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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ほ~ 】
83/114

83 万物流転④



「『例えば、死を生に変えたりは出来ない』……か」


 生える柱の影に身を潜め、俺は獅童さんの言葉を思い返していた。

 その獅童さんは同じホール内に居るものの、俺の位置からは見えない。けれど俺と一緒に作戦の時を待っているはずだ。

 作戦と呼ぶには陳腐ちんぷなものだが、立案者としては成功を願うばかりだ。

 んで。


「俺ってそんなに顔に出やすいか……自分じゃなかなかのポーカーフェイスって、思ってるんだけどなあ」


 話している最中に、悟られてしまった。

 獅童さんは万物流転の力も絶対ではない、付け入る隙はあり力が及ばない事柄もある。と述べた後、彼はあそこに居るよとさらり俺に言ってきた。

 指し示された場所を注意深く目視すると、ホールの隅の隅、いろんな残骸が寄せ集まる中に若草色のロングコートらしき物があった。


 ジンをどうこうしたかった訳ではない。ただもう一度……その亡骸を見ておきたかった。

 急に胸が、二重で苦しくなる。一つはジンのおっさんを想い、一つは寒気によって、作戦の始まりが訪れたことを知ったからだ。


「源濔の小倅よ……顔色が優れぬようじゃのう」


「そのまま爺様に、お返ししますよ」


 落ち着け俺。どこの出入口から来ようとも、爺さんには見つからないような場所に隠れている。問題ない。

 足音と気配が徐々に大きくなる。


「一太刀。たった一太刀で主は儂に勝る。だがどうじゃ。主が幾ら足掻こうと、その一太刀すら儂には届かぬ。諦めよ源濔の小倅よ。例え柳の許しを得ようとも、儂が登城宗司が従わぬと言うておるのじゃ。即刻立ち帰り、源濔めに己の非力でも語るが良かろう」


「文字通り、太刀打ち出来ないってことですね。あはは、爺様に洒落っ気があるとは意外でしたよ」


「儂の慈悲を……愚か者め」


 よし、今だよな。今しかないよな。ダンっと、俺は潜める柱の影から飛び出す。

 刹那の時間。いいやもっとだ、それすれも追いつかない速さで、紋付羽織袴の後ろ姿を捕まえた。思考と体の運動が、驚異的なまでに連動する。

 駆ける。拳を握る。叩きつける。


 相手のきょを突く。作戦と呼んだら、はばからそうなくらいにシンプルだ。だが、これでいい。


「小賢しい――」


 爺さんからすれば、俺が突然現れたんだ。ちょっと、いいや大いに驚いて欲しかった。

 さも当たり前のように振り返り動揺を微塵も見せず、爺さんはその手で俺の拳を払おうとする。

 背中に目でもあるのかよっ。電光石火で文句を垂れ、気持ちは切り替わる。


――案の定だ。


 俺を右手で払おうとする登城の爺さん。その開いた体の死角から、獅童さんが一撃を見舞う。二段構えでの不意打ち。

 獅童さんは精神論でなんとかすると言っていた。俺もその心意気は好きだが、確実性なら、まずはこっちだろう。

 俺が囮になることで、爺さんの隙を作ります。俺は獅童さんに、そう進言したのだった。


「――ぬっ」


 がっ嘘。見えてないのに爺さんが、爺さんの左手が、獅童さんの――斜め上から振り下ろられた、矢のような鋭い一撃を防いだ。

 まさかの失敗だっ。

 悔やむ暇など与えぬと言わんばかりに、全身を押すような引っ張るような力が作用し始める。爺さんの万物流転。

 踏ん張る。抗えなくても踏ん張る。でもその踏ん張る足が浮く。俺は上下反転、空に舞い上がろうとして見た。心が吠える。


――さすがだ、獅童さんっ。


 登城の爺さんの右手は、俺を舞い上げようとしている。逆の手は、獅子王の”鞘”の一撃を受け止めていた。

 爺さんのガラ空きになった胴目掛け、地を裂いて上昇する獅子王の刃。

 獅童さんは右で鞘を。傷つく左で獅子王を振るう。

 イケる。爺さんも獅童さんが傷つく腕で、本命の獅子王をとは思いも寄らないだろう。タイミングも完璧だ。爺さんを両断する獅子王の一閃、その未来が見えた。

 だから、終わりのはずだった。


「っんな、くっ」


 床への落下に備え、身を丸める。


「っ――だああっ」


 惰性だせいがごろごろと俺を転がす。痛み、痛みなんてのは後だ、ともかく後だ。どっか行ってろ。

 間髪入れずに立ち上がり、


「獅童さんっ獅童さんっ」


 連呼する。

 登城の爺さんのずっと先、獅童さんはぐったりと仰向けで床に伏せたまま、応えてくれない。

 脳裏を過る”もしかして”を振り払うように、頭をふるふる。大丈夫、きっとあの蹴りの衝撃で気絶しているだけだ。

 焦点を引き戻し、登城の爺さんを見た。


「ぬう、獣風情がっ獣風情が。この儂が」


「爺さん、苦しんでいる……のか」


 手の平で顔を覆う爺さんが、右へ左へとよろめき呻く。しかしこれは、獅子王が影響してのものではない。なぜなら、獲ったと思った獅子王の太刀は――寸前で届かなかった。

 恐るべき速さの蹴りだったと思う。袴が動いたとしか認識できなかった。

 その蹴りで獅童さんは、人がそこまで飛ばされるのかと言うくらいにふっ飛んでいた。


「獅童さんっ」


 再び叫ぶも、反応はない。だったら、


「うおおお」


 俺は走った。全力疾走である。

 何が原因なのかはっきりしないが、爺さんは苦しんでよれよれ状態。確かな好機だ。チャンスが舞い降りている。


「ぬ、わっぱ如きが、鬱陶うっとうしいっ」


 爺さんの腕は頭上を薙いだ。身を低くして躱した俺は勢いを殺さず、爺さんの脇をすり抜ける。

 今の目的はまだ爺さんではない。

 後十歩、足を回せば獅童さんの傍へ辿り着くだろう位置で、俺はその回転をピタリ止めた。最大ブレーキだ。

 靴下は耐えきれず裂けたのか、きびすを返し駆け出す足の裏は、硬質な感触を掴み地を蹴った。

 何もかもが痛いで片付けられる体を、目標に合わせ限界まで低くし、走りながらにとこをさらう。

 獅童さんの手から溢れ落ち、床に置かれし獅子王。俺はそれを掴み取った。


「卑怯だろうとなんだろうと爺さん、今を逃せねえっ、俺があんたをぶった切ってやるっ」


 苦しむ爺さん目掛け、風を巻き起こすように突進する――。


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