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第20話:旅の終わりに……

 聖地ラージャから折り返してきて11ヶ月、カラノスの町を出発して早23ヶ月。

 2年と11ヶ月が経ったということになる。

 この間に俺とカーリナの冒険者の階級も二級へと昇格し、先に二級へと昇格していたフェリシアと同格に並んだ。


 ハリマとの闘いを終えてから俺とカーリナは14歳になり、フェリシアは17歳に。

 そして、旅も大詰めを迎え、予定よりも少し早くにハルメニアとドラグライヒの国境沿いの町、リッヒまで来た。

 カラノスは、この街から馬で二日の距離だ。


 馬と言うのは、真神の配下と戦闘した際、彼らの乗っていた馬を失敬させてもらったやつだ。

 俺とカーリナは、乗馬の出来るオークス先生やフェリクス、それにフェリシアに馬の乗り方を教えてもらい、今では俺もカーリナも一人で騎乗できるようになった。

 馬は四頭なので俺とカーリナは交互で誰かの後ろに乗っていて、最初は尻の皮が剥けたり腰が筋肉痛になったりして痛かったが、一人で乗ることに慣れてくるとこれが結構楽しい。

 何より、馬車と違って酔うことが無い!


 で、今現在はどうしているかと言うと、リッヒの町にある酒場で食事をしていた。


 「うおーいベルホルトォ。呑んでるかー? うぃっく」

 「はいはい、呑んでますよー」

 「おぅもっと呑め!」


 正確には酒を飲んでいた。


 と言うのも、この街を出ればすぐにカラノスに着く。

 カラノスに着けば、俺達5人の旅は、終わる。

 だからと言うことで、最後に皆で酒を呑んで騒ごう。と言うことになった。

 つまりは打ち上げと言うことだ。提案者は勿論フェリクスである。


 これでこの旅の最後になるだろうから。と酒場に入って飲食していたのはいい。

 俺も前世では呑むこともあったし、付き合うのはやぶさかではない。

 でも、それを提案したフェリクスが真っ先に出来上がるのはいかがなものかと思うのだが……。

 そして更にもう一つ問題が発生した。


 「にゃははは! お兄ちゃんがぁ、ふたりー! にゃはははは!」

 「大丈夫か、カーリ」


 カーリナがへべれけになってる……。

 彼女にはまだ早いかもしれないから余り酒を呑ませたくなかった。

 しかし最後と言うこともあって1、2杯程度なら大丈夫だろうと思ってたら、いつの間にか5杯6杯と杯を飲み干したらしく、後は御覧の通り、へべれけ2号が完成した。


 なんかもう色々残念だよ。

 涎は垂れてるし、服は半分脱ぎかかってるしで。

 でもそんなカーリナも可愛い。

 トロンとした目で上目遣いに見上げてくる様は、俺の|男(本能)と|兄(理性)の境界をぶち壊しそうにな威力だ!


