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鬼灯紋ノ太刀  作者:
第二章 十二となった少女
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新たな乱世

 朧と晶が陽炎ノ国へと派遣されたばかりの頃は、過去長く続く戦乱の中でも一際混迷を極めている時代であった。

 名も知らぬ国が知らぬ間に興り、そして知らぬ間に潰えてゆく、その全てを理解するのは困難な程だ。

 だが確かに、己の権益の為でなく戦乱を終わらせんが為に国を興す勢力は僅かにだが存在し、その崇高なる志の為に大きな力をつけてゆく事になる。

 陽炎ノ国が強国たる所以も同じく。

 数多あった国は強国に併呑されてゆき、混沌としていた時勢はやがておぼろげにその形を現す事となる。

 それぞれが強い志をもった強国同士の争いへ、情勢は変わってゆく。もしかしたら戦乱は、国が幾多もあった混沌の時代よりも遥かに苛烈になるやも知れなかった。


 時勢が定まった事により、黒衣の働きも変わってゆく。まるで晶はこうなる事を予見していたかのように朧を育てていた。

 朧が初陣を迎えてから──晶を師としてから五年の歳月が流れていた。


 ◆


 星も月も浮かばない濃藍の夜空を撫でるが如くそびえ立つは堅牢、陽炎ノ国の楼閣。その一番高く立つ櫓の屋根の上には夜空に溶け込む影が二つあった。

 二人の双眼が見つめる先には明かりも持たず夜の廓を歩く一人の男の姿。


「接触ありますかね」

「君主のお膝元で敵国と密会ですか。なんとまあ舐められたものですね」

 晶が鼻で笑う。黒い袖頭巾の中の垂れた目が、小馬鹿にした様に細められていた。

 二人が見遣るのは陽炎ノ国の中枢、君主蒼樹の側近である男だった。信用されている自信からか彼の動きは人目を憚るとは思えない堂々としたものだった。

「まさかただの散歩、な訳はありませんしね」

「証拠はあるのですよ。あとは現場を押さえるだけ。冗談を言っていないでしっかり見張りなさい」

 呆れた様な視線を投げる師を一瞥して朧は再び闇に目を凝らす。彼女の黒頭巾を被った頭が隣に立つ晶の首筋に当たった。


 朧は成長したのだ、幼かった彼女も今や十二となっていた。

 中背である晶の腰過ぎ程だった背丈はいつの間にやら彼の頬程にもなっていた。黒衣として働く彼女の身体は女性の割にしっかりとしてその胸もきつく押さえつけられている。姿だけならば彼女も立派な黒衣の少年に見えた。

 そして幼さの僅かに残る十七だった晶も今や立派な男性となっていた。袖頭巾を首まで下げ、肩甲骨まである色素の薄い髪を露わにしている。線が細く女性と見紛うばかりの外見はそのまま、垂れ目に老練した色を湛えるようになったのが彼の成長だろうか。


「朧、もう少し近付いてみますか」

「しっ。お師様、例の者です」

 朧が晶の言葉を遮って闇の虚空に目を凝らす。堅牢な城と城下を囲う土塁に近付く影を見つけた朧の口元がゆるゆると上がった。

「では、男が気付かぬうちに私はゆきます。お師様あとをお願いします」

 言うが早いか朧は瓦屋根を蹴る。その動きは幼き頃とは比べ物にならぬ程俊敏で、あっという間に土塁の影の背後へとまわる。

 闇夜の中に風と紛うばかりの黒衣が走ったとて、廓に立つ男も土塁に近付く影も気付けはしなかった。いや、影の方は気付きはしたが、その弾指の間に後ろから太刀を受けた筈だ。血で着物を汚されては困るので小太刀の峰で打つと、鈍い音と共に影は崩折れた。

 影の着物を剥ぎ取ってすぐさまそれを纏い、倒れ伏す影の顔を覆面を取ってまじまじと見遣る。短い髪の色白で薄い顔の男だった。

 朧も髪を結い覆面をする。闇夜の中では恐らく、入れ替わったと気付かれぬ筈だ。

「もう終わったのですか」

 一歩遅れて地に降りた晶が驚いたように目を見開いた。素っ裸にされて地に伏す敵兵に視線を投げ、次に朧の姿を見遣って小さく嘆息する。

「お見事です」

 師の短い賛辞に朧は覆面の下で破顔した。

 まだ大人とは呼べない齢の朧の体格は敵兵の体格には及ばない。だが朧には、一見では違和感に気付かれぬだろうという自信があった。晶の賛辞はそれを更に後押しするものだったのだ。


