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第28話:激突! 妹と角竜族の女!

 ベッドの上で目が覚め、起き上がる。

 ああ、バシルも今起きたのか、挨拶しないとな。


 「アホ」

 「ボケ」


 よし、挨拶完了。

 今日もコイツはムカつくぞ。

 ……うん、もうこのやり取りも慣れてきた。


 取りあえず青リボンを左腕に巻き付けよう。

 これも大事な日課だ。

 カーリナやフェリシアと一緒に買って、三人で分けた大事な布だからな。

 ……フェリシア、元気にしているかな?


 入学してから2ヶ月。

 授業にも大分慣れてきたし、クラスの連中ともかなり仲良くなってきた。

 この学院には6日に一度の休みの日があり、その休日には生徒達が王都で買い物を楽しんだり、冒険者やどこそこの商店でバイトしていたりしている。

 俺もその例に漏れず、朝はカーリナと剣術や格闘、魔術の修行をしたり、或いは一緒に出掛けたり、アールの買い物に付き合ったり、クラスの友達と出かけたりして休日をエンジョイしていた。

 本当はクリスティアネと一緒に出掛けたかったが、相手はお姫様だ。

 中々そういうわけにもいかないだろうな。


 昨日の休日も、カーリナやリンマオと一緒に買い物と食事に出かけ、実に楽しい一時を過ごしたものだ。

 バシルにそのことを自慢した時の悔しそうな顔は、今でも目に焼き付いている。

 やーいやーい。


 それと、カーリナ達と出かけた際、カーリナからあるお願いをされたのだが……まあこれは課外活動になってからの案件だな。

 ……一応バシルにも伝えておくか。


 「おい鼻クソ」

 「なんだ耳クソ」

 「今日の課外活動、俺休むからな」

 「なんだ、サボるのか?」

 「ちげーよ」


 ベッドから起き上がって授業の準備をするバシルに、俺は今日の課外活動を休むと伝えた。

 サボりじゃ……いやサボりか。


 「カーリに頼まれて格闘競技会に行くんだよ」

 「……なんて頼まれたんだ?」

 「言わねぇよ」

 「教えろ!」


 なんでコイツは、カーリナのことになるとそんなに必死になるんだ?

 まあ俺も人のことは言えないけどさ。


 「……よし、授業の準備も出来たし、朝飯でも食って来るかな」

 「おい! 待てベルホルト! 何を頼まれたか言えっ!」


 いつまでもうるさいバシルなんか放っておいて、早く朝飯でも食いに行こうかね。

 後ろから何か付いて来ている気配がするが、俺は気にしない。

 食堂へ向かいながら俺はほくそ笑んだ。


 フッ、今回は俺の勝ちだな。

 お前とは信頼の度合いが違うんだよ!



 _______________________________________________




 そして早くも1日が過ぎ、6時間目、選択科目の召喚魔術。

 今日は、いよいよ契約召喚を実践するらしい。

 2日前まで契約魔術についての基礎を学び、今日が実戦の日となった。


 ただ、契約召喚の実践ということで、二人一組になっての実践なのだが、本当なら俺はカーリナとペアを組むはずだった。というか組みたかった。

 だがカーリナはあろうことか、俺を選ばず、リンマオとペアを組んでしまったのだ。

 まぁそれは仕方ない。二人は最早親友と呼べる中だからな。


 問題はその後、俺のペアについてだ。


 「さっさとしろよベルホルト」

 「黙れ」


 そう、相手は何を隠そう、鼻クソ(バシル)だった。

 カーリナとペアを組もうとしてたところ、バシルとブッキングして口論になり、見かねたカーリナがリンマオとペアを組んでしまう。

 その後、俺とバシルは他の生徒とペアを組もうとするも、既に他の生徒はペアを組んでしまったようで、余ったのは俺とバシルだけだった。

 生徒の数が偶数だったからな。

 で、仕方なく俺達はペアを組むことになったとさ。

 ……最悪だ。


 「おいバシル、手を出せ」

 「……チッ」


 今舌打ちしなかったか?

