第17話:ショッピング
「ベル! カーリ! 行くわよ!」
何処へ?
いや、昼飯食った後にいきなり言われても困るぞ?
折角店の食堂でゆっくりしていたのに……。
席を立って仁王立ちになってるけど、なんか約束してたっけ……?
「うん、行こう! ほらお兄ちゃんも早く!」
「え? ああ、うん。そんなに引っ張るなって」
え? カーリナは知ってんの? え、なに? 知らないの俺だけ?
「なんだぁ? 三人でどこ行くんだぁ?」
「買い物よ! さっき称号の石碑を見る前にベル達の防具を買うって約束したのよ」
ああー! あれか! あの時に言っていたことか! いやーすっかり忘れてた。
カーリナとどうデートするかで頭がいっぱいだったな……ごめんよフェリシア!
「なにぃ! 俺の娘とデートとはどういうことだ! えぇベルホルト!?」
「デートじゃないですって……」
このエルフ、昼間っから酒呑んでベロベロじゃねえか。
旅して分かったことだが、フェリクスは好きだけど酒にあんまり強くはないみたいだ。
呑むと御覧の通り、絡み酒になる。
「で、デートじゃないわ! 面倒……そ、そう! わたしが二人の面倒を見てあげるだけなんだからね!」
「本当かぁ?」
フェリシアのツンデレ頂きました!
と言うか満更そうに言わないで下さい。酔っ払いが勢い付くので。
「お酒って美味しいの? 私も呑んで――」
「カーリにはまだ早いからダメ!」
「えー! お兄ちゃんそればっかり!」
だってカーリナはまだ子供だし。
子供のうちから酒ばかり呑んで、目の前のエルフみたいなったらお兄ちゃん悲しいぞ。
「フェリクスは儂に任せて、お主達は行きなさい」
フェリクスは木のジョッキ2杯でこの有様だが、逆にオークス先生は7杯以上
呑んでいるはずなのに素面と変わらない様子だ。
なんだろう、魔導師ともなると酒にも抵抗が付くのだろうか?
「はい、ありがとうございます。行ってきます」
「うむ、陽が暮れる頃には宿に戻ってくるのじゃぞ」
「ええ、分かったわ! 行きましょ、ベル、カーリ!」
「おう」
「うん!」
と言うことで、三人でショッピングに出ることとなった。
飲食店を出ると、外は行き交う人でいっぱいだ。
称号の聖地、と呼ばれているだけあってここの人口密度は高い。
東部地域各地から称号の石碑を見にやって来たり、拝みに来たりする人がいれば、その人達を相手に商売をする商人が集まり、それらを守る兵士などが増える。
その繰り返しでこの街は大きくなっているようだ。
「あっちから行ってみましょう!」
やけに嬉しそうなフェリシアを先頭に、俺達は商店やの立ち並んでいる方に向かって歩き出す。
お金は普段からある程度持ち合わせているのだが、人の多いこの街ではスリに遭うこともありそうだし、銭袋は取られないようにしておこう。
「そう言えばフェリの防具も変えなくていいの?」
「わたし? わたしはいいわ。まだまだ使えるしね」
カーリナがフェリシアの防具を見て言うものだから、俺もついついフェリシアの防具を見てしまった。
特に胸当を。
胸部装甲が薄くはなかろうか?
これならカーリナの方が防御力は有りそうだ。
「そういうことなんだけれど、ベルはどう思う? ……ってあなたどこ見てるのよ!」
急に話を振られたものだから、フェリシアの胸をガン見せていたことがバレてしまった。
羞恥と怒りの表情で胸を隠すフェリシア。
隠したってナイ物はナイんだよ?
