Side Act.2:フェリシアの気持ち
「はぁ~~……水が冷たくて気持ちいい……」
旅が始まってからもうすぐで2年近くになる。
その旅の道すがら、次の町へ向かう途中でわたしたちは野宿をしていた。
丁度近くに水場があったので、わたしはカーリと一緒に水浴びをしている最中だ。
こうやって水浴びをしている時は、男達、お父さんやベル、それにオークスさんもだけれど、三人に覗かれる時がたまにあるから注意しなきゃ!
夏前の陽が沈む直前で過ごしやすい気温だけれど、修行と食事の後で火照った体を、冷たい水で冷やすのは気持ちいい。
カーリも気持ちよさそうに泳いでいる。
……やっぱりわたしより胸が大きいわね……。
うらや……いいえ! 全然羨ましくなんだからね!
そんなふうにカーリのことを見ていると、わたしと目が合い、彼女はおもむろにこちらへと泳いできた。
「フェリ」
「何?」
カーリはわたしの前に来ると、浅い水底にぺたんと座り、わたしの目をじっと見つめて来る。
そんなに真面目な顔で見つめられると、わたしが何かしたのか不安になってくるのだけれど……。
一体何が言いたいのかしら?
「フェリって、お兄ちゃんのこと、好きなの?」
「は、はあぁ!? な、何よ突然!」
なんでそんなことをいきなり聞くのよ!
余りにも突然だったから、ついカーリから顔を背けてしまう。
だって、わたしはベルのことが――。
「好き、なんだね……」
「……」
何も言い返せない……。
これじゃあ、認めているような物よね。
どう答えようかと考えながらチラリとカーリの顔を見ると、彼女はまだ真剣な表情でわたしの顔をじっと見つめていた。
……素直に認めるのは癪だけれど、仕方ないわよね……。
「……文句、あるの?」
「ううん、文句ないよ!」
わたしの答えに満足したのか、カーリは二パッと顔を破顔させた。
そもそも何でこんなこといきなり聞いてきたのかしら?
「何でそんなこと聞いてきたの?」
そうカーリに聞くと、彼女はわたしの右隣に座り、眩しいほどの笑顔で理由を話してくれた。
「だってフェリ、お兄ちゃんといるとき凄く嬉しそうなんだもん!」
「わたし、そんなに嬉しそうな顔してる?」
「うん!」
そうなんだ……わたし、ベルといる時はそんな顔してるんだ……。
背後の岩にもたれ掛かるように陽の沈んだ空を見上げると、一瞬、彼の顔が見えたような気がする。
多分、今のわたしの顔は赤くなっていると思う。
いつからだったかな……ベルのことを想い始めたのは。
クァールに襲われた時からかもしれない。
聖地ラージャで一緒にお買い物をした時かもしれない。
でもやっぱり、彼のことを一番意識したのは、あの鬼族、ハリマと勝負をしていた時だと思う。
たった一発、お腹にパンチを受けただけで負けそうになっていた彼に、わたしは思わず声を掛けてしまった。
フラフラになり、立っているのもやっとだった彼が、魔法を使ってハリマを倒した時、わたしの胸は最高に高鳴っていたのを今でも憶えている。
ああ、わたし、ベルのことが好きなんだ……。
そう自覚したのを、今でも憶えている。
その後、ベルを治療しているカーリに対して、わたし自分の膝を貸してあげることしかできなかったけれど、それでも彼は穏やかな顔で寝てくれていた。
しばらくして彼を起こそうとしたときに、寝言でわたしに「母さん」なんて言ってきた時は、本当にドキっとしたわ。
「ハリマと戦ったあと、フェリ、お兄ちゃんに膝枕してあげたでしょ? あの時のフェリ、まるでお母さんみたいだった」
「な、なによそれ!?」
思っていたことと近いことを言われて、思わず違う意味でドキッとする。
本当にこの子は、たまに人の心を読んでいるのかしら? って思うくらい人の気持ちを言って来るから油断できないわ……。
……それに、わたしは母親なんて知らない。
そんなわたしが、「お母さんみたいだった」なんて言われても、いまいちピンとこない。
里のお婆様……は、なんか違うわよね。
「そういうふうに感じたのはきっと、フェリが本当にお兄ちゃんのことが好きだからだよ」
「……そう」
そういうものなのかしら?
