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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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悼む

 朧と晶の二人は、重々しい空気の中広間の中央で跪いていた。厚畳には陽炎君主蒼樹と、隣に青嵐君主である東雲も座している。そして下段、朧らの遠く並びには日向の息子である和泉が朧らを向いて座っていた。

 伝令の黒衣が一足先に報告に帰還した筈である。だから三人は戦さの首尾を大まかには知っている事になる。それは風花の中心地に布陣が成った事も、そして日向の訃報をも既知であるという事だ。

 証拠に、彼らの表情は一様に重く憔悴までもが見える気がした。


「取り敢えずご苦労。本隊を引き入れ、風花中心地を制圧。ま、目標は達した訳だ」

 大きく手を打ってそう声を上げたのは蒼樹だった。彼の眼や唇などには窶れが見え隠れしていたが、声色は何時もの自信に満ちた張りのあるものだ。それが余計に朧の罪悪感を煽る。

「いえ、決して。隣国の被害は甚大でその死者も多く、上々とは言い難いものでした」

 首を垂れたまま、晶が重く言葉を発する。一番触れなくてはならぬ日向の殉死については敢えて避けたのだろう、言葉を迷うような僅かなとつの間があった。

 それにぴくりと眉を上げて熱り立ったのは、蒼樹の隣で憤然と押し黙っていた東雲だった。

「それだけなの? 君はもっと報告しなきゃいけない事があるんじゃないの?」

「それは私から報告差し上げます」

 覇気の籠らない声のまま朧は顔を上げて東雲を見詰めた。彼の鋭い視線がただ先を促しており、訥々と小さく語る。己の粗慢により招いた彼の死の状況を。


「櫓に配された兵を討ち漏らし、彼の兵が放った攻撃を防げませんでした。馬上で射られた日向様は落馬し、そのまま……」

「へえ、じゃあ君は自分の不覚だったと認める訳だ?」

「返す言葉もありません」

 ただ頭を下げ続ける朧に、目を吊り上げた東雲がすっくと立ち上がった。感情のままに言葉を震わせて捲し立てる。

「ならこの後の処遇についても覚悟出来ているんだろう。君は自分の不手際で君主の右腕を死なせたんだから」

 言葉で打ち付ける東雲を見る事も出来ず、朧はぎゅっと目を瞑って耐える。

 戦さ場では結果が全てだ。如何に必死に立ち回ろうと己の身体が万全でなかろうと、赤狐や狙撃兵を討ち漏らし日向を失ってしまっては大失態でしかない。

 責任を取って処される事は不思議ではないのだ。


「黙れ東雲」

 意外や蒼樹は捲し立てる東雲を一喝した。言葉に窮した東雲は矛先を蒼樹へと向ける。

「へえ、お優しい君主様は取るに足りない赤提灯一人でも庇おうっていうの。盟友を死なせたとしても」

 怒りに震えた薄ら笑いを浮かべ、東雲は蒼樹を睨み付ける。肌を刺す程の緊張感と静寂が暫し続き、しびれを切らした東雲が更に口調を荒だてた。

「何とか言いなよ。どう責任を取らせるのさ」

「奴は俺の黒衣だ。お前に処遇を決められる筋合いはねえ」

 重々しく地を這う様な凄みのある声で蒼樹はそれだけ言う。表情は何時もと変わらないが、震えた声や指先、挙動の端々に彼のやり切れなさが表れていた。

 だが怒りに震える東雲には胡座のままの蒼樹の表情を窺い知る事は出来なかった。

「ち、ちょっと待ってよ蒼樹。じゃあなに、彼は無罪放免な訳? こんな過失をしても?」

「敵の伏兵に気付き、合図を防ぎ、本隊を誘導した。日向の亡骸も持ち帰った。俺は奴を責める気はねえ」

 その言葉が本心からでない事は彼の表情を見れば明らかだ。朧を処す事で生まれる利など無いと蒼樹は努めて理知的に考えただけであり、決して朧の行動を認めた訳では無い。

「冷たいんじゃない。国を離れて、生涯を共にする決断をした朋友の死を悼む事も出来ないの。それが日向が仕えた蒼樹なの」

 そう、蒼樹は努めていたのだ。感情の赴くままに怒鳴り、慟哭し、朧を責め立てたいのは彼も同じなのだろう。だからこそ東雲の言葉は朧だけでなく蒼樹をも抉っていた。

 腹立たし紛れの東雲の言葉に一度だけ歯噛みした蒼樹は、ゆっくりと目を瞑って歯の隙間から絞り出した。


「俺の哀しみは俺だけのもんだ。てめえが俺の哀しみのかさを決めんじゃねえ」


 今度こそ東雲は返す言葉を失った様だった。怒りに震えつつも理知的に振る舞う蒼樹に、取り乱した己を恥じたのかも知れぬ。

 おおよそ一国の君主同士の会話とは思えぬ吐露の仕合いの為か、蒼樹も東雲も肩書きなど脱ぎ捨てたかの様だった。気安げな表情も歯に衣着せぬ物言いも、かつての関係のままなのだろう。

「泣き言なら後でどんだけでも聞いてやる。今は次の戦さの話だ」

 叱咤する様な物言いで蒼樹は東雲を取り成す。そして東雲も不満気ながらも矛を収め、ゆっくりと腰を下ろしたのだった。


「日向が命をかけて成した布陣だ、失敗する訳にはいかねえ。陽炎、青嵐、風花中心地と大きな三点での挟撃が成る訳だが……気になる話があったな」

「棍の様な武器、だったっけ」

 二人の目がついと晶に向けられる。風花が使用した武器──いとも簡単に黒衣を傷付け日向の命を奪った未知の武器に話が及び、朧は小さく身体を震わせた。右腕がまたじくじくと痛む。