「……ごめん」
「謝らないでよ……」
オッパイをガン見してたことを謝ったのだが、俺の考えを察したのか、フェリシアは一人しょんぼりと肩落としていた。
と、隣のカーリナが自分の胸を摩りだしたかと思うと、自分の胸とフェリシアの胸を見比べて勝ち誇ったかのようにニンマリと笑う。
「な、なによカーリ……」
「私の方がおっきいよね!」
「もーー! 二人して何よー!」
カーリナの勝利宣言にフェリシアが悲鳴にも似た声を出し、周りの通行人達の視線を集める。
注目の的になったフェリシアは更に顔を赤くしながら、俺達を睨みつけてきた。
「う~……あなたたちそんなに言わなくてもいいじゃない」
「はは、悪い悪い!」
「フェリ可愛い~!」
「もうっ!」
カーリナの言うように、ふくれっ面でむくれているフェリシアにちょっと萌えた。
で、そんなこんなと三人で騒ぎつつ、目的の武器、防具屋の並ぶエリアに辿り着いたようだ。
ここでは冒険者が多く、剣や槍を持った屈強な男達が俺達のような子供達に様々な視線を向けてくる。
その殆どは興味無さ気にすぐ視線を外すが、中には嘲笑や奇異の眼差しを、或いはゲスな表情で見てくる奴もいるが、流石にもう慣れてきた。
慣れてきたが、万が一絡まれたり襲われたりすると面倒なので警戒はする。
「ここね!」
と、一軒の防具屋の前で胸を張るフェリシア。
防具屋は別にここだけじゃないのだが、最初に目についたのがここだったのだろう。
店の規模としては他とそう変わらない印象だ。
「じゃあ入りましょう」
フェリシアに続いて俺達は店内に入った。
店の中には当たり前だが鎧や鎖帷子などが置いてあり、それらを他の客が何人か見ている。
「おお、いっぱい置いてあるね」
「そうね、あなたたちに合う物があればいいのだけれど……」
「他にも店があるんだし、ゆっくり見て回ろう」
「そうよね! じゃあ適当に見て回りましょ!」
そういうことで物色開始だ。
しかし流石と言うかなんというか、今までの旅の中で訪れた町にも鍛冶屋や防具屋があったが、多くても2~3軒あるくらいで、そのどれもこの店程大きくはない。
それがこの通りだけで5~6軒あって、さらに他の区画にもいくつかあるのだからこの街、聖地ラージャの大きさがよく分かる。
「ベル! こんなのはどうかしら?」
お、早速フェリシアが探してくれたみたいだな。
「どれどれ……」
フェリシアが指差した鎧と、商品の宣伝が書かれた紙を見る。
『ジラント王国聖騎士団ご用達! ミスリル鋼製鎧 カブール金貨1枚から』
うん、立派な鎧だね!
「って買えるかっ!」
こっちはラブレ金貨2枚分しかないんだぞ!
「まあこんな重たい鎧を着たって戦いにくいだけよね」
「分かってるなら言うなよ……」
どうやら冗談だったようだ。
第一こんなにキラキラした鎧なんか来たくない。
と言う感じで、俺達ははしゃぎながらアレコレと防具を見ていった。
一軒目で目ぼしい物は見つからなかったため、次の店に行くことになったのだが、その際、散々騒いだ挙句に何も買わなかった俺達を睨みつける店主がちょっと怖かったのは内緒だ。
多分カーリナもフェリシアも気付いていないと思う。
そうやって二軒目、三軒目と店を転々とし、四軒目の店を物色していた時のことだ。
「……うん、これがいいんじゃないかしら?」
「ああ、サイズも丁度だし、伸縮性もあるから背が高くなっても使えそうだ」
いい防具が見つかったぞ!
何軒か見て周った甲斐があったな。
「坊主! 中々いいの選んだな! そいつはラバーリザードの皮にアイアンスライムを混ぜた鋼を縫い込んでいるんだ。柔らかいが、軽くて丈夫だぞ!」
「成るほど……」
俺が灰色の防具を手に持っていると、店の奥から店主と思われる髭面のおっちゃんがやって来て説明をしてくれた。
説明乙!
しかし改めて見ると、それなりに良い物なのではなかろうか?
確かに鉄板の部分は柔らかいが、叩くと固い。そういう性質の鋼なんだろう。
見た目は○イ○ンマンの細いバージョンで、ローブや外套の中に着込めそうなコンパクトさだ。
インナータイプだな。
うむ! 気に入った! 益々気に入ったぞ!
だが問題は気になるお値段だ。
これだけ使い勝手が良さそうだと、それなりにお高そうだ。
「……これ、おいくらですか?」
「ジルバ銀貨12枚!」
「8枚!」
「バカ言っちゃいけねえ! 11枚とバルド銀貨5枚だ!」
くっ! 流石に8枚は言い過ぎか……。
値下げ交渉も難しいもんだ。
助っ人が欲しくてフェリシアの方をチラッと見ると、彼女は既にカーリナの防具を見繕っていた。
孤立無援か……。
「9枚!」
「11枚!」
「9枚と5枚!」
「ところで坊主、金はちゃんと持ってんのか?」
「ある! 10枚!」
「ちっ、しょうがねえ、ジルバ銀貨10枚とバルド銀貨5枚だ!」
「買った!」
「毎度!」
交渉も纏まり、懐からお金を取り出しておっちゃんに差し出し、防具を購入した。
「ここで着ていくかい? 着ていくなら今着ている奴をうちで処分するぞ」
「じゃあそれでお願いします」
ここで装備しますか?
