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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
93/114

93 反抗②



「すみませんでした」


 鼻に土の香り。

 高一の時やらかしたポカ以来、いいやそれ以上の誠心誠意での土下座だ。


 御子神家と一悶着した場所よりだいぶ遠ざかった施設外壁側そば、俺は壁に体を預ける獅童さんへ自分の脳天をさらしていた。

 そしてここは、方角も変わりまだ顔を出して間もない朝日が大きな施設に邪魔され、まるで俺の後ろめたさを表わすかのように薄暗い。


「やめて欲しいな。先に獅子王を使い力ずくで君を抑えこもうとしたのは私の方なんだ。頭を下げてもらう必要などないよ。お相子って事だろうね。それより、良いのかいスバル君。私への支配を解いてしまって」


「ああ……と、なんて言いますか、獅子王の力を使ったまま謝ってもそれは違う気がして……でも、ほんとのところは獅童さんが諦めたのを感じたので、もう平気かなーって」


「この身に受けて思うよ、獅子王の力は厄介だ。スバル君が言うように私はもう君を止めない。それでは駄目だけれどもね……きっと今の私は、御子神獅童であり続ける事に疲れてしまったのだろうね……あはは」


 獅童さんの力なく笑う声を耳にして、俺は手に着く土をぱんぱんと払う。

 立ち上がる際、股の間に後生大事と抱え込んでいた獅子王を手にする。自分の体におぼろげの刃が食い込むのも随分慣れたものだった。


――んじゃまあ、本題へと突入するか。


 無造作に外壁へ近づき触る。ざらざらとした硬い壁がぐーんと上まで伸びている。

 材質を調べてどうなるってものでもないだろうが、不安がそうさせた。壁は初めてなのだ。しかも中の状況がはっきりしない以上、無闇やたらと穴を開けるのはマズい。

 俺の映画知識だと炎は外の空気に触れることで急激に活発化する。

 獅子王で一閃。

 壁に変化は見られないが、俺の中で自分より一回り大きい広さを支配できた実感があった。

 後は表面を――足が掛かるよう板状の突起物をイメージするだけ。

 一段目。ニョキっと壁から生えた足場を踏みしめる。

 ぐりぐりばんばん。強度は問題なし。


「なるほど考えたね。その足場を繰り返し作り登って行く。出火元が地下のボイラー室だから、上から侵入すれば危険が少ないかもしれない」


「ええ。それに桜子も馬鹿じゃないでしょうから逃げるなら上だろうと。ただ俺、獅童さんと違って器用じゃないから……どうも獅子王で複数同時っていうのがですね」


 集中が途切れれば、獅子王の力は解けてしまう。

 次の足場を意識し過ぎて元いた足場への意識が疎かにならないか、少々心配であった。


「私が器用か。あはは、私が獅子王をそれなりに使いこなすのには半年程かかったんだけれどもね。……本当に君は大したものだよ」


「うぐっの、アレっスよ。ええと、ほら獅童さん言ってたじゃないですか、気合があればってやつ。そうそう何事も気合いっスよ」


「それは昔の私が軟弱者だったと受け取っていいのかい」


 うーん、墓穴を掘ってしまった。

 頭をかきかき苦笑いで誤魔化した後、作り出した二段目の足場へたんっと飛び移った。

 そうして、朧げの刃で壁を切る。


「スバル君」


 さっきまでの疲労感たっぷりとは違う強い声が、急く俺を呼び止めた。

 獅子王を介さなくてもわかる。真面目な時の獅童さんだ。


「こんな有り様で言えた事ではないのだけれども、本来なら私が向かうべき」


「獅童さん」


 首を振って獅童さんの言葉を払う。

 もうその話は終わっているのだから。見上げてくる瞳に伝えた。


「そうだったね……すまない。ではスバル君、訪ねておきたい事があるんだ。桜の元へ君が辿りつけたとして、桜の施設からの脱出は叶わない。君は一体どうするつもりなんだい」


「……ここまで騒ぎを大きくしといてなんなんですけど、何も考えてないです」


 嘘偽りなくである。

 桜子が宿す”アテラレ”の制約、建物から出られない枷は非常に厄介で重要な問題点だ。


「ただ、桜子に会えばどうにかなる自信があるんです。呆れてもらっていいですよ。説明できる理由や根拠なんてないんですから。でも俺、本気でそう思っているんです」


「桜を助けに向かう君が言うのだ。呆れたりはしないさ。しかし私から二つ。スバル君に提案したい事がある。許してくれるかい」


 今回は首を縦に一回だけ。


「一つは時間を稼いで貰いたい。獅子王を用いようと直接炎や煙を操ることは出来ないのだけれども、どうにか壁や床などを使って凌いで欲しい」


「消防が駆けつけるまで耐えろって事ですね」


「この規模の火災が直ぐに鎮火出来ないにしても、火の勢いを抑える事で施設の全焼を防げる。そうなれば退避場所を確保し、見の安全をはかるのも容易になるはずだ」


 きっと簡単なことじゃないんだろうけど、獅童さんは俺がやれること、やるべきことを教えてくれた。


「任せて下さい」


「私の方が元気になる返事だ。君はこんなにも頼もしかったのだね……。では、もう一つの方なのだけれども、耐え凌ぐ事が困難な状況に陥った場合の話になる」


「それは……俺だけでも逃げろって話ですか」


「あはは、がらりと厳しい顔になったね。君が思っているような内容ではないから、そう睨まないでおくれ。スバル君は何故桜がこの施設にいると――いいや、どうやってここへやって来たのか、思い当たる節はあるかい?」


