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第29話:撃退! 王都に蔓延る悪の手!

 カーリナとイリーナの決闘騒ぎからまた2か月。

 クリスティアネとのことがあったが、別段カーリナの態度に変化はなく、普段通りの態度だ。

 あの子はあの子で思う所はあっただろうけど、昔から、悩んでいても仕方ないことは深く考えない子だった。

 そこら辺の切り替えの早さは尊敬できるところだと思う。


 「おいベルホルト」

 「あ? なんだよ」


 そんなことを考えつつ、ベットの整理をしていた所、同室のバシルが話しかけてきた。

 休日の朝から兄妹間の悩みを考えていたのに、コイツ(バシル)は空気を読まないんだな……。

 というかそんなに身なりを整えてどこ行くんだよ。


 「俺は今から出かけてくるから、誰が来ても俺は居ないって言っておけよ」

 「はあ? なんだよ偉そうに……それにどこへ……」


 ……ん? 出かけるってどこへ行くんだ?

 誰と? そんなにめかしこんで?

 ……まさかとは思うが……。


 「もしかしてカーリと出かける。ってわけじゃないよな?」

 「……」


 バシルが思いっきり目を逸らした。

 え? 図星?

 はは、なんだ、そういうことか! ははは!


 「ふざけんなてめえ! カーリとデートだと! ゼッテェ許さねえからな!」

 「なんでカーリナとデートするのにいちいちお前の許可取らなきゃならねーんだよ!?」

 「やっぱりか! やっぱりデートなのか!? お前いつの間に!!」

 「ああっもう! 昨日だよ! 昨日誘ったんだよ!」

 「なんだとぉー!?」


 どういうことだ! カーリナがこんな奴と一緒に出掛けるなんて聞いてないぞ!

 クソッ! こうなったら徹底的に阻止してやる。

 カーリナとのデートなんて、俺が阻止してやる!


 そうと決まれば、俺も用意をしなければ!


 「……おいベルホルト、お前何してるんだ?」

 「は? 見てわかるだろ。出かける準備だ。今予定が出来た」

 「はあ!? おまっ、本気で言ってんのか!?」

 「大マジだ!」


 本気もクソも、俺はカーリナにお前を近づけさせないためなら何でもしてやるぞ!

 問題はカーリナがどう思うかだ。

 彼女が放っておいてくれって言うなら、俺は素直に引き下がるつもりだ。

 バシルのことも真剣に考えている、って言うなら、俺もそれまでだろう。


 だが、俺の見立てではカーリナはまだこの寄生虫のことは何とも思っていないはず!

 勝機は我にあり! だ。


 「お、お前、頭どうかしてるぞ! 俺はもう行くからな!」

 「あ、待て! 俺も準備できた! お前だけに行かせるか!」

 「クソッ! この変態兄バカめっ!」


 バシルが若干引きながらも罵倒を浴びせながら部屋を出て行った。

 兄バカっていうのは、俺もちょっと自覚してる。

 でも、俺の最愛の妹であり、今世の最大の癒しでもあるカーリナを、お前なんぞに渡して堪るか!

 そんなことを思いつつ、財布を引っ掴んでバシルを追いかける。


 ……もし、俺がクリスティアネのことを本気で思っているように、カーリナがバシルのことを本気で思っていたのなら、その時はバシルと、真剣に向き合わなければならないだろうな。


 だが! すべてはカーリナの幸せの為! 俺は出来ることならなんでもしてやるぞ!



 _______________________________________________




 「え? お兄ちゃんも一緒に行くの? いいよ! 一緒にいこっ!」


 女子寮の入り口、寮監を介してカーリナを呼び出し、バシルは二人だけで出かけたいということを、俺は一緒に付いて行きたいということをそれぞれ伝えたが、カーリナはあっさりと俺の同行を許してくれた。

 どうやらカーリナには”デート”っていう意識が全然なかったみたいだ。

 やったぜ!


 「ありがとうカーリ! 今日はいっぱい楽しもうな!」

 「うん!」

 「くうぅぅ……」


 喜色満面の俺に対し、その場で悔しそうに崩れ落ちるバシル。

 フフ、残念だったな。所詮君とカーリナとの関係は”お友達”程度なのだよ!


