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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~に~ 】
63/114

63 過去②



 古い映写機がカタカタとフィルムを回すように一定で起伏なく、淡々とジンは教会のシスターさん、”あいつ”の物語を俺に観せていた。


 アルコールと煙草の煙を絡ませた低い声は語った。

 ”あてられ”で喋れるようになってからのあいつは、以前にも増して笑顔が絶えなかった。幸せそうだった。その幸せは周りまで巻き込んで大きくなった――と。


「三年……もう三年になるな。そんときゃ何が起こってたかなんて分かりゃしなかった。その日は……真夜中の礼拝堂にあいつが居てよ。あいつは月明かりを浴びながら、佇んでいた。しくしく泣きながらよ。あいつの涙なんて忘れちまうくらい久しぶりだった。……んで声かけてもあいつは、私が悪いの私が悪いの、ごめんなさいごめんなさいしか言わなくてよ――」


 そん時は。ジンはこれで三度、口にする。

 気になり始めてからの回数で正確ではないにしろ、それが後悔を暗示させる程には、こと足りた。

 子どもの頃だ。空を見上げお日様を眺めていたら、灰色の雲がどよどよ、どよどよと太陽を蝕んでいった。そのいよっていく雨雲の動きを、じーっと瞬きもせず見ていた記憶がある。

 今なら別に、雨が近いなくらいにか思わないそれも、当時は漠然と不安になったりした。


「今ならあいつが何言いたかったのか分かるが、そんときゃあいつが何に謝っているのかなんてさっぱりでよ。ただただ見てる事しか……俺にゃできなかった」


 また、そん時は……。俺の気持ちに、だんだんとだんだんと雨雲が広がっていく。


「あいつは、あいつはな……喰われちまった。たぶんあいつ自身なんとなく理解してたんだろうな。喰われると分かっていても、どうすることも出来なかった自分に――」


「ちょっと待ってくれおっさん。シスターさんが喰われた……って言ったのか、言ったよな……っと悪い、意味が状況がアレでさ、悪い。ええとだから……シスターさんが人が喰われたって――なんにだ。どういうことだ」


 心に引っ掛かりを覚え”何に”と問う俺は、どこかでこのニュアンスの”喰われた”を聞いた気がしていた。


「”あてられ”にだ。少年、あいつは自分の”あてられ”に喰われたんだよ。”あてられ”は、こいつわな……使い続けると宿主を喰らいやがる。それだけじゃねえ、喰らった人間を”鬼”にしちまう」


 ジンは視線を自分の手の平に落としていた。

 俺は俺で、そんなジンを見つめながら、あわあわする。


「”アテラレ”が人を喰うって……マジか……。アレだ違うんだおっさん。おっさんが嘘言ってるとかで疑ってのマジかじゃなくてさ、なんか……さ、いきなりで整理がつかなくて。喰うってことは食べられるってことで、食べられるってことは……さ、どうなるんだよ」


「何おどおどしてんだ。安心しろ。”あてられ”でもねえ少年にゃ関係ねえ話だ」


「ううん……俺じゃなくてさ……。それでアレだ、おっさんの言った”オニ”ってやっぱこの鬼だよな」


「……その鬼だ。角は生えてねえがな。だからお前さんの頭に突き立ててある指を、早く引っ込めな。俺を馬鹿にしてえのか」


 真面目だった仕草に、指摘を受ける。


「……あれは、見たヤツしかわかんねえよ。あいつの姿に変わりはなかった。ただよ、目が血のように紅くてな。そいつは月光りしかねえのに、くっきり浮かび上がっててな……こっちをのぞき込んでくるみてえな、そんな目だった。そんでよ……あいつがあいつじゃなくなっちまったって思っちまった瞬間から、人の気配がまったくしねえんだ。ありゃ人じゃねえ……”鬼”さ」


