第9話:旅の準備と初めての戦い
旅に出ることが決まり、その準備に追われること二週間。
オークス先生やビクトルからいつも通りに修業をつけてもらいつつ、必要な道具や装備の調達をしいた。
装備品などの代金はビクトルが少ない貯金の中から出してくれたので、本当にありがたい。
また、旅と冒険者としての心構えや諸注意などの講習を、先生とビクトルから受けていたが、そんな準備期間中、カーリナはずっとワクワクした様子で準備をしていた。
気になったので一度、「なんでそんなに楽しみにしているんだ?」と聞いたのだが……。
『え? んふふ~。秘密っ!』
と茶目っ気たっぷりに言われてしまった。
12歳の妹に、年相応だが色気が出てきた気がする。
ヤバいぞ、これは非常に由々しき事態だ。
カーリナの色香に誘われて変な男が寄ってくるかもしれない!
変な男に捕まったら最後、カーリナが変態の魔の手にかかってしまう!
そんなことは絶対に阻止しなければならない。
カーリナの純血は俺が守る!
とまあ、兄バカ的なことはさておき。
カーリナは旅に出ると決まってから、ずっとこんな調子で機嫌がいい。
旅をする、冒険者になる、というのがそんなに楽しみなのだろうか。
冒険者になる、っていう女の子は少なく珍しい。
その少ない女の子の一人が、カーリナなのだろう。
ただ、兄としては心配だ。
怪我したりしないだろうか? なんて思うと心配になってくる。
もしもの時は、俺がしっかり守り通そう。
「というわけで、旅についてのおさらいじゃ」
というわけで、今はオークス先生監督の元に、最終の確認をしているところだ。
何回も聞いたことだが、旅をする上で大事なことなので何回でも聞いておきたい。
ビアンカから貰った本にビクトルから貰ったペンで書き込んでいるので大体は覚えたが、おさらいの為に何回も読み直そう。
因みに、アルは家で近所の子供達と遊んでいるのでここにいない。
今日は俺達の準備の日、らしい。
「まず今後の予定としては、ここから南にあるフィロータスという街でフェリクス達と合流した後、お前さん達を冒険者ギルドで冒険者登録を済ませる。本格的な修業はその後じゃ」
まずは件の剣皇さんとその娘と合流し、俺達が冒険者になれるように冒険者ギルドで手続きをする。
「そういえば、オークス先生はすでに冒険者として登録しているんですよね?」
「ほっほっほ、そうじゃ。既に特級じゃぞ」
「すごいですねー」
特級だと自慢してくる顔がちょっとムカつく。
この話、三回ほど聞いたからな。
そして冒険者にもランクがあるらしく、上から――。
・特級
・準特級
・一級
・二級
・三級
・四級
・五級
とランク付けされており、ギルドからの依頼達成率などでそれが上下するらしい。
一度目に聞いたときは素直に凄いと思ったが、どうやらそんな俺達の反応を見て先生は調子に乗ったらしい。
「……面白くないのう。で、冒険者になった後は更に南へ向かい、海に着いたらそこから東へ行く。そしてそのままこの国を出るつもりじゃ」
「あ、国を出るんだね」
国を出るのか。
それは俺も初めて聞いたな。
まあ、先生と剣皇さんがどんな段取りをするのかは知らないが、先生はそういう予定で打ち合わせするんだろうな。
「うむ。国を出て、東部連合の領内で冒険者として旅をしながら修業をする。旅の目的地は称号の聖地、”ラージャ”。ここへ向かう」
称号の聖地”ラージャ”
東部連合の中心に位置する、称号信仰の聖都だとか。
どのくらい遠いのか詳しくは知らないが、ここから行って帰ってくるのに二年も掛かるなら、それだけの距離があるのだろう。
「ザックリした予定はこんなものか。ま、これはフェリクスとの兼ね合いによるがの。次いで、旅についての注意ごとじゃが、今日は実際に魔物と戦ってみてもらいたい」
「魔物と戦うの?」
「……魔物ですか」
「そうじゃ。実際にどんなものか経験してもらいたいからの」
え、いきなり戦うんですか?
やめてくれよ……。って嫌がっていてもしょうがないし、今後の為の勉強と考えておこう。
危なかったらオークス先生が助けてくれるだろうしね。
「では、防具を着けて短剣を持ってついておいで」
背嚢を背負い愛用の杖を持った先生に促され、彼の家の近くにある森へと分け入る。
防具と片手剣はビクトルに買ってもらったものだ。
革の胸当とすね当、小振りの剣を一本、予備の短剣一本だ。
流石に、これを付けたときはちょっとワクワクした。
そしてオークス先生について行きながらどんどんと道なき道を進む。
この森、広さがかなりあるようだ。
7年ほど前に無詠唱のことで詰問された時は森の少し入った所だったが、今回は3~40分程歩いたようにも思える。
昼食は済ませたので空腹で倒れることはないだろう。……多分。
というか、先生は帰り道が分かるのだろうか?
