第19話:激闘! 東から来た鬼
「我が鬼族ノ名誉二かけテ、いざ尋常二勝負せヨ!!」
俺、カーリナ、フェリシアの三人と、少し離れた所に真神の配下の死体を集めていたオークス先生、フェリクスの間に、突然やって来た鬼族の男、ハリマ・エンジロウが腕を組みながら声高に口上を述べた。
その姿は野武士と言うか、着物を着た侍のようなスタイルで、腰には日本刀のような反り曲がった剣を帯び、後頭部で結った髪の毛は髷のようだ。
年齢は若く、16歳になったフェリシアより少し年上のような印象で、顔もモンゴロイドな感じだった。
旅装束っぽいから、武者修行とかそんなところだろう。
これが、鬼族か……。
どんな連中か話は聞いていたが、実際に目の当たりにすると人間に近い姿なんだな。
「…………」
突然のことで俺達一同は無言でお互いを見つめる。
多分、皆一緒のことを考えているんじゃなかろうか? なんだコイツって。
いや、名乗りを上げて目的も言っていたが、突然現れてなんなんだよ、って心の中でツッコんでいると思う。
「……まあ、何じゃ。あの魔法は儂が撃ったものじゃが……」
「おオ! あれハ貴殿がやったものカ? ならバ勝負されたシ!」
若干面倒臭そうな顔でオークス先生が答え、それを聞いて先生に向き直る鬼族、ハリマ。
一体どうなるんだろうか?
「勝負のう……別にしても良いが、条件がある」
「うム! 聞こウ!」
「おいおい、いいのかよオークス……」
条件次第では、っていいんですか先生? フェリクスも呆れた様子ですけど。
「うむ。まあ安心せい……で、条件は三つじゃ。一つ目はお互いに命を取らないこと」
「分かっタ。命ハ取らなイ。傷モなるべく付けなイ」
「二つ目は、ここの死体の片づけを先に手伝ってくれ。供養をしたい」
「ムム! 供養ノ手伝いとナ? なるほド、手伝おウ!」
「……オメーもいいのかよそれで……」
指を一本、二本と立てながらオークス先生は条件を提示していき、それにハリマは素直に答える。
と言うか簡単に受け入れた。
まあ勝負とは言え、命のやり取りをするわけにもいかないだろうからな。
ただ、噂に聞いた鬼族がそれを簡単に受け入れたのは少し驚いた。
死体の処理と言うか、火葬の手伝いもオークス先生達二人だけだとやはりしんどいのだろう。
ここぞとばかりに労働力をゲットするその機転、尊敬します。
俺達にはそんなことをさせたくない、っていう親心はあれど、他所の鬼族はこき使うんだな。
「三つめじゃが……」
と三本目の指を立てつつ、先生は最後の条件を言う。
なんだろう? 負けたら熱した鉄板の上で土下座とか?
「そこにいる儂の弟子、ベルホルトと戦ってもらう。ベルホルトに勝ったら儂が戦ってやろう」
「ム? 分かっタ! いいだろウ!」
なんだ、俺と戦うのか。うん俺とね、俺と……。
「はああああああああ!!?」
「うぁ、お兄ちゃんすっごい声でてる……」
「ちょっとオークスさん、正気なの!?」
「正気じゃとも」
「だははははは! 成程な、面白れぇ! やってみればいいじゃねえか!」
「いやいやいやいや無理無理無理無理! 絶対負けますって!」
俺みたいなのがいきなり鬼族と戦っても、負けるのが目に見えているだろうが!
そもそも心配してくれているのはフェリシアだけだし。いやカーリナも心配はしてくれているだろうけど……。
そもそもいきなり何を言い出すんだこのジジイは!
と言うかフェリクスも「面白れぇ!」じゃねえよ!
「命のやり取りはせんのじゃ、負けてもいいから戦ってみよ。これも経験の内じゃ」
「……」
負けてもいいから、か。確かに、さっきのやり取りで命の取り合いはしないと約束したが、相手は鬼族だしな……。
う~ん……いやそれよりも、『鬼族にあったら逃げろ!』的なこと以前に言いませんでしたか?
「……わたしはベルのことが心配だわ」
「私はお兄ちゃんなら勝てると思うよ?」
不安に駆られていたところ、フェリシアとカーリナが気遣ってくれのか、それぞれ声を掛けてくれた。
フェリシアは心配してくれているし、カーリナは、俺なら勝てると信じてくれている。
その信頼はどこから来ているんだろうか?
