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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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はったりまみれの大芝居

 足下の天井板の隙間から僅かに漏れる外の光で、相手の背格好をおぼろげに知る。

 黒い袖頭巾、黒い衣。きらりと一筋光を反射させているのは背負った刀の柄であろうか。その身体付きは朧と然程違いなく、年の頃も変わらないであろうと思われた。

 敵の黒衣に朧は初めて相対したのだ。様々な国に派遣されている同胞を前に、朧は酷く混乱していた。

 敵ならば戦わねばなるまい。だがどうやって。階下にはそれこそ敵となる国の君主と他三名、気付かれればきっと術を持たぬ朧は切り抜けられない。一瞬で奴の首に小太刀を押し当てられたなら、と考えかけて直ぐに無理だと悟る。黒衣の絶対なる掟──同胞を殺してはならぬというものが思考の邪魔をした。

 ぐるぐると高速で頭を動かしていた時だった。

 再びぎしりと天井板を軋ませ、目の前の黒衣が天井板の隙間から下を覗き込んだのだ。


「おい」

 吐息ばかりの小さな声で朧は目の前の黒衣を呼ぶ。彼がはたと顔をあげた所為でまた天井板が軋んだ。

「あまり動くな。うるさい」

 ぎしり、と返事の代わりにまた軋み音がする。

 朧と変わらぬ年の頃ならばもしや派兵されたばかりなのだろうか。彼の身のこなしは決して戦に慣れた者のそれではなかった。

「お前にも目的があろう。それが私の邪魔でないのなら大人しくしていろ」

 彼の一連の行動は風花の者にはあり得ない。此処で戦わぬで済むならば一番都合が良かった。

 さてどのような反応か、と身体を硬くする朧だったが、意外や、目の前の黒衣は袖頭巾の頭を一度大きく頷かせて了解の意を示したのだ。

 彼は風花の者ではない、ならば何者か。今度はその疑問がむくむくと頭をもたげ、朧は下の様子を探るのもそこそこに彼の様子を窺っていた。

 彼は一心に階下に意識を向け、下の者たちの会話を聞いている。彼が夢中になる度に天井板が小さく軋み、朧はその度に心の臓が口から飛び出る心地で小さく注意をするのだ。

 その時だった。彼の背負う刀の柄に見覚えのある刻印を見つけたのは。

青嵐せいらんノ国……」

 思わず口をついて出た言葉に、目の前の黒衣がびくりと肩を震わせた。


 青嵐ノ国──こちらもこの大陸中に名を轟かせる強国だ。いやむしろこの大陸で一番の領土と兵力を有する国といっても過言ではない。数多生まれ潰えてゆく国の中で唯一、古い歴史を持つ国である。

 だが青嵐と風花には大きく距離があり、わざわざ黒衣が派遣される程の関係性はない筈なのだが。

 そこまで考えて、朧は恐ろしい結論に思わず身震いした。

「まさか……そこまで大掛かりなものだというのか……!」

 此度の陽炎と同じ、もし風花が青嵐との国境を有する程大規模な合併を目論んでいたとすれば。大きな戦と称するだけでは足りない、まさに大陸戦争になるだろう。抗う全ての国が風花に蹂躙される、それは実現し得る未来だ。

 たかが小国の併呑、ではなかった。弱部を探るだけでは生温い。


 朧は思い立つとすくりと身体を立たせた。今迄で一番大きな軋み音が鳴り、目の前の黒衣が慌てた様に朧を見る。

「青嵐も危機を感じているなら私に続け。多少の無茶でもせねば」

 このまま風花の合併を許す訳にはいかぬ。いずれ成ってしまうなら、動かねば話にならない。

 朧は乱暴に天井板を外して音もなく階下の四人の真ん中へと飛び降りた。目の前で瞠若している君主を鋭い瞳で見据える。

 この男、やはり馬鹿ではないらしい。行商人の格好の朧はどう見ても今は黒衣には見えぬが、彼は何かを察しているのだろう、驚きはしているものの声は上げずに朧を見詰めていた。

