第24話:ベルホルトと愉快な学友たち。
入学初日のホームルームが終わり、昼飯を食べることとなった俺は、校舎内でカーリナを探しつつ食堂へと向かっていた。
まあ別に、カーリナが見つからなくてもいいけど……。
とにかく広い校舎なので人に聞きながらだ。
そう言えばカーリナはもう友達とか出来たのだろうか……。
出来たんだろうな……カーリナ、人懐っこいし。天使だし。
俺もフレンドリーに接しないといけないのかねえ?
こんにちは! 僕ベルホルト! 皆、友達になってね!
……うん、まあ俺は自分のペースで仲良くなっていこう。
「うわぁあああああっぶは!?」
「がっ! いってぇ……」
「あ、ご、ごめん!」
食堂を目指しつつ廊下を歩いていたら、突然横から人がぶつかって来たでござる。
どうやら丁字の廊下に差し掛かった時に、そいつが走って来たみたいだ
超痛ぇ。
ぶつかってきたやつを見て見ると、そいつも胸に青いバッチが付いていた。
なんだ、同じクラスか。いや違う学年かもしれんが。
そいつは、眉に掛かる髪の長さと明るい茶髪で、童顔なその顔に良く似合っていた。
背はそんなに高くない方で、もう170センチを超えただろう俺より頭1個分小さい。
ショタコンのお姉さんにモテそうな顔だちだ。
というか見たことある。
何処だっけ……・?
「あのな、どこ見て――」
「捕まえたぞ!」
「ヒッ!」
そのショタコンキラーに、どこ見て走ってんだ! ってイチャモン付けようとしたら、後から4人の生徒が来てそのショタコンキラーを取り囲んだ。
なんだなんだ? 喧嘩か?
「俺達にぶつかっておいて逃げるとは……ちゃんと謝れ!」
「だ、だから謝ったじゃないか!」
「誠意が足りないんだよ!」
「俺達は白組だぞ!」
「それなりの態度があるだろ!」
なんか目の前で揉め始めた。
そういうのは他所でやってくれよ。
あと白組ってのはそんなに偉いのか?
「謝ったのならもういいんじゃないのか? 許してやれよ」
「はあ?」
気が付けば、囲っていた4人に対してそんな言葉を口にしていた。
ショタキラーがなんだか困ってた様子だったしね。
すると4人は、「なんだコイツ?」って顔をして俺に注目してくる。
そして4人とも、右胸に白い花のバッチを付けていた。
というかそんなに睨まないでくれよ。
「いやだからさ、そいつが謝ったって言ってるんだし、許して――」
「お前、俺達が白組だって分かって言っているのか?」
仲裁に入ろうとしたが、リーダー格の生徒が俺の言葉を遮る。
なんとなくカラノスの町にいた猿達を思い出すなぁ。
アイツら元気だろうか?
じゃなくて、ひと際大柄なこのリーダー格の生徒は、何でそんなに白組に拘るんだ?
「……いや、ごめん。どういう意味だ?」
「ハッ! これだから他のクラスの連中は……」
なんかいきなりバカにされたんだが……。
「いいか? よく聞けよ、白組は俺達のような貴族の跡取りが入る組みなんだよ。だからお前達みたいな平民どもは俺達に迷惑を掛けたら駄目なんだ。分かったか?」
ナ、ナンダッテー!?
ってそんな大げさに驚くことでもないか。
先生も言ってたもんな。貴族のボンボンもこの学院に入るって。コイツらがそうだったんだな。
となるとちょっと困った、今からでも謝って穏便に済ませておいた方がいいだろうか……?
「あ~っと、それはすみません、これからは――」
「貴族がなんだ! 僕たちはそんな理不尽には屈しないぞ! ねっ!」
「ねっ! っじゃねえよ!!」
ショタキラーが吠える。
この野郎、俺が穏便に済まそうと思っていたのに無駄にしやがった!
白組の連中、ヤンキー漫画みたいな表情になってらっしゃるじゃないか!
ってうわ! 胸倉掴まれた!
「コイツら……優しく言ってやれば図に乗りやがって!」
コイツら!?
