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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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義を見てせざるは

 目の前でどっかと胡座を組み胡麻髭を弄る豪傑を、嵐は身体を縮こませながら見遣っていた。日に焼けた肌と寝起きの所為のざんばら髪が粗野な印象を受ける。君主らしからぬ風貌だが、やはり嵐を見つめる目の奥底には英俊の色が見え隠れしていた。

「で? 此奴を伴ったって事は、お前は青嵐と手を結んで風花に対せと。そう言いてえ訳だな」

 地を這う。正にその通りの低い声で、蒼樹は晶を見据える。声色や表情だけで彼の心の内を判断できない嵐は、ただただ圧倒的なまでの威圧感におののいていた。

 だが隣に跪く晶は真っ直ぐに君主を見つめ続けている。未だくすんだ行商人姿のままだが、凛と首を上げ君主と相対す姿はとても高尚に見えた。

「いえ。全ては貴方様が決める事。ですが選びたい選択肢が選べない事態には出来ぬので連れたまでです」

「ははあ。こりゃあ頭が下がるな」

 然程そう思わぬ様子で蒼樹が片口の端を上げて笑って見せた。やはりどこか不満げに見える。

「ただ時間があまりありませんので。早急に決めて頂けませんと」

「ほお」

 そしてやはり、晶の方も口調に棘を隠していない。それに気付いた蒼樹は、またにやりと嫌な笑みを深めた。

「いつもお前らはよく働いてくれる。だが今回はちと不味ったな。俺は青嵐と手を組む気はないし、高々風花に吸収される一国に試される覚えもねえのよ」

「ならばこのまま、時が経つのを待つが良いでしょうね。すれば彼の国は風花に併呑され、強大な一国が出来上がる。そしてそれは……乱世の収束でしょう」

 にっこりと、晶は笑った。まるでそれが良いと言わんばかりの満面の笑みだ。

 だが嵐には分かる。捻くれた兄だからこそ、怒りに震える時には笑うのだ、酷く嬉しそうに。


 それを知ってか知らずか、目の前の君主はぱんと両手を打ち鳴らすと、すっくと腰を上げた。

「なら、もう話す事はねえな。なんだ、がらがら大袈裟に鐘なんざ鳴らしやがって。とんだ勇足だぜ」

 真っ直ぐに未だ君主の座を見据え続ける晶の隣を、蒼樹が横切った。君主の側に控えていた右腕らしき男もそれに続こうとする。

 だが無礼にも、晶が君主の腕を掴んで止めたのだ。

「お待ちください」

「何だ、話は終わりじゃなかったのか」

「それで、良いのですか」

 ぎりぎりと晶の掴む指先が白く食い込む。格好だけは跪いたまま、未だ目線は君主の座に向けたまま、ただ言葉だけで縋っていた。

「風花が目論見通り合併してしまえば、我らに勝ち目はないでしょう。信を置いた家臣に裏切られ、情報を知り得ても尚先手を打つ事も出来ず、彼の国の術中に嵌ったまま討ち倒される事が! 貴方様の本懐であり誇りならば……何も言いますまい」