迷って出られませんでした。なんてことにはなりたくないぞ。
「ここら辺でいいかの?」
どうやら行進は終わりのようだ。
周りは木しかない。
森だから当たり前か。
「先生、こんなところに魔物がいるの? 普通の動物しかいないよ?」
「カーリナ、この辺りでは魔物は滅多に現れん。町の兵士達が定期的に駆除しておるからの」
「え? じゃあ、魔物とはどうやって戦うんですか?」
「まあまあ。見ておれ」
カーリナの言う通り、ここには普通の動物しかいないようだが、何やらオークス先生には考えがあるみたいだ。
先生は背嚢を地面に置き、その中からいくつか道具を取り出して準備を進める。
草を抜いて現れた地面に、白い粉で魔法陣のようなものを描き、五本の蝋燭を立てていく。
「なんの準備かな?」
「さあ? 魔物を呼び出すとか?」
「その通りじゃベルホルトよ」
「おお! 流石お兄ちゃん!」
当てずっぽうで言ったんだが、どうやら当たったらしい。
こっちを見ずに作業をしながら、オークス先生は説明してくれた。
「これは”召喚魔術”じゃよ。準備と供物、詠唱に応じた魔物や魔獣、物などを召喚するものでな。儂はあんまり得意ではないから使いたくはなかったのじゃが、ここには魔物がおらんからのう……」
「お兄ちゃん! 召喚魔術だって!」
「すごいな、初めて見るな……」
中途半端に教えたくない。と教わっていなかった召喚魔術を使うようだ。
オークス先生も説明しようという気はないらしく、あっという間に準備を終える。
「さて、準備が整ってこれから魔物を呼び出すのじゃが、予め二人に言うておかなければならんことがある。今から二人には、魔物と戦ってもらうのじゃが、魔物も生きておる。それと戦って殺すということは、生き物を殺すということじゃ」
初めての実戦に入る前の訓示だろうか。
魔物と戦う為の心構えを先生は語ってくれた。
「初めは辛いことじゃろうが、これを乗り越えなければ冒険者として旅することは出来ん。だからお前さん達は心を鬼にして取り組むように。わかったかの?」
「うん!」
「……はい」
魔物だって生きている。
その命を奪って俺達は生活をする。
ただ、それをしていく覚悟を今、ここでしなければならない。
「よし。では二人とも、心の準備は良いかの?」
「はい!」
「うん! いつでも!」
「うむ。では下がっておれ。『我が一抱えの魔力をもって供物とし、捧る供物より劣位するブルーウルフを呼び出さん サモン』!」
短剣を鞘から抜出し、右手で構える。
魔法陣から距離を置いて先生の詠唱を聞いていると、魔法陣が光りを放つ。
眩しくて目を細める中、やがて光は消え、魔法陣には青いオオカミがそこにいた。
ブルーウルフ。
先生は詠唱でそう言っていたが、そのまんま青いオオカミだ。
呼び出されたブルーウルフは、いきなり呼び出されたことでパニック状態になっていたようが、やがて落ち着きを取り戻したのか、今度は俺達を睨みながら低く唸り声を上げる。
「さて、こやつを二人で倒してもらおうか」
ブルーウルフを呼び出したオークス先生は俺達の後ろへ下がり、俺達の背中を押す。
心の準備は出来てるって言ったな。
あれは嘘だ。
いや怖いよ。足が震えて動けません。
だって一匹とは言え、オオカミの魔物だ。
下手すればこちらが殺されかねん。
いくら魔物を殺す覚悟をしたところで、その魔物にビビってしまっては意味がねえ!
