第18話:遭遇
「ハッ! ヤァッ! っタァ!」
「遅ぇ遅ぇ遅ぇえ! そんな振りが俺に当たるかベルホルトッ!」
「ヤッ! ハァッ!」
「おっとぉ! カーリナはなんだその足捌きは! 酒でも飲んだのかぁ!?」
「くっ、ォオオアアア!」
「オラオラオラァ! どしたどしたどしたぁ!」
木剣を振っても振っても、フェリクスには当たらない!
俺とカーリナの二人掛かりなのに、おかしいな……。
ラージャで2か月程冒険者として活動、及び修行をし、そして出発すること早4ヶ月。
つまりラージャに着いてから半年が経った今現在、旅の折り返しの途中だがやはり冒険者をしつつ修行もキッチリと受けていた。
今はフェリクスから剣術を習っており、カーリナと一緒に打ち込み稽古の最中だ。
因みにフェリシアはオークス先生から魔術の修行を受けている。
最近は厳しい稽古を受けることが多いが、それなりに実力が付いてきていることも実感している。
また、今では上級強化魔術のフォルトを使っての稽古が中心になっていて、俺とカーリナ、それにフェリシアもフォルトの扱いは大分上達してきたみたいだ。
特に短詠唱、俺なら無詠唱でのフォルトの扱いも上達し、かなり細かいコントロールが出来るようになってきた。
今なら錐揉み回転はしないだろう。
「ここっ!」
「おっと惜しいなカーリナ!」
「じゃあこうだっ!」
「んなもん当たるかボケェッ!」
「ぐへっ!?」
ぐおおおお! 鳩尾に蹴りが……。
堪らずその場にうずくまってしまう。
おかしいな、フォルトで体を強化しているはずなのに……。
本当にこの人の修行は厳しい。
少しでも隙を見せればすぐにこうやって急所を蹴るなり殴るなり木剣で叩くなりしてくる。
それはカーリナやフェリシアも例外ではなく、この時ばかりは親バカさが鳴りを潜め、教育の鬼と化す。
本人曰く、『痛い目を見なけりゃ、強くなれない』だそうだ。
ほんと、容赦ないんだよなぁ……。
「ウラァ!!」
「うぁっ!」
あ~あ、カーリナもついにやられたか。
脇腹を打ち込まれ、木剣を落としながらうずくまる。
ちょっと、俺の妹なんでもうちょっと手加減してくださいよ。
でもやはり、俺達二人掛かりでやってもフェリクスにはまだまだ敵わないみたいだ。
5分くらい休みなく全力で打ち込んでも、かすりともしない。
体捌きで避けられ、剣でも防がれ、成す術無くやられてしまう。
まだまだ精進しないとな。
「お前ら今日はフェイントを入れ過ぎだ。フェイントを入れるならここぞという時にしろ! でないと、フェイントと見切られたらそこが隙になって斬られるだけだぞ!」
「はい!」
フェリクスの指導に二人揃って返事をする。
成程、フェイントを多用し過ぎたのが駄目だったか。
「と言うことで素振り二百本!」
「はいっ!」
締めはこうしてフェリクスの採点代わりの素振りだ。
数が少なければ少ない程、その日の稽古内容がいい証拠だ。
今日は二百本とまあまあだな。
多い時は五千本という時もあったりする。
剣術の修行は俺とカーリナの二人で受ける場合と、フェリシアを含めた三人で受ける場合があって、フェリシアと一緒に受ける場合は三人で試合稽古をすることが多い。
ラージャに着く前は二人掛かりでいい勝負だったが、今では一対一でそれなりに勝負が出来るようになってきた。
ただ、剣術に関してはやはりフェリシアが一番強く、一対一では彼女に中々勝てない。
それどころかカーリナにも負け越しているのが悔しいところだ。
剣術だけじゃなく、格闘についても修行を受けていて、これはオークス先生とフェリクスから同時に受けている。勿論三人一緒にだ。
当然その中で試合稽古なんかもするが、格闘についてはカーリナが一番強く、カーリナにはかなりの確率で負けてしまう。
フェリクス曰く、『カーリナは格闘のセンスが抜群』らしい。
昔から一緒に修行を受けてたのに、どうしてこうなった……。
また、魔術に関してだが、最近までオークス先生はフェリシアへの教育で精一杯だったようで、俺とカーリナの修行がそんなに進んでいなかったのだが、この2ヶ月はその埋め合わせの意味もあってか、なんと、新たな魔法を教えてくれたのだ!
