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第27話:開発! 究極の魔道具!

 さて、王立魔術学院に入学して1ヶ月が経過した現在、俺はそれなりに上手く学生生活を送れていると思う。

 アール以外のクラスの友人も増え、授業についても分からないことは教授に聞くなりしてどんどん知識を得ているし、充実した毎日を過ごしている。


 馬術競技会という部活についても、分からないことや知らないことは先輩に聞き、実技に関しても積極的に練習しているお陰か、実力が付いてきているのを実感していた。

 まあ、意地悪な先輩(一部の白組連中)に理不尽なことを言われたりしているのだが、それはそれで適当にあしらっているので今は大丈夫だ。

 それに何より、馬に乗っている時は結構楽しい。


 部活と言えば、カーリナは格闘競技会というのに入ったらしい。

 要するに空手部とかボクシング部みたいなものだ。


 カーリナは昔っから格闘が得意だったからな。

 俺、カーリナ、フェリシアの三人で一番格闘が強いのはカーリナだったし。

 カーリナ自身、格闘が好きみたいだったからその部活に入ったのも納得だ。

 頑張れよ、カーリナ。お兄ちゃん応援しているぞ!


 学院の生活や、授業や部活にも慣れてきたし、何より素敵な出会いもあった。

 これからの学生生活も楽しくやっていけそうだ。


 「おいベルホルト。今日の課外活動、うちの活動会……馬術競技会は休みだからな」


 コイツ(バシル)さえいなければな!


 「ああ、昨日ちゃんと聞いたよ。今日3、4年の先輩達が遠乗りするんだろ? お前こそ今日の召喚魔術で使う触媒はちゃんと用意してきたんだろうな?」

 「当たり前だ。グリーンデスポイズンリザードのしっぽなら昨日ちゃんと買ってきた」


 学生寮で同室になった同じクラスのバシル。

 コイツとは因縁浅はからぬ仲、と言った関係だ。

 朝起きれば「おはよう」の代わりに一言罵倒し合い、授業ではコイツと口論をして教授に怒られ、部活ではコイツに追いつくために必死に練習し、バシルも胡坐を掻くことはせず、俺に追いつかれないように毎日真剣に馬術の練習に取り組んでいる。


 「おいバシル……今日の課外活動、お前どうするんだ?」

 「カーリナの所へ行く」

 「ふざけんなっ!」


 そして何より、カーリナにアプローチしようとするバシルに対し、最愛の妹に近づけさせない俺の熾烈な戦いが毎日繰り広げられているのだ!

 いやまあ、俺がカーリナにベッタリくっ付くか、バシルがそれを出し抜くか、だけどね。

 少しでも隙があれば、コイツはすぐにカーリナの隣に並びたがるから油断できねえ。


 「じゃあお前、今日の課外活動の予定はあるのか?」

 「うっ……アールと約束が、ある……」


 そして今回は、バシルに出し抜かれたというか、予定がある時を狙われたみたいだ。

 コイツのこのニヤけた顔。俺とアールの約束を知ってて聞いて来たんだろうな……。

 

 というのも、今日は馬術部が休みだと前々から聞いていたので、アールと約束してしまったのだ。

 魔道具研究会に来てくれないか? と。

 魔道具にも興味のあった俺はその場で二つ返事で約束し、それを偶然バシルが聞いていたようだ。


 「お前、カーリナに手を出したらタダじゃおかねえからな!」

 「俺はそんな軽薄なことはしない!」


 男らしく言い放ちやがった。

 やだカッコいい……!

 じゃなくて。


 「いやそもそも、カーリも格闘競技会で忙しいのに何しに行くんだよ」

 「お前は分かってないな……格闘の練習で疲れて汗掻いたところに、飲み物とタオルをそっと差し出す。それがさり気ない優しさと愛ってもんだろ」

 「なん……だと……!」


 コイツ何真顔で小っ恥ずかしいこと言ってんだ?

 いや、だがしかし、バシルの言っていることは、正しい!

