第26話:召喚魔術と馬術と姫
教場の中に入ると、教壇の上には授業に出席するための受付用紙が置いてあり、そこへ名前を記入し、教授が出欠を確認することでその授業に出席したことになるらしい。
教場に入ってすぐに説明してくれたよ。
ジューダスが。
「よく来てくれたな、ベルホルト、カーリナ。その二人は友達か?」
「はい、リンマオは友達ですけど、こっちの奴はただの寄生虫です」
「誰が寄生虫だコラ」
いや本当のことだし。
あとカーリナの友達であるリンマオだが、もう普通に話もしているし友人として数えてもいいよな?
「はっはっは! 仲がいいな。じゃ、早速席に着いてくれ」
別にバシルとは仲がいいわけじゃないが……。
しかし、召喚魔術の授業の教授はジューダスだったんだな。
オークス先生は召喚魔術が苦手だったようだけど、ジューダスは専門家のようだ。
まあ先生の友人だからといって得意な魔術の系統も一緒なわけがないしな。
そんなふうに思いつつ受付用紙に名前を書いた俺達は、中段の列で適当に空いている席に4人で並んで座ることに。
勿論、カーリナの隣にバシルを座らせるわけにはいかず、奴と肩で押し合いながらなんとかカーリナの右隣を確保した。
カーリナの左側は当然リンマオが座ったので、これでバシルはカーリナの隣に座ることが……ってアイツ、カーリナの後ろの席に座りやがった!
チクショウ、これなら最後列に座ればよかったな。
「そうそうお兄ちゃん。今日ね、クラスのイリーナって人と話をしたんだけど、私が翼竜族の血を引いてるって話したらなんだかすごく嫌われちゃったんだ……私どうしたらいいのかな?」
「どうしたもこうしたも……」
席に座りノートと筆記用具を取り出していると、早速カーリナが話しかけて来た。
内容はイリーナのことだ。
翼竜族嫌いのイリーナだが、アール曰く悪い奴ではないらしい。
俺としては、そんな奴放っておけ。としか言いようがないが……。
ま、格闘術も強化魔術も習っているカーリナのことだ、いじめられたり喧嘩になっても簡単には負けないだろう。
「カーリナは翼竜族だったんだな……」
「うん! 曾おじいちゃんが翼竜族なんだって!」
後ろのバシルが会話に入って来た。
お前は黙ってろ。
しかしそんなバシルに対してカーリナが、「会ったことないけれどね!」なんて言いながら天使のような笑顔を向けていた。
そんなカーリナに負けじと俺もバシルに顔を向ける。
勿論、般若のような笑顔で。
「あ、そうだお兄ちゃん! 私お姫様とも友達になったよ! クリスティアネっていう人! すっごくかわいいくていい人だった! ね、リンちゃん?」
「うん……クリスは良い匂いだった」
「へぇ……」
そうか……女子は赤組しかないから、俺達と一緒に入学したっていうお姫様もカーリナやリンマオ達と一緒のクラスなんだな。
カーリナがいい人だった、って言うくらいだから、きっと性格の良い子なんだろう。
そしてリンマオの判断基準は匂いなのか? この子、いまいち掴みどころのない子だなぁ。
と、ここでジューダスが教壇に立ち、パンパンと手を叩いて皆の視線を集めた。
何故かその隣には、2~30個ほど黄色い石ころが置いてある。
「みんな静かに。これから召喚魔術の授業を始める。その前にまずは、出欠確認を取るからな。呼ばれたら返事をしろよ」
教壇に立ったジューダスが受付用紙に記載された名前を読み上げる。
勿論俺達の名前も読み上げられたので返事をしておいた。
この授業をとった生徒は、俺達を含め30人程のようだ。
「じゃあ早速だが、これから君達に召喚魔術についての基本的なこと、注意するべきところなどを説明するのでしっかり覚えておくように」
お、これから本格的な授業の始まりだな。
まずは基本からのようだ。
ジューダスは黒板に召喚魔術の種類や補足説明を書きつつ、俺達生徒にそれを説明し始めた。
「召喚魔術にもいくつか種類がある。
一つは”物体召喚”。
これは生き物以外の物を召喚する魔術で、基本的には無属性魔術の延長のように考えられている。
二つ目は”生体召喚”。
読んで字の如く、人……というよりも知的生物以外の生き物を召喚するのに使われる召喚魔術で、これはさっきの物体召喚より難しい。
三つ目に”契約召喚”。
契約と聞いて分かるように、知能の高い魔物や人間でさえも、術者と契約を交わすことによって召喚することが可能になる。
因みに、契約召喚は魔法の域にあるから、使うとなるとかなりの魔力を消費するぞ」
へ~、契約すれば人も召喚できるのか。
だったら、俺がカーリナやアルフレッドなんかと契約すれば、いつでも呼び出せるのかねぇ?