「いや! あのホント、謝る、謝りますから!」
「ぼ、暴力はんたーい!!」
拳こそ振り上げていないが、今にも殴られそうだ。
ヤバイ、ホントどうしよう! こうなるんだったら余計な口出しするんじゃなかった!
「お止めなさい!」
「何ぃ?」
おお、誰かが止めてくれたみたいだ。
声の方へ顔を向けると、そこには立派な角を生やした緑髪の女子生徒が仁王立ちしていた。
角……鬼族の角と違い、側頭部よりやや後ろから生えた2本の角は、まるで竜のような角だ。
角竜族か……。どうでもいいが乳デカいな。
背も俺と同じ位高いし、モデルみたいに綺麗な子だ。
胸にはしっかり赤い花のバッチが付いている。
「イ、イリーナ!」
「ブラウ君、コイツ……」
「角竜族……チッ、クラスニコフ侯爵の……」
リーダー格の生徒……ブラウと呼ばれた生徒は忌々し気に女子生徒を睨みつけていた。
その視線を受けた女子生徒は、しかしフフンと不敵な笑みを浮かべると、その豊満な胸をさらに張って口を開く。
なんか様になってるな。髪も縦巻きロールだし。
「わたくし、イリーナ・ヴェローニカ・エカテリーナ・ヴァレリア・ユーリア・クラスニコヴァがこの喧嘩を預かりますわ!」
自身満々。威風堂々。
そんな言葉がとても似合う子だった。
というか名前がクッソ長い。
フルネームで呼ぶと噛みそうな名前だな。
そんな彼女の言葉を受け、ブラウ何某率いる白組の連中は俺達を放すと、忌々し気に彼女を睨みながら踵を返す。
「……チッ、今日の所は見逃してやる」
「お前達の顔、覚えたからな!」
「次は無いぞ!」
「角付き女め!」
あら、あっさりと白組連中が引いて行っちゃた。
ブラウと呼ばれたボンボンや取り巻き連中が、ありきたりな捨て台詞を吐く。
親の七光りを絵に描いたような分かりやすい連中だ。
しかし今回は4人に囲まれたのだが、全然怖いとは思わなかったな。
まあ、鬼族に比べたら本当に大したことのない連中だしね。
アイツと比べること自体おかしいけど。
これも修行の成果かね?
「ありがとうイリーナ! 助かったよ!」
「よろしくてよ……と、言いたいところだけれど、貴方はもっと男らしくなさいな!」
白組連中がどこかへ行った途端、さっきまで絡まれていたショタコンキラーが角竜族の女子生徒……確かイリーナ・なんたらこうたら・クラスニコヴァ、って言ったか? その子にお礼を言っていた。
イリーナとやらの反応を見るに、二人は知り合いなのだろう。
俺も礼を言っとくか。
「ありがとう、俺も助かったよ」
「貴方、アールを助けようとしてくれたのですわね? こちらこそお礼を申し上げますわ」
握手のつもりだろうか、彼女が右手を差し出してきたのでその手を握り返す。
すると彼女は不敵な笑みのまま、また自己紹介を始めた。
「先ほども申しましたけれど、わたくしの名はイリーナ・ヴェローニカ・エカテリーナ・ヴァレリア・ユーリア・クラスニコヴァ。ですわ! 見ての通り角竜族で、今日入学してきた1年生ですの。よろしくお願いしますわね」
これはこれはご丁寧に。
1年生ということはカーリナと一緒のクラスか。
名前はやっぱり長いから憶えきれなかったけど、イリーナ・クラスニコヴァと憶えておこう。
で、自己紹介されたら俺も返さないとな。
「俺はベルホルト。ベルホルト・ハルトマン。青組の同じ1年生だ。よろしくな」
「なんか見たことあるなーって思ってたら君も――」
「お待ちなさい」
え、なに? クラスメイト君が何か言いた気だったけれど……なんでそんなに怖い顔してんの?