 うん? 獅童さんが問うてくる。

 目が覚めたらそこに居た。俺が用意する答えはこれだが、ここまでの経緯は説明しているし……。


「獅童さんも知ってるように俺のゲート――携帯で桜子は俺の場所へ移動できます。でも俺には桜子と電話で話した記憶はありません。だから……俺が眠らされている間にあいつが電話して……何かの拍子で着信……」


 急いでいる時なんかは何も考えずズボンのポケットへ入れる。寝返りを打った時にでもスマホが反応したかも。

 話しながらに案外あり得そうな偶然だなと思い、着信履歴を確認しようとポケットに手を突っ込む。

 出てきたのは真っ黒な画面。起動ボタンを押してもうんともすんとも言わない。


――そういや電池切れだったっけ。


「えーとだから、俺の知らない間に電話が繋がって桜子はこっちに来れた……うらばっ、クソ! なんでそんな簡単なことっああっ」


「スバル君」


「獅童さんっどこか建物を探して来ます。俺がそこへ行けばいいですよっ、もしかしたら車でも大丈夫かも。きっとそうだ。そこから桜子に電話すれば。獅童さん携帯をっ、俺のは使えないから――」


 登っていた足場から、だっと飛び降りる。


「残念だけれどそれは無理だ。忘れたのかい。ここで携帯電話は使えない。この施設は外からの干渉を嫌い携帯電話などの電波を遮断する。だから桜の方が受信出来ない」


 携帯が圏外なのは知っていた。

 すべての状況を受け入れて腹を据えたはず。なのに間抜けさは、とんと変わらない。

 俺は自分の腹に見立てた外壁を、拳でどんっと殴った。


「……スバル君を介さず桜がどうやってここへ来たのか。私は桜が怨鬼を使ったと考えている」


「桜子があの紅い眼の……」


「『天之虚空』は元来から空間同士を繋ぎ合わせる力を秘めている。桜の祖母にあたる千代様は、よく柳邸宅から姿を消していたものだったよ。あはは、御子神の者としては控えて頂きたかったのだけれどもね……失礼、話を戻そう。桜は”あてられ”の制御に長けていた千代様に遠く及ばない。今の『天之虚空』は、桜の未熟さ故に力の発露を抑えられている部分がある。だから私は桜が怨鬼を使えば、ここからの脱出は可能だと踏んでいる」


 怨鬼は”アテラレ”の力を強力にする。

 リミッターを外して元々の能力を使うってことか。


「獅童さんが言うように桜子が怨鬼を使ってここへ来たのなら、またその力を使えばここから戻れる」


 時間を稼ぐ話と同じで、気持ちが明るくなっても良さそうな話だが――、


「でもあいつ、今までの感じだと突然あの状態になるし、意図的に怨鬼を使えるかどうか。しかもあの状態になったらなったでおかしくなりますよ。それに以前獅童さん、桜子に怨鬼を使うなって言っていませんでしたっけ」


「怨鬼を使う事で人は兎鬼に近づく。桜に怨鬼を使わせたくのは今もだよ。それに桜にはこの事を伏せているからね。自覚がなく”あてられ”と向き合えない以上、そこには恐怖しかない。知らなくて済むのならそれに越したことはない」


 知らせない優しさは獅童さんらしい。

 そう、獅童さんらしいから……気付いた。獅童さんはこの優しさに自信を持てていない。だからあれやこれ俺に打ち明けるんだ。

 どこかで隠してしまう罪の意識があるのかも知れない。どこかで優しさではないと自分を疑っているのかも知れない。

 その懺悔と疑念を俺にぶつけているんだ。


「スバル君、どうかしたのかい」


「いえ、なんでも」


「それでも状況が状況だ。この事も頭に入れておいてくれ」


「怨鬼……か。あんまあの桜子は見たくないな」


 ぼそりと言葉を漏らすそこへ、獅童さんからぽんっと物が飛んでくる。

 投げ渡されたのは折りたたみ式のナイフだった。


「桜の怨鬼は血がきっかけになる。獅子王で肉体は切れないからね。いざと言う時はそれを使って桜にスバル君の血を見せるといい」


「痛そうっスね……じゃあこれ、あとで獅子王と一緒に返しますね」


「――ああ。そうだね。そういう事だね。必ず返しておくれよ」


 俺の含みある台詞を獅童さんが受けてくれた。

 再会を約束して別れた俺は、もくもくと外壁を登った。

 上を目指して。

 絶対に生きているはずの桜子を目指して――。




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