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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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風花潜入

 朧が流と行動を共にして二日が経った。目的地はもう目前、朧と流は疲れた表情を隠さず並んで歩いていた。どちらもが押し黙り、ただ地を蹴る音だけが延々と続いている。


 あの晩以来流は兄の話を口にしなかった。あれ以降詳細な話など聞かせてくれず、何を尋ねても素知らぬ顔で首を振り続けた表情を思い出す度に、今でも朧は拳を固く握り締める。

 確かに流は思惑通りに朧を惑わす事に成功していた。だが彼にとってそれは胸のすく事であっても、良い事であるとは限らない。

 事実未だ腹を立てている朧は大切な事を彼に伝えていなかったのだ。


 風花ノ国の中心地は今では陽炎青嵐両軍の占拠下にあり、おいそれとは近付くことが出来ない。であれば彼は何処へ向かえば良いのかというと風花軍が駐留する場へ赴かねばならぬ訳だ。実際に彼が向かうよう指示された場所は、朧が知る風花本軍が布陣している場であった。

 つまり流は、心の準備なく戦の真っ只中へ向かっているのである。

 勿論朧とて彼の命を危険に晒すつもりなどない。その為に今でもこうして傍を離れず付いて歩いているのだが、それさえも流は気に入らぬらしかった。

 とにかく、二人はこれ以上ない程に悪い空気で二日を過ごしていたのだった。


 そしてその昼過ぎの事だった。山を越えた裾野に広がる光景を木々の間から見た時、流は悲鳴に近い声を上げた。慌てて朧が口を押さえる。

「馬鹿か、大声を上げるな。もうこの辺りには哨戒兵がうろついているかも知れぬぞ」

 声を抑えて叱りつければ、流は押さえ込んだ腕からもがいて抜け出し、首をぶんぶんと横へ振った。

 そう、裾野に広がるは風花の陣営。風花の陣営は全軍を上げたものであってとても強大。その上大合併まで目論んでいたのだ。裾野は目の届く所全てを塗り潰したかの如く、黒々とした陣幕で覆われていた。

「いやいやいや! だって何さ、あれ。真っ最中だよね。今まさに戦っているよね」

「まだ陣触れだけだ、此処ではまだ交戦はしていない筈。五日ほど前の情報だが」

「信用出来ない! ふざけないでよ、知ってるなら言っておいてくれないかなあ。僕にだって心の準備ってものがさあ」

「それは私の台詞でもあるんだが」

 彼の抗議をすっぱりと切り捨ててやると、流は顔を真っ赤にしながらも返す言葉が無いようだった。歯を噛んで口をひねっている。

 これ以上いがみ合っても無意味だと解ってはいる。だが朧は口を開いた。思ったより自分は気が短いのかも知れぬと、内心で冷静に考えながら。

「これで分かっただろう。要らぬ反感を買えばいたずらに自分の身を危険に晒すだけだと。

 相手の助けが欲しいのはお前も同じのようだからな」

 腕を組んで、しゃがみ込んでしまった流を見下ろす。先程まで赤かった顔は今では土気色で、彼の動揺が手に取るようだった。

 少し捻くれたやり方であったのは認めるが、致し方ない。此れからは宜しくやらねばならないのだ。

 朧はしゃがみ込む流の腕を取って立たせると、黒々と広がる陣営を指差す。その先は青い*六出りくしゅつ模様の飾り旗が掛かる一際大きな陣幕──この広大な陣営の頭、風花君主の居るであろう陣幕だった。

「此れからお前はあそこへ向かい、風花君主と対する事になる。其処で恐らくは此れからの戦について話を聞く事になるだろう」

「お前は、って。僕一人で? 君は? 何の為に来たのさ」

 殊勝顔でこちらを見上げる流を見つめ、朧は小さく首を振った。

 此処から先には朧は付いては行けない。いたずらに赤狐の前に姿を晒す事は出来ないのだ。戦の喧騒の中の僅かな邂逅を彼が覚えているとは思わないが、念の為だ。

「此れから先はお前の生きる道だ。元よりそのつもりだろう」

 朧は此処で待ち、状況に応じて姿を忍んで風花陣中を探るつもりだ。必要であれば流と入れ替わり、戦さ場に赴いても良いだろう。さすれば赤狐の使う黒衣殺しの武器を探る事が出来る。

 朧の言葉を聞いた流が絶望した様に口元を手の平で覆い隠す。ひねた口元を隠せば、緊張感に潤む大きな目元が殊更印象的で、尚()の子には見えぬ。まるで可愛らしい少女が涙ながらに乞うている様で──。

「待てよ」

 朧がはたと気付く。敵陣の間近くで身を隠すという危険を犯さぬで済む方法を。

「いや、私も共に行こう」

 強く頷きながらそう言うと、驚いた様に視線を寄越した流が心底安堵したか、大きく息を吐いたのだった。


 ◆


 今朧と流は揃って同じ黒い布で口元を覆っていた。同じ様な袖頭巾に黒い小袖、背の丈も然程変わりなく、唯一の大きな違いの顔は半分を布で覆っている。覗く目はどちらもが『の子にしては』大きく女性的で、似た印象を与えている筈だ。