……しょうがない。勝てるビジョンはこれっぽっちも思い浮かばないが、まあ、試合稽古のつもりでやってみますか。
もし危険な状況になったら先生達が助けてくれるだろう。
多分。
と、戦うことを決心したところでチラリとハリマの方を見ると、奴はまだか、と言いたげな様子で腕を組んで俺を見つめていた。
超怖い。
「……俺、やってみます」
「よシ、決まったカ! なラ勝負ダ!」
俺の言葉を受けてハリマは勝負だ、と息巻いていたが……。
「お前さんは儂の話を聞いていたのか? まずはこの死体を片づけてからじゃ」
「ム! そうであっタ!」
オークス先生にさっき言われた条件を思い出して先生達の手伝いを始める。
というか本当に大丈夫かよ……さっき言われたこともう忘れてたぞ。
なんて一人不安に思っていると、フェリクスが近づいて来て俺達三人にそっと耳打ちしてきた。
「取りあえず飯の準備でもしながら休んでろ。フェリとカーリナはベルホルトが休めるように気遣ってやれ」
「ええ、分かったわ!」
「うん、私、お兄ちゃんの為に頑張る!」
「カーリ……」
なんて健気なんだ! 俺の為にそこまでしてくれるなんて!
って言っても食事の準備だけだが。
まあそれでも、フェリクスの気遣いやフェリシアとカーリナが俺の負担を軽くしてくれるのは有り難い。
取りあえず、どういう戦い方をすればいいかを考えないとな……。
勝てる気がしないけど。
……勝てるかな?
「フェリクスさん」
「あん?」
「俺、勝てますかね?」
「はははは! じゃあゆっくり休んどけよ!」
笑って誤魔化された!
これだから大人ってやつは!
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で、真神の配下の死体処理が終わり、陽もすっかり落ちて辺りは真っ暗になった為に、周りを数本の松明でライトアップして俺とハリマは対峙していた。
距離は3メートル弱といったところか。
因みに飯はまだ食っていない。
腹減った……。
「いいか? 魔術や魔法の類は使ってもいいが、相手に重症を負わせるような魔術は使うなよ。剣も木剣を持たせたが、折れた時点でその木剣は捨てろ、分かったな?」
「はい!」
「うム!」
「勝負は相手を降参させる、十秒間組伏せる、気を失うかをするまでだ。いいな?」
「はい!」
「分かっタ!」
立会人のフェリクスから試合上の注意点を聞き、俺達はお互いを睨み合ったまま返事をする。
十秒間も組み伏せられるのか……?
「お兄ちゃんがんばれー!」
「思い切って戦いなさい!」
女の子達からの熱い声援がとても嬉しい。
もうそれだけで勝った気分だよ。
取りあえずドヤ顔しておこう。フフーン。
「……ン?」
あ、コイツ、何も気付いていないな……。
「お前、名ハなんと言ウ?」
なんて一人アホなことを考えていたら、ハリマが名前を聞いてきた。
「……ベルホルト・ハルトマンだ」
「うム! でハベルホルト、いざ尋常二勝負!」
俺の名前を聞いたハリマは、渡された木剣を上段に構えた。
眼光が一段と鋭くなった気がする。
デケェ……なんかもう負けそうになってきた。
いや、そんな弱気なことを考えていてもしょうがない。
ジワリと汗ばむ手で、俺も木剣を中段に構える。
よし、落ち着け。落ち着こう。
「お互い、気合十分だな……よし、じゃあ――」
フェリクスが右手を上げる。
振り下ろされた時が勝負の合図だろう。
「始めっ!」
「『フォルト』!」
「『我錬身』!」
お互い開幕でいきなり魔術を使う。
俺はフォルトで身体を強化したが、ハリマも恐らくフソウの言葉で強化魔術を使ったんだろう。
ハリマがそのまま高速で突っ込んでくる。
「『ウィンドカノン』! ってうぉおおい!」
「ちぇええい!」
俺のウィンドカノンをまともに喰らってもどこ吹く風じゃねえか!
回避するので精一杯だ。
「あぶっ! あっぶねえ!」
「シャア!」
「っとお!」
足捌きで避けつつ、ハリマの猛攻をしのぐ。
時には木剣を振るって反撃を試みるが、ことごとくハリマの木剣に防がれてしまう。
これでは埒が明かないので、少しでも隙が出来れば魔術をバンバン使っているのだが、ハリマは全く気にする素振りも無い。
防御? 何それ美味しいの? と言った具合だ。
「シャッ!」
「ぐっ、ぉおお!?」
ヤバイ! ハリマの横薙ぎを避けたら後ろにこけてしまった!