何てボンヤリ考えていると、前の方に座っていた男子生徒から質問が出た。
「教授、契約召喚が魔法なら、召喚魔導はあるんですか?」
「ああ、召喚魔導は確かにある。”魂魄召喚”という召喚魔導だ。簡単に言うと、魂を召喚する魔導でな。これを使うことが出来たのは1200年前に存在した”魂神”と、真神くらいのものだ。あの魔神エルメスでさえできなかったと言われている」
魂なんて召喚できるのか? そもそもどこから召喚するんだ?
ちょっとそこら辺が気になるが、俺としては魔神が出来なかった魔導、ということも気になる。
魔神なのにね。
それにしても、真神が魂魄召喚を使えて魔神が使えないというなら、真神はそういう自分の得意分野で魔神と戦ってきたのかねぇ?
まあ、そうなんだろうなぁ……魔神が出来ないことを使わない手は無いだろう。
俺だったらそうする。
「話を戻すぞ。
それぞれを詳しく説明するからな。
まず物体召喚についてだが、これは何の下準備もなく物体を召喚することが出来る魔術だ。
そもそも召喚魔術は、魔法陣や蝋燭などの補助道具を用意するのが一般的だが、物体召喚は制御が楽で、属性魔術のように詠唱だけで召喚出来てしまう。
例えば今ここで、詠唱するだけで水を呼び寄せることも出来る。
ところでさっき、あえて水で例えたが、じゃあ何故属性魔術を使わずに召喚魔術を使うのか、水属性魔術と物体召喚の違いは何なのか、それで出した水の違いは何なのか、分かるかな?
じゃあ……君、答えてくれ」
「えっ! あ~、えぇーっと……分かりません……」
「ん、そうか」
物体召喚の説明中、ジューダスは召喚魔術と属性魔術の違いについて、もっと言えば水属性魔術で出す水と、物体召喚で出す水の違いについての問いが出た。
突然指を指された女子生徒が慌てて考え込むが、結局分からなかったようだ。
しかし召喚魔術と属性魔術の違いか……。
水だけじゃなくても、土とかにも例えられるな。
属性魔術は魔力で水とか土などを作るが、召喚魔術はどこかにある物を呼び寄せるんだっけ?
「作る」と「呼び寄せる」の違い……あ、なんとなく分かったぞ。
「では分かる者はいるか?」
「はい」
「よし、ではベルホルト」
「属性魔術で生み出される水は、純粋で混じりっ気のない水ですが、召喚魔術では、例えば池の水や、風呂の水、川の水といった多少汚れていても、そこに”水”として存在するものを召喚することが出来きる。という違いです」
「素晴らしい、正解だ」
合ってたみたいだ。よかった。
何故かカーリナがうんうんと自慢げに頷いている。
「今彼が言ったように、属性魔術はそれ単一の物しか生み出さんが、召喚魔術は既に存在するものを召喚することが出来る。それこそ毒水や砂糖水に塩水などだ。そこが属性魔術との違いであり、便利なところだ」
うん、確かに便利だよな。
物体召喚で料理とかも召喚出来たらいいよね。
既に完成した料理を家に置いといて、好きな時に召喚する。
召喚魔術を習ったら試してみよう。
「因みにだが、物体召喚は実際に見たことのある物しか召喚出来ないし、込める魔力によって召喚できる距離も変わってくる。金が欲しいからといって実際に見たことのない金を召喚しようとしても、何も出てこないからな。悪いことには使うなよ? と言っても今の硬貨には物体召喚で呼び出されないように、反召喚魔術の術式が込められているから、やるだけ無駄だぞ」
ふむ、実際に見たことのある物しか召喚出来ないのか。
まあそうでないと、金貨とか盗み放題だもんな。
上手く出来た魔術だ。
それと、今の硬貨は召喚出来ないようになっているらしい。
謎技術だな。
「次に生体召喚と契約召喚の説明を同時にするぞ。この二つの違いは、召喚する対象者と契約するかしないか。の違いと、あともう一つ違いがあるのだが、誰か分かる者はいるか?」
生体召喚と契約召喚の違い? 契約するかしないかだけじゃないのか……。
しかしもう一つの違いってなんだろう?
