第30話:接近! 気になるあの子にアプローチ!
強盗事件から6日後、休日の朝、俺はこの上なく気持ちのいい朝を迎えた。
「おはようバシル! 今日はいい天気だな!」
「……お前、なんか変なもん食ったのか?」
おかしいな、朝の挨拶を元気にしたのに、バシルが凄く怪訝な顔で見てくるぞ。
「変なもんなんて食ってない。俺は至って普通だ」
「普通ってお前……ハッ! さては別人だな!」
「はっはっは! 可笑しなことを言うなぁ。別人なわけないだろう!」
「嘘だろ……」
変なことを言うバシルだ。
今日はこんなにもいい日なのに、なんでそんなに恐ろしい物を見た、って顔してるんだ?
「いや、お前ホントどうした? 何があったんだ?」
普段はお互いに嫌い合っているが、何故か今日に限ってバシルが俺のことを心配してくる。
そんなに俺は変なのか? いつも通りだと思うけどな~。
「何もこうも、これからいいことがあるんだよ。早く準備して朝飯食べないと!」
「そ、そうか……」
意気揚々と朝の支度にとり掛かる。
支度と言っても今日は休日で授業が無いから、着替えてローブを着て、左手にリボンを巻いて、ベッドを片付けて……まあそれくらいかな?
あとは寝癖を直したり、食後に歯を磨いたり、ムダ毛のチェックをしたりだ。
最近はうっすらと髭やすね毛が生えてきたみたいだし、しっかり手入れをしないとな。
「……もしかしてお前、クリスティアネとデートでもするのか?」
「はっはっは! それは言えないな~!」
「あっそう……」
何をウンザリしているのかね? バシル君。
ま、クリスティアネに関してのことなのは合っているが、デートとは言い難いな。
6日前、前回の休日の際に約束はしたが、一緒に楽しくおしゃべりするだけだ。
でも世間一般ではそれもデートって言うのかね? 教えてえろい人。
「どうでもいいが、白組の連中に目を付けられるぞ?」
「心配ご無用! アイツらが来ない所で……おっと、これ以上は言えない。悪いねバシル君!」
「お前それって……いやもう好きにしてくれ……」
バシルが何か言おうとしていたが途中で言葉を紡ぎ、右手をヒラヒラと振って無関心な態度をとった、
うむ、ならお言葉に甘えて好きにさせてもらおう!
なんだかんだと喋りながら着替えとベッドの片付けも済ませたし、後はローブを着て青い布を腕に巻くだけだ。
「ま、お前にも予定が合ってよかったよ。これで心置きなくカーリナとデートが出来るからな」
布を巻きつけようと、左手に布を当てたその時、バシルの言葉を聞いて思わず布を落としてしまった。
「……今なんて言った?」
ギギギ、と錆びた機械のように頭を動かし、じっとバシルを見つめる。
奴の顔は、さっきまでのウンザリした様子とは違い、勝ち誇ったような表情だった。
……俺もさっきまでこんな顔だったのか?
「いやさ、お前があの後走って帰った後、カーリナにデートの約束を取り付けたんだよ。今度は二人っきりで、ってな」
「……何で、言わなかったんだよ……」
「言えばお前、邪魔してただろ?」
「クッ……」
なんてことだ! 俺は今日のことで頭がいっぱいで、カーリナのことを全然気に掛けてやれなかったようだ……。
ただ、バシルが言うように、事前にデートのことを聞いていても俺は邪魔をしなかったとは思う。
いや、邪魔はするかもしれないよ? でも、カーリナが二人っきりで出かけることを了承したのなら、俺は彼女の意思を尊重するつもりではいた。
だから正しくは、俺は邪魔出来なかっただろう。
非常に悔しいことだが。
「……お前、もしカーリナに手を出したり、泣かせるようなことがあったら、その時はお前……絶対に許さねえからな」
「……分かっている。俺はカーリナのことを大事にしたい。それは絶対に約束する」
冗談でもなんでもない。
俺はカーリナを傷つける奴を絶対に許さない。
それだけは、バシルに釘を刺しておかないといけなかった。
だが、腹の立つことに、コイツはカーリナのことに関しては信頼できる。
それだけ、カーリナに対する愛は、本物なのだ。
「……」
「……」
お互いに睨み合う。
考えているのはカーリナのことだ。
バシルもきっとそうに違いない。
「ベル~。ご飯食べに……って、なに睨み合ってんの?」
と、どうやらアールが扉を開けて朝飯を誘いに来たようだ。