 「バシル君どうしたの?」

 「気にするな。トイレでも我慢してるんだろ」

 「そっかー。ガマンは体に良くないよ?」

 「……ああ、ありがとう……」


 相変わらず優しいな、カーリナは。

 こんなサナダムシにまで気遣うのだから。


 「あ、お兄ちゃんも一緒に行くんだったら、リンちゃんとイリーナも誘っていい?」

 「ああいいな。じゃあ俺もアールを誘っていいか?」

 「うん! 皆で出かける方が楽しいもんね!」

 「ああ! じゃあ俺はアールを呼んでくるから、また後で校門に集合しよう」

 「わかった!」


 ワクワクした様子のカーリナと話し合い、皆で出かけることとなった。

 その後、すぐにリンマオ達を誘いに女子寮へと戻ったカーリナを見送り、俺もアールを誘いに戻ることに――。


 「おい、いつまでそうしているんだ? 置いて行くぞ」

 「……お前……覚えてろよ……」


 しようとしたが、未だに地べたに崩れ落ちていたバシルに声を掛ける。

 するとバシルが半泣きで睨んできた。

 そんなにカーリナと二人で出かけたかったのか……。



 _______________________________________________




 その後、俺は一旦自分の寮へと戻り、一階上に住むアールを外出に誘うと快く了承してくれたので一緒に校門で待つことに。

 その間、バシルの奴はずっと校門の傍で座っていじけていたようだ。


 「……はぁ……」

 「え? 何? なんでバシルはこんなに落ち込んでるの?」

 「さあ?」


 当事者だから事情は知っているが、あえて言うつもりはない。

 だって言えば俺が酷いことしたみたいに言われるだろうからな。言う気になれない。

 いや実際俺が酷いことしたんだろうけど。


 「お兄ちゃーん! お待たせ!」

 「おお、来たか!」

 「カーリナ……!」


 そんなこんなとしていると、どうやらカーリナ達も来たみたいだ。

 カーリナは学院指定のローブ姿ではなく、旅の間に購入していた服装を若干オシャレに着こなしている。

 動きやすいレザーのパンツに、長袖のブラウスとその上からベストだ。


 我が妹ながら惚れ惚れする着こなし。

 う~ん、かわいい! 後でアールに頼んで写真でも撮ってもらおうかな?


 そしてさっきまでいじけていたバシルも、カーリナのこの姿を見て表情が明るくなった。

 チッ、目でも潰しておけばよかったな……。


 そんなカーリナの後ろからはリンマオとイリーナが付いてきている。


 「お待たせ……」


 いつものようにボンヤリとした表情のリンマオは、青いアオザイのような民族衣装の上に薄い生地で出来た織物を着ている。

 獣人族の民族衣装なんだろう。

 旅の間も、獣人族がこんな感じの衣装を着ていたのを何回か見た覚えがあった。


 というか、尻尾はどうやって出してるんだろう? 気になりますねぇ。


 「おはようございますわ、アール、ベルホルト、それから……あなたがバシルですのね? わたくしがイリーナ・ヴェローニカ・エカテリーナ・ヴァレリア・ユーリア・クラスニコヴァですわ!」

 「ああ、バシル・ダヴィドだ。よろしくな」


 恐らく初対面なのだろう、イリーナがバシルに対して自己紹介をしていた。

 相変わらず何度聞いても長い名前だな。


 そんなイリーナも、これから外出と言うことで私服での登場だ。

 こちらも角竜族の民族衣装なのか、緑を基調としたワンピースに、少しモコッとした感じのズボンを履いている。


 リンマオもイリーナも顔立ちが良いから、普段とは違う私服なんかを着ている姿を見るといつもより可愛く見えてくるし、かなり似合ってる。


 まあ、一番はカーリナだけどな!


 「ねえねえベル、三人ともかわいいね」

 「そうだな」


 アールが俺にだけ聞こえるようにそっと言ってきた。

 そん顔は少しスケベそうにニヤついている。


 因みに、アールはツナギ姿が良く似合っていたし、バシルはカーリナとデートするつもり満々だったのか、お洒落な白のジャケットを着こんでいた。

 ちょっと似合わねえ。

 俺? 俺は普通のズボンに普通のTシャツだ。


 「皆も揃ったみたいだし、それじゃぁ街へ行こう!」


 熱っぽい視線を送ってくるバシルに気付いていないのか、カーリナは満面の笑みで号令を発し、俺達は王都の街中に出発することになった。



 _______________________________________________




 朝食は各々既に食べていたので、学院から出てから昼までは買い物三昧だ。

 それぞれ買いたいものを買い、興味のある物を見て周る。


 カーリナとイリーナは課外活動の時間に使うレザーのグローブを買い、その傍でバシルが「俺も魔神流格闘術でも習ってみようかなー」なんてわざとらしく言ってカーリナの気を引こうとしたりしていた。