「ハルトマンって名前、翼竜族のような響きですけれど……もしかして貴方、翼竜族の血筋?」
「あ、ああ。父さんがクォーターだから、俺も翼竜族の家系――」
「触らないでくださいまし! 汚らしい!」
……え? 握手してた手をそんなに強く振りほどかんでも……。
うわぁ……なんかショックだわ……こんな美人に豚を見るような目で見られるなんて……。
俺にそんな趣味は無いぞ……。
「あー……ごめんよ。えーっと、ベルホルト君。イリーナ、翼竜族嫌いなんだ」
「はぁ……」
「フンッ!」
だからそんなに機嫌が悪くなったのか。
さっきまでカッコいい印象だったのに、一気に印象が悪くなったな。
翼竜族の家系で生まれたのはしょうがなかろうに……。
「いいこと? 貴方、わたくしにもう話しかけないで下さいまし!」
「あっおいイリーナ! ……行っちゃったよ……。ホントにごめんよ! 彼女、悪い子じゃないからさ、許してあげてくれよ」
「まあ、助けてくれたしな……」
悪い奴ではないんだよな。ただ翼竜族が嫌いなだけで。
……ん? となると、カーリナはイリーナと同じクラスだから、カーリナが翼竜族だと知ればヤバいんじゃ……。
あーどうしよう! 心配になってきた!
「そうそう、自己紹介がまだだったね。僕はアール・ベイル。確か君と同じクラスだったよね? 4年間よろしく!」
「あ? ああ、ベルホルトだ。ベルとでも呼んでくれよ。よろしくな」
「分かったよベル!」
お互いに手を握り、握手をする。
アールか……ちょっと頭が弱そうだけど、童顔で人懐っこそうだ。
でも、さっきのイリーナのことでフォローを入れるあたり、友人思いの良い奴だな。
アールが同じクラスにいてくれてよかっ――。
「あ、ところでさ、僕財布忘れちゃって……昼ごはん代出してくれない?」
「……」
……あ、思い出した。
コイツ……アールのことをどこかで見たことあるな、と思ったら、入学試験の時に整理券を忘れて走ってた奴だ。
忘れっぽい奴なんだな。
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「へ~、妹と一緒にこの学院に入学したんだ」
「ああ、カーリも赤組でさ……さっきのイリーナと一緒だから、いじめられないか少し心配になんだよ……」
「ん~、イリーナは嫌いな人でも、いじめるようなことはしないと思うけどな……」
現在、俺とアールは食堂で学食を食べつつ、お互いのことについて話し合っている。
カーリナのことを探していたんだが、終ぞ見つけられなかった。
アールは否定していたが、やっぱりさっきのこともあってカーリナが心配だ。
もしいじめられるようなことがあったら、俺はきっと魔神より恐ろしい存在になるだろう。
まあ、そんな覚悟がある。と言うだけなんだが。
因みに、アールとイリーナはこの国の北東にある大きな街、パトロスの出身で、イリーナはその街を治めるクラスニコフ侯爵の令嬢だそうだ。
アールはそんな彼女と幼馴染ということで、仲良く学院に入学してきたらしい。
なんで角竜族がこの国の侯爵になっているのかというと、独立の際に大きな功績を上げたからだそうだ。
詳しいことは知らん。
「そんなに心配なら後で注意してあげればいいじゃん」
「ま、そうだよな……」
結局はそうするしかないよな。
まだ入学してから半日しか経っていないが、カーリナと話をして注意してやらねば。
「はむ。はふ、むぐむぐ……ん、ごちそうさま! ごはんも食べたし、そろそろ寮の方へ行こうぜ!」
「ああそうだな」
昼飯を食べ終え、食堂を後にした俺達は、学生寮へと向かって歩き出した。
「俺の金で食った飯は美味かったか?」
「あ、あははは! 後で返すってば!」
なんだかんだと、俺達は軽口を言い合える程に仲良くなったみたいだ。
なんかいいなこういうの。
前世の高校を思い出すな……。