 心底嫌そうにバシルは右手を差し出してきた。

 ちょっとした殺意に見舞われながらも、俺は差し出したバシルの手を握手する形で握り、詠唱を始める。


 「『我、汝と契約を交わさん、汝、我の呼びかけに応じるか?』」

 「『応じる』」

 「『汝、我にその名を刻み込まん』」

 「『我が名はバシル・ダヴィドなり』」

 「『我、汝に再び問おう、汝、我の呼びかけに応じるか?』」

 「『我、バシル・ダヴィドは汝の呼びかけに応じる』」


 契約を交わすための詠唱を終えると、俺とバシルの手を螺旋状の光が包み、やがてその光は消え去った。

 どうやらこれで、契約は終わったみたいだ。

 後はバシルから少し離れた所に立ち、召喚するための詠唱を始めるだけだ。


 「『我が一抱えの魔力をもって供物とし、契約による対象、バシル・ダヴィドを呼び出さん コントラクトサモン』ってうお! 気持ち悪っ」

 「なんだと!?」


 召喚したら気持ち悪い顔が目の前にあるんだもん、仕方ないよね?


 「契約魔術は終わっただろ。さっさと契約を解除しろ」

 「じゃあ早く手を出せよ」

 「……チッ」


 また舌打ちしたな?

 まあいいや、契約召喚の実施も終わったし、早く手を握ってさっさとコイツとの契約を解除するか。


 「『我、汝バシル・ダヴィドとの契約を破棄する』」


 短い詠唱を終えると、さっき契約した時と同じような光が俺達の手を包んだ。

 というか、さっきはあんなに長い詠唱をして契約したのに、解除するときはあっさりした詠唱なんだな。


 「お兄ちゃんたちどうだった?」

 「カーリうぐふっ!」


 俺達の契約が解除され、一息ついたところにカーリナ達がやって来ると、実習の成果を聞いてきた。

 取りあえず、カーリナに話しかけようとしたバシルには俺の肘鉄を喰らっていただき、この場は黙ってもらおう。

 右斜め45度からえぐるように打つべし!


 「ああ俺は成功したよ。カーリ達はどうだった?」

 「もう……仲良くしなくちゃいけないよ?」

 「善処するよ」

 「あ、それでね、私達契約は出来たんだけど、私もリンちゃんも上手く召喚出来なかったんだ……何でかなぁ?」

 「何度やっても……駄目、だった」


 二人してそんな悲しそうな顔をしなくても……。

 考えられる失敗の原因としては、片方が召喚される際に拒否していると召喚出来ない。ということがまず一つだ。

 もう一つに、ただ単に術者の総魔力量が少ないか、使う魔力の量が中途半端だったか。

 このどちらだろう。


 授業だしお互いが拒否することはないだろうから、一つ目の理由が原因ではないとして、多分単純に使う魔力の量が少なかったのだろう。


 「もっと魔力を使ってみればいいんじゃないか? 詠唱の、”一抱え”の部分を”大量に”とか”大規模に”とかに変えてみたらどうだ?」

 「なるほど……ありがとうお兄ちゃん! やってみるね!」

 「次は、頑張る」


 少しアドバイスをしてあげると、カーリナ達は納得してくれたみたいで、自分達が契約召喚をしていた場所へと戻……らなかった。

 どうしたんだいカーリナ、そんなにもじもじして。

 まさか愛の告白かい?