ここぞとばかりにハリマが剣を突き立てようとしてくる!
「『レパルション』!」
「う、ぉおおおおぉ!」
覚えててよかったレパルション!
ハリマは斥力を操る魔術によって6メートル程吹き飛ばされていった。
属性魔術が効かないのなら、無属性魔術ならと咄嗟に使ったのが正解だったようだ。
鬼族も単純な斥力には敵わないようだな。
「やるナ!」
だがハリマは余裕しゃくしゃくだ。
吹っ飛ばされてもすぐに受け身を取って体勢を立て直し、ニヤリと笑いながら再び剣を上段に構え直すと、またこっちに突っ込んでくる。
そう何度も同じ状況に持ち込まれるかよ!
「シャアア!!」
あれ? なんで木剣が飛んできて――。
「ってあぶねえ!」
あいつ、木剣を投げてきやがった!
間一髪で避けられたからよかったものの、もし当たっていたら……。
ん? なんかハリマが目の前に――。
「シッ!」
「ぐぅふっ!」
腹に、何かが、突き刺さって……拳か?
また距離が空いたと思ったら、今度は俺が吹き飛ばされてんのかこれ?
「え゛あ゛っ!」
「お兄ちゃん!」
木にぶつかりながら胃液を吐き散らす。
一瞬目の前が真っ白になったが、何とか意識を失わずに済んだ。
カーリナの声が聞こえた気がしたが、どこにいる?
ゲロまみれのままじゃあ嫌われてしまう。
……じゃない!
「『ロック、ウォール』」
土属性の上級魔術で追撃しようとするハリマの前に岩の壁を作る。
「なんノォオ!」
勿論、これでハリマを止められるとは思っていない。
易々と突き破って来たハリマに、あえて接近する。
さっきボディーブローを喰らった時に剣を落としてしまったので、お互いに丸腰の状態だ。
だからこそ、俺はハリマに至近距離である魔術を使ってやることにした。
「『リザーブ』!」
「シィッ!」
「グガッ!?」
なんとかリザーブでハリマの強化解除が間に合ったが、それでも一発横っ面に喰らってしまった。
と言うか痛ぇ! 強化魔術で体を強化しているのに何でこんなに痛いんだよ! 相手は素の状態だろ?
「こ、のぉ!」
「フン! ハッ! ハァッ!」
「ぐッ、があ!」
俺が殴りつけても、ハリマは避けることも守ることもせず、顔面で受け止め、あまつさえそのまま拳や蹴りを振るって来た。
これほどまでに鬼族の体は頑強なのか?
対して俺はハリマの拳や蹴りを守るので精一杯で、それどころか上手く防御したつもりでも骨に響くような痛みが走る。
おかしい……こっちは強化魔術で体を強化しているのに。
これほどまでに、鬼族は強いのか?
尚もハリマの猛攻は続く。
さっきの腹の一発が効いているみたいで、さっきから足がガクガクしていた。
殴られ、蹴られ、こかされても、何とか立ち上がる。
でも正直、もう立っているだけでも限界だ。
体中が痛い。
なんで俺戦っているんだ?
命は取られないんだし、もうまけ――。
「負けないでベル!」
「っ! ぉおおお!」
フェリシアの声が聞こえた瞬間、無意識に体が動いた。
雄たけびを上げながら、タックルをかまし、尚且つ肘鉄を喰らわせる。
そうだ。戦いは、まだ終わっていない!
「んぅ!」
これは流石に少し効いたみたいで、ハリマは少しだけ苦し気に呻きながら半歩後ずさりする。
その隙を見逃さず、ハリマに対して至近距離から無詠唱でレパルションを使い、再び7メートル程距離を開けた。
最早短詠唱すらする体力も無い。
「クッ! なんダ、今のハ!?」
流石のハリマも、無詠唱の魔術に驚いた様子だ。
だが、この機会を逃さない!
ふらつく足で踏ん張りながら、右手をハリマに向け、意識を集中させる。
やがて手のひらに紫電が纏い、魔力の球体が出来上がる。
「ッ!! 『我錬身』!」
俺の魔術に警戒してまた強化したのか……だったら都合がいい、俺の魔法を喰らっていけ!