教えてくれたのは雷属性の中級魔法”ヴァジュランダ”と上級魔法の”エヌムクラウ”だ。
”雷光”と呼ばれているだけあって、オークス先生は雷属性の扱いが得意だった。
他の属性魔法も知っている様子だったが、今は雷属性を専門に教える、とのことだ。
いつかは教えてくれるのだろう。
因みに俺達三人の中で上級魔法まで扱えるのは俺だけだ。
最近ではカーリナも下級魔法の”ランペッジャメント”を使っても魔力切れを起こさず、続けて他の魔術を使うこともできるくらいに成長したが、流石に中級、上級魔法は難しいらしく、まだ成功したことは無い。
フェリシアに至っては上級魔術ですら覚束ない様子で、魔力量はそこそこあっても魔術のコントロールの部分で躓いているみたいだ。
「はちっ! きゅう! にひゃくっ!」
「おし! 素振り終わり! 次は昼飯食った後に再開だ」
「はい!」
と、素振りも終わって午前の修行は終わりだな。
俺とカーリナはそれぞれ手ぬぐいと水筒を手に取り、その場に座り込んで水分補給をしつつ、まだ魔術の修行を続けているフェリシアを見る。
「『我が一抱えの魔力をもってこの手に風の力を蓄え、うねりとなり、波となり、衝撃となって眼前に放たれん ショックウェーブ』!」
「フェリ、頑張ってるね」
「ああ、上級魔術の扱いもかなり良くなってきているな」
今まさに、風属性の上級魔術、”ショックウェーブ”を使っている最中だった。
フェリシアの手のひらから、空気の衝撃波が放たれ、オークス先生が用意した土の人形を粉砕する。
午前中の修行でそれなりに魔力を消耗したのか、汗をびっしりと掻きつつ肩で息をしているが、自分の放った上級魔術の成果を見てパアっと表情が明るくなった。
「やったわ! 上手く出来たわ!」
「うむ、上出来じゃ。後は短詠唱でもしっかり扱えるようにせんとのう」
「ええ!」
その短詠唱でやるのが難しいんだよな~。
フェリシアは変に真面目なところがあるから、上手くイメージを思い描けずにアレコレと難しく考えてしまいそうなんだよな。
以前、短詠唱で中級魔術を使った時には、使う魔力の量が少なすぎて魔術にならなかったり、逆に多すぎて失神しかけたりして上手くコントロール出来ていなかった。
「フェリは直感が鋭いからな。イメージを一生懸命思い描くより、感覚で覚えた方が早いだろ」
「フェリクスさんもそう思いますか?」
「おう、まーな。だけどその鋭い直感のお陰で剣術なんかはそれなりの仕上がりだ」
確かに。剣術はいちいち相手の動きに対して考えながら動作するものではない。
だからこそ、修業を積んで体で覚える必要があるのだ。
フェリシアは今までそうして剣術を覚えてきたからこそ、細かいイメージを思い描くことが苦手なんだと思う。
そんなことを思いながらボーっとフェリシアの方を見ていると、午前の修行を終えたのか、オークス先生の許からこちらにやって来て水筒とぬぐいを取り、俺の隣に座り込んできた。
両手に花だ。
「ふふん! どう! わたしもやれば出来るでしょ!」
どうやら上級魔術が使えたことが余程嬉しかったみたいだ。
ドヤ顔でそんなことを言ってくるあたり、相当なもんだろう。
「オークスに魔術を教えてもらうまで、魔術なんて強化魔術だけでいい! って言ってたくせに……今は楽しそうじゃねえか」
「その時は……まあそうだったけど、今は楽しいわ!」
「はは! そいつは良かったな!」
フェリクスもなんだかんだで、自分の娘が成長する様子を見れて嬉しそうだ。
旅の初めに俺達に負けたフェリシアは、それまで必要としていなかったであろう魔術を一生懸命に習いだした。
最初こそは俺達に勝つために習っていたみたいだが、クァールとの一件以来は、俺達と魔術を習う中で楽しさを見つけたのだろう。
新しい魔術を覚えると、よく俺達に嬉しそうな顔で披露してきたものだ。
「フェリも凄く上手になってきたね」
「本当? わたしも魔法が使えるかしら?」
「う~ん……それは難しいかも……」
魔法は流石にね? 難しいよ。
俺はバンバン使えるけど。
「でも、わたしもベルみたいに魔法を使ってみたいわ」
「そのためにはもっと修行をしないとな。今のままだと総魔力量が足りないと思うぞ」
「やっぱりそうよね……うん、頑張るわ!」
うんうん。是非とも頑張り給えよ!