う~ん、分からん。
「はい」
「ん、ではバシル」
後ろで声がしたと思ったらバシルだった。
左手を挙げたバシルを、ジューダスが指名する。
「生体召喚は、術者が捧げる魔力量より低い総魔力量を持つ生き物しか召喚することが出来ませんが、契約召喚は、契約者が自分より総魔力量が上の相手でも、相手が召喚される時に承諾すれば召喚することが出来ます」
「上出来だ」
成程、生体召喚は相手の意思に関わらず、使う魔力量より低い生き物を召喚することが出来て、契約召喚は契約した相手の意思次第なのか。
しかしバシルが正解を答えるとは……やるな、バシル。
「バシル君良く知ってるね」
「ここへ入学する前に少しだけ勉強してたんだ」
「へぇ~」
だから知っていたのか。
「さっきの説明通り、生体召喚は自分より総魔力量の低い相手しか召喚することが出来ん。
しかも、物体召喚もそうだが、実際に見たことがあるものか、繊細にイメージを思い浮かべることが出来るものしか召喚出来ない。
それに集中力を大きく乱している時は尚更失敗するし、距離が離れていれば離れているほど使用する魔力が莫大なものとなってくる。
対して、契約召喚は相手と事前に契約しなければならないが、その都度相手の許可があればどんな相手でも召喚することが出来るし、生体召喚で出来なかった人の召喚も、契約召喚なら出来る。
無論、契約した相手が召喚を拒否すれば召喚することが出来ないが」
フムフム。つまり、カーリナを召喚しようとしても、彼女が入浴中だったりすると拒否されてしまうわけか。
エロいことには使ないわけか。
「ついでに魂魄召喚について言うとだ。これは召喚というより、物に魂を付着させる魔導らしくてな。そもそもこれが使える術者がかなり少なくて、実際の所はどんな魔導なのかよくわかっていない」
魔神ですら使えない魔導だもんな。
そら簡単に解明出来ないはずだ。
「で、今日は早速君達に召喚魔術を使ってもらおうと思っている。
召喚魔術は、とりわけ生体召喚と契約召喚は少し準備に手間が掛かるし、補助用の魔法陣や蝋燭、生き物の一部などを取り揃えなければならない。
なくても召喚できるが、安定した召喚をするには必要な物だからな。
だから今日は、魔法陣などは必要ない、比較的簡単な物体召喚を君達にやってもらう」
ということで、これから召喚魔術の実技をやるみたいだ。
今日は物体召喚ということだが、お手頃に出来ると言われたこの魔術、是非ともマスターしたい。
これがあれば忘れ物をしても、その場でお取り寄せ出来るからね。
頑張ろう。
「まず手本を見せるからよく見ておくように。『我が一握りの魔力をもって供物とし、捧げる供物より劣位する我が短剣を呼び寄せん オブテイン』」
まずはジューダスが手本を見せるということで、その場に立ったまま両手でお椀の形を作り、詠唱を唱える。
すると彼の手元が光りだし、その光が収まると、手の上に短剣が刃の剥き出した状態で召喚されていた。
ジューダスはその短剣の柄を持ち、プラプラと振りながらさも簡単そうに言う。
「と、言うことで、これが召喚魔術だ」
ね、簡単でしょう?
なんかそんな言葉が聞こえた気がした。
ジューダスは出来て当たり前だというような調子で俺達を見渡すと、隣に置いてあった石ころを教壇の上に置き、その一つを手に取る。
「では皆にはこの石を召喚してもらう。詠唱は黒板に書いておくから、それを元に召喚してみてくれ」
ジューダスの合図で皆が一斉に取り組み始めたので、俺もやってみることに。
「『我が一握りの魔力をもって供物とし、捧げる供物より劣位する石を呼び寄せん オブテイン』 あ、出来た」
全詠唱の文言を暗記しつつ、教壇に置かれた石に集中して詠唱すると一度で成功した。
周りの生徒は成功したりしなかったりだが、俺は特に苦労することもなく召喚出来たので満足して石を教壇に戻しておく。
カーリナ達はどうかな? と隣を見てみると、カーリナも成功していて大変満足気にしていたが、その隣のリンマオは何度詠唱しても失敗している。
彼女が呼び出すのは教壇に置いてあるようなゴルフボールサイズの石ではなく、道端に落ちているような砂利サイズの石粒ばかりだ。
そんなリンマオは、いつものボンヤリとした表情で首を傾げていた。
頑張れリンマオ!