そんなふうに取り止めのない話をしながら学生寮へと着くと、寮監に自分の部屋の番号を聞き、それぞれの部屋へ向かうことになった。
「また後でお金持ってそっちに行くよ」
「ああ」
俺が2階でアールが3階だったため、2階の踊り場で俺達は別れることになった。
後でアールがさっきの昼飯代を持ってくるみたいだ。
さて、アールが来る前に自分の部屋の荷解きをしないとな。
そう思いながら俺は自分の部屋を探しだし、てドアを開けると、そこには既に一人の生徒が入っていた。
そいつは自分の荷物を整理している最中だ。
「ああ悪い、俺はこの部屋に入ることになったんだけど、もしかしてアンタもか?」
「ああ。俺もこの部屋だ。俺は新入生のバシル・ダヴィド。よろしくな」
バシル・ダヴィドか。
彼はやおら立ち上がると、俺の前まで近づいて手を差し出して来た。
その手を握り返しつつ、バシルを見上げる。
俺より頭半分程背が高いバシルは、短髪黒髪の男で、眉間に皺が寄って少し不機嫌そうな表情だが、口元は少し笑っているから多分これが素の表情なんだろう。
顔も堀が深くて中々精悍な感じだ。
そしてバシルの胸にも、俺やアールと同じく青いバッチが付いている。
どうやらクラスメイトみたいだな。
「俺はベルホルト・ハルトマン。よろしく」
「ああ、お前も青組なんだな」
「ああ」
うん。なんだか気が合いそうな奴でよかった。
「学習机の上に制服のローブがあるから来てみたらどうだ?」
「ん? ああこれか」
窓際に2つ並んだ机の上に一つだけローブが置いてある。
それを手に取って被ってみると、サイズが少し大きいがそこまで気にならない程だった。
採寸なんてしてなかったけど、ローブだから多少大きくてもいいみたいだな。
それとこれを着たことで、気分がなんとなく魔法使いっぽくなってくる。魔法師だけど。
これで俺もハ○ー・ポ○ターだ!
ローブのサイズも良かったし、脱いで自分の荷物を整理するか。
持ってきた防具や木剣、本、雑貨などを仕分けて仕舞い込もう。
その内アールが来るだろ。
「そう言えばベルホルト、お前はどこから来たんだ?」
「ん、俺か? 俺は東部のカラノスから来たんだ」
荷解きを始めると、自分の荷物を部屋のキャビネットに仕舞っていたバシルが聞いてきたので、自分の生まれ故郷を教えた。
因みにキャビネットも部屋に二つあるから、一人一つのようだ。
机もベッドもキャビネットも二つ、それが左右対称に配置されている。
「ハッ、なんだスゲー田舎だな」
「……まあ、な」
なんだよ、鼻で笑うこと無いだろ……。
ちょっとその態度はどうかと思うぞ?
「……バシルはどこから来たんだ?」
「俺は西部のコイノスだ」
コイノス……? 聞いたことないな。
ハルメニアの西部で大きな街と言えば、大きな砦のあるクレイトスやクラテロスくらいしか知らんが……。
知らんと言うことはそれだけ田舎なんだろう。
「コイノスなんて町は知らないけど、そこも田舎じゃないのか?」
「……ああ、まあ……」
さっき鼻で笑われたからといって、俺は人の生まれ故郷を笑うことはしないつもりだ。
だから俺は、さっきのは気にしてない風に笑みを浮かべながら言ってやった。
しかし――。
「……カラノスよりは大きい町だがな」
「は?」
バシルは何が気に入らなかったのか、さっきよりも不機嫌そうな顔で、しかしどこか勝ち誇った笑みを見せながら言ってきた。
というかカラノスを見たことあるのか? どうしてカラノスがコイノスより小さいって断言できるんだ?
「コイノスって何があるんだよ……どうせ羊の毛でも刈って暮らしてるんだろ?」
「あ?」
気が付けばお互い、自分の荷物から手を放し、相手を睨み付けていた。
前言撤回だ、こいつとは気が合いそうにねえ!
「そういうお前らカラノスの連中は、畑を耕すだけで何も出来ないんだろ?」
「はあ!?」
「ああん!?」
なんだよコイツ、俺の故郷をバカにしやがって!