 「ふむ……カーリナはこんなにも酒に弱かったのか……」

 「すみませんカーリが……ってこら! 俺の顔をペロペロするんじゃない! そういうのは誰もいないところでしなさい!」

 「誰もおらんかったら舐めてもよいのか?」


 冷静なツッコミありがとうございますオークス先生。

 と言うか先生はやっぱり流石だな。

 もう大ジョッキ8杯は空けているのに、素面そのものだ。

 先生の肝臓がどうなっているのかが知りたい。


 俺? 俺はまだ2杯目だし、まだまだ平気だと思う。


 「ねえ、ベル……」

 「ん? どうしたフェリ?」


 俺の右側にへべれけ2号を挟むようににして座っているフェリシアは、それなりに呑んでいるらしく、白く綺麗な顔が真っ赤に染まっている。

 それでも彼女はカーリナと違い、それなりに理性が残っているみたいだ。

 ただ、瞳が潤んでいるのは、多分酒の影響なのだろう。


 「本当にあと少しでお別れなの? もっと一緒に旅をしましょうよ」

 「フェリ……」


 そんなに寂しそうに言うなよ……。


 俺もカーリナも、この2年間は本当に楽しかったと思ってる。

 出来ればこのまま一緒に旅をしたいけど……。


 「ごめん。ハルメニアの魔術学院にも行ってみたいんだ」

 「そんなのっ、行かなくてもいいじゃない!」


 フェリシアはバンっ! と机をたたきながら立ち上がって声を荒げる。

 驚きつつ、彼女の顔を見つめていると、目からは今にも涙があふれそうになっていた。


 なにごとかと周りの客も一瞬静かになって注目を集めたが、すぐにまた仲間内で騒ぎ始める。

 カーリナは、驚いたような、悲しいような表情でフェリシアを見つめていた。


 「お父さんやオークスさんに教えてもらってたら駄目なの? わたしと旅するのがそんなに嫌なの!?」


 どうしたものか……。

 というか、フェリシアも大丈夫そうに見えて、かなり酔っているかもしれないな。


 いやでも、最近のフェリシアは目に見えて元気が無かった。

 多分、旅の終わりを気にしていたんだろうとは思っていたが、まさかこんなに思い詰めていたとはな……。


 「そうだぞ! 別にガッコーなんて行かなくても――」

 「フェリクスや、杯が空いておるぞ」

 「おお悪ぃな!」


 ありがとうございます先生! 取りあえずそのままへべれけ1号の相手をしてください。


 しかしさて、どう言って聞かせればいいのか……。


 「……俺も、このまま皆と旅を続けれたら、って思うよ。」

 「じゃあ……!」

 「でも、学院にも本気で行きたいんだ。学院でもっと色んなことを学んで、色んなことを知りたいんだ」

 「……」

 「それにこれで一生の別れじゃない。学院を卒業したら、また皆で旅をしようよ。その時は弟も連れて行くからさ」

 「……そんなの待てないわよバカッ! 大っ嫌い!」

 「あはは……」


 嫌われてしまったな。

 フェリシアも本気で言っているわけではないだろうし、多分分かってくれていると思う。

 ただ、今は感情的になっているだけなんだ。

 彼女はそのまま椅子に座り、目から大粒の涙を流しながら小さく嗚咽を漏らして泣き出した。


 そんなに別れを寂しがってくれて、俺は本当に嬉しい。

 出会った当初のフェリシアのままだったらいざ知らず、打ち解けて仲良くなった彼女は、姉のような存在だった。

 だからこそ、俺も寂しいし、学院を卒業したらまた彼女たちと旅をしたいと思う。


 学院への入学は前々から決めていたことだから、しっかり勉学には励みたい。

 じゃないと、フェリシアに怒られそうだ。


 「うぁ、うぁ、うぁああん! きらいになっちゃやだー!」

 「ちょ、ちょっとカーリ……」


 と、突然カーリナがフェリシアに抱き着いて泣き始めた。

 これにはフェリシアも驚いたようで、泣いていたところを逆に泣き着かれたものだから困惑している。


 どうやらカーリナは、フェリシアが泣き始めたのを見てもらい泣きしたみたいだ。

 本当に大丈夫かうちの妹は?


 「フェリィ……きらいになっちゃやだぁ……」

 「……き、嫌いになんてならないわよ!」

 「本当に?」

 「ほ、本当よ!」

 「わーい! わたしもフェリだいすきー!」


 ……本当に仲のいいことで。

 まあ別に羨ましくなんかないよ? 全然羨ましくないよ?


 腰に抱き着きながらフェリシアの膝に顔を埋めて甘えるカーリナに、フェリシアも「まったく……」なんて呟いているが、その表情はとても嬉しそうだ。

 

 「フェリだいすきー……すぅ……」

 「あ、カーリ寝ちゃったな……」

 「凄い体制で寝てるわね……」


 確かに、椅子に座ったまま隣のフェリシアの膝に突っ伏して寝るという芸術的な寝相をしている。


 そんなカーリナの頭を撫でるフェリシアと目が合い、自然とお互いに笑みが零れた。


 「……さっきはごめんなさい。我儘を言ってしまって……」

 「いや、いいんだ。俺だって同じ立場だったら同じことを言ってたと思うし……」


 カーリナも同じことを言っただろうしね。

 それにしても今日のフェリシアはかなり素直だな。

 やっぱり酒が入ると素直になりやすいのかね?


 「それにありがとう、フェリ。フェリのお陰でこの2年間が凄く楽しかったよ」

 「わ、わたしだって感謝しているわ。ベルとカーリが一緒に居てくれて、本当によかったと思ってる……だ、だから……あ、ありがとう……」


 フェリシアへの感謝の言葉を口にすると、彼女は酔って赤くなった顔を、さらに赤くして応えてくれる。


 照れつつも応えるそんなフェリシアが、なんだかとても可愛いかった。

 なんでだろう? 酒を呑んでいるからか?