 「お兄ちゃん、課外活動のとき、お願いね……」

 「……ああ、任せとけ!」


 なんてことはない、昨日約束したことを改めてお願いされただけだ。

 俺が胸を張って応えてあげると、カーリナは「ありがとう!」と礼を言って今度こそリンマオと戻って行った。

 授業が終わるまでの辛抱だ、待っていてくれよカーリナ。


 「テメェ……後で、覚えてろ……!」

 「……そんなところで蹲って何してんだ?」

 「このヤロッ!」


 そう言えばバシルがいたな。

 スンゴイ目で睨みつけてくる。

 ちょっと本気で肘鉄喰らわしたくらいで怒るなよ。

 まあなんでもいいか、取りあえず授業を再開しよう。



 _______________________________________________




 6時間目、7時間目の授業が終わり、課外活動の時間になった。

 昨日、カーリナと約束した案件だ。

 現在俺は、カーリナと一緒に格闘競技会が使う体育館っぽい建物の中にいる。

 何でもカーリナがいる格闘競技会でトラブルになり、色々あって決闘になったのを、何故か俺が見届け人とやらになって関わることになった。


 因みにリンマオは剣術会という部活に所属しているため、今回の件で俺に白羽の矢が立ったらしい。

 俺も馬術競技会に入ってるんだが、その色々あった、の部分に俺も関係があるからな。


 で、その決闘の相手というのが――。


 「オーーッホホホホホ! ちゃんと逃げずにやって来ましたわねカーリナ・ハルトマン! それと……何とかハルトマン!」

 「逃げるわけないでしょ!」

 「あと俺、ベルホルトな」


 何を隠そう、あの角竜族のイリーナ・クラスニコヴァだ。

 そして彼女の後ろには、少し困惑気味のアールが控えていた。

 周りには上級生や同輩達が興味深そうにカーリナ達を見ている。


 「僕、何も聞けずに引っ張って来られたんだけど、何がどうなってるの?」

 「カーリとイリーナが決闘するんだよ」


 事の顛末は、カーリナがこの部活に入った当初、イリーナもこの部活に入ったらしく、翼竜族嫌いのイリーナは事あるごとにカーリナに突っかかって来たようだ。

 今まではムッとしつつも我慢していたカーリナだったが、つい一昨日、カーリナにとって我慢できないことを言われたらしい。


 一昨日の終業のホームルームでのことだ。


 『貴女の兄、ベル……何とかでしたっけ? 以前に彼と会いましたけれど、大したことのない小物ですわね!』

 『ッ!! お兄ちゃんは凄いんだから!』


 そう言う話の流れになり、そこでヒートアップしたカーリナがイリーナに食って掛かったらしい。

 そこでイリーナが決闘をほのめかすと、カーリナはあっさりと食いついてしまったとのことだ。

 そんなにお兄ちゃんのことを想ってくれているなんて、お兄ちゃん、嬉しいぞ!


 「というわけだ」

 「なるほどねー」


 昨日カーリナから聞いた顛末を話すと、アールは引きつった笑みを浮かべながら、いつの間にか至近距離でガンの飛ばし合いをしていたカーリナとイリーナを見ていた。

 身長は俺と背が同じくらいのイリーナが、頭一つ分低いカーリナを見下ろす形だ。

 というかあの二人の間、ヤンキー漫画みたいに『!?』って文字が見えてきそう……。


 因みに二人は既に、ラフなTシャツに短パンというスポーティーな姿で、やる気満々な状態だ。

 チラッと見えるカーリナの鎖骨が実にセクスィーである。


 「私が勝ったら、おにいちゃんにちゃんと謝ってもらうからね!」

 「なら、わたくしが勝ったら10日の間、夕食を一皿私に献上しなさい!」

 「それはあんまりだろ!」


 思わず声が出てしまった。

 勝ったからって人の食事を食べるとか最低じゃねーか!


 「……お兄ちゃん、大丈夫だから」

 「……ああ」


 ま、決めるのはカーリナだ。

 もどかしいが、俺はカーリナの意見を尊重しておこう。


 「相変わらず兄バカだねぇ」

 「うるせぇ」


 アールの言葉を聞き流し、カーリナとイリーナのやり取りを注視する。


 「勝負は勿論格闘術ですわ。強化魔術は無し、股間や目以外は自由に打ってよし。相手が昏倒するか降参させるかすれば勝負あり。それでよろしくて?」

 「うん、それでいいよ」


 たったそれだけのやり取りだが、二人は納得し、試合場となるレスリングのようなコートの淵に立ってお互いに対峙する。

 カーリナもイリーナも、厳しい表情だ。


 俺はそんなカーリナの傍に行き、彼女の髪を結っている青いリボンを強く結び直してあげた。

 するとカーリナは、いつも通り屈託の無い笑顔を俺に向けてくれる。

 この笑顔にいつも癒されるんだよ……。


 「ありがとうお兄ちゃん!」

 「ああ……あんまり無理するなよ? 俺の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、そのせいでカーリが傷つくのは見たくない」

 「ありがとう……お兄ちゃんのことをバカにしたのはもちろん許せないけど、私、イリーナと勝負してみたかったんだ! イリーナって結構強いんだよ!」


 俺に向き直ったカーリナはいつもの調子で言ってきた。

 なんだかんだ、同じ部活で活動していたからイリーナのことも見ていたのだろう。

 表情がワクワクしている。


 「そっか……なら、思いっきりやって来い!」

 「うん!」


 まかせて! と両手でグッと拳を握り、自信に満ち溢れた表情で応えてくれた。

 うん、大丈夫だ。この様子なら、簡単には負けてこないだろう。


 ふと、イリーナの方を見ると、彼女も長い緑色の髪を後頭部で束ね、ポニーテールにしていた。

 その傍ではアールが控えていて、いつも通り能天気そうな顔でカーリナとイリーナを交互に見ている。

 早くしてくれないかなー、って今にも言い出しそうだ。


 「見届け人の二人とも、この決闘の結果がどうなろうと、貴方達もしっかりと認めること。よろしいですわね!」

 「へいへい」

 「はーい」

 「なんですの? その気の抜けた返事は!」


 なんですの、って言われてもなぁ……どうせこれもなんちゃって決闘なんだろ?