はい。
まさかここに来てこんなやり取りが出来るとは……。
そんな妙な感動を覚えつつ、店の奥で着替えさせてもらった。
肌着の上から新防具を着付け、その着心地を確認する。
ゴム質っぽい感じがしたからてっきり全身タイツみたいな感じかと思ったら、案外革ジャンを着ているような感覚だった。
ジャンバーのように胴から手首まで繋がっていているが、別段動き辛さはない。
レギンスもガチガチの鎧でもなく、関節部分の動きやすさを重視した設計なのか動かしても苦にならない。
いやー、いい買い物をした。
いい買い物をしたんだが……見た目がちょっとダサいと思う。
鏡が無いから分からんが、多分鋼色のライダースーツを着ている感じだ。
「お待たせ、早速来てみたけどどうだ?」
前の防具をおっちゃんの指示で店の奥に置き、未だに防具を選んでいるカーリナとフェリシアに今の姿を見せてみた。
「おおー! かっこいいね!」
「うん。中々似合ってるわ」
「お、ありがとう!」
ふむ、女の子達からは概ね好評だ。
ただやっぱり自分では落ち着かないから、あとでローブか何かを買って羽織っておこう。
「カーリは決まったのか?」
「うん、この二つのどっちかにしたいんだけど……お兄ちゃんはどっちがいい?」
片方の防具を手に持ちつつ、右手で壁に掛けてある防具を指差すカーリナが、上目遣いで俺に聞いてくる。
ああかわいい……! お兄ちゃん、カーリナならなんでも可愛くなれるとお思うよ!
「カーリならどっちも似合うと思うぞ!」
「えへへ! そうかな?」
「ちょっとベル! 似合う似合わないで選ばないでよ!」
「はい」
ちっ、うるせーな。
俺とカーリナのキャッキャうふふを邪魔しやがって。
まあでも確かに、似合っているからで選ぶべきではないよな。
「この二つはどういう防具なんだ?」
「これは軽くて付けやすいんだけど、守っているところが少ないの。こっちはさっき付けてみたんだけど、ちょっと動きにくいかな。頑丈だけど」
「なるほどな……う~ん」
機動力重視にするか、防御重視にするかだな。
俺もカーリナもう強化魔術の扱いに慣れて、今では短詠唱のフォルトでもある程度動けるようになった。
そのことを加味すれば、後者の方のデメリットは無くなる気がするが、奇襲を受けた時や何らかの影響で魔術が使えない時には致命的な弱点になりそうだ。
そうすると、この際防御を捨てて回避に専念させる、と言うのであれば、ある程度体を守ってくれる防具の方が受け身を取りやすいし、何より今の修行の内容に即している。
フェリクスの剣術は足捌きを重視するから、機動力はあった方がいい。
どうせ防御力はフォルトを使えば上がるしね。
「こっちの軽くて付けやすい方がいいと思うぞ。カーリは動きやすい防具の方がいい」
「やっぱり! だよね、流石お兄ちゃん!」
「はいはい、決まったなら早く買ってきなさい」
「はーい!」
なんだ、カーリナの中では決まっていたんだな。
フェリシアに促されて値段交渉に行ったカーリナを見送りつつ、カーリナと同じ考えでよかったとちょと安心した。
違う方を選んだらカーリナに幻滅されるかもしれない……。いやそんなことは無いだろうが。
と、そこで俺の姿を見たフェリシアが胸を張り出した。
「流石私ね! 選んであげた甲斐があったわ!」
「それ自分で言うのか?」
「何よ、もっと感謝してくれてもいいのよ?」
「はいはい。アリガトアリガト」
「何よそれ!」
「あはは!」
フェリシアと軽口を言い合いつつも、内心では彼女に感謝していた。
防具選びに誘ってくれたのもそうだし、旅の途中でも息抜きに誘ってくれていたからだ。
彼女自身が楽しんでいるのもあるだろうし、旅の仲間か或いは友達としても良く付き合ってくれている。
いつかお礼をしないとな。
しばらくするとカーリナが新しい防具を着けてやってきた。
赤を基調とした大人し目のデザインだ。可愛い。
値段はジルバ銀貨7枚だったらしい。そこそこお手軽だな。
俺とカーリナの防具も新調し、愛想のよかった店主のおっちゃんに別れを告げて店を出た。