「わ、私やってみる!」
と、俺がビビっている間にカーリナが決心した様子で短剣を構え、ジリジリとすり足でブルーウルフに近づく。
ブルーウルフは近づいて来たカーリナに狙いを定めたらしく、姿勢を低くして今にも飛び掛かりそうな態勢をとった。
「わっ!」
やがて2メートル程の距離まで近づいたカーリナがけん制の声を上げると、ブルーウルフはカーリナの首にむかって飛び掛かってきた。
「やっ!」
「ギャン!」
それをカーリナは右足で踏み込みつつ、ブルーウルフの頭を目掛けて斜めに切りつける。
しかし若干踏み込みが甘かったのか、中途半端に斬りつけただけだった。
「うぁ……」
それでもかなりの返り血を浴びてしまったカーリナが戦意を失う。
それは顔面を斬りつけられたブルーウルフも一緒だったらしく、尻尾を丸めて逃げ出してしまった。
気が付けば一瞬で20メートルも先に逃げていた。
「逃がすか! ウィンドカノン!」
咄嗟に魔術を使ったが、かなり魔力を絞ったつもりの短詠唱でもブルーウルフの半径5メートル程を木々諸共、空気の砲弾で押しつぶした。
その際ブルーウルフが派手に弾けたようにも見えたが、きっと気のせいだろう。というかそう思いたい。
「うむ。まあ、最初はこんなものかの?」
なんて言いながらオークス先生はブルーウルフだったモノの所へ歩いて行った。
恐らく死んだことを確認しに行ったのだろう。
……俺は原型の残っているか分からない魔物を見に行く気にはなれなかった。
「カーリ、大丈夫か? 返り血ついてるぞ」
「うん……あんなに血が出るんだね……」
カーリナの顔に付いた血を拭ってあげる。
畜生、カーリナの顔を汚しやがって! 許さん!
……でもあんなに派手に消し飛ばしたのはやりすぎたかもしれん……。
「うあー、自分で出来るってばお兄ちゃん!」
「そうか? ほら、ここにもついてるぞ?」
「うう~……ありがとう」
うんうん。素直に拭かれていたまへ!
「……魔物、怖かった……」
大体拭えるところを拭ったら、カーリナは少し俯いて言った。
「俺もだよ。俺なんか、足が震えて動けなかったし」
「それでもお兄ちゃんは凄いよ。逃げた魔物をちゃんと仕留めたんだし、私なんか一回切りつけるだけで精一杯だったし……」
「初めてだから仕方ないよ。旅の中で慣れていけばいいんだから」
「うん……」
どうやら一発で仕留め損なったことを気にしているらしい。
そこは俺達が二人で協力すればいいんだから、気にしなくてもいいと思うけどな……。
「今日のことは今日のことで、ちゃんと反省しよう」
「うん……って、あはは! お兄ちゃんすっごい顔真っ青だよ!」
「え、マジで?」
そんなに真っ青かね?
やっぱりこういうことは初めてだから、緊張しすぎたのかもしれない。
でも、ほっと一息ついてカーリナの笑顔が見れただけで、俺も安心できた。
カーリナの笑顔には癒されるわぁ……。
「おおーい! お前さん達こっちへ……っ!? 逃げろぉぉっ!!」
「え?」
それは急なことだった。
20メートル先、オークス先生が俺達を呼んでいると思ったら、いきなり逃げろと叫んだ。
その直後、背後で草木を猛烈に掻き分ける音がしたと思って振り向くと、すぐ近く、5メートルもない距離から巨大なトカゲのような何かが猛烈な勢いで迫って来る。
「ひぃっ!?」
「カーリっ!」
マズイ!
咄嗟のことだった、俺はカーリナを抱える形で横に倒れこむ。
その直後だ、俺達の立っていた場所に体長が5メートルもありそうなトカゲがいた。
やたらと筋肉質で爪の一本一本が鋭い鎌のように尖っていて、緑とグレーの斑模様のそいつは突進すると共に、そばにあった木を噛み砕いていた。
俺が両手を回しても届かないような木をだ。
「グゥルルルル」
噛みついた物がエサでないと分かると、かじり取った木を吐き出し、唸り声を出しながら倒れている俺達に振り向く。
「い、いや……おにいちゃん!」
後ろのカーリナは震える手で俺の服の裾を握ってくる。
逃げられそうにない!
「グァアアアアアアオオアア!」
「うぉおおおおおおおおお!!」
トカゲが口を大きく開けて吠える。
咄嗟に右手を突き出した。
何でもいい。コイツを倒せる魔術を!
