表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ほ~ 】
73/114

73 アヤメ



 チリンチリンと鈴のが聞こえる。

 視線の先では、桜子があのあの野郎ことまなブンを、眠りから呼び覚まそうとしていた。

 ジンの”アテラレ”は、鈴を所持している者を眠らせることができない。それから『夢落とし』による眠りを、鈴の音で打ち消すことができるようだ。

 なぜ、鈴にそんな効力があるのか。ジン本人にも理由はわからないらしい。

 『っんなこたあ、どうでもいいだろ。”あてられ”ってえのは、そういうモンなんだよ』とのことだった。


 首を定位置に戻すと、床に転がるリンネ。

 だらりと横たわる少女のくびれた腰はヘソを出し、長い方の髪の尻尾が、胸から首筋にかけてもたれ掛かかっている。閉じられたまぶたは目つきの悪さを隠していた。……唇は少しだけ隙間を作っている。

 すうすうと眠りに落ちる暴女ぼうじょは……まあ可愛いもので、リンネと言う人物を知らなければ、喜んでモーニングコールなんぞをしたがる輩も多いだろう。特に向島辺りは率先してやりそうだな。

 だがしかしっ、俺は向島じゃない。


 たぶん、もしかしたら――いやいやきっと目を覚ました瞬間、こいつは有無も言わさず俺を殴るだろう。しかもグーで。可能性としては、蹴られる方が高いだろうか。

 とにかく、不幸な未来のビジョンしかない。


「アレだな……とりあえず先に拳銃を」


 ジンからは、拳銃を奪えと言われていた。

 俺は黒服一号の手から、恐る恐る剥ぎ取る。

 拳銃のグリップ部分に、円の中に三本の矢印が伸びるマーク。黒光りする銃身には『BERETTA』の英字が刻まれていた。壁際まで運んでそっと床に置く。


 これでかたち上、黒服から奪ったからいいだろ。正直こんな物騒な代物を携帯するだなんて、お断りだ。

 男子たる者、こういう武器に興味をそそられまくるが、本物の冷たさを感じてしまうと好奇心は影を潜める。

 そして……過去の恐怖は、時間差で訪れるから難儀なものだ。

 ブルっと身が震えた。


「うう……桜子先輩……ですか」


「おはようなのだ、まなブン」


「あ、はい、あのお早うございます。あの僕……あれ僕の『インビジブル・ペイン<悲しき存在>』が……。あの桜子先輩、その……近いです」


 『どうしてまなブンがここにいるのだ。教えるのだ』と、あのあの野郎に攻め寄る桜子。

 ジンのおっさんは、右足を不自由にしながら黒服二号の元へ。

 俺はその状況を尻目に、現在の目的である”リンネを起こす”を渋っていた。


「なんだかな……」


 思えば、ここに来てから目的がころころ変わっているような。

 確か日曜に桜子と遊ぶ約束をしていて、それが気付いたらジンに誘拐されていて、逃げなきゃと思ったが、桜子を置いて行く訳にもいかず。そうしたらおっさんと一緒にここへ逃げることになって、登城の人に襲われて、今鈴を使って、眠るリンネを起こさなきゃいけない。


「これでいいのか俺。大体、俺の目的はあくまでもあいつを守るってことで」


 ちらり桜子を見る。

 ブツブツ言っても始まらない訳で、ここから逃げる為にも必要な仕事だと割り切り、ポケットの中の鈴を探す。

 その時、鈴の音ではなく、人の気配を感じさせる物音を耳にする。

 反応した顔は、ホールの奥へと向いた。

 このホールに足を踏み入れた当初、黒服達が居た辺りだ。


わしを待たせた責を問うつもりで来てみれば、なんとも不甲斐ない。菖蒲あやめ、登城近衛衆の名折れじゃのう」


「返す言葉もありません」


 お爺さんと若い女の人だった。

 頭髪と同じく、白い髭を蓄える山吹色の紋付羽織、袴雪駄と古風な姿のお爺さんは、こ

こからでもわかる背筋がしゃんとなるような風格があり、いかにも偉い人臭がする。

 お付きの人らしい佇まいの女性は、タイトな黒服、耳が見えそうな短いボブカットで、

お爺さんの斜め後ろに控える。

 で、俺が真っ先に思ったのが――ここは集会場かよ、であった。

 ホールなので間違ってはいないだろうが、黒服の男達にリンネ、あのあの野郎、子犬もいたよな……。

 もう、これで打ち止めにして欲しい。


「ああ旦那……そのなんだ、こいつは不可抗力ってヤツでよ。別にこいつらは死んじゃいねえ、俺の『夢落とし』で眠っているだけだ。旦那がここへ来る話なんて聞いてなかったモンで、つい俺も驚れえた……つうか」