 アールは魔道具の研究に使えそうな素材を見つけては、それを買うかどうかで一々悩んでいる。

 リンマオはハーブ類が好きで、お気に入りのハーブの匂いを嗅いではどれを買うかを吟味していた。

 俺も気になった本などを店主に断りを入れて内容を見たり、欲しいと思った本を購入している。

 さっきも『真神教の歴史と闇』というタイトルの本を買ったばかりだ。


 「しかし、流石は世界有数の経済都市だよな……」


 それぞれが思い思いに買い物を楽しむ中、俺は王都、ファラスの街の様子を見まわしながら独りごちた。

 この街の活気と様々な人種が為替の取引などで忙しい様を見ていてそう思う。


 大アレキサンドリア帝国と東部連合。

 その二つの巨大勢力に挟まれながらも、この国は独自の経済力でその二つの勢力と渡りあってきた。

 まるで日本みたいだ。

 王都の一画は、黄色い屋根の銀行や為替取引所などの建物が乱立していて、それだけこの国が経済を重視しているということが分かる。

 ま、銀行なんて俺には金を預けるか引き下ろすかの関わりしか無いけどね。


 そんなこんなで、そろそろ昼食の時間帯になってきた頃を見計らい、俺達は街の食堂で昼食を食べることになった。

 場所は学院の生徒にも人気の”月の雫亭”だ。

 何度か来たことあるが、値段もリーズナブルでそこそこ美味しいお店だ。


 店に入り、六人掛けの長方形のテーブルに座って好きに注文をする。

 酒は当然頼んでいない。カーリナの醜態を見せるわけにいかんからね。


 因みに席順は、俺、アール、バシルの順で、向かって俺の前からカーリナ、イリーナ、リンマオだ。

 イリーナは真ん中に座りたがるからな。こんな席順だ。

 それにしても残念だったなバシル。お前の向かいにカーリナを座らせるわけにはいかんのだよ。


 「お待ちどうさん!」

 「ありがとう。わ、おいしそう、いただきまーす! んぐんぐ……んー、もいしー!」

 「慌てて食べるなよ、カーリ」

 「うん!」


 どうやらカーリナの注文した料理が一番先に来たみたいだ。

 パスタのような麺料理を頬張り出したので少し注意しておく。

 でも、食べている姿が幸せそうでお兄ちゃんは何よりだ。


 「そう言えばアール、貴方今日は何を買ったのかしら?」

 「ん? ああ、この前開発した魔道具を小型化させるのに必要な水晶さ。結構透明度の高い物があったから買っちゃったんだ。これがあれば魔力の充填量も増えるし、より小さく――」