なんて偉そうなことを言っているが、俺も剣術を頑張らないとな……。
剣術だけじゃなく格闘も勿論だし、魔術関連もそうだ。
既に雷属性は上級魔法まで習得したし、他の魔法もオークス先生が知っている分についてはいつか教えてくれるみたいだが、俺は魔導も習いたい。
先生にはまだ早いって言われたけど。
いずれ復活する魔神に、俺の力がどれだけ通じるかも分からないが、交渉するのに少しでも武器が欲しい。
どんな無茶苦茶なことを言ってくるか分からない以上、俺や、カーリナ、アルフレッドにビクトル達を守れるようにはなりたいからな。
魔神は敵対する可能性が低いからいいとして、問題は真神だ。
真神の配下がどれだけ俺のことを敵視するか。
どの程度強いのか。
戦神に出会ったらどうするか。
それらを考えると、やっぱり力が欲しい。
今はオークス先生にフェリクス、それにフェリシアが居てくれているから余裕をもって旅が出来るが、もしそうでない時に襲われたら?
果たして俺はカーリナ達を守れるのだろうか……。
そのためにも、今、この旅で得られるものはなんでも得ておかないとな。
「おーい、そろそろ飯の支度を手伝わんか」
っと、先に昼飯の準備をしていたオークス先生に怒られてしまった。
「へいへーい! オラ、お前らいつまでも休んでないで早く飯の準備して来い!」
「はーい。行きましょ、二人とも!」
「うん!」
町などにいる場合を除いて基本的に食事は皆で準備をする。
魚釣りや動物の狩り、火おこしに薪拾い。そうやって皆で準備する食事は楽しい。
修行は厳しいし、命の危険もある大変な旅だ。色々考えないといけないこともある。
それでも、こうして楽しむ時はしっかり楽しんでおこう。
「しっかり食える分を確保しろよ。昼からまた修行だからな!」
……うん、またしんどいことをするだろうし、今をしっかり楽しもう……。
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「んむむむむむ! マズった!」
「ふむ。いくら地図を見返してもさっぱり分からんのう」
現在地は東部地域の北西一帯を治める翼竜族の国、ドラグライヒの南部だ。多分。
朝昼と厳しい修業を終え、俺とカーリナの故郷であるカラノスへ向かって進んでいた。多分。
昼食を食べた場所から3時間程真っ直ぐ西へ向かえば、シュタウフェンという少し大きな町に着くハズだ。……多分。
そして既に3時間は歩いた。
「……ねえお父さん」
少し呆れた様子のフェリシアが地図を凝視していた大人二人、と言うかフェリクスに声を掛ける。
呼ばれたフェリクスはビクリと体を震わせたが、こちらを振り向かず返事もしない。
それを見たフェリシアが、一つ溜息をつきながらズバリと一言。
「道に迷ったの?」
と聞いた。
一瞬の沈黙の後、フェリクスは勢いよく振り返って右手を上げる。いい笑顔だ。
「スマン! 迷った! わはははは!」
あはははははは!