段々腹が立って来た。
バシルが立ったので俺も立ち上がり、額同士がぶつかるくらいの距離で睨み合う。
「コイノスをバカにしやがって! ふざけんなよ!」
「バカにしてきたのはお前だろ! 鼻で笑いやがって!」
「やんのかテメェ!」
「上等だ! 表に出ろよ、相手してやる!」
もうだめだ、こいつとは上手くやっていけそうにない。
その場限りの相手ならいざ知らず、これから毎日顔を突き合わせる奴の為に我慢したくはない。
それに悪いのは俺じゃない、コイツだ! 白組の連中のような小物とは違って、コイツとはきちんと語り合あなければいけない。勿論拳で。
「お待たせーベル。さっきの昼ご飯代持って――って何してるの?」
とそこへ、さっきの昼飯代を持ってきたアールが部屋に入って来た。
ただ、俺とバシルが至近距離で睨み合っている状況に、少し困惑している様子だ。
そして何を勘違いしたのか、ハッとした表情に。
「ハッ! もしかして二人はもうそんな愛し合う関係に!?」
「ふざけんな! ぶっ殺すぞテメェ!!」
誰がコイツと愛し合ってるって? 魔法喰らわすぞ!
しかもバシルとハモってしまったじゃねーか。
そのバシルは俺から顔を逸らすと、ベットの上に置いてあった自分のローブを掴み、アールを押しのけて部屋の外へと出て行った。
突然部屋から出てなんなんだお前は。逃げるのか?
そう思って部屋から顔を出し、バシルを呼び止めようとした。
「おい、どこ行くんだよ! 話はまだ終わってないだろ!」
するとバシルは、振り返りもせずにイラついた声で答える。
イラついてるのは俺も同じだよ。
「お前なんかと一緒に居られないからな。寮監に言って部屋を変えてもらうように言って来るんだよ!」
「ああそりゃあいいな! これでもうお前と一緒に居なくて済むよ!」
これでアイツともおさらばだ。
「一体何があったの? あ、これさっきのごはん代。ごちそうさま」
「ああ、わざわざありがとう。……アイツ、俺の故郷をバカにしやがったんだよ」
アールから昼飯代を返してもらいつつ、俺はことの顛末を言うことにした。
バシルに何処から来たのかを言われ、答えると鼻で笑われて少しカチンときたこと。
そこから罵り合いに発展したこと。
自分ではありのままに話したと思う。
しかし、アールから帰って来た言葉は意外なものだった。
「なんだ、五十歩百歩じゃん」
「は? なんで俺も悪いんだよ。アイツが全部悪い」
俺は悪くねえ。
「う~ん……ちょっとしたすれ違いだと思うんだけどねぇ……」
「……いや、そんなことはねえ!」
「頑固だねぇ~」
頑固で何が悪い! アイツとはもうやっていけん!
ってなんかこの表現も熟年夫婦みたいな感じだな。気持ち悪い。
「ねね! それよりさ、これから購買行こうよ! 僕の同室の人が言うにはさ、エッチな本とか置いてあるらしいよ!」
「……お前意外とスケベな奴だな……」
そのモテそうな童顔でその発言はないわ……。
俺が内心引いているのを知ってか知らずか、アールは更に鼻の下を伸ばしながら俺に近づき、肘で俺の胸を小突いて来た。
「そんなこと言って~、ベルも気になるんだろ?」
「まあな!」
そりゃあ俺も男ですもん。
この世界のエッチな本のことは気になりますよ。
フェリシア達との旅の途中でも、どんなものか気になって街でこっそり買ったことがあるのだが、何故か半日も経たずにフェリシアやカーリナに見つかり、処分されたものだ。
あれは悲しい出来事だったな……。
「だろ~? だったら行こうよ!」
「そうだな……ま、これから世話になるんだし、一度行ってみるか」
「よし決まり! 早速行こうぜ!」
やたらとテンションの高いアールと一緒に、俺はこの学院の購買を目指して部屋を出ることにした。
勿論、しっかりと学院支給のローブを着て。
寮監に抗議しに行ったであろうバシルと出くわしたくなかったので、こっそりと学生寮を出たのだが、寮監室には”外出中”と札が掛けられていて、恐らくバシルも寮の外へ出たのだろう。
結局アイツとは出くわさなかった。
外へ出て改めて寮を見ると、4階建てのマンションが8棟も並んでいるのは中々圧巻だった。
とんだマンモス校に入学したもんだな。としみじみ感じる瞬間だ。
「で、購買ってどっちなんだ?」
「え~っと、確かあっちの方に――」
「あ! お兄ちゃーん!」
お! この声は! あの姿は!! 俺の唯一にして最愛の|天使(妹)、カーリナではないか!