しかし俺とバシルが睨み合っている状況に、困惑したみたいだ。
「フン。……悪いなアール。早く飯食いに行こうか」
「あ、うん……」
……睨み合っていても仕方ないし、取りあえず朝飯にするか。
一人、真剣な表情で佇むバシルを置いて、俺はアールと食堂へと向かったのだった。
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アールと朝食を終えてからまた寮に戻り、諸々の準備をしてから、俺はいつもの場所へとやって来た。
学生寮裏の人目につかない木の下だ。
6日前、ここでクリスティアネと約束したのだ。
半日でもいい、朝から話をしようと。
そんな、普通なら退屈でしかない約束を、彼女はしてくれた。
それだけで俺は嬉しくて仕方ない。
ただ、お茶やお菓子など全く用意しないというのも気の利かない話なので、購買で買ってきたドーナツのような揚げ物のお菓子と、冷めても美味しいと評判のレモンティーを机の上にセットしておいた。
王族のクリスティアネに、購買のお菓子とかお茶なんかが口に合うか心配だけど。
一応テレジアの分も用意してある。半日立ちっぱなしなのも大変だろうしね。
しかし、こうして準備して待っていると、やっぱり緊張してくるな……。
季節的には冬真っ盛りで、よく晴れているとはいえ、朝は結構寒い。
一応厚手のカーディガンを2着持ってきているし、椅子の上には学院に来てから繕った座布団を設置したし、一応焚火の準備もしているから大丈夫だと思うが。
…………。
まだかな?
ここに来て準備が出来てからそんなに時間が経っていないけど、1分1秒が長く感じる。
正確な時計が無いせいか、詳しい時間の指定が出来ないというのは困りものだな。
約束した時も、”朝から”なんて曖昧な約束をするしかなかった。
まあ、しょうがないと言えばしょうがないか。
焦らずゆっくり待とう。
「おはようございますベルホルトさん。お待たせしてしまい、申し訳ありません……」
「ああ、おはようクリス! 俺も今来たから大丈夫だよ」
「ふふ、そうですか!」
ゆっくり待とうと思った矢先、クリスティアネがやや早歩きでやって来て、お互いに挨拶を交わした。
その後ろにはテレジアが控えている。
「おはよう、テレジア」
「……ああ」
相変わらず不愛想な奴だな……。
挨拶したのに返事が素っ気ない。
今に始まったことじゃないからいいけど。
しかしまさか人生の中で、「今来たところだから」って言う日が来るなんて、夢にも思わなかったな……。
ありがとう神様!
「取りあえず、座ってくれよ。テレジアも。ザブトン用意したし」
「ザブトゥン……? とは一体……」
「あー……ザブトンってのは……あれだ、鬼族の国、フソウで使われているクッションだ」
「成程……これがザブトゥンですね……わざわざご用意くださってありがとうございます! わ! 中々座り心地がいいですね」
座布って普通に言っていたが、よく考えれば座布団なんてこの世界には無いかもしれないもんな。
まあ鬼族なら使ってそうだし何とか誤魔化しておいたけれど、今度からは気を付けよう。
それに、クリスティアネが椅子オン座布団に座り、その座り心地を気に入ってくれたみたいで何よりだ。
それと、クリスティアネのザブトゥンって発音、かわいいな。
「ん? テレジアは座らないのか?」
「いや、私はいい。気にするな」
と、座布団の感触を楽しむクリスティアネを見て癒されていたのだが、ふとテレジアの方を見ると、彼女はクリスティアネの後ろに立ったまま椅子に座ろうとしなかった。
近衛騎士でクリスティアネを守るのが仕事というのは分かるが、もう少し肩の力を抜いてもいいと思うけどな……。
「ごめんなさい……テレジアは私を守ることに尽くしていますので……気に障るようでしたら――」
「ああいや、俺は気にしてないよ。ただ、何時間も立ちっぱなしだと疲れるだろうと思ってさ……」
「余計な心配は無用だ。お前が気にすることではない」
「テレジア! そんな言い方はベルホルトさんに失礼でしょ!」
「申し訳ありません」
うんまぁ、気を遣ったのはいいけど、肝心のテレジアがこうなんだし、無理に座らせなくてもいいか。
ならテレジアの言葉通り、俺も気にしないでおこう。
よし、今からコイツは置物だ!