……ふう。
「じゃないでしょうがッ!」
「うぁ! お兄ちゃんいきなり大声出さないでよ」
「あ、ごめんよカーリ……じゃなくてっ!」
道に迷ったんだぞ!? これが大声を出さずにいられるか!
「まあまあベルホルト。こういう時こそ落ち着くのじゃ」
「ですけど先生、もう陽が落ちてきてますし、予定では町の宿に泊まるはずでは……」
「んなもん気にすんなって! また野宿して過ごしゃあいいじゃねえか」
「そもそもアンタの所為でしょうが」
『こっちからの方が近い!』ってオークス先生の忠告を無視して勝手に道から外れたのが原因だろうがっ!
「ベルの言う通りよ! お父さんが勝手なことするからいけないんでしょ。ちょっとは気にしてよ!」
「そうそう。なんか知らない道に出ちゃったしね」
「う、うるせえ!」
そうだそうだ! フェリシアやカーリナの言う通りだ!
そもそもこの道は本当に地図に載っているのか?
「先生、地図を見せてもらってもいいですか?」
「ん? ああ、ほれ」
「ありがとうございます」
「わたしにも見せて!」
「私も私も!」
オークス先生から地図を受け取ると、左側にフェリシアが、右側にカーリナがくっ付いてくる。
うひひ、また両手に花だ。
「地図よ、拡大せよ」
因みにこの地図、”魔術式”と呼ばれるものを施された”魔道具”で、「拡大せよ」、或いは「何番の詳細を見せよ」と言うとその通りに地図が表示されるすぐれものだ。
昔、こっちに転生したてのころに、ビクトルが使っているのを見たことがあった。
で、拡大された地図を見ると、東部地域の西半分の大まかな街道と主要な街が描かれていたが、俺達が今目指していたシュタウフェンの町は描かれていなかった。
「地図よ、五番の詳細を見せよ」
なので、今度は先程見ていたドラグライヒ南部の地図を見てみる。
「う~ん、やっぱり分からないね」
「そうね……なんだか、この道が地図に描かれていないみたいだわ」
「ああ、この道はさっきの道から北に外れてきたのに……」
地図に無い道に出たのか?
だとしたら、この道がどう続いているかも分からんのに、このまま闇雲に進むわけにはいかないな。
「野宿しかないか……」
「仕方のないことよ。これも旅の醍醐味じゃ」
「へへ! 悪ぃ!」
ぐっ! このパッキン能天気エルフは……!
ここしばらくは野宿が続いて久しぶりに宿でゆっくり過ごせると思ったのに、なんてことをしやがる。
「しょうがないわね。ベル、カーリ、早くご飯の用意しましょ!」
「うん! 私薪拾ってくるね!」
なんか女性陣は前向きだな。
フェリシアもカーリナも宿でゆっくりしたいだろうに……。
ま、いつまでもうだうだ言ってられないし、俺も夕飯の支度しようかね。
と、腰を上げようとしたその時だった。
「おいちょっと待てお前ら、何か来るぞ!」
「お前さん達は儂らの後ろで固まっておれ。『サイトセンス』」
俺達が向かっていた先から何かがこっちにやってくるのが見え、急に空気が張り詰めた。
道の先を凝視しているフェリクスは腰の剣に手を掛け、オークス先生が愛用の杖を持ちながら中級強化魔術、『サイトセンス』を使った。
この魔術は視力の強化で、魔力量の調節によって見える距離が変わってくる。
同じく警戒した様子のカーリナやフェリシアと一緒にフェリクスの後ろで待機しつつ、俺も無詠唱でこっそりとサイトセンスを使い、何が来ているのかをじっと見る。
……しかしどうやらあれは……。
「ふむ。どうやらあれは商人のようじゃ」
「種族は?」
「人族じゃのう」
「ん、そうか」
どうやら敵ではなさそうだ。
旅をしているとこうやって商人と出くわしたりすることが多々あるのだが、その度にこうやって警戒しなければならなかった。
過剰過ぎでは? と最初は思ったが先生達が言うには、実際に通り過ぎるまでは油断できない。盗賊の可能性もある。とのことだ。
ただ今回も、馬車に荷物が積んであるし、商人っぽい人と護衛っぽい人がはっきり見えたので心配することもないだろう。
油断はしないけど。
「ま、敵だったらブッ殺しゃあいいし、商人だったら道を教えてもらえばいいか」
「そうじゃのう。せっかくじゃし、地図でも写さしてもらおうかの」
ブッ殺しゃあ、って……中々過激なことを言うなぁ。
そう思いつつも、張り詰めていた空気が少し和らぐのを感じる。
カーリナとフェリシアもホッとしたのか、腰の剣に手を伸ばしていた手を引っ込めて安堵の笑みを浮かべていた。
「どうやら大丈夫そうね!」
おいそれフラグだぞ!