 悔しいが、今回は完敗のようだ……。


 「そう言うことだ、お前も頑張れよ」

 「ぐっ……!」


 悔しがる俺を他所に、バシルは意気揚々と部屋を出て行き、1時間目の授業の為に教場へと向かっていった。

 くそう……今日は朝からカーリナのことで気が気でならねえ……。


 ……ウダウダ考えていても仕方ないし、俺も教場に向かうか。



 _______________________________________________




 「説明は以上だ。早速実践してみてくれ」


 そして6時間目の召喚魔術の授業、俺達はジューダスの指示通りに生体召喚の実習をすることになった。

 召喚魔術の実習はこれで五度目で、内三回は物体召喚、一回は生体召喚で、生体召喚は今日で二回目となる。

 それ以外は基本的な知識を教わり、召喚魔術についての注意点などを叩き込まれてきた。


 今回召喚する生き物は、グリーンデスポイズンリザードという小さいトカゲだ。

 その名の通り、緑色で歯に猛毒を持ったトカゲなんだが、臆病な性格で滅多に噛まれることはない。

 しかし、追いつめると噛んでくることもあるらしい。

 だから今回は、木で出来た籠の底に魔方陣を敷き、ロウソクと召喚するトカゲの尻尾を置いての召喚だ。


 魔方陣は分かるのだが、ロウソクや触媒は何故必要なのか?

 それは、ロウソクには魔力の流れを整える効果があるらしく、召喚魔術やいろんな魔術的儀式、或は魔導を行使するときに用いられるようだ。

 そして触媒は、召喚する生き物のことを一度も見たことが無い場合、その生き物を召喚することが出来ないので、触媒を使って召喚する生き物を指定する為に使われるらしい。

 そもそも、召喚魔術は詠唱だけでも使えるそうだ。

 魔法陣などはあくまで補助として使うのだとか。


 「『我が一抱えの魔力をもって供物とし、捧る供物より劣位する、えー……グリーンデスポイズンリザードを呼び出さん サモン』……と、カーリ!」

 「えいっ!」


 今回は危ない生き物を召喚する、ということで、三人一組での実習となった。

 三人一組なので、俺、カーリナ、リンマオの三人で一グループだ。

 勿論バシルは省いた。やったぜ!