 「まあ、貴方らしいですわね。でもそれ以上の説明はよろしくてよ」

 「えー……。あ、僕の注文だ。いただきます!」


 隣では、午前中にアールが買っていた物についてイリーナが聞いていた。

 ただアールが必要以上に喋り出そうとしたのだが、それをイリーナは手で制止しながら黙らせる。

 幼馴染だからこそ、魔道具バカであるアールの扱いにイリーナは慣れている感じだ。


 「リンマオは……袋一杯に何買ったんだ?」

 「はいよ、お待ち!」

 「ああ、どうも」


 バシルは、最初こそは何とかしてカーリナと話をしようとしていたが、中々話が出来る状況ではないと判断したのか、向かいに座っているリンマオに話しかけていた。

 話しかけられたリンマオは、バシルの視線に先にあった袋を机の上に置き、紐を解いて中身を見せた。

 その中には緑や紫、青色などの草が入っている。

 リンマオの趣味のハーブだ。


 「ハーブ……ブレンドして、お香にしたり、蝋燭に、混ぜ込んだりして……使うの」

 「ハーブか……そうか……」

 「これは、ちょっと匂いの強い奴……これは、虫よけ……これは……」

 「ああ……成程……そうか……」


 リンマオの説明にバシルは困ったように相槌を打っていた。

 まあハーブについてあれこれ言われてもちょっと困るというのは分かる。


 ただ、何度かリンマオがブレンドしたお香を貰ったのだが、これが中々いい匂いして俺も気に入っている。

 聞けば、獣人族は体臭が気になる時に自作のお香で誤魔化すことがあるそうだ。

 風呂に入らないのか? と一度聞いたことがあったのだが、『お風呂は……入る。……でも、狩りで、血生臭くなるから……それで……』ということらしい。

 何でも、リンマオは獣人族の一つであるユー一族の娘であり、剣や格闘での狩りは日常茶飯事だったとか。

 その話のあとにリンマオやカーリナから、エッチ! って怒られたっけ。


 「ほいお待ちどうさん」

 「ああ、ありがとう。 頂きます」


 ややして俺の注文していた料理が来た。

 パエリアのリゾット風な米料理だ。

 もう一度言う、米料理だ。

 俺が前世で愛した米だ!

 ただ、日本米のように短くてモチッとした白米ではなく、長くてパサパサモソモソした黄色い米で、そのまま炊いて食べると臭みがあって食べ辛い。

 一度食べてみたが、不味かった……。

 だからこうして調理したのが出てくるのだが、調理すればそれなりに美味しい。

 本当は日本米を茶碗一杯に食べたいが、まあ米であることに文句は言うまい。

 いつかはあのモチフワの白米を食べたいものだ……。


 そんなことを思いながらご飯を食べている時だった。


 「ねえお兄ちゃん。クリスとはどうなの? チューはした?」

 「ブハッ!?」

 「うわぁ……・ベル汚いな……」


 カーリナがいきなり爆弾発言をしてきたせいで、口の中の食べ物を吹き出してしまった。

 幸い誰もいない方へ吹いたから被害は無かったが……。

 それでもアールにドン引きされた。

 おのれバシルめ!


 「お兄ちゃん、どうなの?」

 「どうって、おま……」


 やっぱりカーリナには気付かれていたのか……。

 ニコニコとした天使のような笑顔が、今は小悪魔のように見えてくる。

 こんなタイミングで言ってきたのも狙っていたのだろうか?

 だとしたら何でだ? ……もしかして反抗期なのか?


 「それで、クリスって?」

 「クリスティアネですわアール」

 「クリスティアネ……って、アノか!? あのクリスティアネとベルホルトが!?」

 「お兄さん……クリスと仲が、いいらしい……」


 あーあ……もう皆の視線が集まってますよ。

 アールがイリーナに聞き、その答えにバシルが驚き、リンマオが冷静に補足する。

 どうするんだこの状況?

 ……取りあえず誤解は解いておくか……。


 「クリスとは、まだそこまでの関係じゃないよ。4日に一回くらいで話するだけだ」

 「まだってことは、いずれはそこまでの関係になりたいってことか?」


 弁解というか、ありのままを伝えたつもりが、バシルがいらんところでツッコんできた。

 アールを挟んでニヤニヤと面白い物を見ているかのように!

 おのれ……カーリナとのデートを邪魔した仕返しか?


 「お前には関係ないだろ……」

 「俺には無くても、妹のカーリナにはあるんじゃないか?」

 「……カーリには後でおし――」

 「私は今聞きたいなー」

 「グッ……!」


 ニヤつくバシルに、ニコニコと笑うカーリナが追従する。

 何故だ? 何故そこまでお兄ちゃんの色恋を根掘り葉掘り、人の前で聞くんだい?

 まぁ、ただ単に俺をイジリたいだけなんだろうけど……しかし初めてだな、こうやってカーリナにイジられるのは。

 ……やっぱりフェリシアのことが関係あるのだろうか?


 しかしどうしよう。

 どう答えればいいのだろうか?


 「何を黙っていますの? さっさと白状しなさいな」

 「私も……気になる」

 「だよねー、ベルの好きな人があのお姫様なんだもんねー」


 他の三人も好き勝手に言ってくれやがる……。

 三人とも興味深々な様子でこっち見てるし。

 リンマオなんて普段無表情なくせに、こういう時は「私、興味あります」っていうような顔だ。

 あと誰もクリスティアネのことが好きだと言っていないぞアールよ……いや好きだけれど。


 「お兄ちゃん早く! 皆待ってるよ!」


 皆が俺の答えを待っている。

 どういう関係になりたいのか。


 決まっている、俺はクリスティアネと一緒になりたい! 身分差なんて関係ない!


