い頃から姉代わりとして傍にいた、私の使命だ。
次回は4月16日の投稿です。




