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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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讒言

「だから、此処での『フウ』は封じたと言ったろう。奇術でも何でもない」


 預言者の如く戦況を断言していた和泉は、朧の問いに鬱陶しそうにそう答えた。

 土砂降りと言っても差し支えない程の大雨。全身を濡らして空を見上げる和泉は、当然の事だと表情を如何程も崩しはしなかった。

 何らかの力が働かねば起こり得ぬ、天候の急変。黒衣にさえ不可能である、天候を操るという奇術を成してしまった和泉に、朧が問い詰めたのは無理からぬことだろう。だが彼は眉根を寄せて、朧の思慮の浅さをなじる。

 種明かしさえ嫌味を交えながらしか出来ぬ和泉を、殴りつけたい気持ちを抑えながら、朧はしおらしく彼の話を聞いていた。

「知識さえあれば誰にでも分かることだ。

 山の裾野で広範囲に空気を熱せば、湿気を含んだ雲となって空に上がり、山に触れて大雨を降らせる。お前たちの術がぶつかり合い、引き金となったのだ」


 そこまで言って、和泉は言葉を切る。自信にあふれていた表情が少し曇るのを、朧は見逃さなかった。

 何故なら、朧も同じ疑問を抱いていたのだから。

「何故赤狐がそれを予見出来なかったのか、か」

「あぁ、その通りだ」

 全身を強い雨が打つ。雨足が更に増したように感じて、背筋が冷えた。

「理由がある筈だ。でなければ」

「赤狐がそんな杜漏ずろうな戦略を立てる訳がない、か?」

 朧の言葉の先を読んで、和泉が面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「お前の赤狐に対する評価は何から来るんだ。お前が目にした赤狐は、いつでも劣勢に立っていたんだろう」

 そうだ。初めて戦場で見えた時も、櫓の上で対した時も、そして奴の天幕で巻物を奪った時も。

 朧はいつでも優勢にいた。僅かな差で、命を奪う事は容易かった筈だ。なのに何故か朧は奴を殺せていない。それどころかこんなにも自分は脅威なのだと植え付けている。


「ただ、恐ろしいのだ。戦場において、功を挙げようとせぬ彼奴が」

 そのくせ、腹で何かを企んでいそうな身の振り。そして人を小馬鹿にしたような、児戯の狐口面。全てが。

「だから気を緩めるな。必ず、理由がある」

 強い口調で言い切ると、面食らった様子で和泉は細い目を僅かにみはった。そして渋々ながら、といった様子で一度だけ頷く。

「ぐるぐると考え込んで迷うお前が言い切る事だ。無視をするつもりは毛頭ない」


 ざぁ、とまた雨足が強まる。桶をひっくり返したかのような雨の中、朧は風花の陣に目をやった。

 黒々とした陣は今は静まり返って、その様子を窺えない。それがまるで嵐の前の静けさのように思えて仕方がなかった。


 ◆


 和泉参陣の戦の日から、三日後のことだった。

 風花君主の陣幕では、君主と向かい合って座す赤狐がいた。だが二人の様子はいつもと違い、どっかりと上座にいる筈の君主が、身を小さくして赤狐の様子をちらちらと窺っていたのだった。


「俺は申し上げた筈ですが。

 『フウ』の弱点を晒した以上、敵がそれに気付くか気付かぬかは別にして、此処で『フウ』は使えません、と。こちらにとってもあれは切り札なのですから、と」

 表情を変えず、赤狐は狐口面の下から淡々と言葉を出す。口調も荒げず、手指ひとつも動かず、ただ空気だけで彼は怒りを放っていた。

「だが敵はお前の不在を狙って攻めて来たのだ。足止めをする為には、敵が最も恐れる『フウ』の部隊を前面に出すしかなかった」

「時間稼ぎなど必要ではなかったのです。何の為に俺が、彼の国へ援軍を要請に行ったか。挟撃する為でしょう」

「それは結果論であろう。敵は本隊との合流の為に兵を出したのだ。お前の不在は奴らにとって格好の機会だ」

 身体を小さくして許しを請うかの様な格好で、それでも矜持故か、声だけははっきりと君主が釈明する。いや、むしろ逆なのだろう。君主は格好でだけ、己の愚策を詫びているに過ぎなかった。

