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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~は~ 】区切り(バトル)
52/114

52 忘却の解答③



「――さん。――スバルさん」


「スバル。ユイちゃんが呼んでいる……おい、スバル、無視をするな」


 俺の肩を掴み揺す桜子の言葉で、はっとなる。

 危ない危ない。どうやら、妄想に深入りし過ぎていたようだ。


「さっきからユイちゃんがずっとスバルを呼んでいる。無視するな」


「まあ無理もない。怪盗Xなる者を生み出していた黒幕が、自分の友人だったのだ。心を癒すのに、まだ時を要するのだろう。こう見えて、池上殿は繊細な御仁のようだしな」


 ぼーとしていた俺を、繊細な男だと言ってフォローしてくれる京華ちゃんがいた。

 桜子とのケンカは終わっていたようで……京華ちゃんから時計回りに――まなブン、登城先輩、桜子と見回してから。


「その、なんの話でしたっけ?」


「いえ、スバルさんのお友達、向島さんはきちんとご自宅へお送りしましたとの、ご報告なのですぅ」


「ああ、ええと、先輩ありがとうございました」


 なぜ、俺が向島のために頭を下げるのか。深く考えずに、友のためとしておこう。

 向島には”アテラレ”のことを告げずに、”還し”を強行した。

 向島の奴に、あれこれ言いたいこともあるのだが、これでそれも出来なくなった訳だ。

 怪盗Xの真犯人こと、向島……。

 事件は、紐解けば迷惑な話だったとの感想で締めくくれる――――


 実行犯と呼べる武田風美からは、”赤い糸”が伸びていた。

 それを辿ってみると、糸は俺のよく知る人物へと繋がっていて、それは向島であった。

 そして、いつもの向島も、いつもの俺ではない目には、そう映らなかったのである。


 姉の盗んだ物を、持ち主に返す弟。

 盗みを働いた人物を犯人とするのなら、武田風美が怪盗Xになる。

 しかし、本人、武田姉に盗んだ自覚がない。


 武田弟、まなブンが言うには、姉は気づいたら、知らない服を手にしていたとのこと。

 持ち主がわかる物もあれば、そうでない物もあったそうだが、どちらにせよ、武田姉に

は盗品を返す。そんなことはできなかったようで、困り果てていたそうだ。

 そこで、武田姉から相談を受けた武田弟の出番となった。


 『姉ちゃん任せて、僕がなんとかする』そんなことを言ったかどうかだが、まなブンはここぞとばかりに、誰にも姉にも言っていなかった、秘密の力を使おうと決意する。

 姉が持ってくる盗品の持ち主は、直ぐわかる。噂にさえなれば、まなブンには頼れる部活の先輩がいたからだ。


 ただ、まなブンは二つのミスを犯してしまう。

 一つは、言わずと知れた、盗品を俺の机の中に入れたこと。もう一つは、姉がなぜ女子生徒の服を持ち帰ってしまうのか、その原因を探ろうとしなかったことだ。

 ――が。正直、鏡眼も無しに向島まで辿り着けていたなら、まなブンに名探偵の称号を送りたいところではある。


 武田姉は操られていた。この事実が露見するにあたり、操っていた人物も明らかになった。もちろん、向島である。

 人を操る。そんな芸当ができるのも”あてられ”のお陰であり、向島があてられていたことに驚くべきだったろう。

 でも俺は第一に、向島は変態ではあるが、盗みまで手をだすとは思っていなかったので友として気付いてやれなかったことに、責任を感じたものだった。


 向島こそが、今回の怪盗X事件を引き起こした張本人である。これは間違いない。

 しかし、信じがたいことなのだが、向島もまた――自覚がなかったのだ。


 鏡眼が教えてくれた。向島の”あてられ”の名は『恋しぐれ』。人を操るそれである。

 武田風美の言動からして、彼女は向島に操られていた。なら人を操ることができる”アテラレ”を持った向島に自覚がないのはおかしい。操るその行為には、意志がなければならないからだ。