なんだ、会いに来てくれたのかな? だったらお兄ちゃん嬉しいぞ!
「カーリ!」
「丁度良かった、私達これから購買に行くことになったんだけど、お兄ちゃんも一緒に行く?」
「ああ、それなら俺達も行くところだったけど……」
小走りでやって来たカーリナは、早速友人を作ったようだ。
女子生徒がカーリナの後を追ってやって来たので、その子を注視する。
彼女は少しぼんやりとした表情で、どことなくアジアンテイストな顔つきの少女だ。
身長はカーリナより高く、あのイリーナと同じ位だろう。
そして最大の特徴が、黒い髪に猫のような耳と尻尾が生えていた。
獣人族だ。
「あ、紹介するね! この子は私と同室で同じ1年生のリンちゃん。もう友達になったの! リンちゃん、こっちがさっき話してた私のお兄ちゃん!」
「カーリナの双子の兄で、ベルホルトだ」
「……ユー・リンマオ……お兄さん良い匂いね」
リンマオとやらは俺に鼻を近づけ、スンスンと臭いを嗅いだ。
俺は良い匂いするのか? 魚の匂いとか? なんかよくわからんが不思議な雰囲気の子だな。
「それで、その人はだぁれ?」
そう言えばアールを紹介してなかったな。
しかし……カーリナのその首を傾げる仕草が可愛い……。
バシルから受けたストレスなんてどこかへ吹っ飛んで行っちゃったよ!
……じゃなくて、俺も紹介しないと。
「コイツはアールだ。アール、この子がさっき言ってた妹のカーリナだ」
「アール・ベイル、よろしく!」
「私はカーリナ。カーリって呼んで!」
「カーリちゃんにリンちゃんか。うん、よろしくね!」
うんうん、お互い自己紹介も済んで和やかな雰囲気だ。
リンマオも良い子そうだし、彼女がカーリナと一緒に居てくれれば俺も一安心だ。
どこかのクソバシルと違って気遣いが出来そうだしな。
「それで、お兄ちゃん達も一緒に行く?」
「ああ、一緒に――」
「是非是非! 一緒に行こうよ!」
「うん、じゃあ早速行こ!」
リンマオを連れて早速購買へ向かうカーリナ。
それにしても、何故か凄く乗り気だなアール君。
俺とカーリナの会話を邪魔して楽しいかい?
「アール、お前俺の妹に色目使ってんのか?」
「い、いやいや! そんなことは無いから! そ、そんなに怖い顔しないでよ!」
鼻息が荒かったから思わずドスの利いた声で聞いてしまった。
本人は必死に否定しているが実際はどうだろうか。
カーリナは可愛いからな。
いや、もしかしたらリンマオを見ていた可能性もある。彼女もノスタルジックな感じで中々美人だ。
……いやいやカーリナを差し置いて他の女に注目するとはどういうことか!
「お前カーリナのどこが不満なんだ!?」
「ちょっと君、めんどくさいよ……」
アールが引き気味に言う。
誰がめんどくさいか。
カーリナを侮辱する奴はベルホルト法で極刑だ。
「もう、お兄ちゃん達何してるの? 早く行こうよ!」
「おう!」
「ふう……」
カーリナに怒られてしまった。
余りバカなことをしていられないし、今は不問にしておこう。
アールも心なしかホッとしたような様子だ。
後で憶えとけよ。
と、カーリナ達をいつまでも待たせるわけにはいかないので、彼女達と並んで歩こうとしたその時だった。
「ベルホルトッ!」
「……チッ」
この声、アイツか。
そう思って振り返ると、バシルがこっちに向かって肩を怒らせながら歩いて来た。
お前なんでそんなゴリラみたいな歩き方なの?