「ウォオオオオオ!!」
何か嫌な予感がしたんだろう。
ハリマは雄たけびを上げながら急速に距離を詰めてくる。
だが、もう遅い!
「『エヌムクラウ』!」
詠唱と共に、電気を帯びた光の太いレーザーがハリマに直撃した。
上級魔法、”エヌムクラウ”。
ランペッジャメントやヴァジュランダが広域に作用する魔法なら、このエヌムクラウは一対一の時に最適な魔法だそうだ。
「ガアアアアアアアアア!!」
そのエヌムクラウを放った瞬間、ハリマは眩しい光に包まれ、バリバリとけたたましい音と共に悲鳴を上げる。
松明があるとはいえ、夜の暗さの中で輝くエヌムクラウの光は、ハリマを中心に眩しく照らす。
悲鳴が消え、光も消えた時、そこにはハリマの体がうつ伏せで倒れていた。
やったか?
……いやいや、流石に殺っちゃったらマズイ。お互い相手を殺さない約束での試合だからな。
でも出来ればそのまま気絶してくれれば助かるんだけどな……。
このまま死なれても困るし、何とか生きていてくれ。
というか、これ程までに鬼族が強いなんて思わなかった。
殺さずに気絶させるなんて難しすぎるだろ。
お願いだから俺の勝ちってことで終わらせて――。
「ァァ……ァアア゛ア……」
「……嘘、だろ。あれ喰らって、まだ立ち上がるのかよ……!」
……なんでやねん。
なんで立ち上がるんだよ。
もうなんか、死んだかどうかさえ気に悩んだ俺がバカみたいだ。
……え? どうすんのこれ? まだやんの?
「ア、アガ……グ、ア゛アアア゛ア……」
尚もうめき声を上げながらフラフラと立ち上がるハリマ。
エヌムクラウを受けた影響で、全身やけどしたみたいに焼けただれている。
顔が上を向き、そのまま千鳥足でこっちに向かって来る姿はゾンビみたいだ。
目も白目を剥いて……いやぁああ! 白っぽいけど瞳はしっかりこっち見てる! 超怖い!
「アトラクション」
そんな鬼ゾンビがこっちに向かって来るのをただじっと見ているわけにもいかず、アトラクションで木剣を引き寄せ、片手で構えながら腹を上級治療魔術、グランドヒールを掛けておく。
かなりマシにはなったが、それでもまだ踏ん張らないと意識が飛んで行きそうだ。
「……」
フラフラと、今にも倒れそうになりながらもハリマは俺の目の前に、しかし自分の拳が届かない距離棒立ちになり、半分白目で俺を見下ろした。
な、何だよ、なんか言えよ!
「……□□、□□□。□、□□、□□□……」
「な、なに言って……おわっ!?」
フソウ語だろう言語で何かを言ったと思うと、再びハリマは顔面から倒れ伏した。
ビターン! って感じに。痛そうだ。
……。
何がしたかったんだこいつは?
まだ起き上がるかもしれない。と警戒していたが、レフェリー役のフェリクスがハリマに近づき、彼の首筋に手を当てて脈を診る。
……死んでないよね? ていうか死なれちゃあ流石に俺も罪悪感が半端ない。
簡単に人殺しにはなりたくないからな。
この場合は鬼殺しか?
「……生きてるな。気絶しているだけみてーだ」
そう言いながらフェリクスは俺の方を見上げ、ニヤリと笑った。
それが意味するところはつまり――。
「勝……ったあ!!」
俺が鬼族のハリマに勝ったということだ!
喜びの余り、両手を頭上へ突き出して喜びを表すと突然視界が歪み、後ろへ倒れてしまった。
「お兄ちゃん!」
「ベル!」
薄れゆく意識の中、頭の上からカーリナ達の声が聞こえたのでそっちを見ると、天使とエルフの美少女がこっちに向かって走って来るではないか。
その光景を最後に、目の前が真っ暗になった。
ああ、カーリナよ……先立つお兄ちゃんを赦しておくれ……。
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ベル……ベル……起きなさい、ベル……。
……ん? この声、ビアンカ……?
「……母さん……?」
「そうよ、あなたの母、ビアンカよ。早く起きなさい。」
ああ、ビアンカだ! ビアンカの姿が見えるぞ!