「儂がここへ出向くのに、主への断りが必要とな……戯けた事を。ここは儂がお前に貸し与えし場所。なんの不条理がある」


「そりゃそうだけどよ、俺もただの馬鹿じゃねえ。旦那が直接ここに来るとなりゃ……。それなりの理由を考えちまう」


 ジンが旦那と呼ぶ紋付羽織袴のお爺さんは、お付きの人を従え悠々とこっちへ歩いてくる。

 一方ジンは、黒服二号の元から離れじりじり退すさる。話す相手との距離が、縮まるのを嫌うようだった。


「ユイちゃんのお祖父ちゃん」


 後方から桜子。

 振り返ってまた振り返り正面を見たら、ボブカットの黒服女性と目が合う。

 切れ長で釣り上がる狐目から視線を逸し、俺は自分の中にある言葉のピースを並べた。


菖蒲あやめ


「はい。何故このような所にいらっしゃるのか、理由は解りかねますが、あちらは柳家の桜子様、側に見える少年らに見覚えはありません。ですが、奥の一人が着る制服は、ユイお嬢様が在学なされる青藍せいらん高等学校、学徒の物です。それと、彼らの側で横たわるのは例の娘です」


「ふむ、どういう事か聞くが早かろう。説明は出来るであろうなジンよ」


 きっぱりとしたお爺さん。


「……説明も何も嬢ちゃん、柳のご令嬢様わよ、気付いたらここに居たんだ。嘘じゃねえ。元々は御子神のヤツらからリンネを奪い返す算段で、そこの坊主らを掻っさらたんだが、どうにも誤算だらけになっちまって……別に隠してたわけじゃなくてよ、旦那の手え煩わすのも何かと不都合があると思ってよ」


 対するジンからは黒服を相手にした時と違い、余裕が消えているのを感じた。


「スバル、ユイちゃんのお祖父ちゃんなのだ」


 俺の側に来た桜子がもう一度、顎鬚を撫でるお爺さんを指して言う。

 ああ、と返す俺の目は三人の動き、耳は三人の会話に集中する。

 ジンは、その登城先輩のお祖父さんを旦那と呼び知り合いで……。


「小賢しい。ジンよ儂が主を囲こうたのは、その娘に『曼陀羅』を見たからじゃ。故にお前達の戯れにも、幾分目を瞑ってやった。儂が主に求めるもの等、元から在りはせぬ。娘が御子神家の者の手に落ちたとて、それは壬夜兎の眷属に在るものと同義。儂の手に在るものとして違いなかろう」


「リンネを物みてえに扱うのはよしてくれねえか。っとすまねえ、俺は旦那に楯突こうってわけじゃねえんだ。旦那には世話になってるしな。リンネのヤツもこうして戻って来れたみてえだし、さらった坊主らは脅しをかけて返すからよ、ごたごたしってけど、まあ問題は何もねえ。そうだろ旦那」


「ジンよ、儂自ら出向いた意味を、小賢しきお前ならうに理解しておろう。儂は主に対して憂いておる。小賢しき者はどこまでも儂の手を煩わせる。菖蒲あやめ


 先輩のお祖父さんは、言葉尻の名に感嘆符を付ける。

 ボブカットの女性が、つかつかきりりと向かって来た。


「桜子様、こちらへ」


「私はお姉さんを知らないのだ。だからごめんなさい」


 アヤメと言う名の黒服女性の誘いを、桜子は桜子流で断る。男の俺としては、ごめんなさいで拒否されたら……耐え難い。


「待ってくれ旦那。あとそこの姉ちゃんもそいつらに近づくんじゃねえっ」


 今一歩近づこうとした黒服女性を、ジンが怒声で牽制した。

 嫌な感じの濃度が上がる。

 桜子は黒服女性から逃げるように、俺の半身を盾にした。


「旦那としちゃ、嬢ちゃんが居たりで面倒なのは良くわかる。そこんとこは申し訳ねえとしか言えねえ。けどよそれだけだ。あとは今までとなんも変わらねえ。念の為に言うが、坊主らはなんも知らねえただのガキ共だ。放って置いてもどうって事ねえしよ」


「ジンよ。娘には総ての”あてられ”を、その身に宿してもらわねばならなかった。御子神家の者により、娘のそれが還された今となっては、意味なき事」


「ああ、旦那の言う通りみてえだな。本当にすまねえ。ドジ踏んだリンネには、俺から良く言い聞かすからよ。同じてつは踏ませねえ。”あてられ”をまた集めるのはてえへんだけど――」


 今だ起こしてないリンネを一瞥。

 なるほど、だからリンネは黒服一号に、やすやすとやられてたって訳ね。

 トンズラカマしてやった、とか言ってたくせして、しっかり”還し”は、受けてんじゃねーか。


「旦那も言ったじゃねえか、リンネに『曼陀羅』を見てるってよ。そりゃあ、リンネの”あてられ”を奪う体質の事だろ。本来”あてられ”は一人の人間に一つしか宿らねえ。だからよ、旦那の目的にもリンネが必要で、そのリンネはここに居る。問題ねえ、問題ねえはずさ」