「おーい! ちょっと止まってくれ!」
なんて思っている間にも、商人の乗った荷馬車が通りがかり、フェリクスの呼びかけで商人と乗馬した護衛数人が停止した。
「どうかしましたか?」
馬車を停止させた商人はフードを被っているものの、人の好さそうな青年で、にこやかな笑顔で接してくる。
ただ、周りの屈強な護衛さん方は恐い顔でこっちを睨んできて、ちょっと怖い。
「いやさ、俺達はシュタウフェンって町に行きたかったんだけどよ、ちょいと道に迷っちまってな……もしかしたら、オタクらが来たこの道を行けばシュタウフェンに着くのかとおもってよ」
聞いていて何とも情けなくなる話だが、それでも商人の兄ちゃんは気にした様子もなく答えてくれた。
「ええ、確かにこの先をしばらく行くとシュタウフェンに着きますよ。私達も丁度、シュタウフェンから出発してきたところですし」
「ふ~ん、もう陽が暮れるってのに、大変なこって」
「商人はスピードが命ですから」
本当に大変だな。もうすぐ完全に陽が落ちるっていうのに、商売の為に昼夜関係なく働くんだもんな。
野宿になるかどうかで一喜一憂していた自分が少し恥ずかしい……。
しかし、この先を行けばシュタウフェンの町に着くのか。
じゃあフェリクスはこっちの方が近いって言っておきながら、遠回りする道に出てしまったわけだ。
何とも締まらない話だな。
「すまんが、地図を見せてもらえんかのう?」
「いいですよ。どうぞ」
「うむ、ありがたい」
「ところでよ、荷物は何積んでんだ?」
「ああこれですか? 今積んでいるのは小麦ですよ」
「小麦か。確かシュタウフェンは小麦の生産地だもんな」
成程、シュタウフェンで小麦を仕入れて違う町で売るのか。
小麦なら鮮度はそんなに気にしなくても良い気がするが、商人の兄ちゃんが言ってたようにスピードが大事なんだろう。
他の商人より早く輸送するとか、他所で早く市場に出すためとか。
商人もつくづく大変だな。なんて思いながら商人達を見ていると、護衛の一人と目が会った。
……なんかさっきから恐い顔で睨んできているみたいで、本当に怖い。
まあ、あちらさんからしたら、俺達が盗賊の類かもしれないと警戒するのも当然だろう。
それにしたってそんなに睨まんでも、と思うのは俺が小心者だからだろうか?
「ふむ、儂らの地図には無い道が書かれておるのう。こりゃ見落とすわい」
「オークスさんが知らないっていうことは、最近出来た道かしら?」
「と言うよりも、儂らの地図に記載漏れがあったのかもしれん。この地図安もんじゃからのう」
「だから私たち迷ったの?」
「それは言わんでくれカーリナよ……」
安物の地図って……魔神の弟子ならもっといい地図を持っていたりしないのか?
ああでも、そんな機密情報満載な地図なんておいそれと持ち歩けないか。
それにしたって安もんの地図は無いだろ……。
と、オークス先生と女の子二人の会話の最中に、何人かの護衛がオークス先生達に注目しだした。
なんだよ、俺の妹に色目使ってんのか? だとしたら許さんぞ!