 そう言いたいけれど、あまり大っぴらに言えば、クリスティアネに迷惑が掛かるのかもしれない。

 ……というのは建前で、本当は気恥ずかしいからだ。


 でも、じーーっと見つめてくる五人からはどうやら逃げられそうにもないみたいだし、言うしかないのかね……。

 そんな考えに至った俺は、ふぅ、と一つ息を吐き、口を開いた。


 「……ああそうだよ、俺はクリスと――」

 「キャーーーー!」

 「強盗だー!」


 観念して俺の気持ちを白状しようとしたその時だ。

 店の外からけたたましい叫び声が聞こえてきたかと思うと、街中の喧騒がより大きくなり、やがて悲鳴と怒号が飛び交うようになった。

 そのざわめきは店の中まで伝播し、店の客が何事かと外の様子を見ている。


 「なんですの?」

 「強盗って言ってたよね……」

 「どこかの銀行に押し入ったんだろ」


 イリーナが怪訝な顔で外を見ながら言ったことに、アールとバシルがそれぞれ答える。

 外から聞こえた声から察するに、近くで強盗が現れたのか、或いはどこかに押し入って逃げてきたのか。

 どちらにせよ、近くにいるみたいだ。

 思わずカーリナと顔を見合わせる。


 「ねえお兄ちゃん、ここに入ってくることは無いよね?」

 「流石にそれは無いだろ。よっぽどそいつらが追い詰められていない限りは大丈夫だ」

 「うん……」


 不安そうな表情のカーリナに、俺は心配させないように言ってあげた。

 ただ、自分で言うのもアレだけど、ちょっとフラグっぽいことを言ってしまったような気がする……。

 大丈夫だろうか?


 なんて心配していた矢先、食堂のドアが突然、ドバンッ! と乱暴に開き、外からいかにも人相の悪そうな男が五人は言ってきた。

 それぞれの手には人の頭ほどの袋と剣が握られている。


 ……え? マジで? こいつらって、件の強盗?


 「おい女! テメェこっち来い!」

 「い、嫌! 放して!」

 「テメェら全員動くな! 動いた奴はぶっ殺すぞ!」


 五人の強盗は入ってくるなり、近くにいたオバサンを人質に取り、手元に引き寄せて女性の喉元に剣を当てる。

 他の強盗がその場の全員を恫喝したため、誰一人として動けないでいた。

 強盗の姿を見て何人かは窓から逃げたようだが、俺達を含む大多数はいきなりのことで逃げ遅れてしまったようだ。


 「おい外の兵士共! 中に入ってきたらこのババアの首が落ちるからな!」


 人質を取った強盗が、恐らく外まで追ってきたであろう兵士に対し、唾を飛ばしながら吠えた。


 「……! ……、…………!」

 「……、……!?」


 兵士達は中に入ろうとしていたようだが、強盗の声を聞いて突入を踏みとどまったようだ。

 外から兵士達の話声みたいなのが聞こえてきた。


 しかし不味いな……強盗に目を付けられたら堪らんし、どうしよう。


 「チクショウ! あそこでお前がモタつかなけりゃ兵士共が来ることも無かったのによっ!」

 「そんなこと言ったって、テメエも一人取り逃がしたから兵士を呼ばれたんじゃねえのか!?」

 「おい止めろ! 内輪揉めしてる場合か!」


 フム、どうやらこの強盗達、かなり切羽詰まっているようだ。

 ギャーギャーと仲間同士で揉めているし、よくよく考えてみれば、こんな街の食堂に逃げ込んできたんだ、そりゃ余裕があるわけじゃないよな。


 「おいベルホルト」

 「なんだ?」

 「お前、人質を取ってる奴の剣をアトラクションで奪えるか?」

 「奪うって、お前……」


 バシルが小声でとんでもないことを聞いてきた。

 思わずバシルの顔を見ると、コイツの表情は真剣そのものだ。

 マジかよ、本当にやる気かよ……。


 「危険ですわよ……相手は全員武器を持っていますし、下手をすればより事態が悪化しますわ」

 「そうだよ、僕達が無理すること無いよ。こういうのは外の兵士に任せようよ」


 イリーナとアールは静観を主張している。

 まあ当たり前だよな、普通は俺達のようなガキが立て籠もり事件を解決するなんて無茶だ。

 余計に被害が出てしまう。


 ただ、そんなアール達の声を無視するかのように、バシルは尚も俺の方を見て言ってきた。


 「お前はこのまま何もせずに見ているのか? 俺達なら出来るだろ? 学院で何を習ってきたんだ?」


 確かにそうだ。

 俺達は学院で魔術を習ってきた。

 それだけじゃない。

 俺とカーリナは、2年間冒険者として色んな魔物と戦ってきたし、ハリマとも戦った。

 強盗が五人くらいなら、やれるかもしれない!