あとバシルをチラっと見てみると、バシルも楽々と召喚に成功していた。
……チッ。
ま、他人のことは置いといて、俺自身一度で成功したからといって、満足してばかりじゃ駄目だと分かっている。
全詠唱で成功したら、次は短詠唱だ。
無詠唱はまた人がいないところで練習しよう。
そんな場所があればだけど。
「『オブテイン』」
教壇の石ころをイメージしながら右手に魔力を集中させると、光を発した後に石ころが召喚されていた。
短詠唱でも出来るようだ。
これ結構面白いな。
そう思いながら短詠唱でポンポン召喚していると、教壇の石がすぐに無くなり、手元に召喚した石ころを抱えて戻す羽目になった。
でも面白いからまた無くなるまでやっちゃうんだよな……。
俺の手元に召喚しても他の生徒が召喚するから、勝手に手元から無くなる様子も見れて楽しいし。
バカの一つ覚え。よく言えば反復練習をしていると、鐘楼から鐘の音が聞こえてきた。
「ん? もう鐘が鳴る時間か……じゃあ今日はここまでにしよう。続きはまた明日だ」
どうやらあっという間に授業が終わってしまったみたいだ。
しかし本当に便利な魔術だな。
これは本当に、毎日受けていても楽しい授業だ。
今日は物体召喚だったが、生体召喚とかも早くやってみたいな。
「お兄ちゃん、次はどの授業を受けるの?」
ノートや筆記用具を片付けていると、カーリナが笑顔で話しかけて来た。
なんだ? 次も付いてくる気か? このお兄ちゃんっ子め。
「次は……そうだな、治療魔術でも受けてみるかな」
治療魔術もそんなに使いこなせているわけじゃないからね。
出来れば治療魔法くらいは使えるようになりたいものだ。
「そっかー。じゃあ次の授業は別々だね」
「お兄さん、また……」
「ああ、うん。またな」
手を振って去っていくカーリナ達を見送る。
どうやらカーリナ達は違う授業に出るようだ。
そう言えば強化魔術の授業を取るって言ってたもんな。
やっぱり俺も強化魔術に……いや、一度決めたことは変えない!
ま、これからは基本的に、6時間目は召喚魔術の授業を受けて、7時間目は基本、治療魔術の授業を受けつつ、たまに他の授業を受けたり、自習時間に使ったりしよう。
ということで、これから治療魔術の教場に向かうとするか。
「カーリナ……可愛いな……」
「……お前は次の授業どうするんだ?」
「次は軍事学を取る」
カーリナの後ろ姿を気持ち悪い笑顔で見つめるバシル。
コイツはどうやら、次は軍事学を取るらしい。
物好きめ。アイツ兵士になるつもりか? まあこんなサナダムシのことはどうでもいいか。
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「はい、|チャイム(鐘)が鳴りましたので授業を終わります!」
はい、ということで7時間目も無事に終了となりました。お疲れ様です!
……うん、治療魔術の授業内容、殆どオークス先生やビアンカから習ったことばっかりだったよ……。
俺は7時間目に受けた治療魔術に少し期待外れ感を覚えつつ、これからの授業内容に期待しながら教場を後にし、青組の教場へと戻ることにした。
青組の教場に戻ると、中には既に他の生徒やアール、それにバシルのクソ野郎も席についている。
早速定位置になりつつある中段の窓際、アールの隣に座って彼に話しかけた。
「よう、アール」
「ああベル、召喚魔術どうだった?」
「結構面白かったぞ。便利な魔術も覚えたし、受けてよかったよ。アールはどうだったんだ?」
「聞いてくれる!? この学院はやっぱり凄いよ! 最新の設備や器具なんかが揃っていて勉強のし甲斐があったんだ! それで教授の授業も分かりやすくてさ、久しぶりに基礎から勉強し直したんだけれど、そのお陰で新しい発見があったんだ! だから7時間目も同じ授業取っちゃってさぁ……いや~ホント楽しかったよ! なんていうの? こう、新しい道具のアイデアとかが……」
ああ、うん。楽しそうで何よりだ。
本当に魔道具が好きなんだな。
根っからの技術者肌というやつか。
そんな、機嫌よく語り出すアールに対し適当に相槌を打ちつつ、ジューダスが来るのを待っていた。
しばらく待っているとジューダスが教場に入り、ホームルームが始まる。
