53 ユメノソラ①
※
深淵たる宇宙からしてみれば、星の瞬き以外に興味などないのだろう。メインモニターが映す漆黒と光の点は、揺るぎないものだ。
その中に、艦影が混ざる。
『宇宙域、座標点5.002から32.207まで、友軍第八、第九、第十艦隊の配備を確認。当艦|《紗蘭》並びに、第十一艦隊は指定座標へ向け、順次進行。四十秒後に当艦は、停船予定。セカンドシークエンスを続行中』
『後部スラスター推力落とし。ポイントマーク。AUSアンカー投下準備――カウント入る』
艦橋内では、各所に伝達される音声が回る。
俺はそれに紛れ、通信長へ向け口を開く。
「向島君。悪いが後方をモニターしてくれるか」
「了解。……艦長、映像はどちらに」
見納めになる――かも、だよな。
「正面と切り替えてくれて構わない」
モニターから照らされる光の色が、漆黒の黒から海のそれへと変わった。
同時にブリッジクルーの中には、感じ入った声を上げる者もいたようだ。わからなくもない。
俺は艦長席から立ち上がり、目にする星へ敬礼を贈る。
「地球は青かった……か」
過去の偉人が残した言葉を小さく吐き、本当にそうだなと思い、噛みしめる。
この蒼き地球へ還るためにも、生き残らならくてはいけないな。
――第七次宇宙域地球防衛戦。
もう俺達、地球連合軍に余力などない。
総力を上げて挑むこの戦いこそが、勝敗に関わらず最後になるだろう。
連合戦艦数三百の、これまでにない大規模な作戦だ。
だからこそ、勝利は――
「諸君。我々連合軍の勝利は約束されているっ。故に、さぞや女神は退屈なことだろう。だが、気にする必要はない。彼女にはゆっくり紅茶でも飲んていてもらおうではないか」
クルー達の笑い声。そして、俺の激に呼応してくれたのだろう。覚悟の熱が蔓延する。
第七次宇宙域地球防衛戦《イスラフェル》。開戦の時は近い。
「迎撃中止っ。緊急離脱っ。AUSの全ての出力をスラスターに回せっ。防護障壁も全てだ」
「池上艦長っそれでは、敵の砲撃に対処――」
「構わんっ。敵もこの状況で追撃など考えんだろうっ。何よりも今は、この戦域からの離脱が最優先だ。急げっ」
「了解っ。ブリッジより機関長っブリッジより機関長っ、これより当艦《紗蘭》は――」
女性クルーの焦りが伝わってくる。
俺は座る椅子の肘掛けと、首から下げるロケットを、ぐっと強く握り締めた。
今まさに危機が迫る。
『AUS光子』。これが俺達を追い立てている原因でもあるが、俺達が敵と対等に戦えてこれたのは、間違いなくこの『AUS光子』の力でもあった。
当初、圧倒的な敵の軍事力に為す術もなかった地球連合軍だったが、戦時下に急きょ投入された『AUS機関』により、戦況は大きく変わる。
戦艦の火力、推力ともに、従来の倍近い数値まで引き上げたのだ。
しかし、最大の欠点とそれが引き起こす危険性が、今だに改善されることはなかった。
『第九艦隊、戦艦《アマギ》を中心に、時空の湾曲を検知。グラビトン値が、急速に上昇中』
「算出まだかっ。艦長より機関長、即座に障壁へ回せるよう――頼んだぞ」
「予想――さ、三秒後!? 艦長っ『アウストラル』来ますっ」
俺を振り返り見る、通信長の向島。その顔を一瞥し、号令を発する。
「防護障壁最大展開っ。全員、衝撃に備えろっ」
俺の声が響くと同時に、艦橋が激しく揺れる。
各モニターは、眩いばかりの光しか映し出さない。その光に耐え切れなくなった物は、暗闇をさらけ出すのみだ。
揺れる、揺れる、揺れる。
宇宙にあがるようになって、しばらく大地を踏みしめていないが、地震を彷彿させるそれは、恐怖であった。
揺れが収まり警報が鳴り狂う中、時間が回帰してくる。
死を乗り越えた安堵の気持ちに、身を委ねたいところではあるが、俺は艦長の責務を果たさなければ。
「通信長、各所に伝達。被害状況をブリッジへ報告せよ。衛生班は各要請へ迅速に対応してくれ。後、先程の『アウストラル現象』の観測データを」
俺の言葉に従い、向島の声が艦内を走る。
「機関長は、システムの復旧を最優先に動いてもらいたいが、友軍識別信号プロセスを厳に頼む」
『AUS機関』の最大の難点は、誘爆にある。いや、正しくはそのきっかけと結果に問題があると言うべきか。
『AUS光子』は、同じAUS光子による外からの干渉をきっかけに、融解現象――『アウストラル現象』を引き起こす。
それは、人類が引き起こせる事象として、史上最大の爆発エネルギーを、有しているのは間違いないはずだ。
『――巡洋艦《ミロク》、《ナギ》、《リンネ》消息不明』
『砲撃長よりブリッジ。艦長聞こえてるか? さっきのヤツで三機イっちまった。どうする、主砲は問題ねーらしいが、これじゃ弾幕はれねーぞ』
『アウストラル現象によるフィードバックは、起点ポイント、座標42.100から58.776までの範囲と予測される。事象発現までの時間は――』
慌ただしい艦橋内にて、手にした電子版の画面をめくる。
艦長席へ送られてきたデータを検証するのだが……なるほど、戦艦《アマギ》は第五艦
隊からの、AUS超長距離射撃の射線軸に重なっていた訳か。
識別信号を感知できない距離ではないが……。
これだけ大規模な艦隊群なのだ。作戦指揮系統に精密さを欠けるな、と言う方が無理なのかも知れないな。
厄介なものだ。誤射が、とてつもない惨事を招いてしまうのだから。
さて、これからどうしたものか……。
とにかく、艦隊編成を急がせるしかないか。
「艦長。戦艦|《獅子王》よりダイレクトコールあり」
「ん? |《獅子王》から……か。わかった。外部プロテクトをかけて、こっちへまわしくれ」
艦長席に備え付けてあるモニターには、銀髪の男の顔がある。
俺と同じ艦長服を纏っているが、その襟元に見える階級章は、一階級上の特別一佐のものであった。
『池上艦長、どうだいそっちの状況は?』
「まあ、お世辞にも良好とは言い難いかな。そっちはどうなんです獅童艦長」
『あはは、そちらと似たようなものじゃないかな』
一時的に戦闘が中断しているとはいえ、緩やかな言葉を交わしてしまう。
クルーに示しがつかないな、と思いつつも、これがいつもの獅童艦長との挨拶なのだから仕方がない。
「それで、用件はなんでしょう」
『せっかちだね、池上艦長殿は』
急かしているつもりはないが、時間が無いのは事実。知らず知らずに、俺は焦っているのかも知れない。
第九艦隊、戦艦《アマギ》が引き起こした『アウストラル』により、現在、敵味方ともに、この宇宙域での戦闘は中断している状態だ。
しかし、フィードバック現象が収束次第、再び敵軍との交戦状態に入るだろう。
それまでの猶予を使い、なんとか艦隊編成を。
――時間が惜しい。




