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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ほ~ 】
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86 脱出②


 俺からの話は終了している。


「……状況は心得たよ」


 獅童さんのこれは、御子神ツインズの話を一通り聞き終えてのものだ。

 地下は火の海。ツインズは口をそろえてそう報告していた。

 疑うまでもなくである。床にぽっかり空けられた穴からは、モヤモヤと煙が立ち上り、ホール内を汚染しつつあった。心なしか足の裏が熱いし、室温も上昇しているように思える。


 御子神ツインズの話に爆発があったことを知る俺が割って入ると、それは誘爆によるもので、火事の大元はボイラー室だと返された。

 建物内部を調べるツインズがボイラー室に至った時は、すでに発火原因を特定できない程に炎が燃え広がっていたらしい。また、何が爆発したのかも結局はわからない、だった。

 俺の頭を、『火気厳禁』の文字が記された木箱が過る。

 登城の爺さんの危機を乗り越えた俺達の新たな危機は、火事。建物がやたら広いので火の手が回るのにも時間がかかる。だから焦る必要はない。獅童さんの受け売りだけどね。


「スバルくんは子猫ちゃんを頼むよ」


 俺から獅子王を受け取り、銀髪に戻った獅童さんが言う。

 御子神ツインズの一人が、登城家の黒服野郎二人を肩に担ぎ、もう一人が登城の爺さんをおんぶする。

 狐目の女は、武田が担当するが、


「大丈夫か、まなブン。よろよろしているぞ。先輩の私が代わろうか」


「だ、大丈夫です。あ、あの、きっと桜子先輩では無理だと思いますし、が、頑張ります」


 こんな感じだ。

 獅童さんは俺以上にぼろぼろの体で、本当なら肩を貸してやらなればいけない程だが、俺の担当はリンネである。

 獅童さんに手伝ってもらい、眠るリンネを背負う。


「……やっぱりジンのおっさんは」


「彼はここに置いて行くよ」


 二度目もきっぱり言われた。だよな……獅童さんの判断は、絶対的に正しい。

 俺の馬力じゃジンとリンネ二人同時は無理だし、選ぶなら”生きている”リンネになる。

 何より火事場から避難しようとする人間が、亡骸の為に足を遅らせるの間違いだ。

 わかっている。獅童さんだって俺がジンを気にしているってことは、とうに知っている。その上での決定なのだから……。

 駄目だな。俺のわがままは筋金入りだった。相手を困らすとわかっていても押し通そうとする。


「獅童さんっ、やっぱ俺、納得できない」


 獅童さんの返事も聞かないうちから、背負うリンネを下ろして側の壁にリンネを預けた。

 俺はポケットから鈴を取り出し、リンネの耳元で振りそのを聴かせる。


「こいつにとってジンのおっさんは家族のようなものだって、俺思うんです。その家族の不幸をこいつは知らない。このまま、知らせないままでこいつからジンの死を奪ったら、こいつはきっと自分を許せなくて、それはすごく悲しいことで……」


 感情的になるせいか、上手く言葉をまとめられない。

 目覚めたらジンの死を目の当たりにする。酷なことだ。それでも、それでもだ。リンネにジンが抱いていたような辛い想いをさせてはならない。

 きっとジンのおっさんなら、そう願ったはず。

 獅童さんは黙って俺を見ていた。じっと俺を見ていた。ただただ、それだけだった。


「おい起きろリンネ。さっさと起きろよ」


「う……ん……先生」


「先生? 何言ってがんぐっ……マヂでずか」


 口元を手で覆う。

 殴られた。躊躇ためらいいの『た』の字もなく、グーで殴られた。


「あ、ありえねえ……何しやがんだっ」


「あん? チェリーの分際で被害者ヅラしてイチャモンか? 目の前にキメー顔があんなら、普通殴んだろ」


「おお俺が――いやっいい」


 いかんいかんぞ俺、熱くなるな。このトンチキをまともに相手しようと思うから、気が滅入るんだ。適当でいい。そう、リンネなんて適当でいいんだ。


「せめて、パーで殴れよな」


「オマエ……マジでキモいな」


 おっさん俺、心が折れそうです。


 ジンの体に覆い被さる瓦礫を払らった後、その傍らでリンネは立ち尽していた。

 気持ちはわかる。でも、いつまでのこうしてはいられない。

 ホールの端、どピンクのジャケットにリンネと声を掛けた。


「その……ジンのおっさんは俺を庇って」


「……るせー……黙ってろ」


 リンネが俺に顔を見せることはない。

 俺の言葉を拒む意志が、ひしひしと空気を伝ってくる。

 狼狽うろたえる俺を横切る影。獅童さんだ。


「リンネ。ここももうすぐ火に飲まれる。煙があちこちから上っているのが見えるだろ。君も早く避難した方がいい。彼を想う気持ちは分かるが、君が命を落とす事を彼も望みはしないだろう」


「銀髪ぅ……」


 リンネが唸るような声を発し、顔の全パーツを眉間に集めるような形相で睨んでくる。


「テメエをっていいのはジンだけだ。だからつってよぉ、調子乗ってんじゃねーぞゴラぁ。今は見逃してやる……失せろ。あたいの気が変わんねーうちに、消えろ、今すぐ消えろ」


「ちょ、お前、獅童さんはお前のことを心配して――」


「スバルくんっ」


 獅童さんが俺の肩に手を置き、首を左右に振る。

 息を深く吸って深く吐く……。俺はリンネに背を向け、獅童さんを肩で支えようにしてホールを去る。出口に差し掛かった時、一度だけかえりみた。そこには煙の中に消えゆく、ジンとリンネの姿があった。



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