「皆、初日の授業ご苦労さん。明日からもこんな調子で授業を受けてもらうから、早く慣れておけよ。で、これからの時間だが、朝も言ったようにこれから課外活動というものがあるから、興味の沸いた活動に参加するもよし、寮に戻ってゆっくりするもよし、外へ遊びに出るもよしだ。課外は好きに過ごせ」
ま、あんまり無茶はするなよ。と言い残し、あっさりとホームルームが終わった。
教場を足早に出ていくジューダスを見送りつつ、課外活動について考えてみた。
要は部活なわけなんだが、俺は入学したててどんな部活があるかが分からん。
上級生からの勧誘があるらしいが……。
まあ、ゆっくり決めていけばいいか。
興味があればそこに行けばいいし、無ければ寮や校外で魔術の自主練や筋トレに励むのもいいしね。
「ベル! 魔道具研究会に入ろうぜ!」
アールがいい笑顔でサムズアップしてきた。
「どんだけ魔道具好きなんだよ。変態か」
「変態って失礼っスね!」
いや本当のことだし。
しかしそんなことは置いといて、だ。
俺としては魔道具も興味があるし、行ってみたいという気持ちはあるけれど、もっと色んな部活を見てみたいというのもある。
「……気が向いたら行くよ」
「本当に!? 待ってるよベル君!」
だからそう言ってやったのだが、それを聞いたアールは変な期待をしてきた。
気が向いたら。って言ったのにな……。
だがそれで満足したのか、アールは上機嫌に教場を出て行った。
多分、早速部活に参加しに行ったんだろう。
「さて……俺も行くか」
既に教場では他のクラスメイト達が三々五々に教場を後にし、友人同士でどうするかを話し合う声が聞こえて来る。
そんな中、俺は一人で教場を出ると校舎の玄関口に向かった。
特に宛ても無く、ボンヤリと歩く。
すると玄関口付近にあった大き目の掲示板が目に留まった。
というより掲示板に群がる人だかりだ。
何をそんなに一生懸命見ているのか気になったので、俺もその掲示板の内容を確認する。
そこには部活の勧誘の為のポスターが張られていて、選挙ポスターくらいの大きさの厚紙に、それぞれの部活の名前と簡単な内容が書かれていた。
掲示板に張り切れず、廊下の壁に貼り付けているのもある。
「なになに……”軍人チェス会”に”剣術会”、”格闘競技会”、”魔法研究会”……おいおい”筋肉同好会”ってなんだよ……」
なんか汗臭そうな名前の部活だな。
入ったらシュ○ちゃんみたいなのがいっぱいいるんだろうか?
そんな感じで20枚くらいあったポスターを見ていると、一つ気になる部活があった。
「”馬術競技会”か……」
馬術競技会、と書かれたポスターに馬と騎手の絵が描かれていて、カッコよく障害物を飛び越える様子がなんとなく目に入って来る。
そう言えば、旅の終盤で馬に乗ったっけ。
あの時はフェリシアに教えてもらって楽しかったな。
尻の皮が捲れたりしたけど……。
気が付くと俺は、ポスターで馬術競技会の場所を確認し、その方向へと一直線に向かっていた。
場所は第6校舎裏の厩舎だ。
本格的にこの部活に入るかは分からないが、ポスターを一目見てピンときたので、取りあえず見てみようと思う。
見学して、これじゃない。って思ったらさよならだ。
軽い気持ちで厩舎に向かい、第6校舎の裏へとたどり着くと、そこには既に馬場で乗馬に勤しむ人達が20人程いた。
多分上級生だろう。彼らは馬に乗って基本的な動作を確認したり、ハードルのような障害物を飛び越えてたりしていて何とも楽しそうだ。
「お? おお! 新入生かい? もしかして馬術競技会に入るつもりかい?!」
馬場の外で部活の様子を繁々と眺めていると、不意に3棟ある厩舎の方から声が聞こえて来た。
声のした方を振り返ると、作業着みたいな服を着た男がブラシを持って俺に近寄ってくる。
新入生か? と聞いてくるあたり、多分この人は上級生なんだろうな。
「はい、今年度入学したベルホルトです。ちょっと興味が沸いたので見に来ました」
「そっかそっか! 入会希望か! いや~今年も入会してくれる人が多くて嬉しいよ!」
「いや、あの、まだ……」
「ベルホルト君だっけ? 君は……青組か! 青組の新入生の子がもう既に入会してくれているけど……その子の紹介出来たのかな? まあなんでもいいけど、取りあえずこっちへおいでよ!」
誰も入会するって言ってねぇだろが。人の話を聞けよ。
しかしよくしゃべる先輩だな。
そんな人の好さそうな笑顔の先輩に着いて行くことに。
俺のクラスメイトが既に入会しているらしいが、一体誰なんだろうか?