「おい、誰ぞおらんか……」

「静まれ!」

 君主は慌てて外の兵に声を掛けかけた家臣を一喝で止め、朧に向き直る。一瞬にして落ち着きを取り戻した彼の様子に、朧は思わず感嘆の吐息を漏らした。


「そち、何者じゃ。此処の警備は堅固にしておるのだが」

「私は陽炎ノ国の遣いに御座居まする」

 値踏みする様な視線で朧を見詰める君主に、朧も目を逸らさずに答える。何用で此処に来たか、そんな言葉は不要だ。君主とて解っている筈。その証拠に陽炎の名を聞いた君主は落ち着き払って小さく頷いた。

「陽炎、か。もう彼の国の知るところとなったか」

「は。しかし信じられぬ思いです。まさか聡慧な貴方様が風花の配下になられるとは」

「風花に反するのが利口か? それこそ信じられぬ。まあ陽炎ならばそう言わざるを得ぬか」

 君主は朧の表情を窺いながら挑発的な物言いをする。だがその言葉の裏に、投げやりな、何処か自嘲の響きを感じて朧は君主の表情を注視した。

 先程家臣との会議中にも覚えた違和感。勝戦の前だというのに、どこか諦めたような空気。その原因に思い当たった朧は、心持ち強気に演技臭く大声を出した。

「時勢を読むのが得意な貴方様には珍しい悪手です。本当に風花がこの国の決断に報いるとでも?」

「言葉を選べ、陽炎の遣い。時勢を読んだからこそ、だ。義ばかりを追い、選ぶべくを選ばぬ事こそ悪手よ」

 朧は目を見張る。


 今君主は語るに落ちた。彼らの重苦しい空気の原因、彼らが風花を信じ切れない理由。

 ならばそこを突かなくては。

「失礼仕ったり。だがもしも、義も時勢をも得られる道があれば?」

「可笑しな事を。風花に対する事が出来る国が何処にあるというのだ」

「何故風花だけが合併するとお思いか。それに対する国同士が手を結ぶとは考えぬのですか」

 朧は大仰に嘆いて見せて、天井を見上げた。其処には先程の青嵐の黒衣がじっと場の流れを見詰めている。強い視線を送って指先で招けば、彼は決心したように静かに朧の隣へと降り立った。

 急に降りてきた黒衣の姿に、今度こそ君主は驚きに目を丸くしている。

「彼の背負う刀の刻印、見覚えがあるでしょう」

「その猪目の紋様……そちはまさか、青嵐の黒衣か!?」

「そして私はこういう者に御座います」

 芝居掛かった仕草で朧は懐の小刀を差し出す。

 以前蒼樹より賜ったその小刀の柄には、黒衣を示す鬼灯紋と並んで陽炎ノ国の刻印が為されていた。

 陽炎と青嵐、二つの刻印を並べるように掲げて強気に君主を見遣れば、彼は驚きに声を失くしたようだった。

「お分かり頂けたようで」

「しかし、まさか……」

「貴方様は義に厚いお方のようだ。貴方様が望むのならば、私が掛け合いましょう。我が君蒼樹との頭首会談を」

 朧の言葉が印象的に響く。部屋の誰もが声を出さなかった。


 自分でも壮大なはったりをかましたものだと思う。だがこのくらいの衝撃的な話でなければ、風花への併呑など止められなかったであろう。

 それに。胡麻髭の快活に笑う君主を思い浮かべて、朧は自信が湧いてくる心地だった。

 蒼樹を軽んじる訳ではないが、彼ならば頭首会談に動いてくれる筈だと思ったのだ。風花のような傲慢で利にだけ動く人間でないからこそ、一介の兵の思い付きにも付き合ってくれる筈だと。