「……ところで皆さんは、シュタウフェンへは何をしに行かれるのですか?」
「旅の途中ですよ。ラージャへ行った帰りの途中、シュタウフェンで宿をとることになりまして。この人のお陰で道に迷いました」
「だから悪かったって言ってんだろ?」
商人の質問に、フェリクスへの嫌味を絡めて答えてやったぜ。
それでも悪びれずに平然とした態度でいるフェリクスは、本当に反省しているのかと思う今日この頃だった。
俺の返事を聞いた商人の兄ちゃんは、「なるほど……」と小さく頷いてまた話を振ってくる。
「旅ですか……因みにどちらへ帰られるのですか?」
……なんかよく質問してくる人だな。
商人って知りたがりなのか?
「……俺達は――」
「ブランデンだ。コイツとあっちの嬢ちゃんは翼竜族の血を引いててな。ブランデンは混血達の街だから、こいつらもそこで育ったんだよ」
「ああ、そう言うことですか。それならシュタウフェンを通る道が近いですね」
なんだなんだ? なんでフェリクスは嘘をついたんだ? 別に隠すことでもないだろうに……。
「もう一つ聞きたいのですが、夜神様が何処にいるか、と言うことを聞いたことありませんか? 噂でもなんでもいいですので、教えて頂けませんか?」
「んなもん聞いてどうするんだよ?」
「はい、あのお方とお会いさせて頂いて、直接取引をしたいと思っているんですよ。最近では何かと行動されていると伺っておりますので」
ああ、夜神と直接取引がしたいのか。
確か南の、バムっていう軍港だっけ? そこにいるんだろうけど……流石は商人だな、ちょっとした情報で何がどう動くかを予想して、商売をしようとするんだもんな。
俺にはそんな予想は付かないな……。
そうひっそりと感心している傍で、今度はフェリクスが「なるほどな……」と呟く。
そしていつの間にかオークス先生が俺の後ろに立って話を聞いていた。
「そういうことですってよ、ブレッドさん!」
「なっ!?」
フェリクスが馬車の後方に向かってそう呼びかけると、商人の兄ちゃんは驚きつつ勢いよく振り返った。というか俺もそっちを見た。
後ろでカーリナやフェリシアが「どこどこ?」なんて探している声が聞こえてくる。
「――ぐっ、ぁああああ!」
うお! なんだよ、ビックリするじゃないか。
といきなり悶えだした商人の方を見ると、彼は自分の右手首を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
……え? なんで右手が無いの?
「『サンダーボルト』!」
「がぁああああ!」
「先生?」
「剣を抜けベルホルト! こ奴らは敵じゃ!」
突然、オークス先生が上級魔術を護衛の一人に放つ。
言われるがままに剣を抜くが、いきなりのことで思考が追い付かない。
状況から察するに、商人の手首を落としたのはフェリクスのようだ。
彼は腰の剣を抜きざまに商人の手首を斬ったみたいで、剣を構えつつ護衛を睨んでいた。
「ハッ! 最近の商人は取引する相手に腰の剣を取るのか? ええ? この青二才が!」
「……くそっ、これだから亜人共は!」
「馬脚を現しやがったな! 途中から怪しいと思ったぜ」
護衛の男達に囲まれながら商人は忌々し気に俺達を睨みつけながら唸る。
その額には既に大量の脂汗が浮かんでいた。
因みに夜神の姿が見えないのは恐らく、フェリクスが商人を騙すためについた嘘だったんだろう。
「下がれジャン! 相手は”雷光”だ、逃げるぞ!」
「逃がすかよぉおっ! 『フォルト』!」
護衛の中でも一際ゴツイ体をした男が、フェリクスに斬られた商人を引き寄せて自分の馬に乗せて来た道を引き返えそうとするが、そこへ体を強化しながらフェリクスが斬りかかる。
「ジャンと隊長を守れ! 死んでもコイツらを近づけるな!」
「おお! 『フォルト』!」
だがそこへ他の護衛達がフェリクスに立ちはだかり、同じくフォルトで体を強化しつつ隊長と呼ばれた男と商人を逃がそうとする。
しかし、隊長の男と最初にオークス先生に倒された一人を抜き、8人だけでフェリクスを止めることも出来ず一人また一人と相手は斬り伏せられ、或いはオークス先生の魔術に撃たれて倒れていった。
残りは4人だ。
さっきフェリクスに斬られた男がこっちに倒れこんできた。
そいつはまだ、生きていた。
そうこうしている間にも、商人と隊長がどんどん離れていく。
「お主達はそこにいろ! 儂らがヤり損ねた者だけを相手にするのじゃ!」
「え、でも先生……この人達って……?」
「こやつ等は真神の配下じゃ!」
オークス先生の言葉で、やっと状況を理解出来する。
相手は真神の配下だと。
ああ、何で俺は気付かなかったんだろうか?
