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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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術発現の儀

 やはり朧らが覚えた違和感は、気の所為ではなかった。

 先だっての戦で、何故あれ程の愚策ばかりを行なったのか。そして何故今、陽炎本隊と風花駐留軍との合流を交戦もなしに許すのか。

 陽炎本隊が合流してしまえば、如何な強大な風花連合軍といえど、並大抵の策略では風花中心地の奪還など不可能である。であれば、風花は何としてでも本隊の合流を阻止せねばならなかった筈だ。

 策はあった。数に物を言わせ、挟撃する事も可能だった。大変苛烈な戦にはなっただろうが、本国を敵に易々と渡してしまうよりもまだましというもの。

 だが風花は手をこまねいた。本に、何もせず。そしてそのまま、陽炎らの強気の布陣にも一切の反応を見せぬままいたずらに時を過ごしている。

 朧の知る赤狐ならば、理由なくこのような策は取らぬだろう。ならばこの状況も赤狐の掌の上なのではないか。余りに有利に動き過ぎる戦況に、朧はそう危惧していた。

 風花は本国への帰還を諦めたのか。かたや軍内でそんな希望的観測が多く囁かれ始めた頃だった。

 思いも寄らぬ一手を風花は打って来たのだ。


 ◆


 朧ら陽炎黒衣は、交戦がない今暇を持て余していた。緊張感を切らさず待機する事も、出来て数日。変わらない戦況にやがて気も緩み始めていた。

 すべき事のない朧も、晶や嵐らとぼんやりと過ごすしかなかった。


「しっかし、何だって風花は攻めて来ないんだろうね。僕らがあそこにいた時はそんな素振りもなかったけれど」

 手すさびに木の実をころころと弄りながら、流がこぼす。

 朧や晶への敵意は別にしてだろうか、彼は予想以上にこの場に馴染んでいた。

「不測の事態があったんだろう。先だっての戦で」

「一番考え得るのが君主もしくは赤狐の負傷、などでしょうかね。戦場に指揮する者がいない故に統制が取れていないように見えます」

 流の疑問に淡々と答える嵐と晶に、流が面白くなさそうに口の端を曲げる。彼は話の種として口にしただけに過ぎなかったのだろうが、またそこでぷっつりと会話が途切れてしまった。

 物言いたげな目つきで二人を見ていた流だったが、やがて何かを思い付いたように瞠目する。ろくな事ではないのだろう、にやりと笑ってまた口を開いた。

「そういえば、二人は何故師弟の真似事をしているの? 出来損ないに弟子入りとかどういうつもり?」

 流はまた晶を出来損ないと呼んだ。彼の言葉にそれ程の意味はないと分かってはいても、強烈な響きに朧は眉を顰める。

 だが隣で晶が寸分も表情を変えないのを見て、朧は矛を収めた。下手に騒いで、流の挑発に乗るのは避けたかった。

「私は術が使えないから。術を使えなくとも戦場で戦えるように、と育てて下さったのはお師様だ」

「術が使えないって。ずっと思ってたんだけど、ちゃんと儀式はした訳?」

 先程までもてあそんでいた木の実を囓りながら、流が大して興味もなさそうに言う。唯一朧だけが、身を乗り出して流に掴みかかった。

「儀式、だと?」

「何だよ怖いって。当たり前でしょう、儀式もせずにどうやって術の言葉を得るのさ」


 流曰く、黒衣は皆十二歳頃に八卦の気を発し、その内のどの気を操ることが出来るかは儀式によって分かるのだという。一族の長が微量の術を当てる事によって気を探り、術の言葉を授ける。

 その儀式をもって派兵出立の儀となるのだと。


「君がどの気を持っているか、分からないんじゃ話にならないんじゃない。そんな事もしないで、術が使えないって言っていたの」

 心底呆れた様子で流が溜め息を吐く。そして言うのだ、今ここでその儀式を真似てみれば良いと。

 里に帰った時、父親にはこれより先も術を持てぬと明かされた。だがもしも、それが間違いならば。先人の女性の黒衣が術を持たぬからといって、朧までが同じとは限らない。

 期待を後押しするように、嵐もまた短く賛同をした。

「朧は確かに気を持っている。俺は此奴に術をかけた事がある」

 嵐の言葉を聞いて朧は小さく拳を握らせた。もしかすれば。目をきらきらと輝かせて晶を見遣った朧だったが、その期待がしゅるしゅると萎んでいくのが分かった。

 晶は目を伏せていた。辛そうに、見たくない現実を口にするかのように。

 そして言うのだ。決定的な言葉を。


「下手な期待を持たせないで下さい。この子は気を持っていても術は使えないのです。

 私は普段より、朧に守りの術をかけています。この子が持つのは『コン』の気と分かっていますが、微量過ぎて気を操ることは出来ぬのです」


 分かってはいた事だがやはり、何度聞いても心にこたえて、朧は目の前がぼやけるのを必死にこらえた。一度諦めた筈の心が浮上してまた再び落ちるのは、滑稽さを自嘲する気持ちも相まってより一層重く沈んだ。