 さっきまで泣いていたから潤んだ瞳に赤い顔、そして照れる仕草。

 不覚にもキュンとしてしまった。


 元から美人だったから、尚更今日は可愛く見える。

 だからというのもあって、「え、あ、ええっと……」なんてキョドってしまった。

 取りあえず笑っておこう。

 照れ笑いと言う奴だ。


 「あ、あはは……」

 「えへへ……」


 ……うん、ちょっとドキドキするな。

 酒の所為かな?

 なんて思っていると、いきなり左隣からフェリクスが肩を組んできた。


 「うおぃ! ベルホルトぉい! おめぇ全然呑んでねぇじゃねえか! もっと呑め!」

 「え!? あ、はい……」


 ちょっといい雰囲気だったのに、すぐこれだ。

 心なしか、オークス先生も申し訳なさそうな表情をしている。


 ……とは言え、折角の打ち上げで余り酒を呑まないのももったいないし、俺ももうちょっと呑もうかな。

 そう思ってほぼ満タンの杯を手に取り、そのまま一気に呷った。

 中身は飲みやすいエールだからすんなりと喉を通る。


 「プハァ!」

 「お! 良い呑みっぷりじゃねえか! 次もジャンジャン呑め!」

 「はい! いただきます!」


 これはこれで、ちょっと楽しいな!

 3杯目も一気に呷る。

 なんだか頭がふわふわしてきたぞ!


 「ちょっと! 無理しないでよねベル」

 「おう! 大丈夫だ、任せとけ!」

 「十分大丈夫じゃなくなっておるではないか……」


 大丈夫だって言ってるのに何故かフェリシアやオークス先生が呆れた顔になっている……。

 まいいよな! たまには羽目外しても!


 「ハッハッハ! お前もいけるじゃねえか! おら、もっと呑め!」

 「おっとっと! すみませんねぇ!」


 楽しい! 楽しいぞ!

 皆で騒ぎながら呑むのがこんなにも楽しいとは思わなかった!

 多分、こんなに騒ぐのも今日で最後になるだろうし、今夜はとことん呑むぞ!


 呆れつつも楽し気な様子のフェリシアを尻目に、俺はどんどんと杯を飲み干していった。



 _______________________________________________




 「……んが!? ……あ゛~だるい……」


 目が覚めた。

 宿の部屋の中、窓を見ると既に太陽は昇りきっていて、朝と言うより昼に近い雰囲気だ。

 ちょっと寝すぎたかな?


 「ふぁあ~あ……取りあえず、顔でも洗って来るか……」


 伸びとあくびを一つ、そしてベッドから降りて部屋のまま外に出る。

 同室のフェリクスやオークス先生の姿は既に無く、どうやら俺だけがこの部屋にいたみたいだ。


 部屋を出て井戸に向かいながら昨日のことを思いだした。

 昨日はかなり呑んでいたな……。


 記憶はあるし、最後まで意識ははっきりしていたが、どうにも足取りだけは覚束ず、フェリクスと肩を組んでフラフラと歩き、千鳥足で宿に返って来たのを覚えている。

 どうやら俺も、へべれけ3号になってしまったみたいだ。


 「ブクブクブクブクブクブク……」

 「……何やってんですか?」


 宿の中庭にある井戸に着くと、そこには既にフェリクスがいた。

 なんてことはない、水の張った桶に顔を突っ込んでいるだけだ。

 うつ伏せに倒れながらブクブクと音を立てている姿を目の当たりにして少し引いてしまったが、何とか勇気をもって話しかける。

 すると彼は俺に気付いたのか、桶から顔を出し、こちらに顔を向ける。

 いつもの白く透き通った肌が真っ青になっていて、目がしょぼしょぼとしていた。

 大丈夫か?