 ジンは休まず喋り、一気に酒を煽る。

 ソファの背に腕を回し、仰ぎ見る天井に向けて息を吹かけていた。

 この話をどれだけの人が受け入れられるだろう。酔っぱらいのくだらない妄言だと失笑する連中が見える。

 俺も笑えるなら笑いたかった。俺は、


――苦しい。


 いろんな考えが頭の中を駆け巡ってるのだから、頭がそれならわかる。でも歪んでいくのは胸の方だ。

 結末を聞くまでもなく、ジンの口ぶりからすれば、シスターさんはきっともう……。

 それでも、確かめないといけない。

 わかっていて(・・・・・・)もだ。俺は紅い瞳の少女を見ているのだから。


「ジンのおっさん。その後シスターさんは……どうなった」


 喉ぼとけをさらけ出すジンのあごには無精髭が見える。それが微かに動いて、動かなくなる。

 もう一度尋ねるべきか迷っていると、男の大きな上半身がむくり。

 ごそごそと丈夫そうな若草色のコートをまさぐった後、テーブルに転がる煙草に手を伸ばした。

 俺は落ち着けと自分の鼓動に言い聞かせて、時間と向き合う。

 ジンの吐く煙は、次第に音を混ぜていった。


「あいつか……。そん時よ……あいつが”鬼”んなった時、いつからそこに居やがったのか、頭が銀髪の男が現れた。手には日本刀がぶら下がっててよ、不気味なそいつの歳は俺よりも下に見えたがガキじゃねえ。大人の面構えした若い野郎だった」


「あっ……うぐ」


「どうした少年」


 漏らした声に反応したジンは、お前さんは分かり易いなと鼻から煙を吐いていた。


「そういや、眷属どもとつるんでるんだったんだよな。……そいつ御子神獅童が、呆然としていた俺に近づてきて言いやがった。今でもよく覚えてるぜ……たった一言だったんでな」


 獅童さんの名前の登場で、獅童さんジンのおっさんと昔会ってたのかよとか、獅童さんからの話を思い出して嫌な予感しかしない俺は、ますます複雑な心境になる。

 それを他所に、ジンは深々と大きな煙の呼吸を一つした。


「『すまない手遅れだ』。獅童の野郎はそう俺に告げた後、手にしていた日本刀でバッサリ俺を切り捨てやがった。頑丈な俺でも生きちゃいねくらいの一太刀でよ。けどまあ、おりゃ生きてるがな」


「……獅子王」


「ほう。それも知ってんのな」


「獅童さんがその……いろいろ教えてくれた」


「あの野郎がねえ……っ面白くねえわな。まあいい、ヤツの御子神の”あてられ”に切られた俺は気を失った。気が付きゃ礼拝堂で転がっててよ。朝を迎えたそこにゃ”鬼”になっちまったあいつの姿も、銀髪野郎の姿もなかった。俺だけが居た」


「じゃあおっさんは」


「ああ。だから俺にゃ、あいつがどうなったのかわからねえ。そんで、俺があいつに会うことはもうねえだろうさ」


 言って、神さんは俺にゃ天国行きの切符なんてくれねえだろさ。と自傷気味に吐くジンの言葉から、俺の想像通りの結末をうかがい知ることができた。

 シスターさんはこの世にいない。ジンの思い出の中に生きる人だった。


 たぶん、獅童さんがシスターさんを殺めたんだと思う。確証なんてないが、以前獅童さん本人から人を殺めたことがあると聞いていた。辛いが、俺はそのこととジンの話結んだ。

 そしてこれも推測でしかないけれど、きっとそうしなければならなかった理由があったはずだ。


 ジンの言う”鬼”が、それだと俺を強く思わせる。

 獅童さんがジンのおっさんに獅子王を使ったのは、きっと優しさからだろう。ジンに彼女の最後を、知らせたくなかったんじゃないかと思う。

 でもジンは、俺がジンなら。知らないままで明日を暮らせない。


「ジンのおっさんは、獅童さんを恨んでるよな」


 独り言のように言ったのか、答えを求めて訪ねたのか、自分ではあやふやだった。


「……さあな」


 悠々と漂う煙草の煙が溶けてなくなった後に、短い返事。


「俺も大人ってヤツだ。なんも知らねえガキとは違う。あいつが俺の前から姿を消していろいろ調べたさ。眷属どもの事情ってのも知ってる。だからよ獅童の野郎は、桃太郎よろしく”鬼”退治をした。そんだけだったってのは知ってるさ」


 慣れたのか馴染んだのか。ジンの会話の呼吸に合わせる。


「”鬼”は、眷属どもに言わせりゃ『兎鬼とき』っつう、災いをもたらす存在って話だからよ。世のため人のためって言えなくもねえわな」


「とき?」


「ああ、兎の鬼で『兎鬼』だ。目が紅いから兎なのか、耳でも生えてたのか、古文書にゃ『兎鬼』としか書かれちゃいねんで分からねえ。まあどっちでもいいがな」


 ”あてられ”が人を喰って紅い目の人ざる者、災いをもたらす兎鬼になる。

 リンネが襲撃に現れた時、様子がおかしい桜子の黒い瞳は紅かった。

 獅童さんは、兎鬼を退治する者……。


 俺は今……考えてはいけないことを考えているのかもしれない――が。




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