 そう。朧の狙いは、流の兄弟として己も堂々と風花陣中に潜入する事であった。この方法であれば、流と連携し情報を得るという回りくどい事をせぬでも、自由に自分自身で動ける。

 ただ大きな懸念が一つ。それが今眼前で不満気な表情を隠していない彼の男、赤狐であった。


「俺は申し上げましたが、我が君。黒衣殺しの武器が実用出来ると分かった今、これ以上の黒衣は必要ありません、と」

 戦さ場で聞いたものと変わらぬ、何処か人を嘲る様な物言い。胸の奥がざわざわと騒ぎ、朧はぎゅっと拳を握り締めて赤狐の言葉を聞いていた。

 戦さ場ではないが故に彼特有の赤い乱髪兜は今は付けてはいないが、あの戯具の狐口面だけは外していない。やはり底が知れぬ、空恐ろしい男だ。

 そして彼の隣の豪奢な陣幕を背に座す男、朧が宣誓の場で見た風花君主に間違いない。彼は朧と流を見ながら満足そうに笑っていた。

「良いではないか、赤狐よ。持てる戦力は多いに越した事はない。此れからは陽炎青嵐と刃を交えるのだ、過ぎる事はなかろう?」

「しかしですな、我が君。黒衣は黒衣を殺しはしません。いざという時に奴らでは使えない。

 恐らく相手は黒衣を全面に出して布陣する事でしょう。今更、この風花で黒衣が働く術などありません」

 呆れたように赤狐が首を振って君主を諫めると、君主は眉を下げて肩を落としてしまった。邪気のない、良かれと思った行動を切り捨てられて落ち込んだといった風だ。


 その一連の流れで赤狐と風花君主との関係性を知る。担ぎ上げられた人の良い無能な君主と、忠臣の振りをして配下に甘んじながら野心と策謀に動く策略家。朧が受けた印象はそれだった。

 だが赤狐は君主に忌憚ない進言はしても、権力はないように見える。現に今も。

「だが手に入れた力は最大限に使うまでよ。赤狐、そ奴らの次の布陣を考えておけ」

「は」

 短く返答をして赤狐は首を垂れる。やはり、弁達をもってやり込める事も出来るだろうに、彼は自ずから今の立場に甘んじているのだと思えた。


「楽しみな事よ。お前の発明した、あの『フウ』という武器。僅か四十の兵で陽炎の先駆隊と黒衣の陣は崩れた。天啓は我に有り、だ」

 肩が震えそうになるのを必死で堪えて、朧は努めて表情を変えなかった。危うく声を出すところだった。

 『フウ』という武器。それはきっと自分の肩を撃ち抜き、日向の命を奪ったあの黒衣殺しの武器に違いない。それはこの目の前の男、赤狐によってもたらされたという。

 平静を装うのに必死だった。今派兵されたばかりの新入り黒衣を演じるならば、その武器を知らないでいなければ。ぎゅっと覆面の中で歯を噛み締め、見える目だけは新入りらしくおどおどと泳がせてみせて、朧は堪えていた。

 まだ、探るには早い。


「そうですな。黒衣の悪しき術に頼らずとも、我らは勝利を得ることが出来る。

 これで、人間の世に平穏が訪れますぞ」

「ああ、儂の元で、皆が幸せに暮らすのだな」

 恍惚と君主が目を閉じて愉悦に浸る。その隣で赤狐が小さく目を細めて君主を睨みつけたのを朧は見た。

 まるで視線の刃で一閃斬ったかのように一瞬だけの事、だがその鋭さに見ていただけの朧の方が身震いする。

 やはり赤狐という男、底知れぬものがあると再認識した。


 求めに応じて派兵されたにも関わらず、大した説明などなく君主対面は終わってしまい、直ぐに黒衣の天幕へ行くよう言付かった。赤狐の言う通り、風花にもう黒衣は必要ないのだろう。

 黒衣殺しの武器『フウ』さえあれば。

 肩透かしを食らった格好で、流と朧は君主の天幕を出たのだった。

 幕を閉めるなり興奮冷めやらぬといった様子で流が振り返る。きらきらと目を輝かせている様はやはり、の子には見えない。

「幸運だったね。あの人たち、少しも疑っていなかったよ」

「馬鹿、此処で大声を出すな」

 腕を強く引いて止めれば、流の目が不機嫌そうに細められた。彼は朧が何をするのも気に入らぬらしい。

「それに幸運ではない。当然だ」


 種明かしはした筈。の子に見えぬ黒衣二人が並んで立ち兄弟だと言えば、誰も疑う事などない。与える印象が大切なのだとあれほど説明した。

 朧を信頼できぬらしい流は最後までびくびくと落ち着かなかったのだが。

「で? どうする気なのさ、これから」

「幸か不幸か、私たちが戦の最前線に行くことはないようだからな。少し探ってみる」


 だが今ではない。未だ赤狐には朧と流の印象があるだろう。戦が苛烈になり彼の男の意識が戦さ場に向いた時こそ。

「『フウ』か……」

 かの武器を探らねば。

 先程の君主に向けた、赤狐の一閃の鋭い視線を思い出して、朧もまた強い瞳で天幕の前を後にしたのだった。





*六出りくしゅつ……雪の結晶の形状

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