 「お兄さん……籠に、布を被せたよ?」

 「ああ、じゃあそれを教授の所に持って行こうか」


 先ほど俺がカーリナに合図したのは、グリーンデスポイズンリザードが召喚後に逃げ出さないよう、籠に布を掛けさせるためだ。

 お陰でトカゲも、籠の中で大人しくしてくれている。


 「この子を教授に渡したら、次は私の番だね!」

 「そうだな、慎重にな?」

 「うん!」


 トカゲの入った籠を三人でジューダスの所に持って行く途中、カーリナがやる気に満ち溢れた表情で言ってくる。

 気を抜かないように。と言う言葉で今朝のことを思いだしたので、カーリナに警告しておいた。


 「いいかカーリ、課外活動の時はバシルに気を付けろよ?」

 「なんでー? バシル君いい人だよ?」

 「なんでもかんでもない。アイツは……駄目だ」

 「んー……バシル君と仲良くしなくちゃいけないよ?」

 「……」


 何でだろう、カーリナに窘められてしまった……。

 カーリナにこう言われると、自分がちょっと情けなくなってしまうな。


 「……お兄さん、みっともない……」

 「……」


 挙句、リンマオにまで言われてしまった。

 おかしいな……。


 その後、俺が召喚したトカゲをジューダスに渡し、カーリナとリンマオも召喚を成功させ、6時間目の授業は終わりを告げた。

 カーリナとリンマオは、次の時間にはいつも通りに強化魔術の授業を受けに行き、俺は治療魔術の授業だ。



 _______________________________________________




 「よ、アール」

 「やあベル。待ってたよ!」


 今日のホームルームも終わり、課外活動の時間に入った俺は、アールとの約束通り魔道具研究会へと参加しに来た。

 正直、バシルの動向のお陰でそれどころじゃないのだが、約束してしまったものは仕方ない。

 後はカーリナを信じよう。


 「しかし、こんな専用の校舎というか、建物が使えていいな」

 「だろ? 魔道具学の授業でもたまに使うんだけど、本当にいい設備とか道具が揃っていてさ、魔道具を作るのに快適なんだよ!」


 魔道具研究会が活動している場所は第7校舎の裏手にあり、馬術部の使っている厩舎の横にある専用の建物だ。

 3週間前に一回入ったことがあるのだが、最早工場と言っても過言ではない様子の建物で、鉄を溶かす炉から精密作業をこなす作業台まで何でも揃っている。

 作業環境的にも、それぞれ独立した環境スペースが出来ているようだ。


 その中の一スペースで、アールは他の学年の先輩達に混ざって魔道具を開発しつつも、4畳ほどの小さなスペースを貰って自分の研究もしているようだった。

 今回はその個人的な研究の見学というか、手伝いにやって来たのだ。


 「一人で作業台を使わせてくれるなんて、お前凄いな……」

 「へへへっ! 結構ここの先輩達は優しくてさ。開発したい魔道具がある。って言ったらすぐに作業台を貸してくれたんだよ! それから先輩達の研究と僕の研究を日替わりでやっているんだ」

 「へ~」


 流石技術者肌というか研究者肌というか、そうやって語るアールの顔は活き活きとしていた。

 先輩の研究にも携わりながら自分の研究もする。

 なんか充実しているなコイツ。

 リア充か。


 「それでさ、今日ベルに来てもらったのは、僕の研究をちょっと手伝って欲しいからなんだよ」

 「ん? 手伝うって言っても、俺みたいな素人が役に立つとは思わないけど……」

 「そう? ベルって結構頭いいし、なんか色んな知識あるじゃん? 何だっけ、火はサンソとタンソがくっ付くから燃えるんだっけ?」

 「そんなことも言ったな」


 以前にポロッと言ったっけ。アールもあんまり理解していないようだったけど。

 でもそういう前世で知り得た、ちょっとした知識を普段から披露していたのは確かだった。

 自分の中では常識だと思っていたことが、この世界ではそうでないこともある。

 電話とかラジオとかが普通にあるんだし、これぐらい知ってるだろ。って思ってしまうのは、ちょっと傲慢だったかもしれない。

 反省しよう。


 「……で、アールは何を研究、というか開発しているんだ?」

 「気になる? やっぱり気になっちゃう? しょうがないな~」


 何の研究をしているのか気になって聞いてみたのだが、聞かれたアールは待ってました! と言わんばかりに開発中らしき物体を作業台に置き始めた。

 ちょっとウザい。

 ホント、黙っていればモテそうな顔なのにな……今は残念な笑顔だ。


 「よいしょっと……僕が今開発しているのはこれなんだよ! なんだか分かる?」

 「分かんねぇよ」


 人の頭二つ分の大きさの木の箱に、ガラスで出来た小さな窓のようなの物が付いている。

 何だろうか……過去にメールを送れる機械かな?


 「へへ! これはねぇ、へへへ! 見た風景をそのまま絵にすることが出来る魔道具なんだ!」

 「……ん? あっ! 写真か!」

 「え? しゃしん?」

 「ああいや、何でもない」


 一瞬何のことか分からなかったが、成程、絵っていうのは写真のことか!

 するとこれはカメラだな。

 しかしコイツ、普段は能天気なくせしてとんでもない物を開発してるじゃねーか!

 是非とも使わせてもらいたいな。

 カーリナと記念撮影したい。


 「こ、これ使えるのか?」

 「あ~……まだ試作途中で使えない……」

 「チッ、使えねー奴だな」

 「酷くないですか!?」


 なんだ、まだ開発途中か。

 いやよく考えれば、完成していたら完成したっていうよな。

 で、話の流れ的に、これの開発を俺は手伝うのだろうか?