「ベル、カーリ、剣を構えなさい!」
「あ、ああ!」
「うん!」
こういう状況になっても、フェリシアは冷静に剣を構えていた。
俺の隣に立って剣を構える彼女は、とても頼もしく感じる。
クァールに襲われた時とは違い、今のフェリシアは弱さを感じない。
それに対して俺はどうだろう。
商人だと信じ切っていた相手が真神の配下で、いきなり戦いになったという状況が理解できなかった。
魔神と真神の戦いに巻き込まれれば、こういうことになることだって想像できただろうに……。
ただ、そんなふうに反省している間にも戦いは続き、真神の配下がたった今、その最後の一人がフェリクスによって斬り伏せられた。
その後ろでオークス先生が愛用の杖を空に掲げ、魔法の詠唱を始める。
「『我が魔力を惜しみなく用いて、大いなる雷の力を放出し、まとめ、幾重にも織り交ぜ、練り上げ、圧縮し、増大させ、目視の空へ打ち上げられた我が力は、やがて大きな力となりて、雷の刃として目標を薙ぎ払わん ヴァジュランダ』!!」
オークス先生が詠唱を終えた瞬間、杖の先に生成された電気の塊が空を舞い、とてつもない光となって逃げていった敵二人の方に落ちた。
ヴァジュランダ。雷属性の中級魔法だ。
その時の音といったらもう、ランペッジャメントの比ではない。
俺も一回だけ修行で使ったが、とてつもない威力だ。
ランペッジャメントが近距離レンジの範囲攻撃だとすると、ヴァジュランダは中~遠距離レンジの範囲攻撃と分けられる。
こんなの喰らったら相手は一溜りもないだろう。
「……リザーブで対抗された気配も無かった。恐らくは奴らも死んだじゃろうが……」
「もししくじってたら、真神に何かしらの情報が行くことになるのか」
あれを喰らって生きているとは思えないが……。
そう思いつつ、フェリクスとオークス先生の周りに転がっているモノを見た。
見てしまった。
そこにはピクリともしない人が血まみれで、或いは黒焦げで転がっていた。
つまりは死体だ。
思わず吐き気がこみ上げてくるが、我慢する。
「……くそぉ……くそぉお!」
さっきフェリクスに斬られた奴だ。
オークス先生の魔法を見ていたんだろう、涙を流しながら悔しそうに地面を叩いている。
ドクドクと血を流し、今にも死んでしまいそうなこの男が、少し哀れにも思えてきた。
「……お兄ちゃん、この人、まだ生きてるよ?」
「ああ」
カーリナの憐憫の籠った声が、やけに耳に残る。
敵と分かっているが、どうにか助けてやりたいという気持ちがあった。
そう思うのは恐らく、こいつらから特に傷つけられたという訳でもなかったからだ。
今回はフェリクスやオークス先生が一方的に片づけたが、もしカーリナやフェリシアが傷つき、重傷を負ったなら、違ったかもしれない。
「お父さん、この人、どうするの?」
強張った表情のフェリシアが、もう呼吸をするだけで精一杯の男を指しながら聞いた。
「……聞きたいことはあるが、どうせこいつは拷問したって喋らねえ。お前ら、あっち向いてろ」
そう、男の傍に歩み寄りながらフェリクスは答え、手のひらをヒラヒラと振る。
あっち向け、ってことは、そう言うことだよな……。
「カーリ、フェリ」
「うん……」
「……ええ」
二人とも、フェリクスが何をするかを察してくれたみたいだ。
あれだけ目の前で切り捨てておきながら、今さらだろと言いたいが、俺もわざわざ人が死ぬところを見たいとは思わない。