「早く起きなさい……じゃないと…・…。」
あれ? ビアンカが消えて……。
「俺だー! ベルホルト! 早く起きねぇと叩いて伸ばして食っちまうぞーー!」
ギャーー! フェリクスがどアップで出て来たー!!
「……ハッ! ……なんだ、夢か……」
目が覚めた。
なんか懐かしくもアホな夢を見た。
ビアンカ元気かなぁ……。
「え……と、あの、ベル?」
「……ああ、フェリ……」
何故か目の前に逆さまのフェリシアがいる。
そして妙に顔が赤い。どうしたんだ?
「おか、おかあ……わたし、そんなつもりじゃなかったのよ!」
「いきなり何言ってんだよ……」
というかよく考えたらこれ、フェリシアに膝枕してもらっているのか……。
どうりで懐かしい感じの夢が見れたんだな。
取りあえず、目も覚めたし起き上がらないと。
「ありがとうフェリ。介抱してくれて――」
「ム、起きたカ」
起き上がったらそばには、立膝付いた鬼がいた。
「ってぎょわああ! あだっ!?」
「いったぁ! ちょっとベル、急に動かないでよ!」
なんでここに鬼族が! なんてビックリして勢いよく後ろにのけ反ると、当然そこにいたフェリシアとぶつかってしまった。
いやそりゃあ君、起きて目の前に鬼がいたら驚いて後退るだろうがよ。
というか今思い出した。
俺、こいつと戦っていたんだよな。
「悪い、大丈夫か、フェリ?」
「……ええ、気を付けてよね」
そう言いつつ、髪を一房留めた青いリボンを揺らしながら、フェリシアは顔をそむけた。
何もそんなに怒らなくても……。
「あ! お兄ちゃん起きた!」
と、カーリナが手拭を絞りながら駆け寄り、「もう痛い所はない?」なんて言いながら俺の体をあちこちと触り出した。
そんなに心配しなくても、君のお兄ちゃんはこの通り元気さ!
「お、ホントだ、ベルホルトの奴気が付いたみたいだぜ」
「うむ。無事で何よりじゃ」
おお! あれはオークス先生じゃないか!
彼の姿を確認した俺はすぐさま立ち上がり、まだ少しフラつく足で焚火を囲んでいるオークス先生とフェリクスの下へ駆け寄る。
一直線に駆け寄ってくる俺の姿を見たオークス先生は、立ち上がって両腕を広げ、柔らかな微笑みで待ち構えていた。
まるで孫が自分の胸に飛び込んでくるのを待つかのように。
「オークス先生!」
先生! あんたは俺のこの気持ち、受け止めてくれるんだな?
なら遠慮なくぶつけさせてもらおう。
この拳でな!
「このやろぉおおお!」
「うおっ危ないのう」
クソッ! 俺の渾身の一撃を避けやがった!
「あんたどういうつもりですか!? なんであんな無茶苦茶な奴と戦わせるんですか! 死ぬかと思いましたよ!?」
「まあまあ落ち着けベルホルト。結果的には勝ったからよかったではないか」
「じゃなくてっ!!」
半殺しにされるかと思ったぞ!
「そんなに怒るなよ。お前もいい経験が出来たろ? いい勝負だったぜ!」
「いやんなこと言われても……」
フェリクスもいい笑顔でサムズアップしやがって。
俺は誤魔化されんぞ!
