85 脱出①
横たわる獅童さんに、ぷすり獅子王の切っ先を刺してみた。
決して遊んでいる訳ではない。至極大真面目だ。
「駄目か……」
”アテラレ”としての手応えがなかった。どうやら、意識がない人間は操れないようだ。
登城の爺さんを眠らせた後、獅童さんに駆け寄った俺は、そこに呼吸があるのを見て取り、ほっと胸を撫で下ろした。
そこまでは良かった。ただ……その後どうして良いのかわからず、固まるしかなかった。
今して思えば、ちゃんと聞いとけばと後悔するしかないが、以前学校で、応急手当の簡単な実習が行われたことがあった。
その時のことで覚えているのが一つあって、倒れている人に意識がない場合、むやみやたらに動かすな、である。
脳にダメージがある可能性かなんだかで、危ないからとかの理由だったような……。
そんな訳だから、
「獅童さん、獅童さん」
呼び掛けることしかできない。
「も、もしかして、これが昏睡状態とかってやつ……なのか」
ただでさえ気絶した人を見るもの珍しいのに、俺なんかに判断できるとも思えない。けれど、考えは悪い方にばかり行ってしまう。
服は汚れ腕は赤く染まっているが、普段の獅童さんと変わり……なくはないな。
銀髪の頭が、知らない間に黒く染まっていた。
なくべく気にしないようにしてはいたが、いきなり髪の色が変わるなんてやっぱおかしいよな。目を覚ましてくれないのは、これが原因なのか?
「若っ」
――ふおっ。
突然のでかい声に、座った姿勢で飛び跳ねるという妙技を披露してしまう。
イカつくゴツい黒服が二つ、猪のように突進してくる。
気圧されながらも、よじれ転がり身構えた。
そんな俺には目もくれず、黒服さんの一人が獅童さんを抱き抱えガクガクと揺さぶる。同じ顔のもう一人は、獅童さんの鼓膜を破る気なのか。距離感無視のボリュームで叫ぶ。
「ちょ、ちょっとそれやり過ぎ。獅童さん怪我してるんっスよ」
「若っ若っ目を開けて下さい」
「しっかりして下さい若っ」
聞いちゃいねえ……。
御子神家男衆のツインズ。俺がそう呼ぶ黒服らの声と動きが止まる。
男の肩に、獅童さんの手が掛けられたからだ。
「もう獅童の名を継いだんだ。いい加減、その呼び名で呼ぶのはやめて欲しい」
「若ああ」
「すみません若ああ」
でかい声足すでかい声の答えは、うるさいである。
騒がしい視界に、ふわり白いワンピースが入ってきた。
「スバルの頭が、京弥になっているのだ」
「おま、なんで、待ってろって言ったのに」
「どーんっでぐらぐらだったので、スバルが心配になって来てみた。いけなかったか」
「いや……いけなくはねーよ、ただ」
迎えに行くから待ってろよって言った手前、なんかカッコつかねえじゃねーか。
「ただ、なんなのだ」
「心配してくれて、ありがとうよ」
俺の感謝に、うむうむと頷く桜子。
さっきの雷が落ちたかのような爆発音と揺れで、お前のことが気がかりだったし、早くに安心できたこの気持ちはありがたいものだった。すこぶる癒やされたよ。
桜子が側にいてくれて……。
「これでスバルと私は、また一緒なのだ」
良かった。