ここはフェリクスの好意に甘えておこう。
そうこうしているうちに、何かに剣を突き立てる音が聞こえ、同時にうめき声が聞こえてきた。
前世で見た映画の断末魔と違い、リアルで生生しいその声が、俺の頭から離れない。
……しかしそういえば。
「フェリクスさんは、どうしてさっきの人達が真神の配下って気づいたんですか?」
「ああん? そうだな、最初に変だと思ったのはこんな夕暮れに街を出ねえ、ってことだ。いくら商人でも高々小麦程度の商品で急ぐことはねえ。確信したのはフェリがうっかりオークスの名前を言った時だな。奴ら皆オークスに殺気飛ばしやがった」
「え、あっ! わたしのせい?」
「いいや、むしろ今回はよくやった!」
どうしていきなり疑いだしたのか気になったが、そう言うことか……。
フェリシアがうっかりオークス先生の名前を言ったお陰で、相手もミスを犯したわけだ。
ああいう場合、敵としては知らんふりしていた方がよかったのだろうが……それだけ何かに焦っていたのか?
ま、今となってはどうでもいいか。
「……馬が4頭残ったのう。折角じゃからこやつらを貰い受けるとするか」
オークス先生の方を見ると、さっきの戦いで主を失った馬が4頭を先生が牽いて来た。
あの騒ぎや先生の魔法でも逃げ出さなかった馬だ。かなり図太い神経を持っているようだな。
「馬の前に、こいつらを何とかしないとな」
「うむ。取りあえず、一まとめにして焼いておこう。その後は道端に埋めて供養してやればよいじゃろう」
「だな」
どうやら真神の配下の死体を火葬するみたいだ。
そう思ってまたちらりとそちらを向く、やっぱりどうしても吐き気が押し寄せてくる。
我慢しない方がいいだろうか……?
「……儂らが後はやっておくから、お主達は離れた所で休んでおれ」
「……俺、手伝います」
「んな顔して何言ってんだ。いいからガキは休んでろ!」
「ですけど……」
「いいからお主は休めっ!」
「っ! ……はい」
オークス先生に強い口調で窘められた。
今までこんなふうに怒鳴られたことは無かったし、今回初めて怒られたと思う。
それだけ、俺達のことを慮ってくれているのだろうが……なんだか甘えているような気になってくる。
「ベル、行きましょう」
「ご飯作って待とうよお兄ちゃん」
「……ああ、そうだな」
二人に促され、俺もその場を離れることにした。
今後も、こういうことに出くわすこともあるだろうし、慣れないといけないのだろうけど、すき好んで慣れたいとは思わない。
願わくば、こういった状況に俺もカーリナも遭遇しないようにしたいものだ。
そう思っていた時だった。
「みつ、けタ、ぞぉおおオオオ!!」
「うあ! な、なに!?」
「新手!?」
茂みから勢いよく何かが飛び出し、ダンッ! と地面に着地して立ち上がり、そいつは俺達を睥睨して声高に名乗りを上げる。
「我が名ハ、ハリマ・エンジロウと申ス! フソウより修行の為二やってきタ! 先ほどノ魔法、それヲ使った者ヨ、名乗りヲ上げられヨ!!」
訛りの激しいそいつは、赤黒い髪を後頭部で束ね、2メートルはある背丈で着物を着ていて、そして何より特徴的だったのが、額から伸びる二本の角だ。
「我が鬼族ノ名誉二かけテ、いざ尋常二勝負せヨ!!」
この男――ハリマと名乗ったこの男は、鬼族だった。
……先生、また出番ですよ。