 「お兄ちゃん、やろう」

 「カーリ……ああ、やろう」


 カーリナの方を見ると、彼女は決意に満ち溢れた表情で小さくなずく。

 それに俺も頷き返した。


 「私も……やる」


 リンマオもやる気に満ち溢れた……というかギラギラとした目で追随してくる。

 ……なんでそんなにギラついてるの? 怖いわこの子……。


 「呆れましたわ、自ら危険に飛び込むなんて……でも、貴方達がやるというのにわたくしが何もしないというのは、貴族としてあるまじきことですわ!」

 「え? あ、じゃあ僕も!」


 イリーナは貴族としての誇りから、アールはその場のノリで戦うことになった。

 というか君達、声が大きい。


 「オイテメエら! そこで何喋ってんだ!?」

 「ひぃいい!」


 ほら見ろ、言わんこっちゃない。

 強盗の一人が剣をこっちに付きつけて来た。

 たったそれだけでアールは女々しい悲鳴を上げ、両手を上に突き上げる。

 うん、アールは戦力外として考えよう。


 「さっきからごちゃごちゃ話やがって、死にてえのか!?」

 「『レパルション』!」

 「ぅおぉおっ!?」


 俺達が座るテーブルの近くまで来た強盗に、俺はレパルションで先制攻撃を喰らわせた。

 すると、強盗はエビ反りで後ろに飛んで行き、食堂の壁へと激突してズルズルと地面に落ちると、そのまま意識を失う。

 バシルにはアトラクションで武器を奪えと言われたが、取りあえず迂闊に近寄って来た奴にレパルションを喰らって頂いて、退場してもらおう。


 一瞬の出来事で他の強盗達も把握出来ず、地面で伸びている仲間を唖然とした様子で見ていた。

 一拍置いて、俺が魔術を使ったことを知ると、怒りを露わにして剣を振りかぶろうとしたのだが――。


 「『アトラクション』!」

 「『フォルト』!」

 「うおっ! 俺の剣が!」


 バシルがアトラクションで人質を取った強盗の剣を引き寄せ、カーリナとイリーナ、それにリンマオがそれぞれ強化魔術を使って残りの強盗に急接近し、相手がその速さに面食らったところに拳打を加えた。


 「ヤァッ!」

 「うがっ!?」

 「フッ!」

 「ぷぎょっ」

 「ハッ!」

 「げふっ!」


 カーリナ、イリーナ、リンマオが強盗を一撃で薙ぎ倒していく。

 最近の女の子って強いのね……。


 「ち、ち、チクショウ! テメエら何もんだ!?」

 「俺達は王立魔術学院の生徒だ」

 「魔術学院の生徒だと!? ふ、ふざけやがって……!」

 「もうお前だけだ。諦めろ!」

 「誰が諦めるかっ!」


 何もんだ? と聞かれれば、学生です。としか答えられんしなぁ。

 バシルもカッコよく投降を促すが、強盗は効く耳持たずだ。

 もっと上手く説得しろよ。

 ま、後はこの人質を取った奴だけだ。

 既にバシルが武器を取り上げたとは言え、未だに女性の首根っこを掴んでいる。

 彼女が傷つかないように何とかしたいが、どうしよう?