そういえば前々から気になっていたのだが、クリスティアネは俺と話すときは丁寧な口調なのに、テレジアと話すときは少し砕けた口調になるんだな。
……なんかちょっと嫉妬する。
「……ま、いいんだけどさ。レモンティーとお菓子持ってきたんだ。よかったらどうぞ」
「まあ! ありがとうございます。頂きますね」
クリスティアネは早速、俺が用意してくれたレモンティーとお菓子を少しづつ口にする。
背筋が伸び、ゆったりとした動作はとても優雅で、上品だ。
王族だから当たり前だけど。
でもやっぱり、育ちが違うだけで俺とこんなに上品さが違うなんて、流石は王族だな。
「これは、購買で購入できるお菓子とお茶ですね。あそこの食べ物はどれも美味しくて、私は好きです」
「そっか……それは良かった!」
不味い! なんて言われたらどうしようかと思ったけど、流石にクリスティアネはそんなこと言わないか。
しかしまぁ、お姫様でも購買で買い食いなんてするのかね?
いや買ってから部屋で食べるんだろうけど。
そんなどうでもいいことを考えていると、クリスティアネがじっと俺を見ていることに気付いた。
「ん? どうした?」
「あ、いえ……以前、カーリちゃんから聞いたのですが、ベルホルトさんはこの学院に来る前に旅をしていらっしゃった……のですよね?」
「え? ああ、確かに旅に出てたけれど……カーリはなんて言ってたんだ?」
何故か躊躇いがちに聞いてくるクリスティアネ。
やっぱりクラスメイトというだけあってか、カーリナとそれなりに話をしているらしく、旅のことについて聞いていたようだ。
というかカーリナは余計なことを言ってないだろうな。
無詠唱のこととか、オークス先生のこととか、フェリクスさんのこととか。
「はい……とても楽しい旅だったと。魔術の先生と、剣術の先生に、そのご息女の方と共に聖地ラージャまで旅をしたと……その途中で冒険者として魔物と戦ったり、剣術や魔術を教わり、そして鬼族とも戦われたと聞きました。特に鬼族の方との戦いのことで、カーリちゃんがとても自慢していましたよ!」
「あ、うん」
最初は遠慮気味に話していたクリスティアネだが、次第に話し方にも熱が籠り、終いには両手を胸に当てて身を乗り出しながら熱く語って来た。
いや~なんかちょっと照れるな~。
「あっ! す、すみません、はしたない真似を……」
「はしたないなんてことは……そんなに楽しい話だったか?」
「はい! とても楽しい話でした!」
おおぅ……そんなにいい笑顔で言われるとホントに照れるな……。
俺としてはしんどい思い出が半分ほどだったが、カーリナは……まぁあの子はずっと楽しそうにしてたからな……クリスティアネには楽しい話しかしてなかったのだろう。
「……やっぱり寒いな。取りあえず火でも起こすか。『ファイアバレット』」
傍に設置しておいた火種に、魔術で火を起こし、暖を取った。
照れ隠しなんだけどね。
そして、うまい具合に薪を置きつつ、俺も旅のことをどう話そうかと思っていた時だった。
「あの、それで……一緒に旅をしていた剣術の先生のご息女……フェリシアさんとは、どのような方だったのですか?」
成程、さっき遠慮がちに聞いてきたのは、これが聞きたかったからか。
そう思うくらいに、クリスティアネはさらに遠慮したようすでフェリシアのことを聞いてきた。
いや、フェリシアのこともカーリナから聞いたんじゃないのか?
聞いているハズだけど……あれ? なんで俺に聞くの?
「……フェリのことはカーリから聞いてないのか?」
「はい、聞きました。でも、私はベルホルトさんからも聞きたいのですが……ダメ、ですか?」
「いや、いいけど……」
そんな悲しそうな顔して聞かれちゃぁ、答えないわけにはいかないよな……。
あとクリスティアネの後ろで、俺のことを睨みだしたテレジアをどうにかして欲しい。
なんでそんなに怖い顔してんの?
「フェリは……フェリシアは負けん気が強くて、俺やカーリに勝負で負けた時は悔しそうにしてさ、『次は私が勝つわ!』なんて毎回言うような人だったよ。剣術や魔術の修行も凄く真面目に取り組んでたしな。ちょっと見栄っ張りなところもあったけど、根は優しくて、頼りになれる仲間だった……って、なんかごめん! クリスの前で他の子のことをベラベラと喋っちゃって。あはは……」
いかんいかん。思わずありのままに喋り過ぎた。
折角クリスティアネとこうしてゆっくり話をしているのに、他の女の子のことを嬉々として話すのは失礼だよな。
だから後頭部を掻きながら愛想笑いで誤魔化してしまったのだが、クリスティアネは気にした様子でもなく、数度首を横に振って答えた。
「いいえ、気にしないで下さい、聞いたのは私ですから。それに、そこまでお互いのことを分かり合える仲間がお二人にいらっしゃって、私は羨ましいと思いました」
「クリス……」
気にするな。と言われても……そんなに寂し気な顔をされると気になってしまう。
この学院に入学したはいいものの、やはりお姫様となると気軽なお付き合いが難しいのだろうか?