そう思った次の瞬間――。
「ギュァアアアアアアアァァァ!」
俺の右手から凄まじい光と共に協力な電気が放たれた。
それをまともに食らったトカゲは、断末魔の声を上げながら倒れる。
一瞬で黒焦げになったトカゲを中心に周りの木々も焦げ付いていた。
どうやら、無詠唱で魔法を使ったようだ。
ランペッジャメント。
雷属性の下級魔法。
全詠唱で魔術を使う暇なんて無かったし、短詠唱で使おうにも咄嗟に声が出なかった。
右手には魔法を使った感触が今でも残っている。
トカゲの口しか見ていなかったので、何も考えることが出来ず、かつてオークス先生が見せてくれた魔法の光景が頭の中を過り、それをほぼ無意識の形で放った。
この数秒、俺は戦う戦わないの意識すら出来ずにいた。
もし俺が何も出来なかったら、俺とカーリナはこの化け物トカゲに食われていたのだろうか……。
「ベルホルト! カーリナ! 無事かっ!?」
「…………。」
「ん? おい、ベルホルト。顔が真っ青になって――」
「おえっ」
吐いた。
後ちょっとの差で俺達が死んでいたかもしれないと思うだけで、激しい吐き気に襲われ、地面にうずくまりながら胃の中のモノを盛大に吐き散らした。
オークス先生が背中をさすりながら声を掛けてくれているようだが、まったく耳に入らない。
少しして落ち着くと、今度はカーリナのことが心配になって来た。
一応守り通せたが、派手に突き飛ばしたので怪我をしていないかが心配だ。
そう思ってカーリナを見ると、彼女は放心した様子でピクリとも動かないトカゲを見ていた。
体には傷がなく、どこも怪我していなかった。
ただ、カーリナのお尻の方を見ると、股間部分がぐっしょり濡れていた。
自分の股間も気になって見てみると、俺も漏らしてた。
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「さて、そろそろ行くぞ」
「はい先生」
あの後、先生がトカゲの生死を確認し、念のために心臓を剣で突き、貴重な素材になるからと鱗や爪などを剥がす作業を、俺達はただ茫然と眺めていた。
そして荷物をまとめ、オークス先生の家に向かう帰路につく。
俺とカーリナのズボンはまあ……ぐっしょりのままだ。
冬ではないから大丈夫だと思う。不快だけど。
「……」
カーリナはあれから何も喋っていない。
こちらから問えば、「うん」 とか、「わかった」 とか返してくれるが、いつもの元気さがなく、ただただ無口だった。
しかし帰る時には俺の腕にしがみ付いてきたので、やはり怖かったのだろう。
カーリナのしがみ付いてくる腕も震えていた。
俺も未だに足が震えている。
「……あれはグレンデルと言っての。ここら辺では見かけることはまずない、凶暴な魔物じゃ」
しばらくして、前を歩くオークス先生が語りだした。
どうやらあのでかいトカゲはグレンデルというらしい。
「二級の冒険者が三人以上で掛かっても、場合によっては負ける相手じゃ」
「二級が三人以上でもですか?」
「そうじゃ」
そんなおっかないやつが何でここにいるんだろうか。
ビクトル達兵士が頑張ってくれているお陰で、安全じゃないのか?
「どこか、他所からやって来たのじゃろう。そういうことも稀にある。お前さんの強力な雷魔法がなければ、二人は……いや、なんでもない」
俺もあんな化け物よく倒せたもんだ。
オークス先生がいてくれたとは言え、確かにあれは危なかった。
まあ、魔物も生き物なんだ。縄張りとかの関係で他所へ流れることもあるんだろう。
先生の話を聞きながらそんなこと思っていると、彼は歩みを止め、こちらに向き直った。
「ともあれ。警戒を怠ったわしの責任じゃ。わしの責任で二人を危険な目に合わせてしまった、申し訳ない」
目を伏せて、オークス先生は謝った。
それは仕方のないことなんじゃないかと俺は思うが、しかし先生からすれば、監督不行き届きのせいだとおもっているのだろう。
どう返事をすればいいのか分からなかったので、「いえ……」と曖昧に頷いた。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん? 何だ? カーリ」
すると今度は、今まで押し黙っていたカーリナ口を開いた。
呼ばれて目を向けると、さっきまで真っ青な顔だったものが、今は震えも止まり、何かを考えているような表情になっていた。
「さっきの魔法……詠唱しなかったよね? あれどうやったの?」
「あぁ~……」
ヤバい。
確かに無詠唱で使ってた。
カーリナの前で何も考えずに使ってたから、冷静になったカーリナが気付きやがった!
これはイカンですよ~。
ちょっと先生! どうにかしてくださいよ~。
「さぁて。さっさと帰るかの」
「あっ! ちょ、オー……ヤコブ先生!」
「ねえ、教えてよお兄ちゃん!」
くそジジイ! 目で助けを求めても無視しやがった!
カーリナはしがみ付いた腕を引っ張りながら聞いてくるし、俺にどうしろってんだ!