「……実はね、私も、お兄ちゃんのことが好き。異性として、好き」
「……それは、普通じゃないわね」
「あはは……」
……またこの子は……いきなりそんなこと暴露しないでよね。
まあ、前々から仲の良すぎる兄妹だとは思ってたけれど……。
でも――。
「でも、変じゃないわ。好きになってしまったのは、しょうがないもの」
しょうがないじゃない。彼のこと、好きになっちゃったんだもの。
まるで自分への言い訳だけれど、それはカーリにも当てはまることだと思う。
それがたまたま兄だったというわけで、誰のことが好きになっても、別にいいじゃない。
そうわたしは思う。
「……うん、ありがとう」
お礼を言いながらも、カーリは一瞬だけ寂しそうな顔をしていたけれど、それもすぐに笑顔に変えて話を続ける。
「私はお兄ちゃんとは兄妹だから諦めなくちゃいけないけれど……でも、フェリにならお兄ちゃんをあげてもいいよ!」
「あげても、って……」
「本当は私が欲しかったんだけどね!」
ベルは物じゃないんだから……。
でもそれだけカーリは、彼のことが好きなのね。
よくよく思い出すと、ベルに対してのカーリの行動は、好きだからこそのアプローチだったのかもしれないわね……。
それに気付かないベルも鈍いのかもしれない。
「ねえ、フェリはなんでお兄ちゃんのことが好きになったの?」
「なんでって……」
なんでかしら?
妹想いで、真面目で、どこか達観していて、そしてこんなわたしにも優しく対等に接してくれた。
それは、彼にとって当たり前のことだったかもしれないけれど。
故郷のエルフ族の里ではあんまりいい思い出が無かったけれど、この旅でベルたちと出会ってからはいい思い出しかない。
確かに、初めの頃は喧嘩していたけれど……今ではそれもいい思い出。
だから、ベルたちと一緒に旅をしていて、いつのまにか好きになっていたのかもしれない。
あと、無詠唱で魔術が使えるのも羨ましいわ。
一体どうなっているのかしら?
「……自然に、気が付けば好きになっていたわ。一緒に旅をして、一緒に戦って、一緒にご飯を食べて……きっかけはいっぱいあったと思うけれど、そんなきっかけの積み重ねだと思うわ。好きって自覚したのは、ベルがハリマに勝った時だけど」
「あの時のお兄ちゃん、カッコよかったもんね!」
「……ええ」
本当にカッコよかった。
お父さんやオークスさんからすればみっともない戦いだったかもしれないけれど、わたしの目には最後まで諦めないその姿が、最高にカッコよかった。
……駄目ねわたし、本気で彼のことが好きみたい。
わたしの顔も真っ赤になっていると思う。
たまらず、バシャバシャと水で顔を洗うと冷たくて気持ちいい。
「じゃあいつかフェリのことを”お姉ちゃん”って呼ばないとね!」
「お、お、おねっ、おねえちゃんって、いくら何でも早ずぎるわよ!」
そんな関係になるとは限らないじゃない!
……でもそうなれたら嬉しいわね……彼、鈍そうだけれど……。
「あははは、っくしゅん! う~……ちょっと冷えてきちゃた、そろそろ上がろ?」
「そうね、いつまでも水浴びしているわけにもいかないしね」
ちょっと長く浸かり過ぎたみたいね。
ここが温泉だったらいつまでも入っていられたけれど、流石に陽も沈んで水浴びを続けるのは体に良くないわ。
取りあえず水から上がって体を拭いて、と。
「……フェリ」
「うん? どうしたの?」
わたしの背後、水辺の方からカーリが声を掛けてくる。
振り返って彼女と目が合うと、カーリはいつもの無垢な笑顔で言った。
「いつもありがとう!」
と、いきなり言われて、わたしは内心意味もなく慌ててしまい、そっぽを向いてしまう。
「べ、別にお礼なんか言わなくてもいいわよ! わたしこそ、二人には感謝、しているんだからね!」
そしてツンとした態度で応えてしまった。
わたしの悪い癖ね。素直になれないのが自分でも少し悔しいわ。
「あはは!」
でも、こんなわたしのことを、ベルもカーリも気にすることもなく付き合ってくれる。
それがわたしにはたまらなく嬉しい!
本当に、二人に出会えてよかった。
……ベルに出会えて、本当によかった。
「……そう言えば、カーリはなんでベルのことが好きなの?」
「あ、それはねー……」
もうすぐ彼らとの旅が終わる。
本当は凄く寂しいことだけれど、彼らを引き留めることは出来ない。
だったら最後まで、わたしはこの時間を楽しもう。
そしていつか彼と再会した時に、わたしの気持ちを伝えよう。
今はまだ、彼は私のことを見てくれていないと思うから、わたしのことを見てくれるように努力しよう。
だから待っていなさいよベル!
以上、Side Actでした。
本編第20話の方でもお知らせいたしましたが、第3章は22日の日曜日に投稿となります。
毎週日曜日18時の投稿となりますので、何卒よろしくお願いいたします。