 「おう……ベルホルト。今起きたのか? オークスは食堂に入るぞ……」

 「あ、はい。おはようございます……大丈夫ですか?」

 「ああ、ちょっと、頭がかち割れそうなだけだ……」

 「ああ……」


 どうやらただの二日酔いみたいだ。

 因みに俺は、そこまで酷くはない。

 フェリクスは本当に酒に弱いみたいで、いつも呑んだ次の日にはこうやって二日酔いと戦ってる姿をよく見掛ける。


 「昨日は楽しかったです」

 「……たまにはああやって騒ぐのもいいだろ?」

 「はい」


 フェリクスは青い顔でそう言いつつ、ニヤリと笑って見せる。

 確かに、昨日は楽しかった。

 前世ではああやって誰かとどんちゃん騒ぎをする機会なんてついぞ無かったし、酒が美味しいと思ったのも昨日が初めてだ。


 また、いつか皆で呑んで騒ぎたいな……。


 「悪ぃベルホルト、肩貸してくれ」

 「はい。……よいしょっと」

 「よ、っと。へへっ! ありがとよ」

 「どういたしまして」


 どうやら一人で立ちあがれないらしく、俺の肩に手を回してフェリクスは立ち上がった。

 そんな状態でどうやって部屋から出てきたんだ?

 そんなことをボンヤリ考えながら中庭から宿の中に入ろうとすると、肩を貸すフェリクスから真面目な声が聞こえてくる。


 「この二年間、フェリと一緒に居てくれてありがとな」


 フェリと一緒に居てくれて。か……。

 俺達と、じゃなくてフェリと、か。


 「こちらこそ、フェリが居てくれたから楽しい旅になりました。俺もカーリも、フェリに感謝してますよ」


 勿論、フェリクスにもね。

 あんたが俺達を受け入れてくれなかったら、フェリシアと仲良くなることも出来なかったし、本格的な剣術を教わることも無かった。

 本当にありがたいことだ。


 フェリクスが「そうか……」と言いながら足を止めるものだから、自然と肩を貸す俺の足も止まった。

 どうしたのかと彼の顔を横目でチラリとみると、フェリクスは前を向いたまま、今までに見たことのない優しい微笑みで話し始める。


 「フィーリア……フェリの母親がいないのは知ってるだろ?」

 「はい、フェリから聞きました」


 確か、フェリシアが生まれてすぐに亡くなったとか……。


 「で、親父が称号付で魔神エルメスの弟子だ。だからあいつ、俺の里では腫れもんみてーに扱われててな。随分寂しい想いをさせちまったんだよ」


 そうか……生まれてすぐに母を亡くし、父は有名人だ。

 近所の子供も、気軽に付き合うことが出来なかったのかもしれないな。


 「そのせいで妙な強がりを言ったり、俺に剣術を教えろって言ってきたリするようになってよ。挙句には、友達なんかいらないって言うようになっちまった」


 子供同士で満足に遊べないから、頼れるのはフェリクスや兄達になったんだろう。

 友達なんかいらないなんて、普通は言わない。

 だからあんなに、強がりを言うようになったのかな?


 「だからお前とカーリナが、フェリの心を解きほぐしてくれて、そんで友達になってくれたお陰であいつは大きく成長出来た。だから、ありがとう」

 「いえ……」


 静かに語るフェリクスに、俺はただ耳を傾けていた。

 俺もカーリナも、特別何かをしたわけではない。

 確かにクァールに襲われた時は助け出したりはしたが、それはただの切っ掛けにすぎないし、お互いに知ろうとする努力をした結果なのだ。

 だから俺は、彼女と仲良くなったのは必然だと思っている。


 最早フェリシアは、俺やカーリナにとっても大切な存在なのだ。


 「俺はフェリのことを――」

 「だからってオメー、俺の娘に色目使うんじゃねぇぞ! そういうのは本気で好きになってからだ! いいな?」

 「あっはい」


 さっきまでいい空気だったのに、なんでいきなり親バカ全開になるんですかねぇ?

 あとその言い分だと、俺がフェリシアのことを本気で好きになったら、色目を使ってもいいってことですか?