「無礼だぞ、晶」

 右腕らしき男が晶の言葉を遮る。だが表情を変えず目線も動かさぬ晶なりの慟哭に気付いているのか、彼の静止は生温いものだった。

 晶はまだ石像の如く動かず、だがその口だけで激しく君主に言い募る。

「ただひとえに任に忠し、貴方様の義を信じて捕らわれた、朧には。思うところはありませんか」

 朧、と、名前を呼ぶ声が初めて彼の感情を孕む。震えて掠れて、晶は無表情のまま蒼樹に懇願した。

 朧を救いたい、と。

「ないと仰るならば、話はこれで仕舞いです。私は貴方様の命には従います故。

 ただ一つ、言葉が欲しい。朧に伝える、我が君の言葉が」

 そこまで言って、晶は蒼樹の顔へと視線を遣る。無表情という表情を作って、彼は蒼樹の言葉を待っていた。蒼樹の方も晶の表情の奥を見透かさんとじっと目を見つめている。


 どちらもが目を逸らさぬ、どちらもが口を開かぬ、そんな僅かなしじまを破ったのは、蒼樹の隣で事の成り行きを見守っていた右腕らしき男だった。

「もう充分分かったでしょう。彼らは貴方を軽んじている訳ではない。頑な過ぎるのも良くありませんよ」

「日向」

 意外にも右腕らしき男が宥め掛かったのは君主の方だった。日向と呼ばれた男は隣に立つ君主の肩に手を置き、目を瞬かせる晶に目を遣る。

「晶よ。お前たちが君主に求むるは、()()と同意だ。だが奇しくもそれが風花に対するには最良だと私も考える」

「おい日向、何を勝手に……」

「貴方様の自尊心など、兵の命の為ならば幾らでも投げ打てるのでしょう。そんな貴方様だからこそ、私は貴方様に仕えるのです」

 日向が蒼樹に薄く笑んで言うと、その言葉だけで蒼樹は反論出来ずに押し黙る。苛立たしげにがしがしとざんばら頭を掻き毟って、蒼樹は口先を尖らせた。

「お前、それは反則だろう」

「そうでしょうか。偽りない本心ですが」


 二人だけに分かる会話の後、蒼樹は諦めたように息を一つ吐いてしゃがみ込んだ。顔の位置を跪く晶のそれと合わせ、そしてがしがしと晶の頭を強く撫で回す。

「お前の言う通りだ。俺は既に喧嘩を売られてんだ、風花や……隣の国にもな。それを放置する事が誇りを守る事になる訳ねえわな」

「まあ、ここで貴方様の器の大きさを見せた方が利があるのではないですか。隣国にも……青嵐にも」

 二人の言葉を聞きながら晶の肩が小さく震えるのが、後ろに跪く嵐にだけ分かった。嵐からは晶の表情は見えないが、どうせ繕った無表情をしているのだろう。だからきっとあの小さく震える肩だけが彼の心境を表しているのだ。そう思えば無性に兄の肩を撫でてやりたくなった。

 そんな生温かい嵐の視線に気付かぬ晶は、冷静さを装った表情を嵐に向けて小さく声を掛けた。

「では貴方からも口添えをお願いしますよ。青嵐との協定が成らなくては、隣国の風花併呑は止められぬでしょうから」

「分かっている」

 小さく言って嵐は深く頷いた。青嵐とて風花の合併には脅威を抱いている。陽炎との協定は渡りに船、の筈だ。

 だが一人、蒼樹だけが浮かぬ表情のまま頭をがしがしと掻き続けていた。それを見留めた日向が、呆れたような溜め息を吐く。

「諦めて下さい。過去は過去、今手を組むべきを逃す理由にはなりません」

「分かってら。だがな、親に頼る子どもみてえな……情けなさってえか、気不味さがあるわな」

 またがしがしと頭を掻く蒼樹を見遣って、嵐と晶は二人揃ってきょとんと目を瞬かせた。

 二人の言葉から推察するならば、蒼樹は過去に何かしらの因縁があるらしい。

 窺うような二人の視線に気付いたか、日向が付け加えるように解説した。

「蒼樹様は、無論私もだが、若かりし頃青嵐に仕えていたのだ。正しくは私たちが仕えていたのは先代にあたるが、息子である当代もよく存じている」

「だから嫌なんだよ。誰が嬉しくて、道を分けたかつての上役に会わなきゃなんねえんだ」

「反目して袂を分かちた訳ではないのですから、良いではないですか。寧ろ縁があるのは今の場合好都合です」

 日向の宥めすかしが些か情けなくなったか、蒼樹は顔を上げて晶と嵐の顔を見た。

 彼とて最初から結論は出ていたのかも知れぬ。だがそれを自ら選ぶには様々なものが邪魔をしたのだろう。彼の双肩に乗る陽炎君主としての責任が。

 証拠に蒼樹は気不味げに尖らせていた口先を突として収め、大きく息を一つ吐いた。そして。

「分かった。決めたからには早く動かねえと、時間に遅れました、じゃあ話にならねえ。

 日向、そこの青嵐の黒衣と青嵐に向かって話を付けろ」

 先程迄とは打って変わって、陽炎の君主たる堂々とした態度で蒼樹は指示を飛ばす。その様は他国に仕える嵐にも、心強くまた威厳に満ちて見えた。

「御意。して貴方様は?」

「俺は晶と隣国へ向かう。奴らがそこまで俺に会いてえなら、親書と言わず自ら乗り込んで度肝を抜いてやる」

 にやりと笑って蒼樹は白髪混じりのざんばら髪を襟元でぐいと一つに纏めた。傷だらけの壮漢な顔が強い眼をして前を向いている。


「此れより俺は死地に入る。総員、戦の準備をせよ!」


 野太い彼の口上が夜半の広間に響き渡る。それは腹に響いて、何故か嵐の心をも震わせた。

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