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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ほ~ 】
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84 万物流転⑤



 三撃目、ボールが当たれば場外ホームラン間違いなしのフルスイング。そんな俺の渾身でさえ、赤子の手を捻るごとく老人の手は容易く獅子王を止める。

 互いの”アテラレ”の力が反発し合う。刀身が激しくブレて抑えきれなくなり、振りかぶることで逃れる。今度は真上から振り下ろす。が、結果は変わらず。そればかりか相対する俺も、爺さんと同じく苦しんでいた。


 多少の心構えがあった分耐えられているが、苦しさいっぱい、吐き気満載だ。

 天地が回り歪む感覚。京華ちゃんから鏡眼を移された時経験したやつが、獅子王を手にした時から続いていた。


「っにゃろ、いい加減にっ」


 獅童さんは獅子王を羽ように軽々扱っていたような気もするが、それなりに質量感はあ

り、ぼろぼろの俺の体にはこたえる重みがあった。


「儂が、登城宗司が兎鬼なんぞに……」


 さっきから独り言を言っては苦しみ、今にも倒れてしまいそうな癖に、全然俺の攻撃に屈してくれそうにない。

 畳み掛けることしかできない俺にとって持久戦は不利だ。いつまた、獅童さんに食らわせた蹴りが飛んで来るかわからない。だが、予想する心配と違う形で爺さんが反撃に出た。

 振り下ろされる獅子王を受け止めると、爺さんはパシっと刀身を握り掴んだ。


「な、っんなのありかよ。おい爺さん離せ、離せっ」


 くそっ、なんつー力だ。

 こっちは両手で、向こうは片手。それなのに引き抜けない。

 獅子王に気を取られ過ぎた。登城の爺さんが空く方の手で俺の顔、額を鷲掴みする。


「所詮は獣……儂の意志の強さを持ってすれば、抑えこむなど……ぬう」


「いでえっいででてて」


 こめかみに指が食い込む。

 もしかして爺さんは、このまま俺の頭を捻り潰す気なのか。背筋がゾクッとなる。

 いやいや無理無理、そんなことできる訳がない。強く否定したら、すっと目の前から手の平が遠ざかった。

 爺さんの紅い目が笑う。


「爺さん、なんか俺に……くそっ万物流転」


 言ってる傍から”恐怖”が増す。


「小童よ……人は畏怖の感情に逆らえぬ。本能がそうさせぬからのう」


「あんた、俺の”怒り”を”恐怖”に変えやがったな」


 怖い怖い怖い。爺さんの存在がやたら過敏になる。背中に何かが纏わり付き、足元に現れた漆黒の沼へ俺を沈めようとする。沼が俺を飲み込めば飲み込む程、心は無力感に満たさせてゆく。いけない、すぐにでも逃げ出さなければ。

