8 館へ、いざ参らん②
拝啓、老紳士さんへ。
俺の執事さんイメージが、あなたをセバスチャンと呼んでしまいます。もちろん、声には出さないのでご安心を下さい。敬具。
――など、心のメールを一方的に送ったりと、先程から自分オンリーな呟きと手紙に勤しむ俺は、セバスチャンさん案内のもと、ぱっと見、四角以上は確実にある多角形部屋に通された。そこには登城先輩と、
「スバルさん、お待ちしていました」
「ど、どうも」
肘掛けのある椅子から立ち上がり、挨拶をしてくれた制服姿の登城先輩に軽く会釈を返すも、視線は彼女の隣、ちょこんと着席している女の子に向いてしまう。
そのつもりで来てはいたが……間違いなく、今朝見た玄関少女だ。
「どうぞ、こちらへ」
先輩は変な汗をかく俺を、足の細い円卓に着くよう促す。
ティーブレイク中だった様子のテーブルには、それを囲む四脚の木製椅子があり、空いている席は二つ。
俺は先輩寄りの方を選んで座る。
さて、どうしたものか……やっぱりここは天気の話からだろうか。
「あの……」
「スバルさんは紅茶をお飲みになりますか、フフ本日はアールグレイなのですぅ。とっても美味しいですよ」
「ええと……、俺『ゴゴティー』ぐらいしかわからないんですが……」
たぶん紅茶の銘柄? なのだろう、登城先輩が言ったアールなんちゃらは。
「わあ、初めて聞く茶葉のお名前ですぅ。産地はどちらになるのでしょう……響きはキャンディーに似ているので、インドなのでしょうか」
「近からず遠からず……のような、そうでないような」
「スバルさんは紅茶にお詳しいのですね。お勉強になりますぅ。もしかして、ストレートティーではなく、バリエーションティーの方がお好みで――」
彼女は俺の顔を見ながら、楽しそうに紅茶のお話をして下さっている。
何やら勘違いをさせてしまう発言をしたようで、誠に申し訳ございません。
ただ、誤解を解きたいところではありますが、あなた様の左隣りにいらっしゃる、少女からの視線が気になって気になって、それどころではないのでござり候。
「キャンディーの場合はそのような飲み方が美味しいと聞きますぅ。私は」
「先輩すみませんっ」
視線の圧に耐えかねて、話に割って入る。
「良かったら、紹介とかしてもらえると……助かったりもするんですが」
登城先輩へ向けていた視線を、一度すぅーと水平移動させて――うっ……戻す。
「桜子だ」
俺のお願いに応えてくれたのは先輩ではなく、今しがた、目が合ってしまった小柄な美少女の方だった。
「ごめんなさい。スバルさんは一度桜子ちゃんとお会いしていますので、必要ないと思ったのですぅ」
「た、確かに初めて会うわけじゃないですけど、さっきのはきっかけみたいなもので」
「私は名乗った。次はお前の番ではないのか?」
マイペースってことにしておこう。そんな先輩に自分の意図を伝えようとしていたら、桜子と名乗った少女に問いかけられる。名前、知ってはいたんだけどね。
美少女は今朝の時とは違い、白に近い淡い水色のワンピースを着ていて、艶のある黒髪を片方の側頭部辺りで、髪留めを使って結っていた。
俺は、精巧な人形とでも例えたくなるような、きめ細やか肌を持つ少女の小さな端麗な顔に見とれてしまう――が、
「なんかアレだな……」
少女の名前にある桜。それを感じさせる花びらのような唇から聞こえた言葉に、自分が持っていた印象とのずれを感じたのだ。喋り方も外見に違わず、お嬢様っぽいものだと想像していたから……なので今、人物像を修正中。
「俺は池上スバル。高二で……登城先輩の後輩になるな。それなりにスポーツとか得意、つーか勉強よりもそっちが好きってやつだ。あ、でも部活とかには入ってない。……こんなもんでいいか?」
「スバルだな。覚えた。…………スバルはあれか、ソリティアは好きか?」
おいおい、なぜにソリティア!? 気を利かせてそれなりの自己紹介したんだからさ、他に聞くことあるだろ、と問いたいところだが、今引っ掛かっているのはそこではない。
「ええと、桜子ちゃん。なんて言うか……年下の子にタメ口されたから怒ってるとかじゃなくてね、せめて名前には『くん』とか『さん』を付けて呼んで欲しいんだわ。別に敬語で話してとかじゃなくてさ」
そうなのだ。器が小さい男と思うなら、それならそれで構わない。しかし俺のオレモラルに従うのなら、譲る訳にはいかない。たとえ相手が美少女でもだ。
「ほぼ初対面の君から呼び捨てにされて、フランクにできる程、俺のグローバル化は進んでいないって話……」
敬称なしをバカにしてるとは考えないが、段階ってものが欲しい。同級生や年上なら全然結構。親しくなった相手家族や恋人ならなおのこと。でもこの子はそうではないのだから。
「後、ソリティアで遊んだことはないから、好きかどうかはわかんないな」
「そうか。親しみを込めてそう呼んだのだけれど。……頑張ってみたがどうやら仇になってしまったらしい」
そう喋る玄関少女は、どこか物哀しげな表情を見せている。高校生の俺が言うのもなんだが、少し大人気なかっただろうか。
「一応伝えると、私はスバル……クンと同じ年齢だ。学校に通っていれば、今年高校二年生の春を迎えていた」
――はい? なんですと!?
「マジかお前っ!? てか君、高校生だったのかよっ」
てっきり中学生だと思って子供扱いしていた。アレなんだよな、女の子ってこういうの気にするん――
「それにしても、ソリティアを知らないのは非常に残念だ」
「……なるほど。ヘコんでたの、そこだったんだな」
ああ、なんだろうな……この子。
呆れて少女桜子との会話を終わらし、登城先輩の方へ向き直った。
先輩は美味しそうに紅茶を味わっている。ただ、愛らしい瞳はティーカップではなく、桜子の方へ向けられており、なんだかそれは……。
そうそれは、とても優しく、とても嬉しそうな眼差しに感じられた。