「我が二の家に流るるソンの血よ、慎みて願い奉る」

 晶の掌が朧の頭上に掲げられ、暖かな光が彼女の身体の周りを浮遊する。

 朧の変装の保険とでもいおうか、晶の術は姿を変えたりするような奇術ではなく、目眩しの結界程度のものであるらしい。おまじない程度でも晶の術に護られているだけで朧にとっては酷く安心できるものであった。

「では行ってまいります。捕縛を宜しくお願い致します」

 地に伏す裸の男を持った縄で縛る師に目配せをして、敵兵の姿となった朧は高くそびえる土塁を越えんと地を蹴る。軽やかに跳んだ身体は悠々と塁へと足をつけた。

 目を凝らせば所在無げに外を窺う廓の上の男の影が小さく見え、緊張感に口をぎゅっと引き結んだ。


「遅かったではないか」

 軍議で何度か見た事のある顔が苛立たしげにこちらを睨み付けている。

 彼は敵兵が朧に入れ替わった事など露ほども知らぬだろう。威圧的な態度はきっと強国に在する故の強気に違いないが、その自信があるのに何故他所の国に与するのか、朧は分かりかねていた。

「おい、聞いているのか」

 彼の苛立った声に考え込みそうになった頭を振って目を上げる。

 怪しまれてはいないようだが、遅参した事がえらく気に入らぬらしい。男はずっと目を細めて跪く朧を睨みつけていた。顔を強く見据え返せば、目の前の男は更に苛立ったように舌を打った。

風花かざはなノ国の合併は必ず成る話なのだろうな。私がこれを渡すのはかなりの賭けになるのだが」


 ──風花ノ国。

 陽炎ノ国の遥か北に在する強国だ。国境も接していない彼の国が何故陽炎ノ国に接触しているのか、答えはきっと彼が今口走った通りだろう。

 風花ノ国の合併。それはおそらく陽炎ノ国との国境にも関わりのある程のものだ。

 予想は間違ってはいない筈、そう当たりを付けて朧は心もち挑戦的に口を開いた。

「我が国が陽炎ノ国の情報を欲する、それが何よりの答えでは」

「違いない」

 朧の返答がお気に召したのか、男は満足そうに頷くと合わせ襟の懐に手を差し込んだ。ごそごそと探って抜き出した手の中を、朧はじっと見定める。

 暗がりの中だが間違えようもない、書状だ。


 君主である蒼樹が言っていた。どうやら自分の側近の中に内応者がいるらしい、と。

 彼の者手から情報が渡る前に取り戻すべし、それが朧らの任務であった。


「くれぐれも口添えを。私の名と共にな」

 男が言って朧の目の前に差し出した書状、それこそが敵国に渡る筈だった情報に違いない。言葉から察するに、彼が求めたのは風花ノ国での優遇か。

 呆れた事だと、受け取る瞬間に覆面の下の朧の口がにやりと曲げられた。

「しかと。蒼樹様に其方の名と所業をお伝え致します」

 言うが早いか書状を己の懐中へと押し込み、朧は目を剥く男の腕を後ろへ回って捻りあげる。くぐもった悲鳴が男の口から上がった。

「残念ながら、貴方の浅慮など蒼樹様にはお見通しのようですよ」

 腕から逃れようと男は身体を揺すって暴れるが、黒衣である朧の力には到底敵わない。口惜しげに眉を寄せて朧を睨みつけていた。


「滞りなく済みましたね」

「お師様」

 縛った縄を家畜のように引っ張って現れたのは晶だった。握った縄の先には未だ気を失っている裸の男が引き摺られている。

 気の毒に思って眉をひそめれば、晶は何故か面白そうに笑んだ。

「どうやら滞りなく、と言えるほど順調でもないようです」

「と言いますと」

 尚も暴れる男を体重をかけて押さえつけ、朧は口を開く。新たな乱世の幕開けとも言える言葉を。


「風花ノ国が合併するそうです」

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