「あ、そうそう、ここの活動会、白組が多いから気を付けてね」
「白組が、ですか?」
「そうそう、白組。彼らの殆どが貴族の子息だから、妙に偉そうにしてくるんだよ。僕は緑組なんだけれど、彼らは白組以外だからという理由で、雑用とか面倒な作業を押し付けてくるんだ」
「それは嫌ですね……」
そうか、白組が多いのか。
確かに、前世でも現代に入るまで乗馬は貴族しか出来ない、ってイメージだったしな。
まさかずっと雑用だけさせられるってわけじゃないよな?
「まあ、そう言うことだからさ、彼らに絡まれた時は、こっちが悪くなくても適当に謝ってやり過ごしておいた方が身のためだよ」
「はあ……」
ま、それが無難なんだろうな。
あまりに理不尽なことや、譲れないことに関しては引くつもりはないが、多少のことなら我慢しよう。
……というかなんだかんだとこの先輩に連れられているうちに、「やっぱりやめます」って言い辛くなってきた……どうしよう?
まいっか。取りあえず体験入会ということで。
「じゃあ僕たちはこっちの端っこの厩舎を使うからね。後は同じクラスの彼に馬の世話の仕方を聞いておいてくれ。彼、結構詳しいみたいだからね。僕はあっちの馬の世話をしてくるから」
3棟建っている厩舎の内、校舎側から見て右の厩舎の、さらに端っこへと先輩に案内されると、じゃあね! と言って先輩は他の厩舎へと走って行った。
その姿を見送った後、既に馬の世話をしている生徒がいたので話しかけることに。
多分この人が件のクラスメイトなんだろう。
丁寧にブラッシングしていて、心なしか馬も気持ちよさそうだ。
「あの~、さっき先輩に馬の世話の仕方を聞けって言われたんだが……」
「ん? ああ、お前も馬術競技会に……って」
「ああっ!」
「お前っ!」
バシル!
先輩が言ってた俺のクラスメイトって、コイツのことだったのか!
クソっ、コイツがいるんなら来なければよかった!
「……帰る」
そう思って踵を返し、厩舎を後にしようとした。
だが――。
「ハッ! 逃げ帰るんなら最初から来るなよ」
「……ハア!?」
今逃げ帰るって言ったか?
誰が? 誰から逃げるって?
「誰が逃げるって言ったんだよ? 逃げるわけねえだろ!」
「別にいいんだぞ、無理しなくて。どうせ素人のお前じゃ、馬にビビッて何にも出来ないだろうからな」
「ふざけんなこの野郎、俺だって馬に乗れるさ!」
「おいおい無理するなよ。乗れないなら素直に乗り方教えてくださいって頼めよ。頭下げてな」
くっそぉ……コイツ、俺が馬に乗れないって決めつけてやがる。
誰が頭下げるか!
「絶ッ対お前には教わらねえ!」
「ああそうか。だったらそこらへんで雑用でもしてろ!」
まさに一触即発だ。
お互いに近い距離で睨み合い、相手から目を逸らさない。
こういうのは目を逸らしたら負けだからな。
というかコイツにだけは絶対負けられねえ!
やってやろうじゃねえか……俺は馬術部に入るぞカーリナー!
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「口ほどにもないな!」
「…………」
しかしその後、他の新入生達と全員で試しに乗馬した所、俺が一番下手くそだった。
そして一番上手かったのがバシルだったという事実。
ただ、純粋に悔しかった。
でも、今に見てろ。
この4年でお前より上手くなってやるからな!
「だあー! 疲れたー!」
体感時間で2時間程、馬のことを教わり、実際に世話や乗馬も体験しつつ、悔しい思いをして初日の部活は終わった。
疲れ果てた俺は、学生寮裏の人目につかない木の下で大の字になって横たわり、授業と部活が終わったことに対する解放感に浸っていたところだ。
辺りは既に暗く、この木の傍を通る人は皆無だ
お陰でのんびりできるから、早くもお気に入りの場所になりつつある。
寮の部屋にはバシルがいるだろうから、あんまり帰りたくないし。
あー月が綺麗だなー。
しかし、バシルの奴があんなに乗馬が上手かったなんて思わなかった。
もしかしたらフェリクス達より上手いかもしれないな。
……改めて思い出してもクッソ悔しい。
そう言えばカーリナは何の部活に入ったんだろ?