 なんて考えていると――。


 「エイッ!」

 「がッ!」


 いつの間にか強盗の背後に回っていたアールが、椅子を強盗の後頭部に叩きつけた。

 うわぁ……痛そう……。

 強盗はそのまま気絶して倒れ込み、無事、人質は解放された。


 「思わずやっちゃったけど、大丈夫だよねこれ……」

 「ま、自業自得ですし、気に病むことはないですわ」

 「それもそだねー」


 いや下手したら死ぬぞそれ……。

 思わずアールに椅子アタックされた強盗の脈を診るが……うん、死んではいないな。


 「……取りあえず、コイツら取り押さえておくぞ」

 「そうだな」


 あっけない結末に、最初こそは唖然としていたバシルもすぐに我に返り、強盗達を取り押さえようと指示を出す。

 すると周りで状況を見守っていた他の客が一斉に強盗達を取り押さえ、一部が外の兵士を呼んだらしく、兵士達が中に入ってくると強盗達に縄をかけていった。


 こうして、間抜けな強盗達の立て籠り事件は、あっという間に解決していったのであった。



 _______________________________________________




 「やっぱりお兄ちゃんは凄いよね! レパルションで人が飛んで行っちゃった!」

 「そだね。僕も見てて驚いたよ」

 「でしょ~!」


 強盗事件のあった帰り道、俺達は夕陽に照らされながら学院へと向かって歩いていた。

 さっきまで王国の兵士に状況の説明をし、強盗達を撃退したことを感謝されていたお陰でかなり時間が掛かり、お陰で今日はもう買い物をする時間が無くなってしまった。

 ただまあ、人質の女性には感謝されたし、兵士の人にも褒められたし、あの店、”月の雫亭”の店主にも「いいもん見せてもらったよ」っていうことでご飯代はタダにしてくれたからいいんだけれどね。


 それにしても、さっきから先頭を歩くカーリナが俺をヨイショして止まらない。

 カーリナはさっきから同じことばっかり繰り返しているから、隣のアールが疲れた表情をしていた。

 まあ、お兄ちゃんとしての尊敬を保つことが出来たみたいで何よりだけど。


 「リンマオ、貴方、かなりやりますわね。今度わたくしと勝負してみないかしら?」

 「いい……格闘より、剣術の方が……得意」

 「あら、それは残念」


 カーリナとアールの後ろで、俺の前を歩くイリーナはリンマオに格闘の勝負を申し込んでいた。

 さっきの強盗を一撃で沈めたパンチを見ていたが、リンマオもそれなりに強いみたいだ。

 そんなリンマオも、格闘バカなイリーナの誘いに若干メンドクサそうな顔で断っていた。


 「しかし最後はアールが上手くやってくれてよかったな」

 「まぁ僕も? やる時はやれるし? いざとなったらあんな強盗の一人や二人、どうってことないんだよバシル君!」

 「お前調子乗り過ぎだろ……」


 「あ! そう言えばクリスのこと、お兄ちゃんから聞いてなかった! どうなのお兄ちゃん!?」

 「チィッ! 折角皆いい感じで忘れていたのに!」


 カーリナよ、やってくれたな……!

 目をランランと輝かせたカーリナが、クリスティアネのことについて再び聞いてきた。

 今になって思い出さんでもいいだろそんなこと。

 いや思い出さないで下さいなんでもしますから!


 なんて一人で焦っていると、他の4人も「そう言えば……」と口々に漏らしながら俺の方を凝視してきた。

 わーい、皆興味深々そうだね。

 ……チクショウ。


 「そうだよな……あの時ベルホルトは何か言おうとしてたよな? 結局どうなんだよ? え?」

 「クッ……この野郎」


 事件発生前の俺の発言を思い出したのか、バシルはニヤニヤと俺をからかうように聞いてきた。

 ……本当にムカつく野郎だな、コイツは!

 かくなる上は!


 「……さらば!」

 「あっ! 待ってよお兄ちゃん!」

 「逃げやがったあの野郎!」

 「逃がさない……」

 「え、走るの?」

 「走らないと、置いていきますわよ!」


 三十六計逃げるにしかず! 都合の悪いことを聞かれて逃げるのは情けない話だが、逃げたいものは逃げたい。

 故に俺は走る! 街行く人の間を縫うように俺は走り出した。

 そしてそんな俺を、カーリナ達は追いかけて来る。


 まあ、たまにはこんな感じで皆とはしゃぐのも楽しいな。

 今度はバシル抜きで来ようか。



 _______________________________________________




 「それで、学院まで走って帰って来たのですか?」

 「ああそうなんだよ。もう本当に疲れた」

 「うふふ、でも、そのことを楽しそうにお話しされるのですね」

 「まあ……うん、楽しかった……かな」


 夕陽も沈み掛かった頃、俺は学院のいつものお気に入りの場所で、いつものように簡素な椅子に座り、いつものようにクリスティアネと話をしていた。

 今は、俺が街から帰って来た時の様子を話しているところだ。

 クリスティアネも楽しそうに聞いていて何より。


 結局あの後、俺はヒイヒイ言いながらもカーリナ達の追跡を振り切り、何とか学院まで戻ってくることが出来た。

 ただ、バシルは同室のため、寮の部屋には戻らず、この時間になるまで食堂やら厩舎やらで時間を過ごしていたのだ。

 それにしても、カーリナもそうだが、イリーナやリンマオも足が速いのなんの。

 リンマオの目なんて、完全に狩りをするときの目だった。

 マジで怖かったぞ……。


 「……私も、一度でいいですから、一緒に出掛けてみたいです」


 ふと、クリスティアネは寂しそうな笑みを湛えながら、小さく漏らした。

 あ~……ちょっと無神経にしゃべりすぎたかな?