「ねえ! もしかして無詠唱で使ったの? エルメスっていう人以外誰も出来ないよね? それとも魔道具か何か持っているの? ねえどうやってやったの? ねえ! ねえっ!!」
「はぁ~……。先生、話してもいいですか?」
「……仕方あるまい。カーリナとはもうすぐ旅に出るからのう。いい機会だと思って話してしまおう」
「ヤコブ先生も知ってるの?」
「まあ、の」
結局話すことになった。
先生も言っていたことだが、よくよく考えればあと二週間もしない内に、カーリナや先生達と旅に出るんだ。
いずれは無詠唱のこともバレるのだろうから、今のうちに話しておいていいのかもしれない。
「実はさ……」
で、取りあえず先生の家に向かいながら事情を話す。
それまで怯えから俺の腕にしがみ付いていたカーリナも、今では逃がすまいと強く抱きしめていた。
お兄ちゃんは逃げないよ。というか、成長途中のオッパイが当たってるんだけど……。
あれですか? 当ててんのよ。ってやつっスか?
そんなことを思いつつ、初めてオークス先生と会った日のことや、何故黙っていたのか、そしてオークス先生について。俺とオークス先生が秘密にしていたことを全て話した。
ただ、魔神と真神の戦いに巻き込まれることについては話していない。
オークス先生の弟子になった以上、俺は魔神側で何かしらの手伝いをすることになる。
将来的には、危険なこともするだろう。
しかしそれは、俺だけがやればいいわけで、何もカーリナがやらなくてもいいことだ。
だからカーリナには黙っておこうと思う。
「わしのことについては、フェリクスと合流した時に話すつもりじゃった」
俺の説明も一通り終わり、最後にオークス先生が説明した。
「そういうことでさ、何で無詠唱で出来るか俺自身分からないけど、このことは――」
「ズルいっ! ズルいズルいっ!! お兄ちゃんばっかりズルい!」
なんか駄々をこねられてしまった……。
いや、俺の腕をしっかり抱えたままピョンピョン跳ねる姿は可愛くていいんだけど。
あ~。心がぴょんぴょんするんじゃ~。
「魔術も魔法もいっぱい使えて、それで無詠唱で魔法も出来るなんてズルい!」
「ズルいって言われてもな……」
しょうがないやん?
なんて困っていたら、カーリナが飛び跳ねるのをやめ、やや照れ臭そうに上目遣いで見上げてきた。
「……でも、さっきはそれで私達が助かったんだよね? ……ありがとう。お兄ちゃん」
……うん。それは俺もよかったと思ってるよ。
もっと訓練を積んでいたら、咄嗟の状況でも短詠唱で使えたのだろうけど。
こうして三人無事でいられたから全部良しだ!
そんなお互いの無事を確認し合うかのように、俺達は至近距離で見つめ合う。
「……兄妹仲が良くて何よりじゃ。しかしカーリナよ、一つ言うておくがのう。ベルホルトのことや、わしのことは誰にも言うでないぞ? 勿論ビクトルやビアンカにもじゃ。二人の前ではこれまで通りヤコブと呼ぶように。わかったかの?」
「うん、わかった!」
ああ、うん。なんかオークス先生が何とも言い難い表情で注意してきた。
カーリナ、君わかってる? さっきからニヤてるけど。
まあ、いいか。
うっかり言わないように面倒見るか。
それよりも、カーリナの元気が戻ったようで何よりだ。
今日の出来事はショックが大きかったかもしれないけれど、ずっと塞ぎ込んでいるよりも、カーリナには笑顔でいて欲しい。
そして俺も、その笑顔を守れたらいいな。
そう思いながらまたしばらく歩いていると、やっと森を抜けてオークス先生の家にたどり着く。
「はぁ……やっと帰ってこれた……」
「……マジで疲れた……」
森から抜けられ、カーリナも俺も力がドッと抜けてその場にへたり込んだ。
思い返せば今日は、本当に危ない一日だった。
これから旅に出る上でもっと危険な目に合うかもしれない。
でも、今日経験したことは確実に俺達の力になってくれるだろうし、似たような状況でも冷静に対処できるようになるだろうと思えば、今回のことも体験して良かったと思う。
ま、五体満足で帰ってこれたから言えることだけどね。
これでカーリナが酷いことになっていたり、俺の手足がなくなっていたりしたらオークス先生を恨んでいたかもしれない。
そんなのは嫌だけどね。
そんなこんなで、俺達の、初めての戦いは無事に終りを迎えた。
因みに、家に帰ってからこのことをビクトル達に話したところ、凄く心配されたのは言うまでもない。