「お前こそ勝手にどこに行こうとしてんだよ! さっきの話の続きが……」
俺に用事……というか多分、寮監へ部屋の移動を頼みに言った件についての話をしに来たのだろうが、バシルはある程度まで俺達に近づいたところで立ち止まり、何か衝撃を受けたかのような表情で立ち止まってしまった。
「ん? おいバシル、さっさと要件を言えよ……バシル?」
呼びかけても答えない。
どうしたんだ? ゼンマイでも切れたみたいになって。
というかどこ見てんだ?
気になって後ろを振りかえった。
後ろにはアワアワと心配するアール。
相変わらずボンヤリと佇むリンマオ。
そして、キョトンとした様子で俺とバシルを交互に見るカーリナ。
……おいおい、コイツひょっとして……!
「どうしたの? その人お兄――」
「あ、あの! 俺はバシル! バシル・ダヴィドだ! き、君の名前を聞いてもいいかい?」
「え……?」
突然動きだしたバシルは、俺の横を通り抜け、あろうことかカーリナの右手を握りしめた。
手を、握りしめた。
に・ぎ・り・し・め・た!!
「テメェエエエエエエエエッ!!」
「うぁ! もう、ビックリしたじゃない!」
「そうだ! いきなり叫びやがって、なんなんだよ!」
「ふざけんなテメェ! 俺の妹を離せっ!」
バシルのこの行動、間違いない、こいつカーリナに惚れやがった!
寄りにもよってコイツが! カーリナに!
ゆ゛る゛さ゛ね゛ぇえ゛!
「な! い、妹……! この子が、お前の……!?」
「うん。私、カーリナ・ハルトマン! この人は私のお兄ちゃん。よろしくね、バシル君!」
「あ、ああ! よろしく、カーリナ!」
「あああああああああ!」
馴れ馴れしくカーリナのことを呼び捨てするんじゃねぇえ!
「お兄ちゃんどうしたのさっきから? なんか変だよ?」
「そうそう。ほらベル、落ち着いて」
「……お兄さん……楽しそう」
「落ち着けるかぁ! 楽しいわけあるかぁあ!」
思わず頭を抱えて叫んでしまう。
カーリナが汚されているんだぞ! どうして冷静になれようか!
「カーリ、そいつはクソ野郎だ。今すぐ離れなさい」
「お兄ちゃん言葉汚い! バシル君いい人そうだよ?」
良い人じゃないんだよ! そいつは汚物だ! 天使であるカーリナが触ってはいけないんだ!
この想い、どうしたら分かってくれるだろうか?
「……カーリ、早く購買、行こう」
「あ、うん!」
「購買に行くのか……名残惜しいけど、また今度、君の話聞かせてくれるかな?」
「私の話? うん、いいよ!」
「ベル? おーいベルくーん? ……駄目だ、聞こえてないや」
あ、なんか今、俺の中の何かが音を立てて崩れた感じがした。
そうか……これがNTRか……。
「じゃあねバシル君!」
「ああ! また!」
ようやく手を離したか……。
オークス先生、俺はどうやら、カーリナを守ることが出来ないかもしれないです。
この4年間、カーリナがこのクソ野郎の魔の手に掛かるのを指をくわえて見ているしかないのでしょうか?
……いいえ、俺は守って見せます、守り切って見せます!
カーリナの純情は俺の手で守って見せますとも!
そのためにはこの学校で一番になれるように努力しなければ!
バシルが「参った!」っていうくらいの存在になってやる!
でなければ、カーリナを守ることは出来ないんだ!
「お兄ちゃん置いてくよ!」
「あ、待ってくれ!」
一つ救いなのは、カーリナがバシルに言い寄られても大した反応を示さなかったということだ。
後でバシルのネガキャンしておこう。
バシルの用件? そんなもん知らん!
アイツはアイツで、カーリナに熱っぽい視線を送るのでそれどころじゃないみたいだからな。
それと、これは後で分かったことなんだが、コイノスもカラノスも、貿易の中継地点というだけで特に何もない、規模も同じくらいのど田舎だった。
次回は2月19日に投稿となります。




