表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~に~ 】
69/114

69 襲来③




 ジンから、ちゃんと付いて来やがれとたしなめられ、足を踏み入れた部屋は小暗い。

 電気が欲しいなーと思った直後、願いが叶う。ぱっと白く明るい世界が灯った。

 軽い刺激が走る目で見た天井には、隅々まで照らすべく、蛍光灯が行儀よく隊列を組んでいる。


 本来の色を惜しみなく見せた薄い象牙色、アイボリー基調の部屋。空間の広さから、長袖の上着と長ズボンの下にある肌が、少しだけぞわぞわとした。

 先週行った映画館が頭に浮ぶ。ミヤトレッドに隣接するそこは、三百席程の劇場だ。

 ここには備え付けの椅子もなく真っ平、光沢のあるツルツルした装いの床は、重厚な作りの壁や天井を映す。それから無機質の乾いた香りと、雰囲気もまったくなので当てにならなさそうなものだが、感覚だけでの測量によれば、まさに劇場の広さが丁度だった。

 ここはもう、『部屋』ではなく『ホール』で通用するだろう。


 ホールは長方形状で奥行きがあり、そこ居た黒い塊を認識したところで、俺の本能が騒ぎ始める。一時いっとき前の心持ちが、徐々に忘却の彼方へと連れ去らわれて行く。

 黒い塊はこのホールに明かりを投じたと思われる、黒い背広姿のがっしりした男、二人。違いを探すのに苦労しそうな程、外見的な特徴の差は見当たらないが、一人はグローブを着用しているようだ。


 今はまだ、顔をはっきり認識できる距離ではないにしろ、両腕を突き出し手を添え”構える”男達の姿から、手にする物が危険な代物だと察知した。本物か偽物なんて、この際どうでもいい。拳銃をしっかり構えこっちを見据える相手は、威圧的かつ慎重な足取りでジリジリと近づいてくるのだ。それで十分だろう。


「俺はあんたらをここへ招待したかい。んな覚えねえんだけどなあ。たあっしっかし、しくったぜ」


「ジン、妙な気は起こすなよ。指を鳴らした瞬間発砲する。手をかざした瞬間発砲する。理解したなら、ゆっくり両手を上着の中にしまえ。そして膝を付け」


 軽い口調のジンに対し、グローブをした方の黒服さんが、遠くから重々しく命令する。


「こう言う時は普通、両手を上げろじゃねえのかよ」


 ジンの肩を持つ訳ではないが、確かに。しかし、黒服さんの言動からすると彼はジンの『夢落とし』を知っているようで、対策としての妥当性はあるように感じた。

 左右に別れる黒服の男達。

 若草色のコートにわざとらしく両手を突っ込んだジンは、その状態でコートをパタパタはためかせおどけている。


「そんなに俺の”あてられ”がえんなら、耳栓でもするこったな」


「あまり調子に乗るなよ。お前が思うより我らの引き金は軽いものだと知れ」


「そうかいそうかい。教えてくれてありがとさん。まあ、俺はあんたらに興味ねえんだけどな」


 『夢落とし』が耳栓で防げるかの真意はともかく、聴覚を失うことのデメリットは大きい。人間の五感に不要なものなどないからだ。

 そして、俺はジンと違い、拳銃を携える屈強そうな男達に興味が大ありである。

 自分が誘拐されたことを自覚するなら、俺達を助けに来てくれた刑事さん……と考えるのだけれど、頭をかすめるばかりで留まろうとしてくれない。

 何か違うんだ。安心どころか心は不安になるばかりだし、片方の黒服さんは、俺と傍に居る桜子に狙いを合わせている気が……しなくもない。

 両手がじわーっと、浮上を開始する。


「そ、あ、俺、俺達は違うんです。その違うん……す」


 黒服さんからの鋭い睨みと銃口への恐怖から、口が塞がる。

 静かだとはいえ、離れる距離に相応しくないボリュームだったから、伝わってないかも知れない。

 だんまりする俺の前に、すっと若草色のコートが重なってきた。


「おいブルース・ブラザーズの片割れ。いやメン・イン・ブラックの方がいいか。まあ、どっちでもいいわな。がはは、両方辛気臭え黒装束だしよ。んでよ、お前さんタマあ持ってるか。おっと得物のタマの話じゃねえぜ。ガキ相手に銃口向けるなんざ、野郎のすることかいって話だ」