カーリナとは仲良くしてくれているようだけど、他のクラスメイトはどうなんだ?
まあ、それなりに人付き合いはしているだろうが。
そう言えばテレジアはどうなんだろう。
小さい頃から傍にいたとしか聞いていないが、どういう関係なのだろうか?
聞いてみよう。
「クリスにも、テレジアがいるだろ? 二人は小さい頃から一緒にいたんじゃないのか?」
「そうですね……テレジアは、私が5歳の時から仕えてくれていました。私の我儘を聞いて、時には窘めてくれる。そんなテレジアは、私にとって姉のような存在です。」
クリスティアネはチラリとテレジアの顔を見ながら、少し誇らし気に教えてくれた。
後ろに控えるテレジアも、クリスティアネの言葉を聞いて満更でもない様子でない胸を張っている。
なんだ、分かり合える相手、いるじゃないか。
「じゃあテレジアは、クリスにとっての”分かり合える仲間”じゃないのか?」
と聞いてみると、クリスティアネは右手をそっと顎に当て、少し首を傾げながら言う。
「どうでしょうか……どちらかと言いますと、テレジアはベルホルトさんにとってのカーリちゃんや、ご実家の弟さん……アルフレッドさんのような”家族”だと思っています」
「あー、成程……」
因みにアルフレッドのことは以前に話したことがある。
いやしかし”家族”か……。
”家族”と”分かり合える仲間”ではどう違うんだ?
テレジアは”家族”だと言うが、”分かり合える仲間”じゃダメなのか?
いやでも、そこは本人の気持ち次第だし……う~む、分からん。
「……私も、家族やそんな仲間と、いつか自由に旅をしてみたいです。このファラスから出て、ハルメニア王国からも出て、西へ東へと気ままに……」
俺が一人考えていると、クリスティアネは少し空の方に視線を移し、どこか物憂い気に言ってきた。
それは、叶うことのない夢を語っているような、どこか諦めたような様子だ。
いや実際、王族として生まれて来た身としては、そんな自由はないんだろうな……。
そんな彼女の顔を見ていると、その諦めを、否定したくなった俺はつい言ってしまった。
「じゃあ、この学院を卒業したら一緒に行こう。フェリシアや、弟のアルフレッドとも一緒に旅に出ようって約束したしさ。二人のことを紹介するよ。それで、いっぱい色んなものを見に行こう」
と、迷惑にしかならないと思いつつも、俺は思いのままにクリスティアネを旅に誘った。
しかし、当のクリスティアネは困った様子も無く、むしろパァッと表情が明るくなり、手を組んで身を乗り出してきた。
「私も、連れて行ってくれるのですか? フェリシアさんや弟さんのことも紹介してくれるのですか?」
「ああ、紹介するよ。クリスなら二人とも快く受け入れてくれるさ」
「本当ですか! 私、フェリシアさんやアルフレッドさんとも仲良くなれますか?」
「勿論だ」
「たくさん、知らないものを見ることが出来ますか?」
「むしろ知らないものだらけだ。俺だって知らないものばっかりなんだから」
「そうですか!」
カーリナから聞いた旅のことを話している時もそうだったが、旅の話になると少し興奮するみたいだ。
本当に外の世界に憧れているんだな。
というか冒険譚とかそういう感じの話が好きなのだろう。
体のちょっとした仕草や綻んだ顔が、とても愛おしい。
「…………」
ただ、それとは対照的に、クリスティアネの後ろで立っているテレジアは、今までに見たことのない形相で俺を睨みつけていた。
まるで敵を見るかのような顔だ。
まあ、テレジアの言いたいことは分かる。
もうやめろ! と叫びたいだろう。
でも、俺はそれでも言ってやりたかったんだ。
「ベルホルトさん、約束してくれますか? この学院を卒業したら、カーリちゃん達といつか一緒に旅に出ると」
「……ああ、約束だ。いつか、一緒に旅に出よう」
「はい! 約束ですよ!」
テレジアの鋭い視線を受けながらも、俺はクリスティアネと旅の約束をした。
クリスティアネはまるで、小さな子供のように顔を綻ばせて嬉しそうだ。
王族であり、自由な生活が出来ないであろうクリスティアネは、その約束をどこまで本気にしているのか分からない。
でも、俺は、周囲が許してくれるのであれば、或いはそれが許される状況になれば、クリスティアネを連れて旅に出たいと思った。
それが叶うかどうかはともかく、叶えられるように、俺は力の限りのことをしてあげたい。
まあ勿論、魔神や真神との戦いにクリスティアネを巻き込まない範囲でだが……。
というか魔神が復活して旅どころじゃなくなったらどうしよう……。
そう考えると、今からちょっと憂鬱だな……。
「それで、ベルホルトさん。もっと旅のお話を聞かせて頂けませんか?」
「ん? ああ……」
どうやらお姫様は旅の話を所望のようだ。
キラキラとした目、というのだろうか、期待に満ちた目で旅の話を促していらっしゃる。
しょうがないなー! そんな目で聞かれたら答えたくなっちゃうじゃないか!