 と思いながら、クリスティアネのすぐ後ろに控えて立っていたテレジアに少し視線を送る。


 「…………」


 視線を送ったのだが、テレジアは、「何無神経にベラベラいらんこと喋ってんだコラ」とでも言いた気な表情で俺を見下してきたので、俺は堪らずサッと視線を逸らした。

 だって怖いんだもん。


 「……やっぱり、王族だと自由に外出なんて出来ないのか?」

 「はい。父上……国王陛下に許可を頂き、近衛兵の方々を20人程連れなければ街への外出などできません」

 「そりゃ……不便だな……」


 王族だし、勝手に家を出て勝手に帰ってくる、なんてことは出来ないだろうけどさ、まさか護衛を20人も連れて行かないといけないなんて……。

 そう言えば、前世の皇族の方も、どこかへ行くときはSPがいっぱい付いてたっけ?

 なんにしても、自由に外へいけないのは不便だな。


 「でも、こうしてベルホルトさんがいっぱいお話を聞かせてくれているだけで、私は満足です」

 「クリス……」


 柔らかい笑みでそう言ってきたクリスティアネは、とても美しかった。

 こんな俺のくだらない話でもこうして満足してくれるなんて、本当にクリスティアネは優しくて心の清らかな子なんだな……。

 俺は改めて、目の前の可憐な少女に惚れ直した。


 うん、やっぱり俺は、クリスティアネと一緒に居たい。いつまでも。

 これが昼間にカーリナ達に言おうとしたことだ。

 俺はどうしようも無く、クリスティアネのことが好きなんだ。


 「姫様。今日はこのへんで……」

 「……もう少しだけ、ここにいては駄目?」


 夕陽が沈み、辺りが急激に暗くなる中、テレジアはクリスティアネにそっと耳打ちした。

 しかし、クリスティアネはいつもと違い、もう少しだけとテレジアに懇願する。


 「……駄目です。陽も落ちました。さ、中に戻りましょう」


 懇願されたテレジアは、一瞬だけ俺の顔を見てから再びクリスティアネに視線を戻すと、ぴしゃりと、問答無用に切り捨てた。


 「……分かりました……では、ベルホルトさん、今日は短かったですが、また……」


 目に見えて落ち込んだクリスティアネは、おもむろに立ち上がるといつもの優しい笑みで別れを告げ、テレジアを伴って学生寮へと戻ろうとする。

 その後ろ姿は、どことなく悲しそうに見えた。


 そんな後ろ姿を見て、俺は無意識のうちに立ち上がり、彼女を呼び止める。


 「クリス!」

 「? はい、なんでしょうか?」


 振り向くクリスティアネに、俺は勇気を振り絞って言った。


 「次の休みの日、よかったら一日、いや半日でもいい。朝からここで、ゆっくり話をしないか?」

 「……はい、喜んで!」

 「よかった! じゃぁ、また」

 「はい、ではまた」


 本当によかった。

 断られるかもしれないと思ったが、どうやらそんなことは無かったようだ。

 快く俺の誘いを受けてくれたクリスティアネは、落ち込んだ様子から一転、意気揚々と学生寮へと戻って行った。

 ただ、さっきのやり取りを聞いていたテレジアは何故か複雑そうな様子だ。

 なんでだろうか?


 それにしても、クリスティアネの反応がかなり良好な気がする。

 これってもしかして……両想い!? なんて思える程だ。

 まあ、実際はどうか分からないけどね。

 ここでトチ狂って告白なんてして、「勘違いしないで下さい!」なんて言われたら、多分ショックで立ち直れないぞ。

 ここは冷静になって次の休みに挑もう。


 ……ところで、カーリナならこの時間、ここに俺がいることは知っているハズなのに、いつまで経っても来ないということは……。

 カーリナには少し気を遣わせてしまったかな?

 あれだけ俺のことをイジリ倒していたのに、肝心な時には邪魔をせずにいてくれる。

 本当に良く出来た妹だ。

 また今度、お礼がてらになにか奢ってあげよう。


 そう心に決めつつ、俺も自分の寮へと戻ることにした。

次回は3月26日に投稿となります。

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