Side Act.3:姫として、友人として
先ほどまで私は、ベルホルトさんとお話ししていました。
6日前のお休みの日にベルホルトさんからお誘い頂き、午前中だけではありましたが、楽しくお話しすることが出来て良かったです。
残念ながら、お昼からは王宮にて父上……国王陛下や王妃殿下、王太子殿下とお会いし、学院でのことを直接お話しする予定ですが……。
これが親子の団欒なのか、はたまた王族としての責務なのかが未だに分かりかねる所ではありますが……。
兎に角、ベルホルトさんともっとお話したかったのが……残念です。
残念に思うということは、それだけベルホルトさんのことを――。
「姫様」
「あ……テレジア」
少し、ボンヤリと考え事をしながら歩いていたみたいです。
テレジアに呼ばれるまで、女性寮の玄関口にいることに気が付きませんでした。
王族として、もっときちんとしないと!
「遅くなって申し訳りません、姫様」
「ううん。気にしないでテレジア。もうお話はよかったの?」
テレジアはベルホルトさんに何か用件があったようですが……。
「はい。奴には馴れ馴れしくし過ぎだと注意しておりました」
「まぁ……あまりそういうことは言わないで。折角の学友なのだし、それに、ベルホルトさんとは私が好きでお話ししているのですよ?」
「……は、出過ぎた真似を致しました」
注意した、とテレジアは言いましたが、実際はどうかは分かりません。
もっと辛辣な言葉を浴びせたのかもしれないし、ベルホルトさんと喧嘩になっていなければいいのだけれど……テレジアは、自分で言うのは気が引けますが、私のことになると譲らないところがありますから。
一途に私のことを考えてくれているのは嬉しいのですけれど。
寮の玄関を潜り、自室に戻ってお昼ご飯の準備をします。
といっても、いつもの食堂へ向かうだけですが。
テレジアを連れて食堂に向かう道すがら、様々な視線を感じますが、今はもう慣れました。
私を王女と知っての奇異の視線。
私だけ、従者を連れていることに眉を顰める方、権力に取り付こうとする卑しい目。
王族から一人、こうしてこの学院に入学すれば、こういった様々な視線を受けるのは当然のことです。
そう言えば、ベルホルトさんは、そんな色眼鏡で私を見ることは無かったですね。
そもそも私のこともあまり知らないようでしたし。
初めてあの場所でお会いした時も、私のことを「案外普通の子」と言ってくれました。
あのカーリちゃんが……今では普通にお話していますが……そんなカーリちゃんでさえ、初対面の時には緊張して畏まっていたのに。
初対面の時は本当に少ししかお話し出来ませんでしたが、あの一言で、私はベルホルトさんに興味を抱いたのかもしれませんね。
初めてお会いする前にカーリちゃんから聞いていたのですが、実際に会ってお話しするとまた違うものです。
「姫様、この列が空いております。どうぞこちらへ」
「ありがとう、テレジア」
食堂に入り、テレジアに促されるままに食事を配る列へ並ぶことに。
入学当初は、テレジアが私の分を持ってこようとしたり、料理長の方がわざわざ私の許へお料理を持ってきたりしていましたが、流石にこの学院に入学してそのような振る舞いをしては他の生徒方に申し訳ないので、すぐに自分の分は自分で取りに行くようにしました。
さて、リズムよく順番が進み、お料理を受け取って空いている席へと座ったのですが、それだけで周りの方々が慌てて立ち去っていきます。
それぞれ色々と思うことはあるのでしょうけれど、こうして露骨に離れられると悲しいですね。
まぁ、たまに白組の方々が私の傍に来て、他の生徒の皆さんを追い払ってしまうのも原因の一つだと思いますけれど……。
その度に注意しているのですが、いい加減にしてほしい物です。
また、時には同じクラスの方々とお昼をご一緒するようになりましたが、他のクラスの方や他学年の方々からは、未だに腫物のように扱われてしまいます。
さっきまでベルホルトさんと小さな机で向かい合わせに座っていたのに、今は長いテーブルにテレジアと二人。
不思議な気持ちです。
……さっきからベルホルトさんのことばかりですね……。
これではまるで、彼のことが……。
いえ、素直に認めましょう。