 俯いた朧の背に、気遣わしげに嵐が手を置いて慰める。それが余計に涙を誘い、ついに朧は顔を膝の間に伏せてうずくまってしまった。

「流、少し良いですか」

 晶が流を連れ出す気配がする。その足音を聞きながら、朧はまだ顔を上げられなかった。


 ──大人しく少し離れた所に連れて来られた流だったが、振り返った晶が口を開く前に早口でまくし立てた。

「わざとじゃないんだって。僕は良かれと思っただけだし、本当にそうすればあいつだって術を使えるんじゃないかと思って」

「責めている訳ではありませんよ」

「え?」

 言葉を切って晶を見上げた流は、背中に冷たいものが伝う心地だった。彼の愛弟子を苛めたと責められるのだと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「余計なことを言うなって顔だね」

 そう先手を打てば、晶が小さく笑った。

「貴方は馬鹿ではないでしょう。でしたら解りますね、私や朧が普通とは違う理由で派兵されている事も」

「だったら何?」

「色々と話されては困る事があるのですよ。例えばそう、彼女が男と偽っている事など」

 やっぱりね、と小さく言って流は目の前の食えない男を睨みつけた。優しげな物言いとは違って、彼の言葉には悪意しか窺えない。まるでそれは彼の真意が朧とは違う場所にあるように見えた。

「違う理由って何? 女の黒衣って事を隠して、何のために戦場にいる訳? それを朧は知ってるんだ?」

 矢継ぎ早に尋ねれば、晶の目がすっと細められ歪められた口からは小さく嘲笑が漏れた。小馬鹿にしているように見えて、晶の様子には余裕がない。流は少し踏み込んでみる事にした。

「朧はあれだけあんたに心酔してるのにね。同情した僕が口を滑らせる可能性はあるかも知れないなぁ」

 だが晶は表情を変えない。彼の弱みはそこではないらしい。そして言葉を続けた瞬間だった。

「嵐に、とかね」

 そう口にした瞬間、流は息が止まるのを感じた。


 いや、幻覚でも勘違いでもなかった。

 事実流の呼吸は今止まっていた。

 目の前には冷えた目でこちらに掌を翳す晶がいた。

 口から漏れるものもなく、苦しさに手足をばたつかせるが、晶は無表情で更に掌の光を膨らませる。視界が白く霞んで意識を手放す寸前、晶の掌の光が消え、痛い程の空気が身体に流れ込んだ。

 咳き込んで倒れる流を、まだ無表情の晶が見下ろして何でもない事のように言う。

「貴方は朧が拾ってきたもの。であれば彼女の師である私が貴方の処遇を決めましょうか」

「……脅すんだ」


 首元を抑えて立ち上がる。息は上がって、足元は震えて不恰好だっただろうが、流は強がった。黒衣同士ならば命の危険はない筈だと信じ込んでいた。

「残念ながら、僕にはあんたをどうにか出来る力はないよ。でもきっとお互い様だよね、僕はあんたの弱点を知ったから」

「そう、お互い様です。ただ一つ貴方は勘違いをしていますよ」

 晶はそこでにやりと笑った。垂れた目を伏せて、薄い口元を歪めて、まるで悪人の忍笑いのようだった。

「里に捨てられたたち(・・)には、里の掟など関係ありません。私たちはいつでも、貴方を殺す事が出来ますよ」

 そう言って晶は踵を返す。大股で歩いてゆく彼の後姿を見送りながら、流は息を整えて小さく呟いた。

「成る程、ね」

 彼の分かりやすい脅し文句は、余裕のなさの表れだろう。だからと言ってすぐにこの切り札を使ってしまう気も、流にはなかった。

 七の家が生き残る為には情報を──流はただそれを心掛けていたに過ぎなかった。


 ◆


 不機嫌そうな晶と流が帰って来た時と、それは同時であった。

 俄かに天幕周辺が騒がしくなり、慌ただしく兵らが走り回る様子が見える。座り込んでいた朧と嵐も腰をあげ、様子を窺っていた。

「風花が動いたか」

 嵐が小さく呟く。それを待っていた筈だが、何やら様子がおかしい。ただの陣触れではなさそうだった。

 やがて走り回っていた兵の一人が駆け寄って来て、早口で和泉の天幕まで来いと伝える。首を捻りながら晶が詳細を尋ねると、兵は思いもよらぬ事を言ったのだった。


「風花より、使いの黒衣が来たのだ」


と。

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