 「まあそんなことは置いといて」

 「そんなことって……」

 「これ、まだ開発途中ってことは、まだしゃ……絵は出来ないのか?」

 「そうなんだよ。基本的な理論は完成してると思うんだけど、肝心の絵に起こす部分の魔法陣が思い浮かばなくてさ……どうしても失敗するんだよ。これが試しに写した絵なんだけど……」


 魔道具の話をすると真面目な顔になるアールだが、そんなアールから薄い鉄板に貼り付けられた紙を数枚渡される。

 それは薄ボンヤリと何かが写っているだけで何も分からない写真だった。


 「何も分からないな……」

 「うん、そうなんだよ……先輩達にも相談したんだけど、全然成功できなくてさ。そもそもどこが悪いのかも分からないんだ」

 「成程な……」


 しかしアールが分からないものが、俺に分かるだろうか?

 前世のカメラがどういう仕組みで出来ているのかなんて全然知らんし、そういう工学的な知識は無い。

 どうしたもんか……。


 「取りあえず分解してみるけどさ、一緒に見てくれない?」

 「それは別にいいけど、俺が見た所で何も分からんぞ?」

 「いいんだよ。何かちょっとでも気付いたことがあれば言って欲しいんだ」

 「まあそういうことなら……」


 そう言いつつ、アールは箱型のカメラを分解し始めた。

 猫の手も借りたいという奴なのかね?

 エジソンさんも99パーセントの努力と1パーセントの閃きって言ってたし、俺の意見で問題が解決するかもしれない、ってことに賭けているのかもしれんな。

 何はともあれ、アールの助けになれるよう、俺も無い知恵絞って頑張るか。


 「ほら、ここ見て。この魔法陣はこの小さい窓から見える光景を紙に転写するやつなんだ。それでこの魔法陣が起動用の魔法陣。ここの魔法陣は色を大まかに判定するんだ。それで……」


 アールが一つ一つ丁寧に魔法陣の説明をしてくれているのを聞きながら、何が悪いのかを素人ながらに考えていたのだが……一つ気になったことがあった。


 「なあアール。これって、風景を絵に写す時は一瞬で写すのか? 写すのに時間が掛かったりしていないか?」

 「そうだね……写すのに結構時間が掛かるけれど……それがどうしたの?」

 「やっぱりそうか……」


 俺が気になったのは、紙に写すための魔法陣がどういう理屈で出来ているかだ。

 前世のカメラは、シャッターが一瞬で閉じるから、その一瞬の光がフィルムに収まる。

 シャッターの開く時間が長いと、その分入って来た光がフィルムに収まり、いわゆる”ブレた”状態になる。


 で、アールが描き込んだ魔法陣は、確実に紙に写すために長く、或いはずっと紙に描き込むように設計されているみたいで、それが失敗の元になってしまっているのだと思う。

 要は、一瞬で紙に転写させる機構というか、魔法陣を設計しなければならないということだ。


 「アール、一瞬で紙に転写する魔法陣って、作れるか?」

 「一瞬で? う~ん一瞬か……一瞬でやろうとするのはいいけど、ゆっくりやらないと紙が燃えちゃうんだよ」

 「燃えるのか?」

 「うん、前に一瞬で写そうとしたんだけど、魔法陣が紙に転写するときに凄く熱くなっちゃってさ。紙が燃えてしまったんだよ。だから僕は、ゆっくり転写するようにしたんだけど……」


 そういうことだったのか……。

 授業で魔法陣のことを勉強しているが、アールの設計した魔法陣がどうなっているのかは分からない。

 ゆっくりがどういう程度なのか分からないし、一枚の写真を撮るのにどれだけ時間が掛かるのかも分からない。


 ゆっくり写していれば、この失敗した写真のように何が写っているのかが分からなくなってしまう。

 しかし一瞬で写そうとすると紙が燃えてしまう。

 どうすればいいだろうか?


 そんなふうに考えていると、アールは傍にあった椅子に座り、そのまま机に突っ伏した。


 「やっぱり難しいよね? 魔神様みたいに、液体にいろんな魔法陣を記録させて使ったりとか考えてみたけれど、僕もお父さんもその方法知らないし、やっぱり無理なのかなー……」


 突っ伏したままやる気の抜けた声が聞こえてくる。

 さっきまでのやる気はどこへ行った?


