72 襲来⑥
最後の銃声が消えると、ホールに静寂が降りて来た。
全然遅い対応だったが、桜子とその場に屈み込む俺は、さっと左右を見回す。
俺達を含め、立つ人間の姿はない。
膝を床に付いているのか。『夢落とし』で黒服達を眠りへと叩き落としたジンの背中が、何かを抱え込むように丸まっていた。
「おっさんっ」
俺の声を、ジンが面倒臭そうに右手で払う。
「たあっ、心配すんな。足にちっとばっかし弾があ……よ。ツイてねえな……いいや、ある意味ツイてるって言えなくもねえ。こりゃあ、宝くじでも買わねえといけねえなあ」
「はあ……」
この調子なら、怪我は大したことないようだ。
一連の出来事が終わったと感じ、緊張が一気に緩和へと向かう。
「おいリンネ、いつまでくたばってる気だ。お前はそんな女じゃねえだろうよ。とっとと起きやがれ。何かと面倒な状況になっちまったからな。仕切り直した方が良さそうだ。一旦こっから出るぞ」
黒服一号と並び、リンネも床で転がっている。
ジンの呼び掛けには無反応だ。
「なあジンのおっさん。あいつ、リンネも寝てんじゃね? ってあれ」
桜子を見る。
俺や桜子は眠ってない。どうしてだ。
ジンに問おうとしたら腕を引っ張られ、桜子が人差し指をぴーんと伸ばしていた。
「スバル、ほらあそこ。まなブンだ」
「はい? 何言って……」
困った。
困る必要性は皆無だが、リンネ、子犬ときて、また一つ俺の頭を圧迫しそうなものが目に飛び込んで来たのだから、迷惑なことこの上ないのは事実だ。
「ああ゛っ、最大に訳わかんねーよっ。なんで、あのあの野郎がここで出てくるんだよ」
リンネが登場した扉からずうっと左端、俺や桜子が入ってきた扉の正面になる場所。
ホールの隅にうちの学校の制服を着た男が、顔をこっちに向け俯せで倒れていた。
「おいリンネっ、おい。たあ、マジで寝てやがんのか。お前鈴どうしたよ……つっても聞こえてねえよな。っう――かっ、くそ。……悪いが少年、おねんねしているあいつを起こしてやってくれ。おりゃ今、動けそうにねえからよ」
「スバル、まなブンはあそこで何をしているのだ」
「あとよ、起こすついでにハゲ野郎の拳銃奪っとけ。招かれざる客はこいつらだけじゃねえからな。足の傷口縛ったら、直ぐにでもこっからズラかるからよ。そのつもりでいろ」
「はう、私はわかった。おじさんの”アテラレ”で、まなブンは眠っているのだ」
右耳にはジンから。左耳には桜子から。
おたくらはアレだな、各々言い分に俺を交えてはいるけど、俺の意志やら俺の疑問には興味なさそうっスね。
「はう、でもでもスバル、新たな謎だ。なぜまなブンが突然現れたのだ」
桜子さん……今そこっスか。
「なんで、あのあの野郎がここにいたのかは知らねーけどさ、大方透明になってあの辺りでコソコソしてたら、さっきのおっさんの『夢落とし』で寝ちまって、それで透明化が解けた。とかの話なんじゃないのか?」
「おお、なるほどなのだはうっ」
「そんなに驚くことだったか」
「違うスバル、謎が謎を呼んだのだ。どうして私やスバルは、おじさんの”アテラレ”で眠っていないのだ」
「その、だはうっ……ね、失礼。ええと桜子、それなんだけどさ」
「少年、割りとマジで急いでくんねえか。得体の知れねえあそこのガキが、お前さんの知り合いってんなら、そいつも起こしゃあいい」
ジンの催促で、俺の推理ショーはお預けとなる。
まあ、勿体付ける程の内容じゃないし、てっきり猫の首輪よろしく渡された物だと思っていた鈴が、きっと鍵なんだろうなーと。