 ジンは自分へ向けられている物が、水鉄砲か何かだとでも思っているのか。場違いな陽気さでもって挑発する。


「ジン。早く膝を付け」


「そう急かすなよ。俺はあんたの為を思って言ってやったんだぜ。あんたら顔見知りじゃねえみてえだから、親切な俺が教えてやるよ。後ろに居る嬢ちゃんは柳のご令嬢だ。俺の言いてえ事分かんだろ」


 俺にはジンの意図が、ぴんとこない。けれども変化は起こった。黒服の男達の歩みが、停止した。次いで、若草色の大きな背中がより大きくなった。ジンが後退して俺達の側へ寄ってきたのだ。


「いいか少年。あそこから出た先にゃ、外と繋がる裏口がある。嬢ちゃん連れて先に行きな」


 まぶた、喉、肌、筋肉、内蔵、触れる空気。いろんなのが張り詰めているところへ、小声でジンは示す――。


 ホールには壁と同色、形状が似ている三つの扉があった。色からして壁面に紛れそうなものなのだが、縦に棒状大きな取っ手が付いる他、注意を削がれるような窓もなく、三箇所の出入口は容易に把握できた。


 扉の三点を線で繋げば、二等辺三角形ができあがりそうな位置関係に思える。

 長方形状の部屋なのだから、当然長い壁面が二面あって、一面の端と端に出入口が一箇所ずつで二箇所。二等辺三角形だとこの壁は底辺になる。

 端の一箇所は今、俺達が居る側の物。もう一箇所はジンが映画のキャラクターで呼称する、黒服の二人組に近い物。三箇所目の出入口は、二つの扉が設置された壁の対面になるもう一方の、長い壁面の中央部に位置していた。ジンが指す”あそこ”はこれになる。


「先に行けって、え、いやでも、あの人達刑事さんなんじゃ。だったら俺達別に逃げなくても」


 なんか俺、ちぐはぐなことを言っているような。


「んな気の利いたヤツらじゃねえよ。でよなんだお前さん、その声からすっともしかしてビビってんのか」


「ビビって……ああビビってるよ、ビビリまくってるよ」


 刑事じゃない? で、拳銃だぞ。怖いに決まって――だっいかんいかんっ。開き直るな。だったら尚更、それが許されそうな状況じゃないってことだろ。考えろ受け入れろ、池上スバル。


「スバル」


 桜子が俺の名を呼び、手をぎゅっと握ってくれた。

 少年。と、一つ声があったのでジンの方へ首を振る。ボサボサ髪の側頭部。


「心配すんな。ピストルの弾なんざ、そうそう当たるモンじゃねえんだよ」


「なら、思い切っておっさんの”あてられ”であいつら眠らせてから、あっ駄目だ。それだと俺達も寝てしまうのか。そうだ、耳を塞げば。なあジンのおっさんっ。『夢落とし』は音を聞かなければ大丈夫なんだよな」


 俺なりの打開策をジンに提示する。どんな相手だろうと眠らせてしまえば、こっちのもんだ。それで脅威はなくなるはず……なのだが、おっさんからの返答がない。ううん……『夢落とし』は耳を塞ぐだけでは防げないのか。

 この疑問符を解消しようとしたら、違う視点のこと気付いた。

 俺は自分本位さを反省する。


「ジンのおっさん……さっきの無しごめん。拳銃の弾が絶対当たらないって保証はないんだよな。当たり前だけど、おっさんも怖いはずだよな。それなのに俺……」


「かっ、少年ごときがふざけたこと言ってくれるじゃねえか。俺が怖がってるだあ。弾なんざ、俺に当たるかよ。けどよ……っだあ、いいか絶対に勘違いだけはすんなよ。後々考えると面倒になるってことだからな。あいつらの下手な鉄砲がもしかすっと、もしかすっとお前さん達に当たるかもしんねえからよ、『夢落とし』はギリギリまで使わねえってだけだ。ビビって使わねえってんじゃねえからな」


 くどい言い回しから、余程誤解されたくないとの気持ちがあるのだろうと思う。

 けど、更にごめん。ジンのおっさん、俺は全力で勘違いするよ。

 俺はおっさんのこと考える余裕なんてなかった。

 ジンは俺を拉致したおっさん、たまにムカつくおっさん。


 なのに、俺達の安全を考えてくれていた……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