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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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東雲と云う男

 こうして風花の合併に風穴を開ける手段を得た陽炎だったが、まだ一つせねばならぬ事が残っていた。

 勿論青嵐との協定である。陽炎と同じく風花の合併に危機感を抱いていた青嵐だが、陽炎と手を組むかは全くの別問題であった。いやむしろ青嵐は風花程の逼迫した状況になかったと言って良い。だから陽炎が求むるは青嵐との協定というよりは、青嵐の助力に近かった。


 これまた嵐の背に乗って長い距離を進む日向は、かつての同僚との再会をどの様にすれば最適かと頭を働かす事に精一杯だった。

 若かりし頃から蒼樹と共に戦さ場に立ち刀を振るって来た彼は今は言わば宰相中将さいしょうのちゅうじょうの立場であったのだが、その彼が敵兵の黒衣に背負われて入国する、という滑稽さに彼自身気付かぬほど思考に没頭していた。


 そう、滑稽だった。

 嵐は自分の背でうんうん唸る日向を肩越しに盗み見て、何とも言えない心地になっていた。

 嵐自身、青嵐と陽炎の協定は重要なものだと考えている。自国の君主──東雲しののめもそう考えるからこそ、青嵐の隣国ではなく陽炎の隣国へと様子を探らせたのだろう。

 だが事を楽観視できるかと言えば話は別。蒼樹や日向と東雲の縁がどんなものか知らぬ以上、迂闊な事は言えぬ。

 陽炎と隣国の会談や朧の身の首尾を知らぬ彼は、日向と東雲の再会こそがそれらを纏める重要な手だと信じて、急ぎ道中を駆けたのだった。


 ◆


 陽炎の遣い──日向来訪の報せを受けた青嵐君主である東雲は、嵐の想像の斜め上の対応を以って日向を受け入れた。

 通された部屋は絢爛豪華な応接の間で、滞在の為の客間も準備が為されているという。夕食の杯盤には珠でも並ぶかという程の厚遇だ。

 まるで国賓かと勘違いしそうになる扱いに、渋面をして呆れたような溜め息を吐いたのは日向だった。


「貴方は全く変わらない。私たちにこの様な扱いは不適だろう」

 眉宇に皺を寄せて忌々しげにそう言い捨てた日向に、青嵐君主である東雲はにっこりと笑った。その笑顔を見て日向が更に渋面をする。

「どうして。旧友に再会するのに持て成して、どうして嫌がられなきゃいけないのかな」

「不相応だと言っている。それとその話し方は止めろ。若い頃ならともかく一国を担う者だろう、時と場所を弁えろ」

 日向が顔をしかめれば顰める程、東雲はどんどん愉しげな笑みを深めてゆく。にこにこと、半ば嫌がらせかと感じる程に。

 東雲の豊かな髪はふわふわと黒く、細身の身体は小綺麗で、彼と同じ年の頃と聞いた蒼樹よりかは随分若く見える。そして人好きのする笑顔を崩さない様は、穏やかにも胡散臭くも見えた。

 東雲は旧友だと言うが、日向の表情にはその様な親しみは感じられず、嵐はこの場の話の流れを読めずに押し黙るしかなかった。

「貴方と長話をするつもりはない。早速用件を話させてもらう」

「残念、俺としてはもう少し旧友との再会を楽しみたかったんだけど」

 肩を竦めながら言う東雲に、日向がまたぴくりと眉を上げる。だがすぐに無表情に戻り口を開き、かけた時だった。


「風花に対しては俺も如何にかしなきゃいけないと思っていたんだよね」

 日向の言葉を遮るようにして、東雲が彼の言葉を奪う。日向の用向きなど全てお見通しで、東雲自身既に答えを用意しているのだと言いたげだった。

 言葉を奪われた日向は一瞬不満気に眉をひそめたが、言い争う気はないのだろう、小さく頷いて彼の言葉を受け取った。

「だからこそ、陽炎の隣国に黒衣を寄越したのだろう。どの辺りまで掴んだ」

「君達と同じじゃないかな。俺もさっき嵐から報告を受けた事くらいだ」

「ならば結論は私達と変わらぬだろう」

 日向の問い掛けに東雲はにっこりと笑って応える。次の日向の言葉も予想していて、その上で彼は意思表示をしているのだ。

 故縁のある日向には、そんな東雲の言葉なき返答が理解出来ており、尚且つ腹立たしいようだった。

「言いたい事があるなら言えばよい。どうせ碌な事ではないだろう」

「分かっているんじゃないか。なら言うけれど、協定なんて回りくどい事をしなくても陽炎と青嵐とが統合すればいい。共闘なんて脆い繋がりよりも強固な結び付きの方が、離反を煽るには良い手だと思うよ」

