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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~に~ 】
53/114

53 ユメノソラ①



               ※



 深淵たる宇宙そらからしてみれば、星の瞬き以外に興味などないのだろう。メインモニターが映す漆黒と光の点は、揺るぎないものだ。

 その中に、艦影が混ざる。


『宇宙域、座標点5.002から32.207まで、友軍第八、第九、第十艦隊の配備を確認。当艦|《紗蘭》並びに、第十一艦隊は指定座標へ向け、順次進行。四十秒後に当艦は、停船予定。セカンドシークエンスを続行中』


『後部スラスター推力落とし。ポイントマーク。AUSアンカー投下準備――カウント入る』


 艦橋内では、各所に伝達される音声が回る。

 俺はそれに紛れ、通信長へ向け口を開く。


「向島君。悪いが後方をモニターしてくれるか」


「了解。……艦長、映像はどちらに」


 見納めになる――かも、だよな。


「正面と切り替えてくれて構わない」


 モニターから照らされる光の色が、漆黒の黒から海のそれへと変わった。

 同時にブリッジクルーの中には、感じ入った声を上げる者もいたようだ。わからなくもない。

 俺は艦長席から立ち上がり、目にする星へ敬礼を贈る。


「地球は青かった……か」


 過去の偉人が残した言葉を小さく吐き、本当にそうだなと思い、噛みしめる。

 この蒼き地球ほしへ還るためにも、生き残らならくてはいけないな。


――第七次宇宙域地球防衛戦。


 もう俺達、地球連合軍に余力などない。

 総力を上げて挑むこの戦いこそが、勝敗に関わらず最後になるだろう。

 連合戦艦数三百の、これまでにない大規模な作戦だ。

 だからこそ、勝利は――


「諸君。我々連合軍の勝利は約束されているっ。故に、さぞや女神は退屈なことだろう。だが、気にする必要はない。彼女にはゆっくり紅茶でも飲んていてもらおうではないか」


 クルー達の笑い声。そして、俺の激に呼応してくれたのだろう。覚悟の熱が蔓延する。

 第七次宇宙域地球防衛戦《イスラフェル》。開戦の時は近い。






「迎撃中止っ。緊急離脱っ。AUSの全ての出力をスラスターに回せっ。防護障壁も全てだ」


「池上艦長っそれでは、敵の砲撃に対処――」


「構わんっ。敵もこの状況で追撃など考えんだろうっ。何よりも今は、この戦域からの離脱が最優先だ。急げっ」


「了解っ。ブリッジより機関長っブリッジより機関長っ、これより当艦《紗蘭》は――」


 女性クルーの焦りが伝わってくる。

 俺は座る椅子の肘掛けと、首から下げるロケットを、ぐっと強く握り締めた。

 今まさに危機が迫る。


 『AUS光子』。これが俺達を追い立てている原因でもあるが、俺達が敵と対等に戦えてこれたのは、間違いなくこの『AUS光子』の力でもあった。

 当初、圧倒的な敵の軍事力に為す術もなかった地球連合軍だったが、戦時下に急きょ投入された『AUS機関』により、戦況は大きく変わる。

 戦艦の火力、推力ともに、従来の倍近い数値まで引き上げたのだ。

 しかし、最大の欠点とそれが引き起こす危険性が、今だに改善されることはなかった。


『第九艦隊、戦艦《アマギ》を中心に、時空の湾曲を検知。グラビトン値が、急速に上昇中』


「算出まだかっ。艦長より機関長、即座に障壁へ回せるよう――頼んだぞ」


「予想――さ、三秒後!? 艦長っ『アウストラル』来ますっ」


 俺を振り返り見る、通信長の向島。その顔を一瞥し、号令を発する。


「防護障壁最大展開っ。全員、衝撃に備えろっ」


 俺の声が響くと同時に、艦橋が激しく揺れる。

 各モニターは、眩いばかりの光しか映し出さない。その光に耐え切れなくなった物は、暗闇をさらけ出すのみだ。

 揺れる、揺れる、揺れる。

 宇宙ソラにあがるようになって、しばらく大地を踏みしめていないが、地震を彷彿させるそれは、恐怖であった。

 揺れが収まり警報が鳴り狂う中、時間が回帰してくる。

 死を乗り越えた安堵の気持ちに、身を委ねたいところではあるが、俺は艦長の責務を果たさなければ。


「通信長、各所に伝達。被害状況をブリッジへ報告せよ。衛生班は各要請へ迅速に対応してくれ。後、先程の『アウストラル現象』の観測データを」


 俺の言葉に従い、向島の声が艦内を走る。


「機関長は、システムの復旧を最優先に動いてもらいたいが、友軍識別信号プロセスを厳に頼む」


 『AUS機関』の最大の難点は、誘爆にある。いや、正しくはそのきっかけと結果に問題があると言うべきか。

 『AUS光子』は、同じAUS光子による外からの干渉をきっかけに、融解現象――『アウストラル現象』を引き起こす。

 それは、人類が引き起こせる事象として、史上最大の爆発エネルギーを、有しているのは間違いないはずだ。


『――巡洋艦《ミロク》、《ナギ》、《リンネ》消息不明』


『砲撃長よりブリッジ。艦長聞こえてるか? さっきのヤツで三機イっちまった。どうする、主砲は問題ねーらしいが、これじゃ弾幕はれねーぞ』


『アウストラル現象によるフィードバックは、起点ポイント、座標42.100から58.776までの範囲と予測される。事象発現までの時間は――』


 慌ただしい艦橋内にて、手にした電子版の画面をめくる。

 艦長席へ送られてきたデータを検証するのだが……なるほど、戦艦《アマギ》は第五艦

隊からの、AUS超長距離射撃の射線軸に重なっていた訳か。

 識別信号を感知できない距離ではないが……。

 これだけ大規模な艦隊群なのだ。作戦指揮系統に精密さを欠けるな、と言う方が無理なのかも知れないな。

 厄介なものだ。誤射が、とてつもない惨事を招いてしまうのだから。

 さて、これからどうしたものか……。

 とにかく、艦隊編成を急がせるしかないか。


「艦長。戦艦|《獅子王》よりダイレクトコールあり」


「ん? |《獅子王》から……か。わかった。外部プロテクトをかけて、こっちへまわしくれ」


 艦長席に備え付けてあるモニターには、銀髪の男の顔がある。

 俺と同じ艦長服を纏っているが、その襟元に見える階級章は、一階級上の特別一佐のものであった。


『池上艦長、どうだいそっちの状況は?』


「まあ、お世辞にも良好とは言い難いかな。そっちはどうなんです獅童艦長」


『あはは、そちらと似たようなものじゃないかな』


 一時的に戦闘が中断しているとはいえ、緩やかな言葉を交わしてしまう。

 クルーに示しがつかないな、と思いつつも、これがいつもの獅童艦長との挨拶なのだから仕方がない。


「それで、用件はなんでしょう」


『せっかちだね、池上艦長殿は』


 急かしているつもりはないが、時間が無いのは事実。知らず知らずに、俺は焦っているのかも知れない。

 第九艦隊、戦艦《アマギ》が引き起こした『アウストラル』により、現在、敵味方ともに、この宇宙域での戦闘は中断している状態だ。

 しかし、フィードバック現象が収束次第、再び敵軍との交戦状態に入るだろう。

 それまでの猶予を使い、なんとか艦隊編成を。


――時間が惜しい。



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