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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
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97 決断は正しさと過ち②




 むせ返るような熱気のお陰としよう。

 桜子の涙が乾くのに要したさほど長くもない時間の中で、俺は相方へこれから俺達がやるべきことを説明した。


 桜子の”アテラレ”『天之虚空』は、空間同士を繋ぐ力を持つ。

 だからこの能力を発現させここではないどこかへ接合すれば、今の危うい状況から逃れるなんてのは容易だ。

 しかし、いつものように俺を介しての場所移動が不可能なのだから、桜子単独で空間接合を行ってもらわなけらばならない。その為……宿主の力量に左右されず、アテラレ本来の力を発揮できるらしい”怨鬼えんき”を必要とした。


――瞳を紅くする変異、”怨鬼”。


 今更だが、この話を持ちかけることに俺は消極的だった。

 桜子が自身の紅い瞳を恐れていたのを知っていたから。確かにこれもある。あるのだが……自分の素直な気持ちを吐露すれば、俺は桜子との繋がりを失いそうでうとんでいたんだと思う。


 俺だから桜子は空間接合の力を使える。

 でも”怨鬼”の話は、俺が桜子にとって特別な存在でいられる事実を否定してしまう。そこに俺の影響なんて、はなっから無かったのだと。

 まったく、あくびが出る程退屈でくだらない理由だ。

 俺は自分のちっぽけな傲慢さを鼻で笑い、獅子王から折りたたみ式ナイフへ持ち替えた。

 ”怨鬼”は桜子に限り、血が”怨鬼”化のきっかけになる。そう獅童さんは言った。

 思い当たる節はある。俺がリンネにボコボコにされた時、ジンが倒れた時、いずれも血が流れ、それを見た桜子はあの紅い瞳”怨鬼”になった。


「のんびりしていられる感じでもないし、血を……」


 綺麗な銀色が光っている。

 ナイフをどこに使うか。

 指先……いやいや、雀の涙程度の出血でいいんなら桜子はしょっちゅう”怨鬼”化するじゃん。もっとドバドバ~って感じじゃないといけないんじゃないか。なら……腕か、腕なのか。待て待てやり過ぎだ、うんやり過ぎ。もしかしたら、タラタラ~程度でも問題ないかもじゃん。だったら手の平とかで。


「――の顔、ダラダラ」


「ダラダラ!?」


 桜子がハンカチを差し出してくる。

 ああ、汗ね。汗がダラダラってことね。


「かなり暑いからな。それより俺の準備はいいぞ。これ以上考えるとなんか弱気になるからサクっとやる。おう俺、サクっとやる」


「あ、あう、待って。私の準備が良くない良くないのだ。スバル聞いて。私が私の”怨鬼”が、ここを別の場所へ繋げるのはわかるのだ。けれど私は、変な私になるかもしれない。”アテラレ”をちゃんと使えるか自信がないのだ」


「お前なら大丈夫さ。強い意志さえあれば”アテラレ”はどうとでもなる。根拠はあるぜ。俺がそうだったからよ。大切なのは気合だ。んで俺は知っている。桜子、お前は俺なんかよりも何倍も強い。心配ないさ」


 励ました……つもりだったが、やっぱり俺が想像するよりも抱く恐れが大きいのだろう。そう簡単に”怨鬼”への不安を拭えなかったようで、桜子は眉をひそめていた。


「私……に、強くないのだ」


「もっと自身を持て桜子。言っとくけど、こういう状況だからとかお世辞とかじゃなくて、本気で俺は桜子が強い人間だって思っているから」


「あうう、もう強いでいいのだ」


「お、おう」


 はて、桜子が怒っているようにも感じてしまう。


「スバル。私は……私の名前を呼び続けて欲しい。そうすれば、私は私でいられる」


「もちろんだ。俺にできることはなんでもする。ずっと桜子を呼び続けるし、獅子王で桜子と俺の意識を繋ぐ。だから一人じゃない。安心しろ」


「……うん」


 険しい顔で桜子がこくり頷く。

 ふうと息を吐き、どうか上手くいくようにと祈った。

 ナイフを握る右手に力を込め……たら、目の前にもやがかかる。


――なんだ!? マズい。これは、意識が持っていかれる。ここで気を失うとかナシだろっ


 暑さだ、熱波にやられたのか。上体がふらつく。視界は既に真っ白だ。


「スバル?」


「ああ……」


 なんでもない――ことはないが、額を押さえる俺を桜子がのぞき込んでくる。俺が心配されてちゃ世話ない。


「ちょっとクラっとしちまっただけだから、ほらここ、尋常な暑さじゃないだろ。桜子の方は体大丈夫か」


 こんな正常でない環境で大丈夫も何もないだろうけど……無駄に元気な素振りを見せてくれる桜子を尻目に、さっきのはなんだったのだろうと考えてしまう。

 意識を手放さず耐えた、一瞬の中にあった感覚。声というか、映像というか、記憶の断片というか、とにかく曖昧あいまいなものが白くなった視界に重なるようにして見えた。

 着物姿の女性だったか。顔がはっりきしないその人が、たぶん俺に喋りかけていた。

 言葉はわからない。全体的に霞む印象で、そこから嗅ぎ取れた匂いが懐かしくて自分の記憶のようだと感じるのが精一杯だった。


「……時間もないのに参ったなあ」


「どうしたのだ?」


 隠すつもりはない。でも桜子へは沈黙で返すしかなかった。

 説明し難いんだ。俺自身、どうして心境がこうも変わってしまったのか、不思議でたまらない。戸惑っている。

 桜子に強制しているようで負い目を感じたから。失敗が許されない選択に臆したから。

 もう一度自分の心に問う。

 俺と問われた俺の答えが一致した。なら俺の真意だ。

 俺はナイフの刃をたたみポケットへ戻す。そして、待たせた桜子に向け口を開く。


「俺達が進もうとした道は間違っている。”怨鬼”は違う。これは正解じゃない」


 今まで判断を迫られ時、すべてに正しい答えを導き出して来れた訳じゃない。でも確信めいたものがあった。心の中で強く灯るものがあった。

 俺の不可解な言動にも動じず、桜子は俺を見守る。


 そこへ俺は――。


「だから桜子、お前の命、俺に託してくれないか」


 新しい道を告げたんだ。





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