あれから会っていないから分からんな。
後で食事に誘ってから聞いてみよう。
それにしても、今日の授業は楽しかったな。
特に召喚魔術の授業は新鮮で、今までに習ったことのない魔術だけに、年甲斐もなくワクワクしていた。
いや、体の年齢は15歳で歳相応なんだろうけど、精神年齢というか、前世から数えての年齢は既に40歳を超えている。
多分43歳くらいだ。
もういいオッサンだな。
しかし、そんなオッサンがこうやって学校に入って若い子らと勉強しているっていうのも、凄い話だよな。
こうして生まれ変わる前は、こんなことになるなんて露にも思わなかったけれど、人生何があるか分からんよね。
……いかんな、久しぶりに前世のことを思いだしたら日本食や漫画とかアニメとかが恋しくなってきた。
もう今はどこにもないんだよな……。
「……『我が一握りの魔力をもって供物とし、捧げる供物より劣位する漫画を呼び寄せん オブテイン』…………はあ……」
思わずこの世界に無い物を想像して詠唱してみたが、結果はこの通り何も出てこず。
まあ、異世界の漫画なんて流石に召喚出来るわけないよな……。
「今のは召喚魔術ですか?」
「おわぁあっ!?」
「あっ、ご、ごめんなさい、驚かせてしまって……」
頭の上からいきなり声が聞こえたものだから、ついビックリして飛び起きてしまった。
少し感傷に浸っていたところを見られていたらしい。
恥ずかぴー。
慌てて振り返るとそこには、少し申し訳なさ気に佇む美少女がいた。
その胸にはしっかりと赤いバッチが付いている。
「…………」
その美少女と目が合った瞬間、俺の心臓爆発したんじゃないのか? というくらい跳ね上がったのを感じた。
碧眼の優し気な目、薄っすらと透き通るような淡いピンクの唇、整った眉毛に少しウェーブの掛かった亜麻色の、腰まで届く髪。
そしてそれらの部位が構成する均整の取れた、しかしままだ僅かに幼さを残す顔。
だが口のすぐ右下にある笑い黒子が何故か大人っぽさを感じさせる。
ハッキリ言おう、どストライクだ!
あとついでに言うと、オッパイがデカい。
ローブが窮屈そうだ。
「あの……大丈夫ですか?」
「……ハッ!」
あまりに美人過ぎて思わず見とれてしまった。
彼女もちょっと困惑してらっしゃる。
「あーっと、大丈夫。ただの……あれだ、ホームシックになってただけだ」
「まぁ……確かに、寮生活は大変ですものね」
「まあ、な……」
ホームシック、というのはあながち間違ってはいないだろう。
まあ俺の場合は、帰れるような場所じゃないからどうしようもないが。
というか俺は何を話しているんだろうか? そもそも女の子に立たせたままってのもどうなんだ?
それに相手は上級生かもしれないのに、何で俺はタメ語なんだ?
う~、イカン、折角こんなに可愛い子と出会えたのに余計なことばかり考えてしまう。
「あ、あのさ、名前、なんて言うんだ? あ! 俺はベルホルト。ベルホルト・ハルトマン!」
「ハルトマン?」
「あ、うん……」
あ、ヤベ、この子もイリーナみたいに俺の姓に引っ掛かってらっしゃる。
流石にこんな可愛い子に拒絶されたら凹むぞ……。
「ということは、貴方はカーリちゃんのお兄様ですか?」
「ん? ああ、カーリは双子の妹だけど……」
「まあ!」
しかし、目の前の美少女は、俺がカーリナの兄だと知った途端にとても嬉しそうな笑顔になった。
え? もしかしてカーリナのクラスメイト? ということは、俺とタメ?
「まだ入学して日が浅いですが、カーリちゃんにはとても良くしてもらっています! 勿論、カーリちゃんから貴方のことはよく聞いていました!」
「カーリが? 俺のことを? なんて言ってたんだ?」
「はい。とても尊敬している、大好きなお兄ちゃんだと」
「えぇ~、本当に~? まいったな~!」
うへへへへ! 照れるじゃないかカーリナ! 大好きなお兄ちゃんだなんて、嬉しいこと言ってくれちゃって!