 別にカーリナのことをいじめているわけでもなさそうだし、精々楽しんでくれよ。

 カーリナも怒っているというより、イリーナと本気で戦えるいい機会、くらいに思っている感じだしな。


 「お兄ちゃん、私がんばるね!」

 「ああ、頑張って来い!」

 「……まあよろしいですわ。アール、わたくしの勇姿、とくと御覧なさい!」

 「うん、まあ、気を付けてね」


 それぞれ見届け人と言葉を交わし、カーリナ達はコート内へと入る。

 俺とカーリナはハイタッチを交わし、アールは勇ましくコート内に入るイリーナに、ヒラヒラと手を振って見送っていた。

 なんとも緊張感のない感じだな。


 「叩きのめしてあげますわ!」

 「簡単にはやられないもん!」


 お互いに手足が届かない距離、一歩入れば拳が届く距離で不敵な笑みを浮かべながらも、相手を睨み合っていた。

 二人ともやる気満々だ。

 その間に、レフェリー役の人が間に立って右手を挙げる。

 多分この部活の先輩だろう。

 巻き込まれて大変だろうに……。


 レフェリーが入って来たことで二人は拳を握り、構える。

 カーリナは右手をやや前に突き出し、左手を顎に持ってくる基本的な魔神流の構えだ。

 対するイリーナはやや腰を屈め、両拳を頭より少し上に持ってくる構えで、なんとなくボクシングの構えを思い出した。

 多分、イリーナは雷神流の使い手だ。

 オークス先生に基本だけ教えてもらったことがある。


 「俺が止めに入ったらすぐにやめろよ? それじゃ、始めっ!」

 「シッ!」

 「ハッ!」


 レフェリーの号令と共に右手が振り下ろされ、それを合図にカーリナとイリーナは動き出した。

 先手はイリーナの右ストレート、しかしカーリナはそれを難なく避け、お返しとばかりに右掌底を打つもイリーナに避けられる。

 その後は2発3発とお互いに拳を打ったり避けたりしていたが、どれも相手に当たることなくお互いに一度間合いを取ると、イリーナが口を開いた。


 「まずまず、ですわね。それなりに楽しめそうですわ!」

 「イリーナは強いから、私もワクワクしてきちゃった!」


 お前ら野菜人か。

 まあでも、さっきまでの応酬は本気じゃなかったんだろうな。

 いくら強化魔術を使わないとはいえ、さっきのは攻め手が半端に感じた。


 勝負は、これからだな。

 そう思った瞬間、イリーナが体勢を低くしてカーリナに突っ込んで行った。


 「シッ! シッ、シッシッ!」

 「ッ!」


 そこから乱打を繰り出すイリーナに、カーリナはやや反応が遅れながらも、体を捌きつつ手でイリーナの拳を受け流しているが……。

 ヤバイ、カーリナがちょっと焦ってる!


 「シッシッ、シィッ!」

 「う、うぁ!」


 しかし、ここぞとばかりに攻めるイリーナに対し、カーリナは次第に彼女の拳を避けきれなくなり、ついには右拳を顔に受けてしまった!