 獅子王の柄を握る手が緩む。


「駄目だ駄目だっ」


 今ここで獅子王を手放したら、もうどうしようもないっ。

 頭ではわかっているが、体が全力で逃げたがっている。目の前の恐怖から逃げたいと喚いている。俺は自分に逆らえない。苛立てば苛立つほどその恐怖が強くなる悪循環。

 こんちきしょう――


「なんじゃ」


「よっしゃらあ」


 獅子王が爺さんの手から抜けた。俺は気合い一発――逃げた。

 獅子王が如意にょい棒のようにぐぐぐーんと伸びでもしない限り、届かない間合いの先で、爺さんは俺を睨む。

 言いたいことはわかる。恐らく、この地響きを俺の仕業とでも思っているのだろう。

 突如としてホールは揺れた。地震によるものではない、確実に建物のどこかで爆発があったとわかる音とともに、揺れたのだった。


「どこまでも小賢しき小童よのう。何を仕出かしよった」


「知らねーよ」


 心配事が軒並み増える中、俺は獅子王を振り上げ――自分を貫いた。

 獅子王は何も切れない。わかっちゃいるけど、体は息を止め固くなった。


「なるほど……これが獅子王」


 俺の意のままに体が”動く”。

 ある意味、爺さんの恐怖に屈したことになるから釈然としないが、この際ちっぽけなこだわりは棚に預けておこう。

 一歩、そして一歩。俺は登城の爺さんに向けて進む。歩幅はだんだんと大きくなり、歩くリズムは速くなって走るそれへと変わった。


 俺はどこか勘違いしていた。爺さんと俺の戦いは”あてられ”の戦い。

 獅子王の本質は”アテラレ”だ。幾ら腕力で攻め立てようとも、意味などない。

 獅子王は相手に一太刀、一太刀浴びせればいい。この考えが甘いんだ。一太刀が全てなんだ獅子王は。


「爺さんっもう一度だけ宣言するぜ――」


 獅子王を頭上に掲げ飛んだ。俺の知っている自分よりも高く飛べた。肉体の潜在能力をこういった形で体感するとは。


「俺はこれで、この一撃であんたをぶった切る!」





 振りかぶり振り下ろした斬撃は届いた。

 片膝を折る俺の鼻先で、袴が揺らぐ。獅子王の切っ先が勢い余って床に埋もれていた。

 ちょいを手首を返してから、見上げた。

 爺さんの手の平は天井を仰いだまま、その腕が降ろされることはない。

 今や爺さんの肉体は、獅子王の支配下にあった。動かすことも、またその逆も思いのままである。


「両手だったら、違ったかもな」


 心では関係ないさと思っている。皮肉が言いたくて、ついつい口が開いてしまった。

 油断大敵って言葉もある。気を抜くなよ俺。

 ”俺”と”爺さん”。同時に二つの意志へ関与する器用さなんてものは俺にはなく、自分の中にある獅子王の力を、指先を擦り合わせるような感覚で揉み消す。

 それから立ち上がり、手の甲で爺さんの頬をはたいた。


「俺は爺さんを、ぶん殴るって言ったろ」


 さすがに、抵抗できない相手を思いっきりってのは、俺のオレモラルに反する。

 ぶん殴るって程じゃないが、けじめってやつだ。

 キッと紅い目が、恨めしそうに睨んでくる。


「儂らが背負う業が如何いかおぞましいものか、そちには到底理解出来ぬであろうな。壬夜兎は忌まわしき力の始まりであり、儂らを縛る呪いじゃ。故に儂は一族の安寧の為、尽力した。いてはこの街の未来の為でもある。過去を見据える事しか出来ぬ愚かな者共には見えぬ景色を、儂は見ておる」


 喋ることを許したらこれだ。

 爺さんの話って、俺にはぼんやりではっきりしない。ぶっちゃけ、何言ってんだってこの古風な頑固ジジイはってくらいなもんだ。でもさ、


「……爺さんは自分を未来を見る者、獅童さん達を過去を見る愚かな者って言っているけど、結局あんたはその未来とやらに逃げてるだけだろ」


「儂の想いが逃げじゃと」


「あんたが口にする”みやと”ってのが、どれ程のものでなんなのかは知らねー。けど、獅童さん達はその過去とやらに、覚悟を決めて向き合っている。だからあんたは、それができなかった、ただの卑怯者なだけさっ」


「……飽いたわ」


「はい? あいた?」


「小童如きと戯れ合うのは、既に飽いたと言うておる。早々に儂の命を絶つが良かろう」


 どんだけ上から目線なんだよ。調子乗っていると、タコ踊りさせるぞ。

 爺さんが言うように、俺の気分次第でそれも可能だとは思うが。


「……っんなことはしねーよ」


 爺さんに向け、あんたの思い通りにはならない悔しいだろう、とばかりにニヤけた顔を見せつけた。それから、登城の爺さん意識を断つ。気絶した老体は床に崩れ落ちた。


「目え覚ましたら、いろいろ反省しろよな」


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