 しかしまあ、魔神も凄いことを考えたもんだな。

 液体に魔法陣を記録させるなんて、どうやったら――あ!


 「これだ!」

 「え、なになに?」


 俺の閃きに、アールは顔を勢いよく上げて食らいつき、俺の話をワクワクした顔で見つめてきた。

 まあそう慌てるな、今説明してやるよ。


 「コピペだよアール」

 「こぴぺ?」

 「じゃなくて……魔法陣で写したい光景を一瞬で記憶させて、それを後から紙にゆっくりと写すんだよ」


 俺の話を聞いたアールは、ハッとした表情で椅子から立ち上がると、プルプルとカメラに手を伸ばしてそれを掴んだ。


 「……ということは、風景を記録する魔法陣と、それを転写する魔法陣を用意して……あ、いや一個の方がいいのかな? いやでも……」


 カメラを掴んだかと思うと、アールはぶつぶつと念仏のように頭の中の理論を口にし、カメラの横にあった設計図に何かを描き込み始めた。

 しかし、ふと何かを思い出したように俺の方へ振り向き、そして――。


 「ベル……君のお陰で何とかなりそうだよ! ありがとう!」

 「……ああ、よかったな」


 スッキリとした、晴れやかな笑顔で礼を言う。

 俺もなんだか嬉しくなって照れ隠し気味に答えてしまった。

 ただ、どうやらこれで開発が進みそうだ。

 俺も手伝えることがあったら手伝おう。


 「俺にも何か出来るか?」

 「え? あーじゃぁこの鉄板に円を描いてくれる? この大きさで4重のを3枚!」

 「よしきた!」


 既にカメラの設計図を描き直し始めていたアールはテキパキと俺に指示を出し、俺はそれに従う。

 指示されたことが終わると、次の指示を仰ぎ、それにまた従っていった。


 俺が作業している横では、アールが凄まじい勢いで魔法陣の設計図を描き上げていく。

 頭の中どうなってんだ? っていうくらいアールは迷いなくペンを走らせ、一枚、また一枚と設計図を描き上げていった。

 そしてその設計図を基に鉄板へ写す作業になると、俺はアールと一緒に夢中になって魔法陣を描き込んだ。


 既に時間的にも課外活動が終わったようで、魔道具研究会の先輩達が帰って行き、、ついに俺達だけになってしまった。

 会長らしき人に最後の後始末を任されながらも、俺達は開発を続ける。

 夢中になって描き写した鉄板をカメラの箱に組み込み、魔法陣同士を……本当は金がいいらしいが……銅で繋ぎ、最後に蓋をして、完成だ。


 「……出来た」

 「やったなアール!」


 完成したカメラを置いたアールにそう声を掛けると、アールは何とも言い難い、興奮した様子で俺の方に向き直り、手を差し出してきた。

 なんだその手は? なんて無粋なことは考えまい。

 俺は反射的にその手を握り返した。


 「ありがとうベル。君のお陰で完成したよ」

 「おいおい、まだちゃんと写るかどうか分からないだろ?」

 「あはは、そうだね。じゃあ試してみよう!」


 おう! と勇ましく返事をしつつ、アールと一緒にカメラのセッティングをする。

 写真がちゃんと写ってこその完成だからね。

 被写体は……何にするんだ?


 「これで何を写すんだ?」

 「ベルが写ってくれよ」

 「は? 俺でいいのか?」


 当たり前だろ? みたいな顔でアールは言ったが、この世界初となるかもしれない写真に、俺なんかが写っていいのか?

 一番は自分が写りたいんじゃないのか?

 そんなふうに思っていると、アールはカメラに紙をセットしつつ、何でもないように言ってきた。


 「ここまで出来たのはベルのお陰だしね。よいしょっと。最初に写すとしたら、僕はベルがいい。さ、早くそこに立って!」


 そういうなり、アールはワクワクした様子でカメラの前に俺を立たせようとしてくる。

 技術者としては写るより写したいのかねぇ?