「じゃあ、どの話をしようかな……あれは、旅の始まりの頃――」
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その後俺は、まるで子供の様に話をせがむクリスティアネに旅の出来事を事細かく話していった。
勿論、称号付であるオークス先生やフェリクスのことは上手く伏せつつ、話せることは何でもだ。
魔法が使えることを話すと、クリスは「そんな歳で……」と驚きつつも目を輝かせてくれたし、聖地ラージャに行った時のことも話せば、興味深々と言った様子で聞いていた。
そして時間が経つのも忘れ、レモンティーやお菓子に手を付けることも忘れ、ついでにテレジアのことも忘れ、饒舌に話をする俺と、一つ一つの話に笑ったり、驚いたり、涙ぐんだりと様々な反応をしつつも、楽しそうに話を聞くクリスティアネ。
もう、この笑顔を見られただけで俺は満足だ。
「……それで、魔物を仕留めたのは良かったんだけど、ぬかるみに思いっきり嵌ってしまってさ、全身泥だらけになったんだよ、着替えたばっかりなのに」
「まぁ! それは大変でしたね! ふふ!」
俺の下手くそな話に、クリスティアネはクスクスと笑ってくれる。
その反応が可愛いのなんの。
やっぱり俺は、この子に心底惚れているんだと何度も認識してしまう。
それほどにクリスティアネの笑顔は魅力的だ。
この時間が、永遠に続けばいい。
「姫様、もうすぐで昼食の時間です。今日の所はこの辺に」
「え? もうそんな時間ですか?」
しかしどうやら、そういうわけにもいかないらしい。
この楽しい時間も、終わりが近づいて来たようだ。
テレジアがクリスティアネの耳に口を寄せ、そっと告げた。
もう、昼か……。
せめて、『ドキッ! 水浴びを覗きに行こう大作戦! ~フェリクス、死す!~』まで話したかったんだけどな……いや流石にこの話はドン引きされるか。
うん、やめといてよかった!
「……お昼は、ここで食べては駄目かしら?」
「駄目です」
「即答かよ」
もうちょっと考えてもいいんじゃないのか? いやまあ、誰がその食事を持ってくるんだよ、って話になるだろうけど……。
そもそも、テレジアは俺のことを嫌ってそうだから、何かにつけて俺とクリスティアネのことを引き離そうとしてる気がするんだよな。
「では、お昼を食べたらすぐにここへ――」
「午後からは国王陛下の許に行かなければなりません。昼食後はすぐに学院を出ます」
「あ……そう、でしたね……」
テレジアにピシャリと言われ、クリスティアネは悲しそうに項垂れてしまった。
やっぱり王族は忙しいのだろうな。
午後からもやることはあるみたいだ。
それにしても、悲しそうに項垂れるクリスティアネを見ていると、なんだか俺まで悲しくなってくる。
やっぱり惚れた人には笑顔でいて欲しいな。
「大丈夫だよクリス。また、一緒に話をしよう。課外活動の後でも、次の休みでも、またこうして話をしよう」
「そう、ですよね……うん、そうですよね!」
項垂れたクリスティアネに大丈夫だよ、と声を掛けてあげると、彼女はすぐに明るい表情で頷いてくれた。
うんうん、やっぱりクリスティアネには笑顔が一番だ!
