7 館へ、いざ参らん①
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窓からは、流れる景色が見える。
少し前に閑静な住宅街を抜けたかと思うと、そこには今の季節を満喫するように木々と植物たちが様々な花をいっぱいに咲かせ、風にそよいでいる光景が広がっていた。
今日は天候も良く、まさに春うららといった感じである。太陽は西に傾き、程なく迎える夕方と呼べる時間帯には、きっと穏やかな春の夕焼けを望めるだろう。
高級車に揺られ――と言ってもほとんど揺れないのだが。ほんと、池上家御用達のワンボックス車とは全然比べ物にならない。
車は、ただただ静かに、そして快適に走行するのであった。
「俺、桜子って人の家、桜子さんのお宅に行って何すればいいんです、しょうか?」
「お迎えした時にも申し上げましたが、私はユイ様からスバル様を、柳邸にお連れするように言付かっただけですので、質問にはお応え致しかねます」
後部座席に座っている俺の質問に、運転中の男性はイメージ通りの低く重い声で丁寧に答えてくれる。そのお顔と口調にギャップを感じるが……それは気にしないように努めるとして、確かに俺は、この人からそんなことを言われて迎えられたのだった――――
屋上から教室に戻った俺は、向島を筆頭にクラスの連中から質問攻めに遭う。けれど、答えようにも俺自身、登城先輩との会話で要領を得ていないし、少女の裸を見た話を問われた、なんて言える訳もなくのらりくらりとやり過ごした。
授業も終わり、帰宅しようと校門へいそいそと足を運んだ時だ。黒塗りの高級車とともに、スーツをかっちり着こなした強面の男性が目に入る。それはそれは目立っていて、絶対お近づきにはなりたくないね、目を合わせては駄目だね、自分には関係ないないと思っていた……。
なのに、今会話している相手がその人だったりするから、人生とは面白いものである。
「間もなく、到着致します」
「……着いちゃうんですね」
運転席からのお知らせに、蚊の鳴くような声で応えてしまう。
故意じゃないにしても、ドライブの目的は謝罪だ。車外の天気と違い俺の心はそこまで晴れやかではないので、どうかご了承願いたいもの――うん? 今までとは違った走行音が微かにするような……。
気になり、上体を起こして意識を車窓から見える路面へ。
「石畳ってやつか……」
いつの間にやら綺麗に敷き詰められた石の上を走っている。ただ高級車は、それがわかる頃には緩やかな減速を始めており、やがて建物を背に停車した。
「――こちらへ」
強面の男性によって後部座席のドアが静かに開かれる。そうして、促された俺は身を起こし石畳の上に降り立つのだった。
「やっぱり、でけ――――っ」
無駄に上がるテンション。
遠目からでもわかっていたが、こうして目の当たりにすると更に実感する。
――城みたいだっ。
と言ったらいくらなんでもあんまりだが、我が家とは比べ物にならないぐらい大きな洋館なのだ。加えて、レトロな赤錆色のレンガ壁が、俺をどことなくノスタルジックな気分にさせてくれた。
「……まあ登城先輩の親戚って聞いていたから、もしかしたらお金持ち、とか思ってたけれど、ここまでとはね……」
洋館を見上げ呟いたはいいが、口をだらしなく開けている自分に気付いてしまう。
ここまで送ってくれた強面の人は、そんな俺に一礼して、颯爽と高級車を従え去ってゆくのであった。
「俺、なんでこんな所に居るんだろう……」
一人知らない場所に取り残された男子高校生が、物思いにふけってもいいよね……誰に迷惑をかける訳でもないのだから。
「本当なら今頃、家でのんびり映画でも見て……あ、やべっDVDの返却今日だった」
ふけ切った俺は、現実にカムバックする。
「……いいや。とりあえず気は重たくてたまらないが、行くしかない」
ここでうだうだ思いあぐねても、進展しないのだ。
それから、俺にはオレモラル、自分で決めているルールや常識、信念みたいなものがある。
内容は靴を履くなら右足からとか、大きな嘘は真実になるかもねって思想、しまいには愛で世界を救いたいと願う壮大な志まで……。とまあ、各種取り揃えているが、その中に”レンタルの延滞はしない”ってのもあるな。
「登城先輩は俺の戯言を信じてくれている様子だったけれど、玄関少女がそうとは限らないよな……」
ぶつくさ喋りながらポーチと言うんだろうか? 玄関から外側に伸びているひさしの下まで歩いてきた俺は……唸る。
「インターフォン、ないんですけれど」
俺の正面に構えるは、今まで訪問した先々では出会ったこともない両開き扉のようで、そのステンドグラスがはめ込まれている重厚な戸、および周辺の壁や柱にお目当てのピンポンボタンを見つけられないのだ。
「ノックだよな……この場合」
言いつつも、目前の扉を叩くようなことはしない。
いや、もう覚悟は決めているので怖気づいたとかではないぞ。ただ、どんな人達がここで暮らしてんだろうな……ってね。洋館きっかけで、昔観た映画を思い出していたのだ。
「さすがに、お化け一家が住んでいるとは思わないけれどな」
いやいや王道なら吸血鬼か などと訳のわからん妄想に取り憑かれていた時である。
カチャだったかな、何かしら音がしたと思ったら、重厚感ある扉がゆっくりと俺の顔めがけて迫ってくるではないか。
「うおっと」
戸が開くスピードが遅くて助かった。一歩後ろへ退がる。
「スバル様ですね」
執事さんと呼ぶに相応しい――違ったらどこぞの公共広告審査機構に報告しなくてはいけないであろう、老紳士の言葉とともに扉は大きく開かれた。
「は、はい。初めまして、池上スバルと申す者です」
「お待ち致しておりました。どうぞこちらへ」
緊張感溢れ出る俺の挨拶に対し、笑顔で迎えてくれた白髪の執事さん。その目元にはそれなりの年齢を重ねたシワが浮き出てはいるものの、ピンと伸びた背筋、凛々しい顔立ちの外見が老いよりも先に、気品を感じさせた。
――よしっ。
小さく気合を入れる。
視界に映るエントランスホールには、高そうな絵画が飾ってあったり、品の良いワインレッド色の絨毯が敷かれていたりと、いかにもって様子だ。洋館なんぞ見たことはあるが実際に訪れるのは初めてなんだし、意気込みもするさ。
「お邪魔しますっ」
足を大きく前へ踏み出す、と同時に、ホラーだと洋館ってろくな目に合わないよな。
そう心の中でツイートした。