「ジンよ。『曼陀羅』はこの忌まわしき力の先に在るもの、それらを統べるもの。娘には壬夜兎の器を見ていたが、叶わぬ。”あてられ”が還る事、それはすなわち娘が『曼陀羅』たりえぬ事を表す」


 登城先輩のお祖父さんが口にする言葉は難しく、ジンへと向かう変わらない歩みが否定を物語る。


「儂の願いは潰えた。ならば主の想いも意味なき事。ジンよ潔くあれ。儂自ら出向いたは慈悲と知れ」


「慈悲かよ……全く胸クソわりい言葉だぜ。登城の当代である旦那の計画は、眷属共の総意じゃねえから、隠さなきゃいけねえような表に出せねえモンだ。だからよ、そん為にも用済みは綺麗さっぱり後始末しねえといけねえ。あんたの慈悲とやらは言い換りゃ、それを自分の手でやらねえと夢見が悪いって話だろ」


「宗司様っ」


 黒服女性から、強いピリピリしたものが飛ぶ。

 名を呼ばれたお祖父さんは歩みを止めただけで、動揺もなく依然堂々たる身構えである。

 ホールのほぼ中央にて、遠からず近からず。三人の大人達が睨み合う。

 奪った拳銃を手に、ジンは登城先輩のお祖父さんへその銃口を突付けていた。

 ジンと黒服女性はそこに基点でもあるかのごとく、一定のあいだを取り回るように動く。とても静かに。

 二人の歩く床が、今にも割れてしまいそうな薄い硝子に見えた。


 一触即発の事態の中、俺が並べた言葉のピースはそれなりの絵を見せる。


 ジンやリンネは御子神家に追われる身でありながらも、同じ眷属の登城家と通じていた。

 詳しくわからないが、キーは『曼陀羅』。”アテラレ”に関して、お互いの利害が一致していたのだろう。

 登城先輩も登城家だ。このことを知っていて、京華ちゃんや桜子に話していたのか、それとも黙っていたのか。俺の胸は痛い。

 そして今、ジンは手を組んでいた登城家の当主、先輩のお祖父さんと敵対することを選んだ。

 自分の立場とかも含めて、誰が正しくて誰に従えばいいのかなんて、まるっきりわかっていない俺は――


「愚かしき男よのう」


「旦那あ、てめえの命の危機に愚かしいも何もないだろうさ。俺やリンネをどうする気かなんて聞くまでもねえ。けどよ、旦那次第で俺は賢くもなれる。今直ぐここから立ち去ってくれねえか。俺達もこの街から姿を消す。落とし所の話だ。これに交渉の余地なんてモンはねえ。おりゃ本気だぜ……さすがにあんたの『万物流転』でも鉛弾は防げねえだろ」


「儂は愚かしき者と交わす言葉など持たぬ。菖蒲あやめ


「私は”銃声”を許さない」


 殺気なんてものを感じたとするなら、この黒服女性のそれだろう。


「くそっ、なんかやりやがったなっ。ネエちゃんよお」


 ドスの効いたジンの声。その手にあったはずの拳銃が粉々に散る。

 気付けばホール中を、透明に近い希薄な煙のような霧状の何かが立ち込めていた。


「私の霧は”音”を許さない。従わなければ罰が下る」


「引き金を引いたらっ……つまりよお、ネエちゃんの”あてられ”はよお、銃声を許さねえ為に、そうなる事象そのものを破壊したってことか……つっ、いろいろ気に食わねえなあんた。おりゃ鼻がいいからよお、あんたから臭う血生臭さに鼻が曲がんだよっ」


「私は”眠りの音”を許さない」


 不意をつくようにして振り上げ振り下ろそうとしたジンの左腕が、見えない手にはたかれたように弾かれた。一瞬、耳鳴りを伴う。

 『夢落とし』を使おうとしたジンを、黒服女性の”あてられ”が制したと思われる。


「スバル、おじさん血、血」


 桜子がゆさゆさ、俺を揺さぶり言う。

 ジンの左手は流血し赤い。腕は床に向け、だらりと下げられていた。


「ぐっクソっ、とことんだぜ。ネエちゃんよお、こう言うのは普通、制限とかあるんじゃねえのかよ。一度に何種類もの事象をなんてえよ、卑怯じゃねえか」


 皮肉でもなんでもない。切り札である『夢落とし』を封じられたのだ。ジンの純粋な負

け惜しみである。

 アテラレ使い同士の争いは、何をもって優位に立てたり、不利になるのか未知数だ。けれど、これだけは言える。

 ジンの『夢落とし』と黒服女性の”アテラレ”は、相性が悪かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