今度カーリナに美味しい物を奢ってあげちゃおう!
「あの、隣に座ってもよろしいですか?」
「え? あっ! どうぞどうぞ!」
美女がそう聞いてきたため、俺は少し横にずれて彼女に両手で促した。
なんかどこぞのダチョウの倶楽部みたいに言ってしまったな。
しかし、こんな美人が近くに座ると緊張してしまう。
ヤベッ! なんかいい匂いしてきた!
「あ、そう言えば私の名前を名乗っていませんでしたね。私はクリスティアネです。どうかクリスって呼んでください」
「ああ分かった……よろしく、クリス」
「はい。よろしくお願いします」
所謂女の子座りする彼女は、思い出したかのように自分の名前を告げた。
クリスティアネか……そう言えばカーリナ達からも聞いていたな。
クリスティアネって確か王女様の名前なんだっけ?
どおりで気品あふれるというか、上品なはずだ。
うん、王女様なんだもな……。
……うん?
「……えっと、クリスはこの国の王女……様?」
「あ、はい……」
「へえ~、そうなんだ」
この子がオークス先生やカーリナが言ってた王女様か。
美人、っていう以外は普通の女の子だな。当たり前だけど。
「……驚かれないのですか?」
「いや、驚いたけど……なんていうか、ふーんって感じ? 案外普通の子だな、って」
「普通、ですか……」
ついつい本音が出ちゃったけど、普通なんて言われてお姫様的にはどうなんだろうか?
王族にい言うことじゃなかったかもしれないな。
前世のテレビでしか見てないけど、皇族の人達がフレンドリーな態度だったからね。
でもこれでブチ切れられたらカーリナにも迷惑が……。
あ、笑った。
「ふふ。普通ですか」
なんか嬉しそうだな。
いやしかし、笑った顔も本当に可愛い。
笑いのツボがちょっと分からんけど、笑顔が見れるのはいいな!
「姫様! 探しましたよ!」
「あ、テレジア」
クリスティアネの笑顔に見とれていると、騎士の恰好をした女性がこちらに走って来た。
見た目は俺達より年上で、18、9歳くらいだろうか?
短く切り揃えた金髪で、端正な顔立ちのキレイ系美人だ。
多分、クリスティアネのお付きの騎士とかその辺なんだろうな。
なお、革製の胸当は、フェリシアとどっこいどっこいな感じにペッタンコだった。
「姫様、そろそろ夕食の時間です。参りましょう」
「はい、わかりました……」
テレジアって言ったっけ? その女騎士は俺を一瞥したあと、クリスティアネに手を差し出し、それを握った彼女を引き上げると、寮の方へ歩くように促した。
クリスティアネも、促されるままに歩き出したが、ふと立ち止まり、俺の方を向き直ると先ほど見せてくれた笑顔で言ってきた。
「ではベルホルトさん、また機会があればお話し致しましょう」
「ああ、是非」
「では」
優雅に軽く一礼した彼女は、踵を返してそのまま学生寮の方へと歩き始める。
座りっぱなしも悪いので俺も立ち上がり、軽く手を振っていた。
だが、ふと女騎士さんと目が合うと、彼女は眉間に皺を寄せて、まるで豚を見るような目付きで俺を睨んでいた。
ヒエッ……。女の子がしていい目付きじゃないっスよ……。
「フン……」
やがて女騎士は鼻を鳴らすと、俺から目を逸らし、姫の後ろについて歩き出した。
まるで忠犬のようだ。
その二人の後ろ姿を、俺は見えなくなるまで見送った。
……。
しかしそれにしても、可愛かったな、クリスティアネ。
今でも鼓動が強くなっているのが分かる。
一割程はテレジアとかいう女騎士の睨みもあったけど……。
あれだな、これは恋という奴だ。
それも一目惚れ。
旅の間、フェリシアといてもこんなにドキドキしなかった。
彼女とは、なんと言うか、仲間という意識が強かったと思う。
もしかしたら、薄っすらとフェリシアに恋していたかもしれないが、でもクリスティアネ程じゃなかった。
うん、俺はクリスティアネが好きなんだ。
好きになったんだ。
相手は王族なんだけど、そんなの関係ねえ。
好きになってしまったものはどうしようもない。
だったらせめて、釣り合うような男にならないといけないな。
どうやったら釣り合うだろうか?
……うん、取りあえず勉強も馬術も、剣や格闘の修行も頑張ろう。
次回は3月5日に投稿となります。




