6 こうして学校 ⑤
「――――それで、もう一度玄関を開けても、おかしなことにはならなかったんです。でも、ほんとに本当なんです。信じて下さい。」
念のため、玄関美少女の容姿を事細かに言って、登城先輩に説明する。もしかしたら、別人の可能性がないものかと、一縷の望みかけたのだ。しつこいと思うだろうが俺にとっては、人生を左右する事案なのだ。必死である。
男子たるもの潔さも必要ではあるが、諦めたら試合は終了という格言もあるのだ。
特に、裸ではなく下着姿であったことは強調した。
「そうなのですね。そのような経緯だったのですね」
妹には冷たくあしらわれ友には大笑らいされた話を、先輩は真摯に向き合って下さる。
「あの……信じてもらえてるんですよね!?」
「はい。”玄関の扉を開けたら”は予測しておりませんでしたが、何かしらの現象が、働いたとは思っていました。あ、これは桜子ちゃんがそう思っていました、という意味なのですぅ。そして、一般の方が桜子ちゃんの部屋まで忍び込んだと考えるのは、合理的ではないのですぅ。ですから、その可能性は高いとの結論に至ったのですぅ」
「は……はぁ」
今ひとつ理解できなかったので、生返事で応える。
「恐らく、スバルさんは”あてられた”のだと思われますぅ」
「あてられた?」
「はい。断定はできませんが、そうなのではないかと」
ますます言っている意味がわからないのだが。
どうやら、俺が玄関少女、桜子ちゃんの裸――ではなく下着姿を見たことについて、咎める話ではないようだ。
「京華ちゃんがいれば、はっきりわかるのですけれど、今彼女は――!?」
京華ちゃんって誰? と問い返すつもりでいたのだが、突如聞こえた”ぎゅるぅぅ~”の音で、話は中断される。
お腹が減っている時に、たまに鳴るアレだ。俺は自分から発せられた自覚がないので、十中八九、登城先輩のものだ。
「ス、スバルさんを探すのに夢中だったので、お昼のお食事いただいてなかったのですぅ。そういえば、朝食もいただいていなかったかもですぅ、それから――」
言い訳をする先輩は、口調が速くなるばかりか透き通りそうだった白い肌の顔を、みるみる赤らめた。動揺しているようである。
今日、出会ったばかりで知るはずもないことだが、俺、登城先輩はお腹が鳴っても別に動じない人物と、どこかで思ってたみたい。そこへこれだ。
――不意を突かれました。圧倒的に可愛いのです。
「その、お腹が鳴るのは仕方がないですよ。俺も腹減った時、ぎゅるぎゅるいいますし」
「っ――!? そんなことないのですぅ」
そんなことが、何を指してかはわからない。けれど、俺が不正解の言葉を選択したってのはわかる。
「とにかくとにかくですぅ」
先輩は両拳を上下させてそう言うと、自分の右手首の内側に視線を落とし腕時計を見ているような、そんな仕草を俺に見せた。
「スバルさん。お話をするにしても時間がありませんので、放課後、桜子ちゃんのお邸でお待ちしていますぅ」
――へ?
「ちょ先輩っ。え、俺桜子ちゃんって人の家に行かないといけないんっスかっ」
「当然ですぅ。乙女の裸をみたのですよ、謝罪に来られるのが殿方の責務ですぅ」
「え、そんな話さっきは――」
「大丈夫ですよ、こちらでご案内しますので。それではスバルさんごきげんよう」
俺の言葉に重なるように言い放って、登城先輩は来た時とは違いそくそくと、通用扉に向かって歩いていった。
「……全然大丈夫じゃないんですけど」
消え去っていく登城先輩の姿とは違って、俺の不安は変わらず残っている。
それどころか、もう何がなんだかよく解らない、ああ解らない。……いやいや、落ち着け池上スバル。わかったこともあるではないか。
今朝、出会った少女の名前は桜子。
そして、その桜子に謝りに行く。
ううん……どうしてだろう、すごく納得がいかない。
屋上で一人残された俺。
ズボンのポケットから購入したばかりの携帯端末を取り出し、画面に表示されている時間を見る。
黒いボディは、ツヤツヤしており、覗きこむ自分の顔が、映り込む程だ。
「昼休み。もう終わるなあ……」