 打たれた勢いで数歩フラフラと下がって行く。


 「カーリッ!」


 思わず声が出てしまった。

 しかしカーリナはコケまいと踏ん張っているが、それをイリーナが見逃すはずが無く、右拳を大きく振りかぶって追撃の一撃を加えようとする。


 マズイ! そう思った瞬間――。


 「ハアッ!」

 「クッ、ぅう!」


 踏ん張った左足を軸に、カーリナの強力な蹴りがイリーナの頭に目掛けて繰り出された。

 鞭のようにしなる蹴りだ。

 カーリナと組手をすると、あの蹴りによく痛い思いをさせられるんだよな……。


 しかし、イリーナも格闘家なだけあってか、完全に攻撃の体勢だった状態から左手一本でカーリナの蹴りを防ぎ、横へと受け身を取った。

 そしてすぐに立ち上がると不敵な笑みを浮かべ、左手をプラプラと振り、また構える。

 今のは効いただろう。


 そんなイリーナをカーリナは油断なく、しかし彼女も不敵な笑みを浮かべて見据えていた。


 「カーリちゃん、強いね」

 「だろ?」


 いつの間にか傍に来ていたアールが少し意外そうに言ってきた。

 まあ10歳の頃から叩き上げられてきたからな。

 そんじょそこらの奴には負けないと思う。


 「フッ!」


 お互いに少し見合った後、また状況が動き出した。

 イリーナが、今度はカーリナの蹴りを警戒したのか、ジグザグに動きつつ接近し、懐に入る手前で左アッパー……と見せかけての右肘を突き出す。

 だが流石にカーリナもそれを見破り、一歩間合いを取りながらイリーナの肘鉄を左手で打ち落とすと、今度は逆にイリーナの首に向けて右手の手刀を放った。

 しかしそれを、イリーナはまた左手で受け止めて次は右アッパー。

 それをさらに体捌きで避けてカウンターを繰り出すカーリナ。

 すげえ……手に汗握る戦いだ。


 お互い瞬間的に相手の攻撃を避けては自分の技を繰り出す。

 今はその繰り返しだ。

 二人とも未だに決定打はない。


 「さあ、ここから両者どうするのでしょうか? 解説のアールさん、どう思われますか?」

 「え? なにそれ……」


 実況ごっこだよ……。

 それにしても、二人の動きが早くて瞬きするのも惜しい。


 しかしこうして見ていると、二人の格闘のスタイルがよくわかってくる。

 魔神流格闘術を使うカーリナは、相手の攻撃を受け流したり、相手の手首を掴んで関節技を仕掛けようとするカウンタータイプだ。

 一方、雷神流格闘術を使うイリーナは、ボクシングのように手数で相手の隙を打つ猛攻タイプだ。

 勿論そうとばかりに限らないが。

 お互いに実力は拮抗している。


 今もこのまま応酬が続いているが、しかし、激しい動きを続けていたからか次第に二人の息が上がってきた。


 「シッ、っつああ!」


 おっと、イリーナが放った右ストレートがカーリナの左肘に防がれた。

 イリーナも思わず右手を押さえて悶絶している。

 当たり前だが肘と拳では当然拳が負けてしまう。

 これは痛いぞ~。


 「うわ! 痛そう」


 アールもこの反応だ。

 本人じゃないのにかなり痛そうな顔をしている。


 「フッ!」

 「このぉっ!」

 「うッ、ぁあ!」


 痛みに悶えるイリーナに追い打ちを掛けようと右手を振りかぶったカーリナだが、そこへイリーナがクロスカウンターでカーリナの顎に左拳を打ちこんだ。

 身長差と腕のリーチの差でカーリナが競り負け、後ろへヨロヨロと後退していく。


 「ああっ! カーリッ!!」


 なんてこった! カーリナの顔に傷ついたらどうするんだ!?

 周りのギャラリーも、「おぉ~!」なんて声出しやがって!

 いや待てよ、カーリナが頭を振ってまた構えだしたぞ。

 まだやれるのか……頑張れカーリナ!