 ……まあ、アールがそれでいいなら、それでいいか。

 友人の好意を素直に受け取っておこう。


 「こ、ここか?」

 「うん、そうそう。はいじっとしててね……って何そのポーズ?」

 「いや、なんとなく……」


 言われた通りにカメラの前に立ち、気を付けの姿勢で写るのも面白くないと思ったので、世紀末な拳王の最期と同じポーズで立つことにしたのだが……アールには通じなかったみたいだ。

 まあ当たり前か。


 そんな俺をよそに、アールは位置を確認する用の覗き穴を覗き込むと、俺とカメラの距離を調整し始める。

 早くしてほしいな。右手がちょっとしんどくなってきた。


 「じゃあ、いくよ……なんて合図したらいい?」

 「……はい、チーズ。とか?」

 「なんでチーズなの?」

 「いや……なんとなく……」


 またそんな怪訝な顔で見るなよ……前世からの習慣なんだからさ。

 そんなアールも、まあいいや、と肩をすくめながら再び覗き穴に目をやり、俺のアイデアで取り付けた、ケーブルから伸びるスイッチに指を掛けた。


 いよいよか……なんだかこう、緊張するな……。

 前世では当たり前の写真が、この世界では初めての写真だ。

 そう思っただけで緊張してくるってものだ。


 「いくよー。はい、チーズ!」


 カチッ、ヴンッ! ジーー……。

 アールがカメラのスイッチを押した瞬間、昆虫の羽音のような独特の音が響き、そして恐らく、紙に転写しているであろう音が続く。

 ポーズを取り終え、アールの隣に並んでカメラの様子を見守ること1分程。

 転写の音が止んだのでアールが恐る恐るカメラから紙を取り出し、パッと表を向ける。


 そこには、若干ボヤけている所もあるが、右手を振り上げた俺の姿がカラーで写っていた。


 「やっっったあああああああ!!」

 「完成おめでとう、アール!」

 「ありがとう! ありがとうっ!」


 完成を確信したアールは、俺の手を取りブンブンと上下に振ってきた。

 その目は少し潤んでいる。

 そんなに嬉しいことなのか?

 いや嬉しいんだろうな……なんたって魔神ですら開発出来なかったであろう、世紀の発明だ。

 魔道具の開発者としてこれほど嬉しいことはないと思う。


 俺の手を放して、今度はカメラにキスしまくるアールを眺めながら、俺はとんでもない奴と友達になったもんだな。としみじみ考えていた。

 だって半日も掛からずにカメラなんて物を開発してしまったんだからな。


 それ以前の積み重ねがあっただろうし、俺の前世の知識も手伝っただろう。

 だけど、それらを一つに纏めて完成まで漕ぎ着けたんだ。


 尊敬するよ。


 でもこのままじゃ俺は満足しない。


 「よし、じゃあ今度は小型化だな!」

 「名前は何にしようかなー……って、え? 今なんて? 小型化?」

 「ああ、小型化だ」


 ひとしきり喜んでいたアールに、俺は小型化を提案してみた。

 そんな引きつった笑みをしなくても……。

 だって今みたいな電子レンジサイズのカメラなんて使いづらいじゃん?

 前世のようなコンパクトなカメラを知っている俺としては、是非とも手のひらサイズに収めて欲しいものだ。

 それを持ってカーリナやアルフレッドを写しまくりたい。


 「あの……今のままでも十分小さくしてるんですけど……」

 「いやいや、もっとこんな、手のひらサイズにしてくれないと」

 「あんたは鬼畜か!」


 鬼畜とは失礼な。


 「いいだろ別に。今度は小型化っていう目標が出来たんだ。頑張ってくれよ!」

 「無茶苦茶言ってるよ……ええーっと、あの魔法陣がもうちょっと小さく出来るだろうから……」


 なんだかんだ言って小型化について考えるんだな。

 アールはさっきまでの嬉しそうな顔から一転、真面目な顔で設計図と向き合ってアレコレと考えている。

 そうやってすぐに次に取り掛かれる姿勢も大したものだ。

 俺なら出来た時点で満足してしまうだろうな。

 そう考えると、やっぱりアールは凄い奴なんだと思う。


 そして、そんなアールなら、いつか手のひらサイズのカメラが出来るだろうと、俺は確信している。

 俺も時間があれば手伝おう。

 自分で言ったことだしな。


 頑張れ、アール!