 しかし実際、フェリシアは美人だし、ペッタン……スレンダーで綺麗だ。

 おまけに気を許した相手には面倒見がいい。

 昨日もドキッとさせられたし、世の男共も黙って見ていないだろう。


 俺もアプローチすれば或いは……。

 いやでもやめておこう。

 軽い気持ちで女性を口説くものではないよな。うん。

 俺にはカーリナがいるし、何よりフェリクスとの約束だ。


 「ま、そういう訳だ。取りあえず飯でも食おうぜ」

 「そうですね……俺もお腹へりました」


 なんてやり取りをしつつ、フェリクスは俺の肩から離れて一人で歩き出した。

 どうやらもう大丈夫みたいだ。

 彼に続いて俺も宿の食堂へと向かい、そこにいたオークス先生と食事をとり、今後の予定などを話し合った。


 因みにカーリナとフェリシアは二人で買い物に出かけていたみたいで、夕方前に宿に戻って来た。

 二人の楽し気な様子を見て、少し羨ましいと思ったのは内緒だ。

 お兄ちゃんも混ぜて欲しかったなぁ……。



 _______________________________________________




 「……見えて来たのう」

 「やっと帰って来たか……」

 「懐かしいね!」


 リッヒの町を出発して二日半。カラノスの町が見えて来た。

 予定よりも時間が押しているのは、主にフェリシアが原因だろう。

 休憩の度に、『もう少し休憩しましょ』とか、『疲れたから休憩したい』なんて言うからだ。

 今までこんなこと言ったことが無かったが、リッヒの町を出てから頻繁にそんなことを言うようになった。


 別れたくない。っていう気持ちが、痛いほど伝わってくる。

 そんなに言われたらこっちまで余計に寂しくなっちゃうだろ……。


 「あれがカラノスか! 長閑ないいところだな」

 「……」


 快活に笑うフェリクスに対して、フェリシアの表情は暗い。

 時々チラチラと俺とカーリナの顔を見てきては、「本当に行くの?」なんて言いたげな表情をしている。


 「リッヒで事前に、電話を使ってビクトルに連絡しておいたからの。早う行って、安心させてやらねばのう」

 「んじゃま、早速行きますか」

 「はい」


 そんなフェリシアの心境を知ってか知らずか……いや多分オークス先生は知っていると思うが……彼女に構う様子もなく、オークス先生は馬の腹を蹴って前に進み始めた。

 それにフェリクスも続き、俺達も続いく。


 因みに、今は俺の後ろにカーリナが抱き着いている。

 本来なら背中に感じる二つのマシュマロを堪能したいところだが、今はそれどころじゃない。


 「おいフェリ、付いてこないと置いてくぞ!」

 「ええ……」


 本当に元気が無いな。

 フェリクスに言われてようやくフェリシアが付いて来た。

 心配になって後ろを振り向くと、フェリシアと目が合い、彼女は少し寂しそうに微笑むと、すぐにいつもの表情を作って前に進み始める。


 「もう大丈夫よ。行きましょう」

 「フェリ……」


 踏ん切りがついたように見えるが、俺達を追い越すとき、目が潤んでいるのを見てしまった。

 カーリナもそれに気付いたみたいで、心配そうに彼女の背中を見つめている。


 この前に一度、一緒に学院に入学しないか? って聞いたことがあったが、彼女は、『わたしは……剣術しか取り柄が無いから、別にいいわ』と断られた。

 フェリシア曰く、『わたしにはベルたち程魔術の才能は無いし、それに剣術の修行ももっとしたいから』とのことだ。

 でもこの間の飲み会のことを思えば、本当は寂しいのかもしれないな。


 しかしこっちがいつまでも気に病んでいても仕方ないよな。

 あと少しで実家だ。先生達に付いて行こう。


 先生達とカラノスに入るまでの間は、誰も何も話をすることもなく、ただひたすら静かに進んで行った。

 そしてそのまま俺達は町に入り、生まれ育った我が家へとたどり着く。


 ここが、終点だ。


 「ベル! カーリ!」

 「父さん!」

 「お父さん!」


 ビクトルが俺達の姿を見て駆け寄って来た

 どうやら庭仕事をしていたようだ。

 俺達も馬から飛び降り、ビクトルと再会の抱擁を交わす。


 「この2年で大きくなったね。見違えたよ!」


 もう14だからな。

 俺もカーリナも育ち盛りだし、そりゃあ大きくなるよ。

 あ、大きくなったのは身長だけじゃないぜ、心も大きくなったぜ!

 ドヤァ!


 「兄ちゃん! 姉ちゃん!」

 「アル!」

 「おおアル! 大きくなったな!」

 「うん!」


 少しして、ビクトルの声を聴いたのだろう、家の中から勢いよく飛び出してきたのは、弟のアルフレッドだった。

 アルフレッド……この二年で随分と背が高くなったな。

 泣き黒子がアルフレッドの可愛さを引き立てている。

 今は9歳か……にしても、他所の子よりも大きいんじゃないか?

 立派になったもんだ!