 しかし、そんな俺とアールや、周りの歓声も二人には聞こえていないのか、今度はカーリナがイリーナに突っ込み、なんと彼女の胴体にタックルを仕掛けて押し倒してしまった。

 そのままイリーナに馬乗りになると、彼女の顔面を目掛けて何度も拳を振り下ろす。

 もう必死の形相だ。

 ふえぇ……お兄ちゃん、カーリナのそんな顔見たくないよぅ。


 「あわわわ、イリーナ!」


 アールもイリーナの状況に慌てている。

 だが、流石にイリーナもやられっぱなしというわけにはいかず、両手で顔を覆い、カーリナの猛打を防いでいた。

 そして、カーリナが大きく振りかぶった所へイリーナが左手で拳を振るい、それがカーリナの顔面に直撃する。

 今度はカーリナが後ろへのけ反った瞬間を狙って彼女を押しのけ、次はイリーナがカーリナに覆いかぶさった。

 イリーナが何度も拳を振るうが、カーリナもしっかり反撃している。


 もう無茶苦茶だ。

 格闘と言うより、ただの殴り合いの喧嘩になっている。

 お互いに相手の髪を掴んでいたり、形もへったくれもないパンチや、頭突きに引っ掻きなど。

 立っては転んで、最早ただのキャットファイトだ。

 二人とも鼻血出てるし、目元も青く晴れ上がっている。


 ちょっともうどうしようこれ。


 「ね、ねえベル。もう止めた方がよくない?」

 「あ、ああ。止めた方がいいよな……」


 でもあの間に入るのは怖いし……レフェリーに頼るか。

 そんな感じでレフェリーに視線を送ると、レフェリーも理解してくれたのか、一度頷いた。


 「おいお前達、一回離れて――」

 「邪魔しないで!」 

 「貴方は黙ってらっしゃい!」

 「…………ごめん」


 ……止めに入らなくてよかった。

 レフェリーがスンゴイ萎縮してらっしゃる。

 カーリナもイリーナも鼻血まみれの怖い顔で怒るんだもん、そりゃ誰だって萎縮するよ。


 いやしかし、そろそろ本気で止めた方がいいんじゃないだろうか?

 というかもう見ていられない!

 決闘だとかアホなことはどうでもいい、今すぐ止めないと!


 そう思ってコート内に入ろうとした瞬間だった。

 今までの組んず解れつの乱闘から、何度目かのカウンターがお互いの顔面に入った拍子に少し距離を置く。

 両者拳を振り上げながらヨロヨロと相手に近づき、そして――。


 「うぁ……」

 「ぐっ……」

 

 見事なクロスカウンターが決まった。

 カーリナは右手で、イリーナは左手で相手の横っ面を殴りつけ、そして二人ともバタリと仰向けに倒れ込んだ。


 「カーリっ!」

 「イリーナっ!」


 もう決闘だとか見届け人だとかなんてどうでもいい! 今すぐ怪我を治してあげないと!

 すぐさま仰向けに倒れたカーリナの傍に近寄り、目を閉じてゼエゼエと息をする彼女の体を抱きあげた。

 イリーナの方にはアールが付いている。

 どうやら二人とも、最後の一撃でダウンしたようだ。


 「『グランドヒール』!」


 近くでよく見ると怪我だらけで痛々しい。

 もうほんと、勘弁くれよ……お兄ちゃん心配し過ぎて吐きそうだぞ……。


 チラッとイリーナの方を見ると、彼女にはアールと他の格闘競技会の先輩が傍に控え、その先輩が治療魔術でイリーナの怪我を治している所だった。

 見た感じ、イリーナもカーリナと同じくらいボロボロだ。


 しかし二人ともダウンしてしまったし、この勝負はどうなるんだ?

