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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~に~ 】
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71 襲来⑤



 ホール内にある視線は、訴える俺なんかに見向きもしてくれない。

 すべてあいつのものになる。

 俺から見て右の壁寄り、素手で拳銃を構える黒服男はジンを牽制しながら。ジンも向き直りリンネを見ている。左の壁寄り、リンネの真ん前にいるグローブの黒服男は、向ける銃口をリンネへ切り替えていた。


「あん? 葬式帰り一号。テメエは何リンネ様に向かって、にらみカマしてんだごら。ジン、こいつヤってイイか? イイよなぁ」


「リンネ……後ろの壁まで下がり、床に伏せていろ」


「うっせえぞハゲ。オレ様に指図とかくれてんじゃねぇぞ。何様だよテメエ」


 ずいっとリンネは二、三歩前進して、あいつが一号と呼ぶ相手に啖呵を切る。


「止めとけリンネっ。そいつらに手え出すな」


 ジンが制止の声を放つ。リンネと黒服一号との間が、十歩程度の距離を残したところで保たれる。

 あいつ馬鹿なのか、それとも拳銃という物を知らない時代の人間なのか。

 見ているこっちの心臓が、どうにかなりそうだ。


「予定外で驚いちゃあいるが、お前が戻って来たんなら、登城のヤツらとやり合う必要はねえんだからよ」


「あー……ヘマ踏んじまったのは、悪かったよ。でもジン、テメエのケツはちゃんとテメエで拭いてきたぜ。あいつらあたいを甘くみてやがんの。そこはムカツクけどさ、チョチョイとフランク・モリスばりにトンズラカマしてやったっつーの。ラクショー過ぎてつまんなかったけどな、ククッ」


「お前、御子神の連中から……」


「ん? なんか言ったか」


 聞き返すリンネにジンは、同じく俺や桜子の耳にしか届かないような声で、あの野郎のやりそうなこったな、と言葉の後を続けた。


「お前達、自分達の置かれている状況を理解しろ。我々にお前達の意志は関係ない。歯向かうなら手段は選ばない。我々の指示に従うか否か。命を捨てるか拾うかのみお前達には許されている」


 飛び交うリンネとジンの会話に業を煮やしたのは、拳銃を握る手が素手の黒服二号で、一方的な言い分が男からホールへ投げ込まれた。

 黒服二号が言う『お前達』に、俺や桜子が含まれるかどうか。線引きをはっきりしたい気持ちはあるものの、それは現状愚の骨頂のように思える。

 奇妙なもので、リンネという確かな敵に直面した俺は、その仲間であるジンの側に居ることが安全だと判断していた。

 身動きが取れない俺は――小さな気配を感じる。


 リンネが開放した出入口より、てとてと歩くむくむくの……茶色い子犬が。

 歩く度、チリンチリンと微かな音が聞こえたような気がする子犬は、リンネの足元で尻尾をパタパタと振り、舌を出しハアハアしている。

 突然の癒やし系動物の登場に、戸惑っているのは俺だけじゃないのだろう。

 ホール内にあった緊迫感が、フリーズしていた。


「かわいいのだ」


 桜子の感想を否定はしない。だが今、ここは可愛いが登場する舞台ではないし、押し迫ってくるものがある以上、のんびり浸ってなんかいられないからな。

 リンネがなぜ現れたのかも含め、ああ違う違う。居るものは仕方がない。リンネのことは脅威が一つ増えた。そう認識して次を考えた方が建設的なはずだ。

 理解の外にあるのは切り捨てよう。だから……。

 俺が髪の毛をわしゃわしゃやっていると、子犬は数回飛び跳ね、黒服一号の方へ駆け寄ってその足元をくんくん。

 くそ、可愛いじゃねーか。


「っんな、ダセー野郎の臭いかぐなっつーの。シド、こっち来い」


「あっ」


 と桜子。俺は、


「ひでえっ」


 黒服一号が、男の足が、子犬を蹴り飛ばした。キャンと鳴いた子犬が床を転がる。


「シドっ。がらックソやらああッ――」


 爆発的、絶叫。

 耳を覆いたくなるそれは、リンネを制するジンの声も重なり、ホールを鳴動させる。

 固まっていたものが、割れていた。

 動いたリンネの頭は低い。見える手には光る突起物。飛び跳ね黒服にそれを叩きつけ膝を叩きつけ、足裏で男の顔を踏み蹴る。反動で上体が仰け反り――倒れない。回転して凌ぐ。

 蹴る蹴る回る、蹴る。上へ下へ右へ左へ、蹴りの乱舞である。


「つっあの馬鹿っ。少年、しっかり嬢ちゃん守れよっ」


 ジンの投げ捨てるような声で、目の焦点が手前に高速移動。若草色の背中がぐんと沈み、ぐんと離れた。


「ジンのおっさ」


 呼び止めようとして、片方の耳にだんっと鈍い音がかすめ、


「クおぁ……が」


 うめき声。

 視点が走り捉える。リンネが両手で腹を抑え、床に這いつくばっていた。

 嘘だろと、驚愕する。

 大人と子供、大男と少女。本来なら明白な結果だろうが、あのリンネが――。


 悶えるリンネに慎重な足取りで黒服男が近接する。拳銃を構えるその腕には何か刺さっていた。

 あいつヤバいんじゃないのか、撃たれるんじゃないのか。

 鼓動がどくどく。左胸にあるポンプが著しく伸縮する。


「おらハゲ一号っ。こっちだっ」


 ジンの叫ぶ声は、銃声とともにあった。

 俺の目が三度みたび視点を変える。

 刹那の時間は、ゆっくりだった――。


 走るジンの背中。

 若草色のコートの裾が、腰辺りで大きく膨らんでいる。

 ジンがコートのポケットから両手を出した際、一緒に引き上げたのだろう。

 両腕は頭上に掲げられ、双方の手は軽くすぼめられていた。


 そして、両腕は力強く振り下ろされる。


 パン、パンと銃声が弾け鳴る中――聞いた。

 ジンの指が、パチンと音を鳴らした瞬間だった。







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