Side Act.1:カーリナ・ハルトマン
「姉ちゃん、これなぁに?」
「これは砥石。こうやって……剣や刃物を研ぐの」
「じゃあこれは?」
「これはええっと……」
「それは臭い消し用の粉だな。魔物や獣の血なんかが服に付いた時に使うんだ」
「なるほど!」
午後のお昼下がり、私、カーリナ・ハルトマンは明後日の旅の準備を進めていた。
私たちの部屋で荷物をまとめていると、アルから色々質問されてその説明をしていたんだけど、ちょっと使い方を忘れて答えられなかった物を、代わりにお兄ちゃんに答えてもらっちゃった。
「お兄ちゃん、もう準備終わったの?」
「ああ、先生に言われた物は全部確認して、もう背嚢に詰めたよ。それよりも、道具の使い方はちゃんと把握しておかないと駄目だぞ」
「あはは、ごめんなさい」
怒られちゃった!
でも、お兄ちゃんは流石だよね。道具の使い方とかちゃんと覚えているし、何をしても準備が早かったり、上手だったりするんだもん。
お父さんやお母さんは、私もお兄ちゃんに負けないくらい賢いって言ってたけど、私はそうは思わない。
だってお兄ちゃんは昔からなんでも出来て、何でも知っているから。
「ほら、替えの服はこうやって……コンパクトに畳んでおかないと背嚢に入り切らなくなるだろ」
「あ、うん。ありがとう!」
そんなお兄ちゃんが私の自慢だし、何より、大好きだ。
「ねえねえ兄ちゃん! これ何に使うの?」
「ん? ああこれは……」
アルに道具の使い方を聞かれてそれにお兄ちゃんが答ている光景を、私はぼーっと眺める。
思えば、物心ついた頃から私はお兄ちゃんにベッタリだった。
何をするにもお兄ちゃんと一緒だったし、遊ぶ相手は近所の友達よりお兄ちゃんの方が多かったと思う。
文字の読み書きや、数の数えた方、計算の仕方なんかもお母さんたちに教えてもらう前からお兄ちゃんが教えてくれた。
それに、お兄ちゃんは無詠唱で魔術が使えるみたい。
魔神エルメスと同じことが出来ると知ったその時は、お兄ちゃんだけズルい! とか、なんで私は使えないの? とか、何でお兄ちゃんは無詠唱で使えるの? とか思ったけれど、私はそんなことよりも単純に凄いと思った。
だって世界で一番強いって言われている人と同じことが出来るんだよ?
他の人に言っちゃいけないことだけれど、自分のことのように自慢出来ちゃうんだ。
私のお兄ちゃんすごいんだよ! って。
だから私にとって、お兄ちゃんは一番の存在。
勿論お父さんやお母さん、それにアルのことも大事だし愛しているけれど、私の中ではお兄ちゃんは特別だ。
……もしかしたら、私はお兄ちゃんのことを異性として愛しているかもしれない。
なんというか、お兄ちゃんを見ているといつもドキドキして、胸が熱くなってくる。
これって、やっぱり気持ち悪いことなのかな? いけないことなのかな?
血の繋がった本当の兄のことが好きになっても、きっと最後には諦めなくちゃいけない。
分かっているんだけど、そう思えば思うほど、胸が苦しくなって居ても立っても居られなくなる。
いつからだろう? お兄ちゃんのことが好きになったのは……。
もっと小さかった頃から、お兄ちゃんと結婚する! って言ってたし、その頃から私の理想の男性はお兄ちゃんだった。
好きって気づいたのはこの前ヤコブ先生……じゃなくて、オークス先生に連れられて初めて魔物と戦った時かな? あの時にとても怖い魔物が襲って来て、腰が抜けて何も出来なかった私を命がけで助けてくれたお兄ちゃんを見て、私はお兄ちゃんのことが好きなんだ。って気づいたんだと思う。
だけどこんなこと、誰にも相談できない。
もしお兄ちゃんに知られたら、気持ち悪いって嫌われちゃうかもしれない。
それだけは、嫌だ。
「カーリ? おーい、カーリナー?」
「うぁっ!? な、なに? お兄ちゃん」
「もう準備と確認も終わったし、何かして遊ぼうか? って話だけど。聞いてたか?」
「あ、あはは、ごめんぼーっとしてた」
「おいおい……」
お兄ちゃんが呆れた顔で立ち上がった。
うぅ……ごめんなさい。お兄ちゃんのことを考えていたなんて言えないよぅ……。
「兄ちゃんあれしよ、あれ!」
「あれじゃ分からねーよ」
「あれだよほら……サイコロをふって遊ぶやつ」
ああ、アルが言っているのってもしかして……。
「”すごろく”のことじゃない?」
「ああ、すごろくか。よし、じゃあやろうか!」
「うん!」
「賛成!」
”すごろく”は、紙に描いたたくさんのマスの上を、サイコロを振って出た数だけ駒を進める遊びで、お兄ちゃんが考えた遊びだ。
マスには”一回休み”とか色々指示が書いてあって、それをしながらゴールを目指すんだけど、けっこー楽しい!
いそいそとすごろくの道具を取り出して床に広げたお兄ちゃんが私の隣に座りこむと、丁度私の肩とお兄ちゃんの肩が触れ合うくらいに近かったから、私は思い切って体重を預けるくらいにくっ付いた。
お兄ちゃんは特に表情を変えずに、すごろくの準備を進める。
昔からやっていたことだからお兄ちゃんは普通にしているけれど、お兄ちゃんのことを意識してからこうやってくっ付くだけで、私の胸は今にも爆発しそうになっちゃう。
でも、それ以上に心地いいから離れようなんて思わない。
私がお兄ちゃんの隣にくっ付いているその反対側には、アルがくっ付いていた。
お兄ちゃんの右側に私、左側にアルがいて、流石に邪魔になるかな? って思ってチラッと顔を見てみると、お兄ちゃんは嫌そうな顔どころか、とても嬉しそうな顔になってる。
……うん、小さい頃からお兄ちゃんは、私たちと遊ぶ時はいつもこんなに楽しそうで、嬉しそうな表情だったよね!
そう思い出したらなんだか私まで嬉しくなってきちゃった!
「よし! 準備ができたぞ。サイコロを振って順番を決めよう!」
「僕からふっていい?」
「ああ、サクッと振っちゃえ!」
「次、私が振るね!」
「おう。じゃあ最後は俺だな」
三人で仲良くすごろくを始める。
私も、お兄ちゃんもアルも、皆笑顔!
兄妹三人で笑って遊んでいられるこの時間が、何より大好き!
だから私は、この好きな時間を壊したくないから、お兄ちゃんへの想いは胸に仕舞っておこうと思う。
あ、でも、こうやってお兄ちゃんにベッタリくっ付くくらいは許してくれるよね?
お兄ちゃんたまに鼻の下伸びてる時があるし、いいよね?
ということで、Side Actなどと洒落たタイトルで投稿いたしました。
これからも、章ごとに1〜2話程度のSide Actを投稿していこうかと思っていますので、何卒お付き合いのほどよろしくお願いします。




