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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ほ~ 】
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78 壬夜兎の眷属③


 粉塵が舞う中、視界が徐々に広がってゆく。

 俺とリンネは”壁の向こう側”で、床に崩れるそうにして座る。伸びる足がキラキラとした砂に埋もれていた。触ると鉄粉の感触だった。

 壁はホールの象牙色ではなく白色で、ぽっかり大きな丸い穴が開いていた。さっき俺を押し潰そうしていた、塊の仕業なのだろうか。


 その穴の中に半身はんみの後ろ姿があった。白に近い銀髪、襟がピシっとした清潔そうなシャツ、黒いスラっとしたズボン。

 腰には専用ホルダーに、日本刀のさやが挿してある。

 中身の刀の方は、穴の先へと向けられているようで、綺麗に伸ばす片手でそれをやる立ち姿がとても様になっており、改めてこの人は、黙っていれば絵になる人だなと思った。


「大丈夫かい。獅子王でも細分化させて凌ぐのが精一杯だったんだ。だから、粉まみれになっているのは勘弁しておくれよ」


「こ、粉はその全然平気です。それより、ありがとうございますっ、ほんと、本当に間一髪でした」


「おやおや、どうやら私は”おいしい”場面での登場になったのかな。あはは、悪くないねちょっとしたヒーロー気分だ。でもスバルくん、別にわざとタイミングを見計らっていたとかではないから。……いいかい勘ぐりは無しだよ」


 ううん、そう言われると……この人ならやりそうな気もするな。

 しかし、結果オーライがどんと来ただ。

 予想だにしなかった獅童さんの出現で目頭が熱くなる俺の心は、危機回避の安堵とずっと遠かった安心感を一緒に呼び寄せた。


「獅童さん、俺、俺、話したい聞きたいことがいっぱいなんですっ」


「私も桜がここにいる経緯いきさつを知る為にも、スバルくんと話たいのだけれど」


 獅童さんは掛ける眼鏡を外し、自分が向ける刀の切っ先へと視線を移す。


「あの人が、そんな時間を与えてくれそうにないだろうね」


 壁の穴からのぞく先、ホールには登城の爺さん。履く袴の片側を折り、片手片膝を床に付く姿勢のまま、紅い目がこちらを睨む。


源濔げんない、御子神の小倅こせがれか」


「お久しぶりです、宗司の爺様。ご健在のようで何よりです」


「ふん。儂に獅子王の刃を向け、どの口がほざきよる。よもや獅童の名を継ぎ、小倅風情の身で思い上がっているのではなかろうな」


「あはは、弱ったな。御子神のおさとして私はここに居るのですが、宗司の爺様にそう言われては立つ瀬がないですね。確かに私は、名を継ぎしも変わらず若輩者です。けれどもだからです。『怨鬼』の爺様相手に、礼節をわきまえる余裕なんてないですよ。なので宗司の爺様、非礼は大目に見て頂きたい」


 ホールからの明かりで、すらり伸びる影。それが動く。


「あっ獅童さん、そっち、そっちのホールはなんか重力がおかしくなっていて、登城の爺さんは平然とああしているけれど、床が壁になってて、ええと、とにかくヤバいです」


「そうなのかい、重力がね……なるほど、だから桜はあそこで鯉のぼりしているわけか。忠告ありがとう。でも、大丈夫だよスバルくん。宗司の爺様も獅子王を振るう私相手に、あのままってわけにもいかないだろうから」


 慢心とも受け取れそうな強気の発言を残し、獅童さんは静かに壁の中から先へと向かう。

 短い物音と人の声。獅童さんは気にする様子もなく淡々と、絨毯の上を歩いているかのような静かさでホールに足を踏み入れる。その歩みはしっかりと、艶のある床の上を進んでいた。

 立ち上がり、獅童さんを追うようにして壁の穴をくぐる。





「なんともない、戻ってる」


 足は床、頭は天井。桜子は扉傍そばの床にぺたんと座わり、両腕を前方へ出して、


「ふぉうふぉう……ふぉうふぉう」


 よくわからんが、桜子流なのだろう。ふくろうの鳴き方でもだていた。

 ともあれ落ちずに済んだんだな。良かった。

 首を振り、視線をホールの中心へ。

 登城の爺さんが腕を組み仁王立ち。片方の手で顎の髭を撫でる。その目からは紅い色が失せていった。


「そうです宗司の爺様。『怨鬼』は控えた方がいい」


「ふう……主から言われるまでもない。して、源濔げんないの小倅。このような所まで来よって、儂に何用じゃ」


「いやはや、苦労しましたよ。以前から山奥に、爺様が怪しげな施設をお持ちなのは知っていましたが、どうにもこうにも……子猫ちゃんの案内がなければ、辿り着けませんでした」


