81 万物流転②
「俺があそこに戻っても、何かできるとも思えないし、きっと獅童さんの邪魔になる。それもわかってる。でもさ桜子、俺は俺の手でリンネを守らないと後悔しそうなんだよ。俺はあそこにあいつを、置き去りにしてここに居る」
「スバルのウジウジの元がわかって、すっきりなのだ。けれども。私のスバル株が大暴落だ」
「な、なんだよスバル株って。リンネのことはその、隠すつもりとか言いたくないとかじゃなくてさ、何も言いようがないだろ、別にウジウジしてた訳じゃねーよ」
「スバルが私に嘘をついていたのがわかった。だから大暴落なのだ」
「嘘? 嘘ってなんだ。俺お前になんか嘘ついたのかよ。ないね。自分で言うのも気が引けるが、スバルと書いて正直者と読んでもいい」
さすがに言い過ぎだが、謂れない怒気を向けられ、次は脈略も無しに嘘つき呼ばわりされたのだ。心外であるからして、誇張もしたくなる。
「あっ、そう言えばスバル先輩、京華様から”あてられ”を移された事があるのに、あの怖いお爺さんには”あてられ”た事なんてない、って言ってました。あの、これって嘘で……あの、ごめんなさい」
インターセプト武田の無駄口を、無言の針と視線の糸で縫い付けてやった。
たくっ細かいことを。ああ言うのは気概の啖呵みたいなもんなんだから、大雑把でいいんだよ。
「あの時、スバルは私と一緒に逃げると言った」
「あの時?」
「スバルが『後で俺も一緒に逃げる。お前足が遅いから、俺が少し時間を稼せがないとな』と言った、私をあそこから逃がそうとした、あの時だ」
桜子が、俺の声マネはしないんだななどと、茶化せないような目で見てくる。
俺はお前がいつだって真剣なのは知っているから、率先してふざけたい訳ではない。でもさ桜子、お前は何を言いたいんだ。
あの時俺は、本気でお前を危険に晒したくなかった。その気持ちに嘘はない。
そりゃ、結果的に獅童さんのお陰で登城の爺さんから逃げることができた現状は、俺の不甲斐なさを表すものだけどさ、それを嘘つきだ、って言われたら俺……泣くぞ。
「その……俺の力じゃねえけど、今こうして逃げ――」
「スバル」
「な、なんだよ」
「スバルはきっとあのあと、私が避難したあと、私を追いかけて来てない。『あてられ狩り』のあの子を守る為に、あそこに残った。そうじゃないのか」
「……そうかもしれないし、そうでない――うぐ、っんな目で見るなよ。……ああそうさ、お前の言う通り、俺はホールに残るつもりだった。け、けどアレだかんなっ、別にリンネと心中したいなんて考えは一切ねえぞ。どうにか隙を見て、お前の後を追う気持ちはあった」
じゃねーと、俺の”桜子を守る”ではないからな。
真実を映し出さんとする鏡のような桜子の瞳が、更に大きくなる。
「スバルは、スバルが危険な目に遭うとわかっていて、私が何も思わないと思っているのか。私が自分の周りを見た時、そこにスバルが居ないことに不安を感じないと思っているのか。私は、スバルの優しい嘘は嫌いではない。けれども、やっぱり嘘は嫌いだ」
優しい嘘。桜子は想いをぶちまける中、そう言って、嫌いじゃないけれど嫌いだと言っ
た。
嬉しさと、自分の至らなさを知る。
桜子の言葉は相変わらず、真っ直ぐで自分に正直と言うか、相手のことを考えているようで考えてなくて……俺にも言い分があるんだぞと思わせる部分はあった。
しかし、俺はもう随分とお前を知っている。だから一周して、お前の気持ちの正しさをよく理解できた。
「なあ桜子」
と桜子、俺も同時に、
「なあ桜子」
頬を掻き苦笑する。
「俺、獅童さ――リンネのところに戻ろうと思う」
「わかった。では私もスバルと一緒にあそこへ戻る」
そう言うと思ったよ。……さて、意外と頑固なこの頼もしい少女をどうしたものか。
「桜子たぶん、いいや違うな、本当はありがとうと言って、お前の気持ちに感謝して、一緒にってのが一番なんだろう。でもごめんな。やっぱり俺は、お前をあそこに連れて戻れない」
「どうしてなのだ」
「俺、わがままなんだよ。勝手に俺は俺がお前を守るんだって思っているけど、そん為に俺はお前の気持ちを後回しにして、結局自分の想いを優先させてる。そう……ただのわがままさ。今もそんな自分を責めているのに、押し通そうとしているから、ほんと質悪いよな……はは」
納得してくれないだろうな。わからず屋と罵ってくれても構わない。
「わかった。私はここで待っている」
「うへ?」
「仕方がないのだ。私はスバルと一緒にいたいけれども、スバルがダメと言うのなら待つことしかできない。私がまなブンと先に行ったら、スバルがここを通れなくなる」
「ちょちょ、そんな簡単に引き下がっていいのかよ。ここで待つ理由はわかるけど、もうちょっと嫌だとか、このわからんぼとかの駄々はねーのかよ」
「私はスバルと喧嘩がしたいのではないのだ。スバルの言葉に嘘がないのならそれでいい。私はスバルと違って、わがままなお子様ではないのだ。ハンバーガーのおじさんの言った、いい女なのだ。大人の女性なのだ」
チクリ刺すようなことも言っているが、概ね理解を得たようだった。
桜子の感情の起伏に戸惑う俺は、俗に言う女心がわからない男ってことなのだろう。
「だから俺って、彼女いないんだろうな……」
「何か言ったか、スバル」
「な、なんでもねーよ」
「では、行ってらっしゃいなのだ」
ちょこんと扉の前に座った桜子が、俺をきた道へと送り出す。
一つ深呼吸、駆け出そうとして、
「桜子。その、今は一緒に居てやれなくて悪いけど、後で絶対迎えに来っから。約束する。心配……じゃなくて、安心してそこで待ってろよ」
気恥ずかしくて、桜子ではなく通路の壁に喋った。そんで、恥ずかしさを振り払うように走る。
なんとなく、後ろの桜子がひとつ頷き返してくれたのを感じた。
俺は超弩級のアテラレ使い同士の戦いが行われているであろう、危険地帯へと舞い戻ろうとしている。どうしてだかその足は軽く、それでいて力強かった。