 取りあえずレフェリーに判定を仰ごう。 


 「審判!」

 「……あ、ああ! この勝負は、引き分けだ」


 ハッとしたレフェリーが判定を告げる。

 判定は引き分けか、まあ二人とも気絶したしな、妥当だろう。


 取りあえず、格闘競技会の先輩に一言断り、気を失ったカーリナをお姫様抱っこで医務室へと運ぶことにした。

 イリーナは、アールに任せておこう。



 _______________________________________________




 「それで、お二人のご容体はいかがだったのですか?」

 「ああ、二人とも、小一時間ほどで完全に回復したよ」

 「そうですか……それは良かったです」


 課外活動の時間が終わり、俺は学生寮の裏手にある木の下で、この国の姫、クリスティアネとの時間を過ごしていた。

 今日で5日ぶりの逢瀬だ。

 最近では4~5日程度の割合でこうして話をするようになって俺も嬉しい。

 因みにクリスティアネのお付きの騎士であるテレジアは、クリスティアネの傍で置物のように直立不動で立っている。


 いつも地べたに座っているのもクリスティアネに悪いし、しばらく前に土属性魔術で椅子と小さいテーブルを用意しておいた。

 今はそれに座って話をしている。


 で、今日の話の内容は、さっきまで行われていたカーリナとイリーナの決闘騒動の話だ。

 クリスティアネはカーリナとイリーナ、どちらとも仲が良いらしく、今日のことを話すとイリーナや、勿論カーリナのことも心配してくれた。


 「前々から、あの二人の仲があまりよろしくなかったようですから、私も心配しておりました」


 クリスティアネも二人の関係を気にしてくれていたらしい。

 どうやらあの二人、赤組の教場でも仲が良くなかったようだ。

 ただ、今までイリーナに何を言われても声を上げて怒ることのなかったカーリナが、いきなりキレだしたのには驚いたらしい。

 それで今日決闘すると聞き、気になって俺から話を聞いたのだとか。


 「ま、結局勝負は引き分けになったんだけど、その後にさ――」

 「ここにいましたのね!」

 「あ、クリスとテレジアもいる!」

 「カーリちゃんに……イリーナさん?」


 話の続きを話そうとしたら、後ろから誰かに遮られた。

 誰だよ、クリスティアネとの楽しいひと時を邪魔する奴は……。

 そんな風に思いながら振り返ると、そこにはイリーナとカーリナが一緒に立っていたので俺達も立って迎えた。 


 俺が必死で治療魔術を掛けてあげたお陰か、顔に怪我の後は残っていない。

 それにしても仲が良さ気な感じだな。


 「カーリ、とイリーナまで。どうしたんだ?」

 「どうしたもこうしたもありませんわ! 貴方に用があって探しておりましたのよ!」

 「そしたらお兄ちゃん、クリス達とこんなところで話してるんだもん……え、なんで?」


 カーリナが意外そうな顔で首を傾げている。

 まあそう思うよな、お姫様なんかとこんなところで話なんかしてたら不思議に思うよな。


 「なんででもいいだろ……それより用ってなんだ?」


 取りあえず適当に誤魔化しながら用件を聞く。

 すると「そうですわ」と言ってイリーナが一歩前に出ると、真剣な顔つきで俺と向かい合った。


 ……え、何? 告白すんの?


 「入学したての当初より、貴方に辛辣態度をとってしまい、申し訳ありませんでしたわ」


 告白ではなかったが、それは入学した日のことに対する謝罪だった。

 カーリナとの決闘では、イリーナが負けたら謝る、という約束だったはずだが……。


 「……ああ……うん、まあ別に気にしてなかったからいいよ」


 なんだコイツ、とは思ったけどね。


 「ほら私の言った通りでしょ! お兄ちゃんは優しいから許してくれるって!」

 「ええ、その通りでしたわね! ま、わたくしもカーリナに免じて特別に! 貴方のことを認めてあげますわ!」

 「ああ、そうか」


 ドヤ顔のカーリナと、したり顔のイリーナを見て、なんとなく察しがついた。

 二人とも、仲良くなったんだな。


 そしてどうやら、用件というにはこのことだったらしい。

 さっきの勝負に負けてもいないのにこうして謝りにくるあたり、イリーナも真面目な性格なんだな。

 アールが良い子だと言っていたのも今では分かる。


 「あの……お二人は、その……仲直りされたのですか?」


 これまで俺とカーリナ達とのやり取りを見ていたクリスティアネが恐る恐ると聞いていた。

 多分、今までいがみ合っていた……というかイリーナが一方的にカーリナのことを嫌っていた姿を見ていただけに、今こうして仲良く行動しているのが不思議だったんだろう。

 後ろのテレジアも怪訝そうな様子だ。

 ま、あの後色々あったからな。


 しかしそんなクリスティアネの質問に、カーリナとイリーナはお互いに顔を見合わせると、二人して笑みを溢しながら説明し始めた。


 「私達、さっきまで決闘をしていたの!」

 「ですが、結果はお互いに気絶して引き分けに終わりましたわ。その後医務室に運ばれたようでして、そこで目が覚めましたの」

 「その時にイリーナが私のことを認めてくれたの。そこから私達、もう友達になっちゃった!」

 「今度の休み、リンマオも含めて三人で買い物に出かけますのよ」

 「そうですか……それは良かったですね」


 嬉しそうに話すカーリナ達に、クリスティアネは柔らかく微笑みながら相槌を打つ。

 実はその仲直りの場面に俺も居合わせていた。


 『……貴方、強いですのね』

 『……イリーナこそ強いよね。私、負けるかと思っちゃった』

 『わたくしも、貴方のこと侮っていましたわ』


 二人が起きぬけにした会話だ。

 とてもさっきまで仲が悪かった者同士の会話じゃないだろ、って思わず心の中でツッコんでしまう程に。

 もうこれなら喧嘩しないだろ。と思ったので、その後はアールと共に医務室を後にしたのだ。


 あの後二人は、あの決闘、もとい喧嘩、もとい殴り合いを経てお互いを認め、ライバルに、そして友達になったのだろう。

 なにより二人の笑い合う姿が仲の良さを物語っている。


 「それよりも!」


 と、いきなりカーリナが俺の目の前にズイっと迫って来た。

 その顔は少し怒っているような、或いは複雑そうな表情だ。

 ……俺なんかしたっけ?