 「お帰りなさい。ベル、カーリ」

 「母さん、ただいま!」

 「ただいまっ! お母さん!」

 「ああこんなにも立派になって……無事でよかったわ!」


 続いて家の中から出てきたのはビアンカだ。

 彼女は俺達の姿を見るなり目に大粒の涙を貯め、俺達を抱きしめる直前にはボロボロと涙をこぼしていた。

 相変わらずの心配性だな。

 この通り、五体満足で帰って来たんだから、安心してくれよ!


 「ヤコブ先生、二人をありがとうございました!」

 「なんの。二人が頑張ったから無事に帰ってこれたのじゃ」

 「はい、本当にありがとうございました! ……ところで、そちらの方があの……」


 馬から降りたオークス先生に頭を下げて感謝の言葉を述べていたビクトルが、俺達の後ろで既に馬から降りていたフェリクスに視線を移していた。

 なんと言うかもう、その視線の熱っぽさときたら……。

 オークス先生も称号付だと知ったらどうなるんだろうか?


 「うむ。こやつが例のフェリクスじゃ。フェリクス、二人の父親のビクトルと母親のビアンカじゃ」

 「フェリクスだ。こっちが娘のフェリシア。二人には娘も世話になったよ。感謝してるぜ」

 「いえそんなっ! こちらこそ、息子達がお世話になりました!」

 「ここまで面倒を見て下さって、本当にありがとうございます!」


 ザ・大人の挨拶。って感じだな。

 ひたすら恐縮するビクトルやビアンカと、威風堂々な感じのフェリクスだ。


 「は、初めまして・フェリシア・ファーランドです。二人にはとてもよくしてもらいました。あ、ありがとう、ございます……」

 「ああ、フェリシアさんも、息子達が世話になったね、ありがとう!」


 おおーっと! ビクトルの爽やかイケメンスマイルが炸裂したぞ!

 ……というかフェリシアもちょっと顔が赤くないか? いや照れているだけなんだろうけど……。

 なんか悔しい。


 「あ、あ、あの、け、けん、剣皇様!」

 「ん? おうどうした坊主?」


 ああ、そう言えばここにも称号信仰の信徒がいたな。主にビクトルの影響だけど。

 そんなアルフレッドも、本物の称号付に出会えた喜びからなのか、興奮した様子でフェリクスに話しかけていた。

 何度も言うけど、称号付はもう一人目の前にいるからね?