「おイ。ベルホルトと言ったナ」
「……なんだよ」
チッ、折角存在を忘れようとしたのに……。
そう思いつつ振り返ると、ハリマがこちらに歩み寄って来た所だった。
よくよく見ると、全身の火傷痕が無い。
恐らく、オークス先生やカーリナが魔術か魔法で治療したんだろう。
そんなハリマは、俺の目の前まで来ると仁王立ちになり、真面目な顔で見下ろして口を開く。
「お前は強いナ! 俺モ一から修行しテ、また勝負するゾ!」
「嫌だよ」
もう永久に来ないでください。
「……また勝負するゾ!」
「おいベルホルト、コイツ同じこと言ってんぞ」
選択肢は、はいかイエスだけなんですね。わかります。
いやほんと勘弁してくれよ……。
俺が勝つまで勝負する。とか言い出しそうで怖い。
どうしよう、取りあえず誤魔化しておくか。
「分かった。いつかそのうちな」
「うム! いつかきっとナ!」
きっとじゃねえ、その内だ。
日本人的に言うなら、「もうやりません」だ。
ただまあ、ハリマの体を改めて見て思うことが一つある。
「……悪かったな、魔法はやり過ぎた。体、大丈夫か?」
これは本気で心配したことだ。
なんせゾンビみたいなことになってたからな。
殺さない、重傷を負わせない、って約束だったのに、俺がそれを破ってしまった……。
よくよく考えると、こんなことで勝ったとは言えないよな。
本当に殺し合いをしていたら、まず間違いなく俺が死んでいただろうし。
しかし、そんなふうに考えながらハリマの顔を伺ってみると、彼はなんでもないような表情で俺を見つめ返してきた。
「心配するナ! 鬼族はあれしきでハ死ななイ! それニ、おまえノ師匠が俺の傷ヲ治してくれタ。気にするナ!」
「……ああ!」
結構いい奴だな。
普通、あれだけの怪我をさせたら絶対許されんぞ。
でもまあ、お互い命があって、怪我も治って、ハリマも満足してくれたみたいだし、よかったってことでいいか。
と、最後に気になったことが一つ。
「……そう言えばあの時、最後になんて言ったんだ? あの倒れる前に言ったやつ」
ハリマが倒れる直前に言ったことだ。
「ン? あれカ。あれハ――『俺の負けダ。お前、強いナ』と言ったのダ」
「そうか……」
それ、さっきも言ってくれてたことだよな?
それだけ俺のことを認めてくれたということか。
鬼族に認められるのはちょっと嬉しいな。
「ありがとう!」
「うム! でハ、また会おウ!」
「あ、ああ」
ニカッ! と良い笑顔でハリマは別れを告げる。
出来れば次は、勝負だとか決闘だとかは勘弁して欲しい。
言ったところで聞き入れてくれないだろうけど。
そんな俺の気持ちを理解しているのかしていないのか……いやしていないだろうけど、ハリマは近くに置いてあった荷物を背負い、振り返りもせずに駆け出して行った。
夜なんだし、折角だから一晩くらい一緒に居たらいいのに。
慌ただしいな。
そう思ってしまったのは、恐らくハリマの表裏の無さと言うか、一言二言しか会話をしていないのに、こいつはいい奴だな。って思わせてくれる何かがあったんだと思う。
……ま、次に会った時も勝てるように、俺も鍛えておくか!
「あ奴、お主が目を覚ますよりしばらく前に目を覚ましておったのじゃが、お主のことを褒めておったぞ」
ハリマがあっという間に夜の闇に消え、それを見届けていると後ろからオークス先生が話を聞かせてくれた。
「どんな風にですか?」
「芯が強く、最後まで諦めず、そして人に恵まれている。とな。あと無詠唱で魔術が使えることにかなり羨ましがっておったぞ」
「あっ、しまった! ハリマに黙っててくれって言ってなかった……」
そう言えば勝負の時に無詠唱で魔術使ってたな……。
やべぇ! アイツ言いふらしたりしないかな……?
「安心しろ。俺達がちゃんと黙る様に言っといたぞ」
「あ、そうですか……ありがとうございます」
どうやらフェリクス達がちゃんと秘密として守る様に言い聞かせてくれたみたいだな。
……まあ、ハリマなら言わないだろう。多分。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
一抹の不安を覚えながらもハリマなら信頼してもいいかなと思っていたところ、いつのまにかカーリナが傍に来ていて、その後ろにはフェリシアもいた。
「とってもカッコよかったよ!」
「それはカーリが応援してくれていたからさ!」
決まった……ドヤ顔でこのキメ台詞を言う。完璧なコンボだ!
お兄ちゃんに抱き着いて来てもいいんだぞ!
「ベル……まさか勝っちゃうなんて……わ、わたしもカッコいいって思ったわ!」
と、カーリナの後ろにいたフェリシアも、何故か顔を赤らめながら恥ずかしそうに褒めてくれた。
さっきの膝枕がそんなに恥ずかしいのか?