「姫様、そろそろ」
「はい」
テレジアに促されたクリスティアネはスッと席を立つと、小さなテーブルを回って俺傍にやって来る。
俺も慌てて立ち上がって頭半分程小さいクリスティアネと向かい合うと、クリスティアネは俺の右手を両手で握り、その手を彼女の豊満な胸元に寄せた。
口元の笑い黒子が良く見えてセクシーだ。
「今日は、本当にありがとうございました。たった半日ですが、とても楽しかったです。……また、旅のお話や、今度はご家族のお話も聞かせて下さい」
淀みなく、優しい笑顔で言うクリスティアネに、俺はまたドキッとしてしまった。
……このまま、抱きしめたいのだが、そんなことをすれば後ろのテレジアにキレられるだろうし、もしかしたらクリスティアネに嫌がられるかもしれない。
嫌がられる……かな?
「ああ、こちらこそ今日はありがとう。俺も、クリスの話を聞きたい」
「はい。私の話でよろしければ」
クリスティアネに握られている手に俺の左手を添えつつ、お互いに体をそっと近づけ、体と体が触れ合いそうな距離で見つめ合う。
なんとなく、今まで自分の中でなんとなく否定してきたが、恐らく、きっと、多分、俺がクリスティアネのことを愛しているように、クリスティアネも俺のことを愛してくれているのかもしれない。
俺が童貞だからそんなふうに勝手に感じてしまっているだけかもしれんが、この距離感ならきっと――。
「コホン」
「あっ!」
「ホァッ!」
テレジアの咳払いで我に返った俺達は、パッとお互いに手を放し、体も離れた。
なんか夢の世界から引き戻された感覚だ。
顔が熱い。変な声も出たし。
「で、ではまたお会いしましょう、べ、ベルホルトさん!」
「あ、ああ! また!」
照れ隠しなのか、クリスティアネはパタパタと手を振りながらそそくさと学生寮へと戻ろうとし、俺もぎこちなく手を振り返して見送る。
そんな時だった。
「姫様は先にお戻りください」
「え? テレジア?」
「私は少し、この男に話がありますので、先にお戻りください」
「……分かりました。では先に部屋へ戻っています」
学生寮へ戻ろうとしたクリスティアネに、テレジアは先に戻るように促す。
クリスティアネは、何だろう? と小さく首を傾げつつも、先に寮へと戻って行った。
どうやらこの騎士様は、俺に話があるみたいだ。
そもそもクリスティアネの傍を離れていいのか?
「……で、なんだよ話って」
やがてクリスティアネの姿が見えなくなった頃、開口一番に要件を聞き出す。
するとテレジアは俺に正対し、低く唸るようにして言ってきた。
「何故、あんなに惨いことを言った? 叶わぬ夢だと分かっているだろうに」
惨いことって……旅の約束のことか。
やっぱり言いたいのはそのことだったんだな……。
正直ツッコまれるだろうとは思っていたよ。
でもな……。
「誰も、クリスの望みは叶えようとしないんじゃないのか? そんなことは無理だ、させられない、って。だから、俺が、俺だけでも約束してあげたかった。無理矢理でも叶えさせてあげたかったんだよ」
たとえ不可能に近くても、可能性があるなら、俺はクリスティアネの夢を叶えさせてやりたい。
それが俺の本心だ。
「……それが、そのお前の優しさが、姫様を苦しめるんだぞ」
「……」
だが、テレジアから帰って来たのは厳しい言葉だった。
……でも、なんでクリスティアネが苦しむこと前提なんだ?
「本当に姫様のことを想うのなら、もうこれ以上姫様に関わるな」
しかし、そう聞こうとして口を開きかけた瞬間にはもう、テレジアは踵を返して寮へと戻ろうとしていた。
去り際に、そんなことを言いながら。
どうやら、言いたいことはそれだけだったようだ。
それにしても、関わるな、か。
そんなこと言われたって、クリスティアネのことが好きになったものはしょうがないだろ。
それがたまたま王族だったというだけだ。
だったら……その身分差のせいで俺を拒絶するというのなら、クリスティアネに相応しくなれるような存在になってやるよ!
貴族でもなんでも、誰も文句が言えないような……いや文句は言われるかもしれんが……そんな存在にだ!
ある意味、魔神や真神を相手にするより大変なことかもしれない。
だからといって、俺は諦めるつもりはなかった。
だって、クリスティアネと約束したんだ。
「一緒に旅にでよう」って。
次回は4月2日に投稿となります。
そしてSide Actを本日の19時に投稿下しますので、合わせてご覧いただければ幸いです。