 _______________________________________________




 「っていうことがあったんだよ。アールも喜んでいてさ、俺まで嬉しくなったんだよ」

 「まあ! それは凄いですね!」


 最近、俺にはある楽しみがあった。

 それは課外活動が終わって陽が沈みかかった頃、学生寮の裏手、人目の付かない木の下に座りながらこうしてたまに話をすることだ。


 「風景をそのまま描く魔道具、ですか? 私も一度見て見たいです」

 「クリスになら、アールはいつでも見せてくれると思うぞ」

 「本当ですか!」


 その話をする相手、それはこの国の王女でもあるクリスティアネだ。


 1か月前のあの日、クリスティアネに一目惚れした俺は、あれ以来お気に入りのこの木の下でクリスティアネが通りかかるのを待ち、彼女が来れば積極的に話しかけるようにしてきた。

 クリスティアネも従者を伴い、大体1週間に一回程ここへ来て俺の話しに付き合ってくれているのだ。


 そして今は木の下で座りながら、昨日アールが開発したカメラのことを話していた。

 静かに相槌を打ち、時には大げさに驚く姿は本当に綺麗だ。

 その一つ一つの上品な動作がまた、彼女の魅力を引き立てているのかもしれないな。


 「そんな物が本当に出来たのか? 疑わしい……」

 「テレジア!」

 「なんだよ、疑ってるのか? テレジア・か、か……カツォポリス?」

 「カポディストリアスだ。いい加減に憶えろ」

 「はいはい」


 そしてクリスティアネの傍で立って控えているのが、テレジアという女騎士だ。

 コイツは王女であるクリスティアネにいつもくっ付いている騎士で、王族を守る近衛騎士団という所に所属しているらしく、クリスティアネが小さかった頃から世話をしているらしい。

 この学院にいるのも、王の特別な計らいだとか。


 そんなテレジア殿は、俺がクリスティアネに話しかける度に嫌味や小言を言い、俺を追い払おうとしてくる。

 まあそれが仕事なんだろうけど、それにしても俺に対する態度が厳しすぎるんじゃないのか?

 俺のこと嫌いなのかね?

 っていうくらい、テレジアは不愛想で冷たい目を向けてくる女だ。


 「昨日、アールから”写真”を貰ってきたんだ。はいこれ」

 「わ、これが……あ、凄い! 見てテレジア、本当に風景を切り取ったみたい!」

 「む、本当ですね……これは凄い」


 昨日撮った写真を二人に見せてみた。

 クリスティアネは少し興奮気味に、テレジアも若干驚いた様子で目を見張っていて、見せた甲斐があったというものだ。


 結局、アールと相談した結果、あの魔道具は”カメラ”という名前で決まり、”写真”もそのままで呼ぶことになった。


 「凄いですね……流石はベルホルトさんですね」


 感嘆しきりといった様子のクリスを見ていると、素直でいい子なんだなと思う。

 ただ、カメラを作ったのは俺じゃなく、アールなんだけどね。

 そこは訂正しておこう。


 「カメラを作ったのは俺じゃないよ。アールが地道に研究していたから開発出来たんだ。本当に凄いのはアイツだよ」

 「それでも、ベルホルトさんがご助言なさったからこそ、アールさんはカメラを作ることが出来たのでしょう?」

 「まあ……そうかもしれないけど」

 「なら、ベルホルトさんも誇りに思うべきです」


 そうなんかね? 俺はただ前世で知った知識を言っただけだし、あのちょっとした助言で完成まで漕ぎ着けたアールの方が凄いと俺は思っている。

 本当に尊敬できる奴だ。


 でもまあ正直なところ、俺の助言があったからこそ、という気持ちも無いではない。

 あんまり調子に乗りたくないから言わないけどね。

 ただ、クリスティアネの言うように、少しは自分のことを誇ってもいいかもしれないな。


 「……うん、じゃあ俺のお陰でカメラが完成したってことだな!」

 「ふふふっ、そうですね。ベルホルトさんのお陰ですね!」

 「あはは!」


 クリスティアネが笑ってくれた!