とは言え、あの時、諦めそうになった時にフェリシアが「負けるな!」言ってくれなければ、俺は無様に負けていただろう。
多分、ハリマが人に恵まれている、って言っていたのもそういうところがあったからだと思う。
だから本当に感謝しないとな。
「フェリが、あの時に負けるなって言ってくれたから、俺は勝てたんだと思う。だから、ありがとう!」
「え、あっ! その、えーっと……ふ、ふんっ! もっと感謝しなさい!」
「あと膝枕もありがとう」
「そ、それはいいわよ! 忘れて!」
そっぽ向いたり首と手を振って否定したり大変だな。
でも本当に、フェリシアと旅が出来て良かったと思ってるよ。
フェリシアが居てくれなかったら、今みたいな成長は無かっただろうし、お互いに競える相手もいなかった。
本当に感謝してもしきれないよ。
なんて、恥ずかしいからあまり面と向かっていえないけど。
「……お兄ちゃん、私は? 私もお兄ちゃんに治療魔術掛けてたんだけどな~」
「ああ! カーリもありがとう。お陰で体の調子も良くなったよ」
フェリシアにばかり感謝してると、カーリナが拗ねたように上目遣いで見つめてくる。
こういう時は大体、自分も構って欲しい時なのだ。
だからカーリナの頭をなでながらお礼を言ってあげた。
「えへへ~」
するとカーリナはたちまちフニャッとした笑顔で右腕に抱き着いてくる。
ホントにもう、可愛い奴め!
子猫のように俺の腕に頬ずりするカーリナに癒されていると、不意に左の袖が引っ張られた。
誰だ俺の癒しのひと時を邪魔する奴は! と振り向くと、そこには顔を赤らめたフェリシアが俺の袖を引っ張っている。
え、何? どうしたの?
「べ、ベル……わたしも……でて……」
「ん? なんだ?」
フェリシアにしては珍しく、消え入りそうな声だったので何を言っているのか聞こえなかった。
身長は俺と同じくらいだが、それでも上目遣いに見つめてくるその仕草もあってか、いつもより小さく見えてちょっとドキッとする。
なんかこう、今までフェリシアを見て来た中で一番可愛いと思った。
「だ、だからその――」
「おらぁベルホルトォ! 鬼族に勝ったからってなに人の娘とイチャついてんだ! しかも俺の前でよぉ!」
「いや勘違いですって!」
「あ……」
うわぁ、めんどくさい人に絡まれたぞ。
でもなんだかんだでフェリクスも嬉しそうだ。
今回の試合ではフェリクスに教えてもらった剣術を役立てることが出来なかった。
それでも、自分の弟子が必死になって戦って、そして勝ったのが嬉しかったようだ。
オークス先生も嬉しそうな様子で微笑んでいた。
「……もう!」
「何怒ってるんだ?」
「知らないっ!」
あれ? 上機嫌なオークス先生やフェリクスとは対照的に、何故か今度はフェリシアが不貞腐れてそっぽをむいているぞ。
俺なにかしたか?
「フェリ、ハッキリ言わないと駄目だよ? なでなでしてムグッ!?」
「も、もう! いちいち言わないでよカーリ!」
んんー? いきなりカーリナの口を押えるなんて、気になるなー。
カーリナも何故か、口を押えられてもニヤニヤした目をしているし、気になる。
「ベルも、もう気にしないで! いいわね!?」
「お、おう」
なんか凄い剣幕で言われたもんだから、取りあえずこれ以上の追及は止めとこう。
ぐぅぅ~。
と、腹の音が聞こえて来た。俺の腹から。
そう言えば夕飯はまだ何も食べてないな……。
「腹減った……」
「じゃあ飯にするか! 皆お前が起きるまで待っていたからな。俺も腹ペコよ!」
「わたしもお腹へったわ。早く準備済ませましょう」
「うん! お兄ちゃんは休んでて!」
「あ、ああ」
それって、俺が起きなかったらどうしてたんだ?
と、突っ込む前に、カーリナ達が動き出し、試合前に準備していた食事の用意を再び始めた。
お言葉に甘えて、焚火の傍で休んで待つことにする。
今日ばかりはオークス先生もフェリクスも俺に何をしろと言わない。
俺自身かなり疲れが溜まってたようで、その場に座った途端、ドッと眠気が襲ってきた。
夜空を見上げ本今日一日を思い返す。
今日は色々あったなぁ……。
道に迷ったり、直接戦ってはいないが真神の配下と戦闘になったり、ハリマと戦ったり。
特にハリマと戦うのが大変だった。
転生して、いや前世を含めても、こんなに体力を消耗したのは初めてだ。
だからかな……勝ち負け以前に、全力で戦ったっていう感覚を感じたのは。
これが戦いなんだ。と。
初めて、戦いがどんなものなのかというのを知った気がする。
鬼族、強かったな……。
ぐぅぅ~~……。
……でもそんなことより、今はあったかいご飯が食べたいな……。




