98 決断は正しさと過ち③
「”アテラレ”があるから縛られているのに、その力を頼ろうってのが、そもそも考え違いのような気がするんだ」
理由にならない理由を、桜子が真剣な面持ちで受けてくれる。
「所詮”アテラレ”なんて、人に宿らないとなんにもできないただの不思議な力だ。そんなのが桜子の中で幅を利かせているのに腹が立つ」
”アテラレ”を否定したところで、って話なのだが、桜子の存在は桜子のものだ。”あてられ”如きに影響されてたまるかと、俺は伝えたいんだ、信じたいんだ。
「スバル……本当のところは、スバルが何を言いたいのか分からない。でも、分かる私もいる。こんな私は変だろうか」
「変かもな。けど俺も似たようなもんさ」
自然と緩んだ顔を送り、俺は壁穴へ足を向けた。
風が壁の境目に立つ俺の髪を乱す。
太陽の光が一面に降り注ぐ安らかな世界。一歩、たった一歩踏み出せばそこへ行ける出られる。
「何一つ、納得がいくような説明できなくて悪かったな」
「ううん」
側の桜子が優しく微笑み浮かべて答えてくれる。そうして俺達は見つめ合う。
黒い瞳に映る俺は堂々としている。俺の瞳に映る桜子もきっとそうだ。
お互いの気持ちを交わして、目を閉じゆっくりと瞼を開けた。
「さあ、箱入り少女なんてのはもう終わりにしようぜ」
「私はここから外に出る!」
「俺がお前をここから連れ出してやる!」
壁穴を背にする俺は、力強く手を差し伸べる。もちろん桜子へ。
「スバル」
「ああ、絶対に離さない。たとえ腕がもげようとも離さないっ。約束する」
「うん。私は知っている。スバルは約束を守る男なのだ」
白く柔らかい手が俺の手の平に触れた。
俺は後ろへ、桜子の手を引き壁穴から外に飛び出す。
”アテラレ”が桜子をまたここへ戻そうとするなら、俺が繋ぎ止めればいい。桜子がこの手を握りしめ続けてくれればいい。
”アテラレ”の理屈なんて関係ない。そんなものは俺達の想いと可能性でひれ伏せてやる。
これが、俺が、俺達が――進むと決めた正しい道だ。
桜子越しに見ていた燃え盛る赤い色彩の光景に、端から別の色が入る。
自分体が壁より外にあることを認識した直後、俺は空を見ていた。その中に淡く光る桜子。薄れてゆく桜子の手の温もりを必至になって掴む。
祈ることなんてしない。
俺と桜子の問題だ、誰に頼めるものじゃない。
ただひたすら自分を信じて桜子を信じる。
だから、きっと。
「桜子――――」
眩しく輝いた空に、俺の叫びが溶けた。