 未だ重苦しい空気で押し黙る君主らに、朧は最後の一押しの言葉を紡ぐ。

 此処まではったりまみれの大芝居を演じたのだ、もう怖いものなど何もない。彼らの首を縦に振らせる為ならこの身さえ投げ打とうではないか。

「信じられぬならば私を捕らえればよろしい。たかが一介の兵の為に、我が君は動く。それだけの御仁だ」

 朧は小刀を畳に放る。からん、と小さく音を立てて、鬼灯紋と陽炎の刻印の小刀が君主の足元まで滑っていった。

「貴方がたを強く求むるのは何方か。そして義に厚い貴方がたが選ぶべくは何方か。我が身を捕らえて考え抜いてみればよい」

 どっかりと胡座をかいて朧は煽る。強い強い瞳が押し黙る君主を射抜く如く見つめていた。


 ◆


「と、まあこうなってしまった訳だが。お前には良くない展開だったかな?」

 両手を後ろ手で縛られた朧が悪戯児わるがきの様ににやりと笑って、青嵐の黒衣を見上げた。

 朧の大芝居の所為で青嵐も巻き込まれた形になる。彼もそれの報告に帰らねばならないだろう。だが彼は不満げな素振りを一切見せず、小さく袖頭巾を掻き上げた。切れ長の目が細められて朧を見ている。

「いや。俺もお前と同じ任を受けていた。一人ではお前のように立ち回れなかっただろう」

 自信なさげな立ち居振る舞いからは想像できなかった落ち着いた低い声が袖頭巾の中から聞こえ、朧ははたと彼の顔を見遣った。

「礼を言う。俺にとっても僥倖だ」

「はは。ああするしかなかったのも本当だが」

 ぶっきらぼうだが彼の言葉には何やら温かいものがあり、口から笑みが溢れる。笑いながらじろげばきつく縛られた手首がぎしぎしと痛んだ。

「まるで庇われた格好だな」

 色の変わった手首を見遣った黒衣が小さくぽつりと零したのを聞いて、朧は再びにやりと笑みを浮かべた。

「なあ。礼ついでに頼まれてくれないか」

「何を」

「城下にいる私の連れに伝言を。事の顛末を話せば、の方なら理解して動いて下さる」

 彼の切れ長の目を見つめながら願えば、彼の瞳が迷うように揺れた。だが直ぐに目を伏せて一度小さく頷く。

「有り難い。宜しく頼む、えー…… 」

 笑って礼を言って、初めて彼の何をも知らぬ事に気付いた。出会う状況がこんなでなかったならばきっと刀を合わせあっていた事だろうが、これも一期一会というものだ。

「私の名は朧。お前の名は。この猿芝居を共に演じた者の名を聞いておきたい」

 また芝居がかった口調で尋ねれば、彼が小さく息を吐いた。呆れたような溜め息が返答だろうと思い目を伏せると、低い声で彼が名乗った。


「……青嵐の黒衣、あらしだ」

「嵐か。では嵐、くれぐれも宜しく頼む」

 朧がそう言うと、嵐はこくりと一度頷いて朧の小刀を手に取った。自分の持ち物でもないとあの捻くれた師は伝言を信じないのではないかと思った朧がそう指示したのだ。

 小刀を懐に入れた彼は一度部屋の外に足を踏み出しかけ、瞬刻の躊躇いと共に振り返る。そして後ろ手に縛られた朧に歩み寄り、頭上に手を翳した。

 紡ぐは術の言葉。朧が常日頃聞く師の言葉に寸分違わぬ、あの言葉だった。


『我が二の家に流るるケンの血よ、慎みて願い奉る』


 そして後も同じ。小さな風と共にふわりふわりと大小の光の粒が朧の身体を包む。まるで守られているかの様な、そんな温かな術だ。

 信じられぬ思いで嵐を見遣るが、彼は満足したらしく足早に城の外へと飛び降りた。此処が天守で地面が遥か下だろうと黒衣には関係ない。ただ風が吹いただけのように、彼はその場を後にした。

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