私は、ベルホルトさんのことを、お慕いしていると。
だから私は、ベルホルトさんのことをいつも考えているのだと。
勿論、あの方の純粋な好意にも気付いていました。
私の顔を見るや、パッと表情を綻ばせて、嬉しそうに話かけてくる姿はとても愛らしく思えます。
会う度に、その時々の話題や体験したことなどを楽しそうに話す様子を見ていると、私まで楽しくなってくるのです。
そんなひと時を過ごす度に私は、『ああ、この方は私のことを、一人の女性として好いてくれているのですね』と感じていました。
そう自覚した時から私は、ベルホルトさんに夢中になってしまいました。
妹のカーリちゃんに、ベルホルトさんのことをそれとなく聞いてみたり、次にあった時はどんな話をしようかと考えたり、次にいつお会いしようかと悩んだり。
人目を憚らずにお話ししたいと思ったことも数知れず。
「姫様、王宮へ出向くまであまり時間がありません、申し訳ございませんが早くお召し上がり下さい」
「あっ……ごめんなさい……」
ですが、私の立場がそれを許すことがありませんでした。
王族として、特定の男性と親しくお話するということは、様々な噂を生むことになるからです。
その噂が、王族にとって……いえ、王国にとって不利益になってはならない。
私はそう、国王陛下から何度も言いつけられてきました。
そのような噂を生む隙を与えてはいけないと。
ただ、今まではその言いつけに思う所はあれど、素直に守って生きてきました。
ですが、今ではその言いつけが疎ましく思います。
周りの目や噂など気にせずに生きていけたらどんなに楽なことか……。
「……んく、ごちそうさまでした。お待たせしました、いきましょうかテレジア」
「はい、姫様」
食器を返し、自室へ戻ってから王都へと向かいます。
私も、クラスの皆さんと一緒に街へ出かけたいと思っていますが、勿論そんなことはできません。
クラスの皆から頼られているカーリちゃんなどは、たまに気を遣って学院内で私の相手をしてくれているのですが、殆どの場合はテレジアと二人で学院内に残り、時間になると王宮へ向かう。
休日はそんな過ごし方です。
国王陛下のご予定が最優先ですから、仕方ないですね。
ですから、今日、ベルホルトさんとお話し出来たことは本当に嬉しかったです。
……もし、今日ベルホルトさんと約束してくださったことが……『一緒に旅に出る』ということが叶うのなら……これほど嬉しいことは無いでしょう。
初めはあのような我儘な願望を口にして困惑されるかと思いましたが、ベルホルトさんは嫌な顔一つせずに聞いてくれたばかりか、『一緒に旅に出よう』と誘っていただきました。
あの時程心が躍ったことはありません。
ただ、その前にフェリシアさんという方のお話をされている時のベルホルトさんのを見て、私は胸が締め付けられる思いに駆られました。
嬉しそうに、楽しそうに話す彼の顔を見て、私は嫉妬してしまったのでしょう。
その時は自己嫌悪に陥ってしまい、今思い出しても少し恥ずかしいですが……。
いえ、嫉妬という感情を意識したのも、もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
いけませんね。またボンヤリと考え事をしながら自室まで来てしまいました。
部屋に入り、すぐに王宮へと入る準備を終え、また外へと。
外へ出て学院の校門へと向かうとそこには王室用の箱馬車が既に止まっていて、
私達を待っていました。
非常に豪華な4頭立ての馬車で、とても目立ちます。
「姫様、お手を」
「ありがとう、テレジア」
テレジアの手に掴まりながら箱馬車に乗り、向かいにテレジアが乗り込むと御者が馬を走らせました。
先程まで私は、ベルホルトさんのことばかり考えていましたが、王宮へ近づく毎に、私はどこか現実に戻されていくような感覚に陥り、今すぐにでもベルホルトさんのもとへ戻りたくなるような気分にさせられます。
ベルホルトさんへの想いなどまやかしで、一緒に旅に出るなんて到底叶うことのない夢だ、と。
蹄の地面を叩く音が、まるで私に囁きかけているように。
ですが、それでもきっと、私はその想いや夢が成就するのだと信じています。
だって、ベルホルトさんは約束してくれました。
『一緒に旅に出よう』と。