 「いつか僕も剣術を教えてください!」

 「おういいぜ! もうちょっと大きくなったら俺の所に来い!」

 「はい!」


 フェリクスからそう言われ、アルフレッドは大いに喜んでいる。

 もう近所中を駆け回って自慢しそうな勢いだ。


 「あらあら、うふふ。積る話もあるでしょうし、皆中で話をしましょう」


 ひとしきり涙を流したビアンカが目の拭う。

 ああ……ビアンカのこの笑い声を聴くと、やっぱり家に帰ってきたんだな、って感じがするな……。


 「素敵なお母さんね……」

 「ああ……」


 家の中へと皆を招き入れるビアンカを、フェリシアは少し、羨ましそうに見ていた。

 やっぱり、母親のいる家庭が羨ましいんだろうな……。


 「お兄ちゃん、フェリ、早く入ろ!」

 「あっちょっと!」

 「おいおい、引っ張るなよ……」


 そんなフェリシアと俺の手を掴んで、カーリナは家の中へと引っ張って行く。

 まだまだこれから楽しいことがあるぞ、と言いた気だ。

 俺とフェリシアは顔を合わせてお互いに苦笑しながら付いて行き、そして――。


 「いらっしゃい。フェリシアちゃん」

 「あ……はい!」


 ビアンカが屈託の無い笑顔でフェリシアを受け入れてくれた。


 その時の嬉しそうなフェリシアの顔は、多分一生忘れられないと思う。



 _______________________________________________




 久しぶりの我が家。

 帰って来てからはまず、荷物の整理を簡単に済ませ、皆順番に風呂に入り、その後に全員でテーブルに着いて旅のこと、家でのことなどを話した。


 魔物と戦った話を聞いてハラハラするビアンカ。

 称号の聖地に行った話を聞いて興奮するビクトル。

 俺が鬼族のハリマと勝負した話を聞いて目を輝かせるアルフレッド。

 三者三様に反応を示す三人を見て、ああ、帰って来たんだな。と改めて実感した。


 逆に俺達のいない間にあった家での出来事も聞かせてもらった。

 アルフレッドがビクトルから剣術を教わっていたこと。

 ビアンカが、悪戯したアルフレッドを叱りつけたこと。

 俺達がいない間、アルフレッドがしっかり家事の手伝いをしていたこと。

 主にアルフレッドのことばかりだが、どれも聞いていて飽きなかった。


 やがて陽が沈み、折角だから皆で夕食を一緒に食べよう、ということになり、ファーランド親子は当然ながらオークス先生も一緒に食べることに。

 食事の席でも、少量の酒が入ったフェリクスが上機嫌に話をし、場を盛り上げる。

 娘自慢をしてはフェリシアに怒られ、魔神が如何に凄いのかを話してはビクトルやアルフレッドが熱心に聞いていた。

 久しぶりに食べたビアンカの料理は、どれも涙が出そうなくらい美味しかった。


 食事を終えるとオークス先生は自宅へと帰り、残ったファーランド親子は、ビアンカの好意で一晩この家に泊まることに決めたようだ。


 そして今は、俺達の部屋では、俺、カーリナ、アルフレッド、そしてフェリシアが寝巻の姿で一緒に寝転がっている。

 家にあった古いベッドを引っ張り出し、それを俺とアルフレッドが一緒に使っていて、カーリナとフェリシアが普段俺達が使っていたベッドを一緒に使っていた。

 ベッドは勿論、隣り合わせだ。


 「それで、フェリクスさんはさっきも酒を呑んでいたけど、もっと呑むと酷くなるんだよ」

 「へ~、お酒に強そうなのにね」

 「だろ? 俺も最初は驚いたよ」


 明かりが消えてもアルフレッドはまだ話を聞きたがり、俺も2年振りに会ったアルフレッドとまだまだ喋っていたかったので、思いつく限りのことを話している。


 「ベル! 勝手にお父さんの恥ずかしいこと言わないでよね!」

 「いいだろ別に」


 もう! とプリプリ怒るフェリシアだが、彼女も話を聞いていてどこか楽しそうだ。

 なんかこう、お泊り会って感じで楽しいな!