 満面の笑みの東雲だが、その声は静かで感情が感じられない。それは正に脅迫にも等しかった。


 助力が欲しくば青嵐の支配下へ入れ──言い換えるならば、それは青嵐か風花か、敗れる相手を選べとの事に違いない。そして東雲は、陽炎が青嵐の手を払って風花を選ぶ筈がないと確信しているのだ。


 ぴくり、と日向の青筋が嵐にも見えた気がした。

「もう一度一緒にやればいい。俺と蒼樹と日向なら、大陸中を手中に収めて乱世を終わらせる事くらい出来る」

 両手を広げて東雲は笑った。その手が求むるのは旧友か、世界か。彼には何が見えているのか分からないが、恍惚として話す様は薄ら寒いものがあった。

 だが日向はまるで東雲が求むる物を得ているかの様な勝ち誇った表情で、すっくと腰を上げる。話は彼が望む方向には向かっていない筈だが、何故か満足そうに笑んでいた。

「やはり貴方は全く変わっていない。そう言われて、貴方の手を選ぶ蒼樹様ではない事を未だ分かっていない」

「そうかな。今蒼樹の肩には昔とは比べ物にならない程多くの重いものが乗っている。彼が本当に、自分の望みのままに動けるとは思えないよ」

 東雲は広げていた両手を腰の後ろにつき、だらりと天を仰ぐ。話の内容は殺伐としているが、彼はまるで世間話をする様に寛いでいた。


 日向はそんな東雲を見下ろして、小さく笑った。何処か郷愁の色の篭る、穏やかな瞳だった。

「まるで子どもの駄々だ。そんな歳でも、立場でもないだろう」

 そう言った日向の声色は先程までと違い酷く優しいもので、だらりと顔を上げていた東雲ははっとして日向を見た。

 白髪交じりの長い髪、身体付きは武人のそれであるが何処か上品な佇まいは年の功か。袂に両手を入れて腕を組み、半ば呆れた様な表情で東雲を見下ろす彼の姿を、まじまじと見つめていた東雲は一つ浅く息を吐いた。

 目を小さく伏せる彼の表情にも懐旧の色が宿る。寂し気な溜め息と共に苦笑した東雲は、小さく零す様に語り出した。


「俺は考えているよ。立場を、昔からね」

「責めているのか、私たちが青嵐から離れた事を」

 日向の言葉に、東雲は首を振る。その場に嵐という部下が居るのも忘れているのだろうか、彼が古い友人に語る声色は先程迄と違い親しみに満ちたものだった。

「いいや。ただ、酷く羨ましいと思った。全てを投げ打ってでも正義を貫く蒼樹も、そんな蒼樹を側で支えられる日向も。

 共に未来を見ていた筈なのに、どうして俺だけが残っているのか、納得出来るまで時間がかかったよ」

 小さく笑って、東雲は日向を見上げる。かつての感情の吐露は懐かしさも相まって、胡散臭い彼の訥弁な瞳に胸懐の粒を浮かばせた。


 東雲は強く求めていたのだろう、かつての仲間との再会を。それを素直に表現出来ないのは、彼の性格故か、若しくは余りに素気無い日向に対する意趣返しか。

 少しは悪く思ったのだろうか、日向は東雲に向き直り腰を屈める。呆れた様な表情はそのままに、彼の声も穏やかなものになっていた。

「貴方の帰還命令に背いたあの日から、蒼樹の肩には貴方と同じものが載っている。だが……彼は共に戦っていた時と変わらない」

 蒼樹、と。日向はかつてと同じであろう呼び方をした。いつもよりも格段に親しみを覚えるその呼び方は、敬称で呼ぶよりも呼び慣れている様に聞こえる。

「蒼樹は今、風花に与する隣国に居る。只一人の黒衣の少年を救う為に」

 可笑しいだろう、と日向は表情の起伏の少ない顔をくしゃくしゃに歪めて笑った。

「皺だらけになっても白髪交じりになっても、彼が為す事は変わらない。そんな蒼樹に、私は仕えたのだ。そして貴方も……変わらない筈だ」

 東雲が目を瞬かせる。日向がやはり、呆れた様に笑った。

「共に戦うなら、素直にそう言えば良いものを。捻くれた物言いしか出来ないのは昔からだ」


 ──共闘なんて脆い繋がりよりも強固な結び付きの方が。

 ──もう一度一緒にやればいい。俺と蒼樹と日向なら、


 東雲が目を伏せる。何も言い返さないのは、若かりし頃から、二人の間柄はこうだったのだろう。

 そして東雲はこれを求めていたのだ、と思えた。


 最初から、蒼樹も日向も青嵐との協定を危ぶんでいなかった。それはこの為だったのだ。

 三人の間には、言葉に出来ぬ強い結び付きがあった。そして誰かがそれを違えぬ以上は、手を結ぶ事は当然だったのかも知れない。

 陽炎と青嵐の協定などという陳腐なものではない、蒼樹と日向と東雲の繋がりがここで再び生まれたのだった。

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