店を出てからは特に行先が決まっていなかったので、商店街をブラブラと歩くことになった。
その途中で適当に紺色のローブを買って身に纏うことに。
いつまでもサイボーグっぽい恰好なのも恥ずかしいしね。
で、所狭しと並ぶ商店を冷やかしていると、流石は女の子と言うべきか、「これ可愛い!」とか、「これは綺麗ね」なんて二人で言い合いながら店の物を物色していた。
そんな二人の様子を見ていると、こっちまで微笑ましくなってくる。
「この布、三人で買ってそれぞれどこかに付けないか?」
とある布屋に、青を基調とした織物の布が目に付いたので、そう提案してみた。
折角だし、何か同じ物を三人で共有したかったからね。
「いいわね! この織物も素敵だし、三人で分けましょ!」
「じゃあ私、髪留めのリボンにしていい?」
「ああ、いいぞ」
と言うことで、意見がすんなり受け入れられたので早速布を購入し、店のおばちゃんに切り分けてもらい、三人で分けることに。
「どうお兄ちゃん? 似合ってる?」
「おいおい、そんなこと聞くなよ。似合っていないわけないだろう?」
「あはは、ありがとう!」
少し大き目に切り分けてもらったので、ポニーテールにする髪留めとしては少し大きめのリボンになったが、それがさらにカーリナの可愛さを引き立てている。
色の配合も良い。金髪に青を基調とした布が、いい具合にわびさびを感じさせる。
かわいい。
「わたしは、どうかしら?」
「ん? おお、いいな。似合ってるぞ」
「うんうん。フェリも綺麗な髪だから凄く似合ってるよ!」
「あ、そ、そう? ならよかったわ」
カーリナはポニテ用の髪留めにしたが、フェリシアは右側の髪を一房束ねて、それに布を巻きつけている。
フェリシアのセミロングの銀髪に、一点だけ色が加わった。
ただ、こういうオシャレをしたことが無いのか、彼女は少し恥ずかしそうに俯いている。
なんか初々しいな。
かわいい。
「お兄ちゃんはどこに付けたの?」
「俺か? 俺は腕に巻き付けたよ。髪の毛に付けてもしょうがないしな」
と、左腕をカーリナ達に見せる。
バンダナにするか少し迷ったが、結局手首に巻き付けることにした。
その方が落ちにくいだろうし。
「えへへ! これでみんなお揃いだね!」
俺の腕を見たカーリナが嬉しそうにそんなことを言ってきた。
なんとなく気持ちは分かるよ。
仲間意識というか、絆がより深まった気がする。
勿論この10ヶ月でかなり心の距離が縮まったと思うが、こうして三人で何かを共有することで俺達はお互いが大事な存在だと感じさせてくれた。
「そうね……これでわたしたち、何があっても一緒ね!」
一連托生、ってやつだな。
フェリシアもこの布を身に着けて何かを感じ取ったのか、顔を紅潮させたままそんなことを言ってきた。
多分、今顔が赤いのは恥ずかしさからではないと思う。指摘したら怒るだろうけど、彼女も嬉しいんだろう。
まだ旅は1年以上も続くが、これなら今まで以上に楽しく、有意義な旅が出来るはずだ。
先のことは分からないが、きっとそんな気がする。
カーリナやフェリシアがいれば、何があっても大丈夫だと。
魔神や真神のしがらみもあるだろうが、きっと大丈夫だ。
「よし! じゃあそろそろ戻ろうか!」
「うん!」
「ええ!」
陽も暮れて来たし、そろそろ戻らないといけないな。
あんまり遅くなると、オークス先生やフェリクスの酔っぱらいが心配するかもしれないし。
あ、でもその前に……。
「ちょっと欲しい物があるから、それをついでに買っていいか?」
欲しい物? と二人して首を傾げるのを見ながら、本、と言うか厚手のノートが欲しいのを思い出したことを説明しておく。
ま、これが必ずいるわけでもないが、気付いたことや先生達の教えなどを記録するのがすっかり癖付いたから今更やめるわけにはいかないしな。
ビアンカにもっと賢くなってくれと言われた手前、もっともっと知識を吸収していきたい。
そのための本だ。
で、結局目当ての本を買って宿に戻った時にはすっかり陽が落ち、先生に少し心配されてしまった。
|酔っ払いのおっさんはいびきをかいていたが……。




