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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
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95 潜入②


 屋内から外を眺める機会が多くなった気がする。


 風通しが良くなった円柱状室内の端っこ、内側に丸みを帯びた壁穴からは快晴の気配にいっぱいな空の下、緑樹花めく自然と山間より一望できる街の風景とが合わさる。

 ううん、目の保養には申し分ない光景だ。

 加えて眺める場所が焦熱地獄の上というのだから、より一層心に染みる。


「とりあえずこれで呼吸困難は回避できたろーし、後は消防車を来んのを待とうぜ」


 ほんのり熱を感じるコンクリートの硬い床にどっしり座わる俺は、両手を後ろについて反り返る上体を支え、一仕事終えた先を仰ぎ見た。

 ここは俺が入ってきた壁穴や佳景が望める壁穴とは別に、高い天井にも大きな穴を穿うがつ。


 獅子王を使って内壁を駆け登り天井をひと突き。単純な作業だったが、行き場のない煙の吹き溜まりは視界ゼロ、酸素ゼロ。俺の小さい肝っ玉が麻痺でも起こしていなければ、とてもじゃないけど足がすくむもので、良くやったもんだと自分を労った。

 きっと外から見れば煙突のように、屋根からもくもくと煙が立ち上っていることだろう。

 これで煙に巻かれる心配はかなり低くなったし、獅童さん達への目印になればとも期待する。


「しかしなんかアレだな……京華ちゃんに怒られそうだな」


 ほんと俺は、獅子王を盛大にスコップやツルハシか何かと勘違いしている使いっぷりであるからして、手元の獅子王を見たらギロッと睨む京華ちゃんの顔が一瞬浮かんでしまった。


「どうしてなのだ」


 絶妙のタイミングで、ぽんっと横から声が飛んできた。

 隣でちょこんと座る桜子からの問いは、俺がさらっと口にした京華ちゃんへの呟きにではない。

 わかるから誤魔化すのも馬鹿らしく、素直にまたか、と返した。


――どうして、スバルがここに居るのだ。


 俺は桜子からこの言葉で迎えられた。

 約束だからは俺の理由で、たぶん桜子はそれ以外の答えを求めてたんだと思う。

 けどさ……俺にもはっきりしないんだよ。俺はお前との約束だから一生懸命になれたし、俺、お前が絶対待ってんだろうと……だから俺が来たらお前喜ぶだろうとかさあ、なんの疑いもなく思ってたし。

 なので桜子さん。なんか恥ずかしいからこの話を蒸し返さないでください。


「別に理由なんてどうだっていいだろ。来ちまったもんは仕方ねーじゃん。お前だって一人で消防車待つより、そのアレだ、話し相手がいたら気が紛れていいだろ」


「うん、そうだけれど……でも、あう……」


 桜子は黒い毛先を指でくりくり。曇る顔は口を尖らす。

 人のことを言えた義理じゃないが、すすけた顔で悩まれても真剣味が三割減だな。


「でも、危険だからここから逃げて欲しいとかって話だろ。危ないのはお前だって一緒だかんな。まったく自分を棚に上げてってヤツだ。なんにしても、俺が進んできた道はここより悪い状態だったし、桜子が使ったエレベーターはあんなだし、戻ろうにももう無理。諦めろ」


 現状、ここから別の場所への移動は難しい。

 円形のフロアに点々と割りと大きな用途不明の機材らしき物やなんやらが並び、どういった使用目的の場所なのか皆目見当もつかないが、わかることもあって、ここへの出入口はちょうど真向かいに位置する昇降口一つしかないようだ。


 桜子の話だと”アテラレ”の枷によって転移した先にエレベーターがあり、乗り込んでみたところ今の状況に至ったようで、本来この場所へ行き来するにはエレベーターを使うようである。

 しかし現在、扉の隙間から煙が見えるエレベーターが機能するとは全く思えず、映画みたく昇降路って手も使えない。仮に煙をどうにかできたとして、そもそも行き先が、業火の待つ下へしかないような気がする。

 他の移動手段を考えた場合、内壁の上部辺りに獅子王を使えば、どこか上層の通路なり部屋へ繋がる可能性も無きにしろあらず……なのだが、ちょっと待てよと。

 ここは分厚いしっかりした壁の構造で、他へ行き来できないある種密閉された空間。

 見方によっては、だからこそここがシェルター的役割を果たしているのではなかろうか。


「桜子。少し考えを改めた。危ないからって話はナシな。逆に俺はここに居た方が安全だ」


「そうなのか」


「おうともよ。だからお前も大丈夫だ」


 親指でも立てたい勢いで桜子に言ってみると、今回は何が功を奏したのか納得のご様子で、白い肌を汚す顔には明るさがあった。

 すすけてはいるが、晴れやかでいいだろう。黒い瞳を細くして微笑む桜子に、俺の心はすこぶる満たされた。そんで、はっとなった。

 俺が必至になってここへ来た理由……今更それがなんだって話だけど、なんとなく自分の中で見えたんだ。

 お前が笑顔なら俺もそうなれる。


「なんだか、スバルはあれなのだ」


 いつもの距離、いつもの温度、いつもの香り。俺の知る桜子がこっちをのぞきこむようにして言ってくる。

 唐突で漠然としたものだが、それは桜子らしく。


「アレってなんだよ」


「あれはあれなのだ。今のスバルはすごくあれなのだ」


「悪いが、まったくわからん」


 けなしているようには見えない愉しげな桜子へ、つんっと言い放つ。

 それから桜子はお喋りになった。

 桜子が話すものは、どれも驚くようなことでもなんでもないごくごく日常的なこと。

 会話に俺や京華ちゃん達が登場すれば、壁穴から桜子と一緒に俺の学校や御子神神社が見えるだろうかと探してみた。

 結局、ミニチュアのような小さな街並みからお目当てのものは発見できず、残念な結果に終わる。

 こんな他愛もない、取るに足らないやり取りが続いた。だから俺の中じゃ短く感じても確実に時間は流れていて、そうこうしているうちに俺達の会話が止まる瞬間が訪れた。

 耳を澄ませば甲高い笛の音。まだまだ遠くに聞こえるそれは、消防車のサイレンであった。


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