 だから、向島の自覚の無さに 困惑した俺。

 けれども、『恋しぐれ』、俺が口にしたこの名を聞いた京華ちゃんが、向島の自覚の無さを肯定し、事件は、完全解決となる。

 ”アテラレ”の中には、本人の意志とは無関係に力を発現させるものもある。

 向島の『恋しぐれ』もその部類の上、特殊なものだった。

 その特殊さを知ることができたのは、京華ちゃんが自分のお母さんとの話を思い出したからであった。

 京華ちゃんのお母さんの頃にあったらしい。今回と同じようなことが。


 鏡眼で視ることができる力の情報にも、限界がある。

 現象の条件や制約は視えないし、細やかな力の作用内容の情報などは教えてくれない。

 例えるなら、今回”操る”力に違いは無いのだけれど、獅童さんの獅子王とは、まるで別物である。


 『恋しぐれ』は、宿主の願望を叶える”あてられ”であった。

 なのでそこには、宿主の意志を必要としないもののようだ。

 発現の過程で人を操り、宿主の想いを叶えようとする。というのが、力の具現化なのだろう。

 加えて、発現の条件と対象がややこしい。

 宿主に好意を抱いている人物しか、操れないようだ。


 つまりだ。

 武田風美は向島なんかに想いを寄せたばっかりに、向島の変態に付き合うはめになったということである。


 『恋しぐれ』。なんともはた迷惑な”あてられ”だった。


 そして、自覚が伴わないこの迷惑な『恋しぐれ』は、有無も言わさず、百捌石に還すことになったのである。


「でも向島さんには、悪い事をしてしまいましたね。目隠しをお願い致しましたら、なんだか、興奮なられていたようなのですぅ。突然の事だったので、さぞ驚いていらっしゃったのだと思いますぅ」


「ユイ姉、向島ナオト殿には百捌石をまつる場所を知られてならないので、致し方ない事です」


 友よ。お前は登城先輩に、二重の意味で感謝しとけよ。

 京華ちゃんは向島の”あてられ”を還す際、百捌石に触れさせれば良いだけなので、向島を不意打ちで襲い眠らせ、ことを遂行しようでないかと言っていた。

 そんな京華ちゃんと俺のやり取りに、たまたま居合わせていた登城先輩が、それではあまりに可愛そうだと言って、目隠し案へ変更となった。

 これが一つ。もう一つは――

 先輩から目隠しなんて……。向島、お前にとってはご褒美だろう。そうだよな、友よ。


「そうですね。致し方ない……ですね。それはそうと、『恋しぐれ』なのですが、フフ、ロマンチックですよね」


 と、ぽんと両手を合掌した登城先輩は言う。

 あの”アテラレ”の呼び名を聞く度に、向島のニタリ顔しか出てこない俺にとっちゃ、どこをどうひっくり返せば、ロマンチックなんてのを連想できるものやらだ。

 ある意味、向島のロマンであるのだろうが、先輩のそれとは恐らく違うんだろうな。


「アレっスよね、今回向島の”アテラレ”を還すことで、怪盗X関連は無事解決になったんですけど、『恋しぐれ』自体は無くなったわけじゃないんスよね?」


 先輩には同意できなかったので、申し訳ありませんが、話題をずらさせて頂きます。


「無論、百捌石に還っただけで『恋しぐれ』が消えた訳ではない。またいつか、向島ナオト殿のように、『恋しぐれ』を宿す者が現れるだろう」


 答えてくれたのは、京華ちゃんである。

 そうなんだよな……”アテラレ”って、リサイクルされ続けるものなんだよな。

 エコでよろしいと思うが、京華ちゃん達にしてみれば、歯がゆいのではなかろうか。


「スバルがあてられたら助かる」


 ほいっと、桜子の弾んだ声が俺に投げられた。

 仮に、紳士な俺が『恋しぐれ』を宿すなら、向島のような失態は起こさないだろう……けれど、


「なんでだ?」


 一応、桜子に聞いてみる。


「”あてられ”を探す手間がハブけるのだ」


「……なるほど……ね」


 気持よく、なるほどできないけれど、桜子らの立場からすれば、まっとうな理由の気がしなくもない。


「桜子。確かにお前の云うよう、池上殿が”あてられ”たのであれば、探す手間は無くて済む。こちらとしては有難いばかりだ。しかれど、再びあのような破廉恥な事が起こるのは明白。また乙女達に危害が及ぶ。私としては、その事に心を痛めてしまうな」