 「お兄ちゃんもお酒を呑みすぎて大変だった。って聞いたよ?」

 「カーリの方が大変だったわよ……」

 「ええー? そんなに?」


 確かに大変だったぞ。

 俺はまだ記憶が飛ぶほどじゃなかったけど、カーリナなんて覚えていなかっただろうに。


 「……いいなー兄ちゃんも姉ちゃんも、フェリ姉ちゃんも楽しそうで……」


 そんなふうに小さい声でワイワイと話をしていると、アルフレッドが羨ましそうな声で呟く。

 フェリ姉ちゃんと言うのは、アルフレッドがフェリシアをそう呼び始めた言い方だ。

 当のフェリシアはこれを凄く気に入っている。

 彼女曰く、『まるで弟が出来たみたい』と喜んでいた。


 「僕も、兄ちゃん達と同じリボンを付けて、一緒に旅に出たい!」


 と、アルフレッドがせがんできた。

 アルフレッドは俺達が付けている青い布を見て、自分だけ疎外感を感じているのかもしれない。

 いや、考え過ぎだろうけど、それでもアルフレッドだけ何もしていないのは可愛そうだな……。


 「大丈夫だよ! 今度はアルも一緒に四人で旅をしよ!」

 「本当に?」

 「うん! 約束だよ!」

 「やった!」


 なんて考えていると、カーリナがあっさりと約束してしまった。

 ……まいっか! 今度はアルフレッドも連れて旅をしよう! その時はきっと、楽しいだろうな。

 アルフレッドにも色んなものを見て欲しいからね。


 「じゃあ、今度は四人で何かお揃いの物を買いましょう」

 「いいの? フェリ姉ちゃん?」

 「ええ、アルだけ何もしていないのも変でしょ?」

 「あ、うん……ありがとう、フェリ姉ちゃん!」

 「ふふ、どういたしまして!」


 フェリシアとアルフレッドの中も良好だ。

 実は彼女がアルフレッドと会った時に、俺達にしたみたいにツンケンした態度で接しないかハラハラしていたのだが、意外とすんなり仲良くなってくれてよかった。

 最初こそはフェリシアも人見知りが出たのか、ちょっと口数が少なかったが、アルフレッドから色々話をせがまれているうちに、どうやら打ち解けてくれたようだ。


 そうやって俺達は、夜遅くまで色んな話で盛り上がった。

 あれだけ俺達との別れを惜しんでくれていたフェリシアも、今では楽しそうにおしゃべりに夢中になっている。

 そんな彼女をボンヤリと見つめながら、俺はいつのまにか眠りについていた。



 _______________________________________________




 「よし、準備は良いか?」

 「……ええ」


 早朝、家の玄関先でファーランド親子が傍に馬を従え、出発の準備を終えていた。

 馬は3頭連れていて、2頭はそれぞれが乗っている分で、もう1頭は荷物を似せている。

 もう少しここにいて下さってもいいのに。と引き留めるビクトル達の言葉に、フェリクスはいや、と首を横に振り、「いつまでも甘えているわけにはいかねぇ」と断ったのだ。


 「息子達が、お世話になりました。道中、お気をつけて」

 「ああ、こっちこそ世話になったよ。ありがとう」

 「フェリちゃんも、無理をしないでね? またいつでもここへ来てくれてもいいからね?」

 「はい、ありがとうございます。おばさま」


 ビクトルとビアンカがそれぞれ別れを告げる。

 フェリクスもフェリシアもそれに応えていく。


 ビアンカの言葉に、フェリシアは今にも泣きだしそうだった。

 彼女にとって、ビアンカは母親のような存在になったのではないのか?

 この一日でそう思える程、フェリシアはビアンカに対して心を開いていたようだ。


 二人は相性がいいのかもしれないな。


 「じゃ、そう言うことだベルホルト、カーリナ。俺が教えたこと、しっかり修業しとけよ! 次会った時に忘れてたりしたら、ただじゃおかないからな!」

 「はい!」

 「はいっ!」


 こちらに向き直ったフェリクスがいつも通りにニヤリと笑いながら言ってきた。

 本当に相変わらずだなこの人は……。


 フェリクスに返事をしながら心の中で苦笑をしていると、突然何かが覆いかぶさって来る。

 と言うかフェリシアだ。

 彼女は俺とカーリナを両手で力強く抱きしめると、涙声で別れを告げてきた。


 「今までありがとう、ベル、カーリ……また、旅をしましょう……」

 「ああ、また、一緒に旅をしよう」

 「今度はアルも一緒にね」

 「ええ……ええ……!」


 寂しがり屋さんめ! 俺まで涙が溜まってきたじゃないか!


 しばらく抱き合った後、フェリシアはサッと離れて馬に乗ると、俺達からそっぽを向きながら袖で目をゴシゴシと擦る。

 一瞬、涙が見えたような気がしたが、何も言わないでおこう。

 因みにカーリナは既に、ボロボロと涙をこぼしている。


 「よっ、と。じゃ、また会おうぜ!」


 フェリシアに続いて、フェリクスも馬に乗り、最後の挨拶をする。

 彼らしい挨拶だ。

 やがて馬を歩ませ、前へと進み始めると、それにフェリシアも続く。

 彼女は振り返り際、隠しきれない程の涙を流しながら手を振ってくれた。


 「また……また会いましょう!」

 「ああ! また会おう!」

 「いつか、絶対だよ!」

 「バイバイ! フェリ姉ちゃん!」


 俺達も負けじと手を振り返す。

 青い布を巻き付けた左手をいつまでも、彼らの姿が見えなくなるまで。


 二人の目的地は、恐らく夜神がいるであろう、バム軍港だ。

 どうやら、その夜神の支援に向かうらしい。


 フェリシア達を見送ってから、胸にぽっかりと穴が空いたような気がすることに気付いた。

 どうやら、思っていた以上に、この2年で彼女達のことが俺の中で大きな存在となっていた様だ。


 「おにい゛ぢゃん~」

 「カーリ……」


 俺の胸に飛び込んで来たカーリナを抱き留めつつ、二人が消えていった先を見つめる。


 ありがとう。

 と感謝の気持ちを込めて。


 こうして俺達の旅は、終わりを告げた。

これにて第2章は最後となります。

引き続き、Side Actを投稿いたしましたので、そちらもよろしくお願いいたします。


尚、第3章につきましては、予告通り22日の日曜日に投稿いたしますので、よろしければこれからもお付き合いください。

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