「ここは招かざる者は拒むでな」


「確か、”あてられ”の研究施設でしたよね。決まった手順でここを目指さない事には迷う。世間への配慮としては、申し分ありません」


「ぬけぬけと。御子神の者に知らしめた覚えは無いのじゃがな。まあ良い。惑わす力を宿すのに、山一つの器をようした。一振りの刀に『獅子童子ししどうじ』を宿した、初代獅童の御業みわざには程遠いわ」


「獅童さん、獅童さんあの僕、頑張りました。やり遂げましたっ。ひいっごめんなさい」


 御子神家、登城家のおさ同士の会話に突如割って入った武田は、登城の爺さんからのひと睨みで逃げるようにこっちへ這って来る。


「お前さ、普段空気のような存在感なんだから、空気読めよ」


「だだだって先輩、本当に僕頑張ったんですっ。早く獅童さんに報告したかったんです。あのあの、僕、獅童さんからリンネって人を尾行してってお願いされてて、あのその、透明になれる僕にしか出来ない任務って言われて、あのでも、彼女の後を追うのはすごく大変で――」


「だあ、わかったわかった服を引っ張んな。んで、泣きそうな顔でこっち見んな」


「武田くん、感謝してるよ。君の頑張りがあったからこそ、私はここに立っていられる」


 この獅童さんの一声は、武田にとってお日様だったようだ。曇天極まりない顔が絵に描いたように、ぱあっと明るくなる。

 その後、武田はキリっと音がしそうなくらいに、獅童さんへ顔を向けた。


「ぼ、僕一人じゃなかったから、獅童さんの”あてられ”で獅童さんの心の声があったから、あの、心強かったです」


 獅童さんは軽い笑みと瞬きを武田に送り、自分の正面へ向き直る。

 それに合わせてこいつも、どういうわけか俺の方へ向き直る。


「あの本当に大変でした……。あのリンネって人、いきなりトラックを盗むんで運転するんですよ……荷台に飛び乗ったのは良かったんですけれど、きっと彼女、無免許運転です。ものすごく揺れました」


 車を盗んだことはいいのかよ、とかツッコんだりはしない。武田のリンネ追跡道中記に興味などないからだ。

 お前がなんでここに居たのか。別にどうでも良かった訳だが、理由はわかったし、もういい。あえて言うならば、アテラレを”還し”た後のリンネだったからこそ、こいつにも尾行が可能だったんだろう。

 俺は獅童さんとは違い、お前をねぎらったりしないかんな。あの日の恨みは忘れちゃいねー。


「その後、あの……教会だと――だと思います。立ち寄った先で……先輩、彼女何したと思います。当たり前のように、お風呂入ったんですよ。し、忍び込んで勝手にシャワーを使うんですよっ。信じられませんでした……呆れました。あの、教会って言っても、人のお家だと僕思うんです。やっぱり断りがぅ」


「ちょっと待てお前、アレか、アレだよな、それってお前確実にリンネの入浴見てたってことだろっ。そうだろ間違いねー、そうに決まってる。正直に言えっ言いやがれっ」


「せ、先輩、首がぅ締めなないで、揺らさないででくください」


 掴む両手を首から、制服の襟元に移し一呼吸。


「見たんだなお前」


「あのその、や、やましい気持ちは全然ないです。獅童さんから、あの絶対に一時も目を離してはいけないって言われれれぇ――」


 振る。とにかく武田を振る。

 くそくそ――


「女子の裸見たくらいで調子に乗んなよ。俺だってな、半裸なら桜子ので二回は見てんだ。だから俺はお前なんて、全然羨ましくなんかねー羨ましくなんか思ってねーかんなっ。透明人間なんてっ透明人間なんてものはっ、こんちきしょう」


 その”アテラレ”俺にくれっ。


「スバルくん。少し声を落としてもらえると……助かるよ。状況が状況だしね。あはは、私はいいんだけれども、どうやら、宗司の爺様の気には障るようだ」


 はっとなり、見た。

 銀髪の後頭部。それから、不機嫌そうな登城の爺さん。あちゃ~っと思い逸らした先で、桜子と目が合う。元が大きな瞳だけに半開きなのがよくわかる上、その眼差しは痛々しいものを見るような辛辣なものに思えた。きっと思い過ごしなので、気にしてはいけない。


 けれど、場の空気が読めていなかったのは俺自身。

 武田の手前その結果が、少しばかり堪えるものだった。


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