 まあ俺も本気で言っているわけじゃなかったし、所謂冗談だ。

 それを分かって笑ってくれると、ちょっと脈ありなんじゃね? なんて思ってしまう。

 例えそれが王族としての社交辞令的な愛想笑いだとしても、今この時ぐらいは夢見てもいいよね?


 でも、この笑顔が凄く自然に感じるし、普段からホントに優しくていい子なんだよな……。


 「姫様、もう陽も沈みました。辺りが暗くなってきましたし、そろそろ寮へ戻りましょう」

 「そうですね、暗くなってきましたし、そろそろ戻りましょうか」


 もうそんな時間か……。

 三日月から照らされる月明かりと、寮にともされているカンテラ以外に明かりは無いが、それなりに近い距離で話合っていたからか、お互いの顔がはっきり見えていた。

 これも恋のなせることなのか……?

 うわ、自分で思ってて引くわ。


 テレジアに促されたクリスティアネが立ち上がり、俺もすぐに立ち上がった。

 名残惜しい。出来ることなら引き留めていつまでも話をしたいが、そういうわけにもいかない。


 「ベルホルトさん、今日も楽しいお話をありがとうございました。それではまた今度」

 「ああ、また」


 クリスティアネは上品に手を振ると、テレジアを伴って寮の方へと戻って行った。

 その後ろ姿を、小さく手を振りながら姿が見えなくなるまで見送る。


 本当は普段からもっと話しかけたい。

 朝昼晩の食堂で、授業の合間の休み時間、昼休みの最中に、6日に1日の休みの日など。

 声を掛けられる時間はいっぱいあるとは思うのだが、中々そういうわけにはいかなかった。


 一度、昼食の最中に話しかけたことがあったのだが、話し始めると白組の連中が間に割って入り、俺とクリスティアネの邪魔をしてきたことがあったのだ。

 そいつは、入学式の時にアールに因縁をつけていたブ、ブ……ブラウス? っていうしょうもない奴だった。

 曰く、『お前のような平民が馴れ馴れしく姫様に話しかけるな!』だそうだ。

 肝心のクリスティアネも、ブ、ブ……ああもうブラウスでいいや、そいつに対して、『彼は友人です。そのように押し退けてはいけません!』って叱咤してくれたのに、ブラウスは気にした様子も無く、『このような平民と友人になってはいけません』なんて言いやがった。


 ま、結局は俺が身を引いてことを収めたのだが、流石にアレには呆れたな。

 しかしクリスティアネが俺のことを、”友人”と言ってくれたのは嬉しかった。


 そういうこともあって、俺は人目の付かないこの木の下で彼女を待つことにした。

 クリスティアネも分かってくれているようで、頻繁ではないものの、ここに来れば俺がいることを覚えてくれたみたいだ。


 こうやって彼女と会う度に、俺は更に好きになっていくのを自覚している。

 綺麗で、優しくて、上品で、でもどこか儚げで……。

 確かに身分的には釣り合わないだろうが、俺にとってはそんなこと、些細なことだった。

 彼女と仲良くなりたい、彼女のことをもっと知りたい。最近ではこんなことばかり考えている。


 「また今度……か」


 また今度、って言ってくれたということは、また会えるんだ。

 彼女のことを知る機会はたくさんあるんだし、次の機会を楽しみにするか。


 「腹減ったな……俺も飯にするか」


 ま、取りあえずは一旦寮に戻ってから食堂へ行こうか。


 次はどんな話をしようかな……。

次回は3月12日に投稿となります。

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