 そもそも赤狐の不在の情報は、陽炎青嵐連合軍に洩れてはいなかったのだ。敵の布陣に動揺した君主の早合点に過ぎなかった。

 しかし今それを咎めたとて意味がないのも事実。赤狐は想像以上に愚かな自国の君主を叱りつける気も起きず、ただただ諦めにも似た脱力感と戦っていた。

 心底からの呆れた溜め息を吐いた赤狐は、暫く額に手を当てて目を閉じていたが、やがておもむろに手を下ろしてにやりと笑った。それに気づいた者はいない。何故なら彼の口元は黒い狐口面で覆われていたのだから。


「我が君」

 わざとらしく、ゆっくりと赤狐が呼ぶ。その声色は穏やかで、許しを得たと思った君主は項垂れていた背をぴしりと立てて赤狐の顔を見た。

 そして君主はやっと気付く。赤狐が笑っていることに。先ほどとは比べものにならぬ程に空気が冷えていたことに。

「俺は、黒衣の術を使ってはならぬとも申し上げました」

「確かに、そうであった」

「では黒衣があれ程大袈裟に術を使って回ったのは、貴方様が指示したことではないと。そうですね」

 赤狐の質問の意味がわからぬ程、君主も馬鹿ではなかった。また答えてしまえばどうなるかも、容易に想像がついてしまった。

 ゆっくりと、周りの壁が迫ってくるような感覚。もしくは蛇がしゅるしゅると這い寄って登ってくるかのような。

 君主は今、自分に逃げ道が残されていないと悟ったのだ。にやりとまた赤狐の口元が笑う。


「そう、だ」


 口から出た言葉は詰まって、余計に重々しく響く。赤狐が指し示した唯一の道を選び取った瞬間、とてつもない後悔に襲われたが後の祭り。

 赤狐が何を思って、己の非を黒衣に被せようとするかが君主には理解出来ない。ただただ、目の前の赤い男の深淵を見た気がして、恐ろしいのだ。

「やはり。聡明な我が君がこのような愚策を選ぶ筈がないのです。

 貴方様は『フウ』と黒衣を足止めに使い、戦況の膠着を狙った筈だったのでしょう」

 赤狐の指し示した道は続いてゆく。その先が見えぬ君主にはもう、声を発する余裕はなかった。恐怖からくる震えを懸命に堪えて、こくりと一度頷く。

「黒衣たちは手柄に逸り、交戦を始めた。これでは貴方様を責める理由はありませんね」

 赤狐はまた殊更優しげな声で君主のそばににじり寄る。まるで人を惑わす悪魔の様に、耳元に口を寄せて甘言を囁くのだ。

「我が君の意向は絶対。貴方様の指示に従わなかった黒衣たちには、何らかの罰が必要でしょう」

「罰、だと」

「貴方様は大国風花の君主。たかが赤提灯に指示に背かれたとあっては、面目が立ちません」

 戦略の失敗に対する羞恥と、赤狐への恐れ。大国風花君主という肩書きにそぐわぬ小物の男には、その甘い囁きに抗うことなど出来なかった。

 言い募るように赤狐は言葉を続ける。

「このまま処罰なく済ましてしまえば、この失態は全て、貴方様が被ってしまうことになります。

 貴方様には何の罪もないのに。指示に従わなかった、赤提灯の所為で」


 そうだ、自分には何の罪もない。少なくとも黒衣たちが敵国を圧倒すれば済んだことなのだ。

 戦場では結果が全て。敗れて帰った者たちに裁きを下すのは、何ら間違ったことではない。

 その権利と力が、己にはあるのだ。


「そうだな。我は命じた筈だ」

 ──勝て、と。指示に従わぬ者には罰を──。

 もう君主は恐れていなかった。赤い男の面と同じ、にたりとした笑みを浮かべてゆっくりと頷いていた。

 今も変わらず、赤狐の指し示した唯一の道を歩き続けているのに。彼が真に何を求めているのかなど、僅かも分かっていないのに。何故か自信満々に声高に言うのだ。

「黒衣には厳罰を下さねば。戦場でしか生きられぬ族が戦に勝てぬなら、無価値よ」


 頭を垂れる狐の赤い口元が、さらにぎゅっと曲がって嗤った。

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