55 ユメノソラ③
『池上艦長。どうやら君の方では万策尽きた……そんな様子だね』
獅童艦長の言葉が、俺の脳髄を刺激した。
”君の方では”か。
「……だからか。いつものことですが、いやに落ち着いている訳だ。まったく……」
――人が悪い。
刹那にでも真意を確かめたい衝動に駆られる。が、その気持ちをぐっと押さえ、伏せがちだった顔をゆっくりとモニターへ正す。これは平然を装う悪足掻きだ。
そんな自分を、こんな時になんの意味があるだろうと思い、笑いが込み上げてくる。
『私が落ち着いている……そう見えるかい? あはは、そうでもないのだけれどね』
「獅童艦長、聞かせてもらいましょうか。あなたの――違うな、俺達が生き残るための、我々の作戦を」
俺の見つめる先、獅童艦長は一度瞼を閉じ、それから目を見開いた。
眼光は、更に頼りになる男のものへと変わる。
一秒と言う単位の時間がこれ程長いとは……。俺は次に獅童艦長の口元へと、視線を注いだ。
『私の作戦を伝える前に。|《紗蘭》の状態はどうなんだい? いざ作戦を決行する時に、戦力にならなければ話にならないよ』
「お言葉ですが、獅童艦長。俺のクルー達は優秀です。今も俺のいかなる指示にも応えられるよう動いています。杞憂ですよ」
『これは失礼した。さすがは不沈艦と呼ばれる|《紗蘭》のクルーだね』
「それはあなたの戦艦、|《獅子王》もですよ獅童艦長」
俺の戦艦|《紗蘭》は第三次からの参戦となるが、この《イスラフェル》戦まで形を残し
ている戦艦は少ない。
幾度となく死線を乗り越えてきた戦艦には、自然と二つ名が付いてまわる。
俺の|《紗蘭》は、誰が言い出したのか『沈まずの鉄鯨』。不沈艦であることに違いはない獅童艦長の|《獅子王》は『暁の虎』、そう呼ばれている。
船体の深い赤の色と、艦名から成るものだろうが、勇猛な戦いからくるものとしての、意味が大きい。
『あはは、だね……。ところで池上艦長。君は登城女史を知っているかい』
「獅童艦長……。存じていますが、ここで結婚報告でもしたいのですか」
焦らされる。ほんと、人が悪い。
しかし、この獅童艦長は信頼に値する男であり、俺には届かないところにいる男だ。
彼の焦らしが、裏を返せば彼から提示されるであろう作戦の、可能性の高さの表れだと見て取れる。獅童艦長とはそう言う男だ。
登城女史。地球連合評議会の議員である彼女の名前であるが、よもや俺の言う結婚報告でもないだろう。
『おいおい池上艦長。君は戦場のジンクスを知らないのかい。まだ私は戦死する気はないな』
「あなたはジンクスごときじゃ、死にませんよ」
そうあなたは計算高く、戦い全体を見通せる目を持っている。
くだらない戦場のジンクスなどとは、無縁の存在だ。
互いに、あざ笑う。その後――先に鋭さを見せたのは、獅童艦長の方であった。
『池上艦長。今回の戦いは我々の負けだ。これは覆らない。我々は敵に敗北し、味方に敗北した』
「ええ。だから俺達は犬死になんてのは、ごめんだ。なんとしても地球へ還る」
『生き延びられたら、いや私の作戦が上手く行けば、必ず君達は還れる。それは断言しよう。その後だ、池上艦長。君はどうする』
どうする――何がだ……。
第八次の作戦が立案されるなどとは、到底思えない。
この敗戦を機に、政治屋どもはシナリオを進める。民衆はそれに乗っかり、従属の道へと向かうだろう。
そうなれば、納得できなくても、俺達軍人は傍観者としか成り得ない。
「……どうもしませんよ。地球のゆく末を見守るだけです」
『それは本心かい? 違うはずだ。君はそんな事は思っていない』
「あなたは、俺以上に俺を知っているのですね。……失礼。嫌味を言いたかった訳では。けれども、どうにもならない。それは変わらないでしょう」
なぜこんな話をしている。今必要なのはこの戦域からの退避、撤退のことだ。
その先のことなど……。なんとも言えない苛立ちがあった。
『池上艦長。変わらなくはない。我々が変えるんだよ。そして、その為の仕掛けは、もう動き始めようとしている』
「獅童艦長、あなたは一体、なんの話を俺に聞かせようとしている」
後方から砲門を向けられたような感覚がする。危うさの緊張。
『いいかい、この宇宙域の戦闘から退避できた後、君の艦隊は提督艦隊とは合流せずに、南極へ向かいたまえ』
「獅童艦長っ。……それは、俺達に地球連合軍を離反せよと……」
跳ね上がった声をぎゅっと殺し、這わせるように後を追わせた。
『ああ、そう言う事だ。君にはそこで待つ、登城女史の力になってもらいたい。彼女は、クーデターを起こす』
「……あなたらしくもない。幾ら回線にプロテクトをかけているとはいえ、軽々しくそんな言葉を口するなんて」
俺は目を伏せ、獅童艦長へそう告げる。責めたかった訳ではない。言葉と答えが見つからないのだ。
稚拙だ。話を逸そうとしている。
『池上艦長っ』
「あ、あなたは俺に、革命家にでもなれと言うのですかっ。俺は軍人だ。そんなこと、そんなこと……それに、クーデターを起こしたところで、一時の時間稼ぎにしかならない」
違う、否定したい訳じゃない。変えられるのものなら俺だって――
『その時間が、必要なんだよ池上艦長。私は君に、革命家になれとは言わない。我々は軍人だ。そして、我々軍人は民衆の道標などにはなれはしない。だから、道は彼女が作る。必ず示す』
「っ……」
唇を噛み締め、右手は胸の前で拳をつくる。
『希望は十分にある。こちら側に敵と通じていた者がいるように、敵側にも思惑が異なる者がいる。その者達と我々は手を結ぶ。お願いだ池上艦長。登城女史の力になってくれ』
あなたの願いには応えたい。心の底からそう思う。けれども、この艦には俺だけの未来がある訳じゃない。かけがいのないクルー達には、かけがいのない友や家族との未来がある。
「あなたは、あなたに迷いはなかったのですか」
聞くまでもない。
モニターに映る獅童艦長が、己へと変わる。
『私も私のクルー達も、皆彼女に未来を託した』
「俺は、俺は……」
答えは出ている。ただ、口にしてしまっては……。
沈黙が訪れる。
『池上艦長。悪いが、悠長に君の答えを待っていられない。分かるだろう時間がない。だが、なんにせよ、生き残らなければ意味がない。……その後でいい。覚悟を決めてくれ。友として君を信じているよ』
獅童艦長……あなたは卑怯だ……。
『では、現在の宇宙域からの退避作戦、その詳細を告げる――』