「想像も付かないな。矢をも目で捉える黒衣きみ達が傷付く程の疾さとは」

「それで、その武器に対する手段は」

 性急に、蒼樹は強い視線でそう口にした。苛立つときの彼の癖だろう、指先が畳を叩いて乾いた音を立てている。

 対する手段、その問いに答えられるのは晶ではなかった。武器を手にし、目の前で放たれるのを見、身体に傷を受けた朧だけが答えられる問いだったのだ。だが朧は言葉に窮する。黒衣の術にも劣らぬ彼の武器に対する手段など、浮かぶべくもなかった。

「まさか、ない訳はねえだろう。如何に風花が強国だと言っても、一朝一夕でそんな人知の及ばぬ力を得る筈がねえ」

「かの武器にも弱味はあります。精度はあまり高くなく、一度放てば次に時間を要する様でした」

「それだけか」

 青筋を立て強い視線で朧を射抜く様はまるで獣のようで、朧は萎縮しながら声を落とす。

「それだけ、です」

 蒼樹の指が一層強く畳を打った。ぱしり、と叩く音だけが広間に響いた。

「成る程、未知の武器は未知の武器。敵もそう簡単に明かしてくれる訳がねえってか」

「ならどうするの。ただ突っ込んで兵を失うのは得策ではないよ」

 二人の君主が眉根を寄せて押し黙る。彼らは武器を実際に目にしてはいないのだ、有用な策が浮かばぬのも無理はない。そして戦さ場で黒衣の術に匹敵する武器にお目にかかった事の無い朧らにも、良策など浮かぶ筈もなかった。


「ではその弱味とやらを突くしか道はないでしょう。遊撃隊を組み、敵の狙いを分散し、撹乱。敵に無駄撃ちさせ、機を窺うが得策かと思いますが」

 そう凛と声を上げたのは、ずっと黙して座していた和泉だった。

 父をうしなった哀しみに言葉が出ないでいるのかと思っていたが、彼の表情は広間の誰よりも冷静で落ち着いている様に見えた。

「いわば囮だね。いくら精度は高くないとはいっても、賭けには変わりないんじゃないかな」

「ですから、囮には黒衣を配するべきかと」

 東雲の試すかの様な返答にも和泉は臆さず述べる。戦さ前の軍議と何ら変わらぬ程に朗々と、彼は己の考えを述べていった。

「此度の武器も人を射る為ではなく黒衣に対する手段だと考えます。人を狙うなら矢でも事足りる。貴重な一発、狙うならば間違いなく黒衣でしょう」

「つまり和泉、お前は黒衣に的になれと、そういう訳だな」

「黒衣はいつでも戦さ場を撹乱してきた。今までと何ら変わらぬ任務でしょう」

 そう、今までと何ら変わらぬ。強大な術で敵の目を欺き、陽動する事が黒衣の戦い方である。今までと違うのは唯一、命の危険があるという事だ。

 だがそれは理由にはなるまい。それこそ人は黒衣には比ぶべくもない程の危険の中で戦ってきたのだから。今まで黒衣は戦さの中にありながら、安穏とした戦いしかしてこなかったのだ。


「その任、謹んでお受け致します」

 晶が跪いて首を垂れる。その声は感情が籠らない程冷たく響いて、彼の緊張を窺わせていた。


 ◆


 皆が部屋を辞した後の広間。其処に座するは蒼樹と東雲だけであった。挟攻の陣が成った今、蒼樹と東雲の出陣は間近であり、二人がこうして膝を突き合わせる事は暫く無いだろうと思われた。

 別段話す事がある訳ではない。だが何方もが腰を上げなかった。そこに居るのは最早君主二人ではなく、友の死を悼む旧友であった。


「蒼樹は激昂すると思ってたんだけどね。妙に冷静なのは年の功?」

 揶揄するかの口調で東雲が小さく笑った。何処か懐かしさの篭る視線を蒼樹に投げて、口の端を曲げている。

「だってさ、昔から怒るのは君の役目だったじゃない。すぐに熱り立って飛び出して行って、宥めるのが僕と日向の役目だった」

「あの場には日向の倅もいた。俺が怒り狂ってまだ餓鬼の兵に怒鳴りつけた所で、俺の気が晴れても彼奴の気が晴れねえだろうよ」

 蒼樹が膝に肘をついて外方を向いた格好のまま、そう零す。気を張っていたのだろう、東雲しか居ない今、蒼樹の目は沈んで覇気なく見えた。

「僕らも若くないからね。昔とは比べ物にならないくらいのものが、お互い肩に乗っているね」

「そうだな」

 蒼樹はまだ何も見える筈のない壁に視線を遣り続けている。短く返す言葉が素っ気なくも彼の感情を孕んでいた。

 彼の本質は変わらない。激情家で雄剛な蒼樹は昔から人一倍涙脆くもあった。若かりし頃を知る東雲には、蒼樹が堪えるものが手に取る様に分かっていた。


「君のそういう所を好んで、日向は君に仕える決心をしたんだ」

 唐突にそう言って東雲は穏やかに笑った。

 何の事か解らずに蒼樹はやっと目を上げ東雲を見つめる。

「取るに足りない一人の為にかつての君は涙を流し、国を挙げた。そんな君に日向は命を賭けたんだ。堪えなくていい、それがきっと日向への一番の弔いになる」

 目を剥いた蒼樹の肩が僅かに揺れる。堪える様に左右に視線を彷徨わせ、やがて観念した様に目蓋をゆっくりと閉じた。白髪混じりの頭をゆっくりと垂らして、蒼樹は大きな肩を震わせる。

 それを優しく見遣りながら微笑む東雲の小皺の浮かぶ目尻からも、ぼろりと大きな一雫が零れ落ちた。

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