 「お兄ちゃんはクリス達とここで何をしていたの?」

 「それはわたくしも気になりますわね」

 「あー……」


 さっきから気になっていたんだろう。カーリナの言葉にイリーナも続く。

 まあ正直に話せばいいわけだが、それは何故か気が引けるというかなんというか……何故か言い淀んでしまった。


 「私達は、ここでお話をしていました。ベルホルトさんはここが気に入られた様子でして、私も散歩でたまにここを通った際には、こうしてべルホルトさんとお話ししているのです」

 「そ、そう! そういうことなんだよ!」

 「ふ~ん……」


 クリスティアネは極自然に説明していたが、俺は何故か動揺を隠しきれず、少し上ずった声でクリスティアネの言葉に追従してしまった。

 それを聞いたカーリナは、俺を見上げながらジトっとした目で見つめてくる。

 イリーナは「あらまあ」と何やら納得した様子だ。


 「……お兄ちゃん、フェリは? フェリのことどう思ってるの?」

 「んん? なんでフェリのことを――」

 「いいから答えて!」


 何やらカーリナから鬼気迫るものを感じる……。

 我が妹ながら少し怖いぞ。


 そもそも何でここでフェリシアが出てくるんだ?

 見ろ、クリスティアネも俺とカーリナの顔を見比べてオロオロしてるじゃないか。

 イリーナは頭にハテナマークが浮かんでいる様子だし。

 テレジアはいつも通り、俺を睨んでいる。


 そんな周りの様子を視界の端に納め、カーリナの髪を結っている青いリボンを見つつ、俺は左手に巻き付けた青い布を触りながら答えた。


 「……フェリは、旅の大切な仲間だ」

 「……ふ~~~~ん」


 なんだその長いふ~んは?


 その後、俺から離れたカーリナが少し寂しそうな顔でポツリと言った。


 「フェリがかわいそう」

 「ん? それってどういう――」

 「いこ、イリーナ! 私お腹空いちゃった!」

 「……ええ、そうですわね」

 「って、おい!」

 「じゃあねお兄ちゃん! クリスもテレジアも、後で詳しい話を聞かせてね!」

 「あ、はい……」


 いつも通りの笑顔に戻ったカーリナが、俺の話を聞かずにイリーナを連れて行ってしまった。

 ホント、何だったんだ……?


 「行ってしまいましたね」

 「ああ、悪いな、カーリが騒いじゃって」

 「いえ、いいんです。カーリちゃんの笑顔はクラスの皆さんを元気にしていますから。ただ……」

 「ただ?」

 「カーリちゃん、最後は悲しそうでした」

 「……」


 学生寮へと戻って行ったカーリナ達を見送りながら、クリスティアネはそう小さく溢した。

 確かに、最後には笑顔に戻っていたが、それでも何故か物悲しく感じる笑顔だった。

 俺がクリスティアネと話していて、フェリシアと関係することで、カーリナが悲しくなること。

 う~~ん……分からん!


 「姫様、私達もそろそろまいりましょう」

 「そう……ですね。参りましょうか」


 どうやらクリスティアネ達も行ってしまうみたいだ。

 しかし、テレジアに促されたものの、クリスティアネは一向に立ち去ろうとはしなかった。

 なんとなくだが、少し名残惜しそうな表情だ。

 自意識過剰なだけかもしれんが。


 「……」

 「姫様?」

 「……いえ、申し訳ありません。行きましょう、テレジア」

 「は」


 少しの間、俺の顔をじっと見つめたクリスティアネだったが、やがてテレジアを促して学生寮の方へと戻ろうとした。

 しかし、クリスティアネは一度立ち止まり、俺の方へと振り向くと、またいつものように微笑んだ。


 「では、またお話ししましょう。ベルホルトさん」

 「ああ、また」


 いつものように別れを告げ、そしてクリスティアネ達は学生寮へと再び歩き出した。

 その姿を見送りながら、俺はさっきのやり取りを思い返す。


 なんでカーリナにクリスティアネとのことを聞かれて動揺したのだろうか?

 ……まあ答えなんて分かり切っているけどな。

 俺はクリスティアネのことが本気で好きだから、それをカーリナに悟られたくなかったからだ。

 なんでカーリナに悟られたくなかったのだろうか?

 それは……分からない。

 でも、カーリナのことだからあの一瞬で気付かれたと思う。

 カーリナは賢い子だからな。


 ……ん? じゃあカーリナがフェリシアのことであんなに悲しそうにしていたのって……。


 ……いや、まさかな……。


 フェリシアは、俺の大切な仲間で、友達だ。

 それは、多分、変わらないだろう。


次回は3月19日に投稿となります。

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