「ちょ、ちょ、京華ちゃんっ」


 流暢りゅうちょうに喋る京華ちゃんへ、冗談だとはわかる――いや、案外本気なのかも!? と、半信半疑で声を上げた。

 白い歯を見せてはくれなかったが、口角が上がっているところを確認。


「なるほど」


「なるほどなのですぅ」


「あの、な――」


「なるほどじゃねーよっ」


 順に桜子、登城先輩。まなブンは――言わせねえっ。


「それに、もし池上殿が『恋しぐれ』を宿すのならば、桜子も困るのではないか?」


「うん? 私は困らないぞ」


「お前は相変わらず、物事を深く考えないな。良いか桜子。恋しぐれは操る対象者を必要とする。それは裏を返せば、池上殿に、と云う事になる」


 京華ちゃんは桜子に話してはいるが、その得意気と言うか、堂にったような喋りが、みんなの注目を集める。

 『池上殿に』。それに続く言葉はなんなんだ? 俺に、俺がどうなるんだ?

 まさか京華ちゃん、本気で俺を変態だと思っているのではなかろうか。

 だから、桜子がそんな変態な俺を見て、失望することになる。とでもオチをつけるつもりなのでは……言いそうだな、この人……。

 絶対そんなことはないっ、と自信を持てないのも悲しいが、よく考えたら自分の趣味が反映されかねない訳で。


「スバル、やっぱり駄目だ。スバルが”あてられ”るのは絶対ダメだ」


「お、おう。俺もそれには大賛成だ」


 桜子の温度に驚いたが、その言葉には一票を投じた。


「フフ、スバルさんも恥ずかしいのですね。私は素晴らしいことだと思いますので、恥ずかしがる事はないのでは、と言いたいのですけれど、それは、あんみつのようなものなのですぅ」


 今日の登城先輩のお言葉は、すんなり頷けるものがなかったりする。

 確かに恥かしいけれど、素晴らしいとな!? 加えて、例えの、


「あんみつ? ですか……」


「はい。私はあんみつが大好きなのですぅ。けれども、これは内緒なのですぅ、フフ、だから、京華ちゃんが言った『桜子ちゃんも』、これも内緒ですよ」


 余計に、さっぱりだった。

 ただ俺が、どうやら話に置いてきぼりにされている感はわかった。

 なので、それを正そうと思い、会話の主軸を担っている京華ちゃんへ、目と言葉を向ける。


「そのどういうこ――」


「池上殿は喋るなっ。こっちを見るなっ。ええい、何故このような所に居るっ――違うのですよユイ姉。私は私は、ただ桜子に、ユイ姉は、何か勘違いをなされていますっ」


 京華ちゃんは顔を真っ赤にして、俺を罵倒する。その後、登城先輩に言い寄っていた。

 まあ、慣れてるけれど……桜子ん家を指定したのは、あなたですよ、とだけは言いたいかな。

 仕方がない、桜子から流れを掴むか。


「なあ、桜子。俺今ひとつ登城先輩の話が――」


「スバルは私を見るな。今は見るな。あっちへ行け。今はあっちへ行け」


「なんだよ……お前もかよ」


 どうやら、美少女らとの会話には目隠しが必要らしい。

 さすがの俺も、悲しくて泣いちゃうかもよと、うーんと唸り、口をへの字にしてふてくされようとしたら、まなブンと目が合った。

 その瞳は、らんらんとしている。


「はあ、今回は諦めるか……」


 ぽつり、ため息と諦めの言葉を吐く。

 結局なんの話だったか、わからずじまいで気になるところであるが、俺達には次回がある。

 これからも、桜子達とは長い付き合いになるだろうな、そんな気持ちをいっぱいして、窓に映る春の景色に眼差しを向けた。


「目隠しって、どこに売ってんだろう……」


 俺は春の陽気を、部屋の中で感じていた。


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