46 御子神③
室内は煌々としており、みんなを惜しみなく照らし出している。
俺が気を失ってから目覚めるまでに、かなりの時間が経っていたらしく、部屋の窓は、夜の帳を下ろしていた。
四角い大きなテーブルには、登城先輩らが用意してくれた紅茶が並ぶ。
紅茶を飲む俺は、隣に座る桜子を見つめていた。すると、桜子から『なんだ』と言われたので、何でもないと返す。
俺はさっきの獅童さんからの内緒話を、思い返していた――――
――『桜はああ見えて、感がいいからね』
獅童さんは、この言葉から切り出し、頭の中へ語りかけてきた。
内容は、桜子の”アテラレ”のこと……だった。
以前、京華ちゃんも言っていたが、桜子の”アテラレ”『天之虚空』は空間を操るものである。
いや『獅子王』といい、”操る”よりは空間を”支配する”と言った方が良いのかも知れない。
ゲートオブリンク《繋がる部屋》のように、対象空間同士を繋げるのは勿論、支配下の領域空間内であれば、物質転移もできる。あの時のそれが、まさにその現象なのだろう。
まったく、とことん物理学者が頭を痛めそうな力だ。
鏡眼にあてられている俺へ獅童さんが伝えたかったことは、当然、天之虚空の能力説明なんかではない。ざわざわ桜子に知られたくないように話す、それは、あの時の桜子の……赤色の目ことだった。
そのことで、俺は獅童さんからお願いをされる。至ってシンプルなお願いだ。
――『誰にも、桜子本人にも”紅い瞳”のことは話さないでおくれ』
その頼みに、俺は心と頭の中で頷いた。この頷きには、少しだけ恐怖が交じる。
なんの意図があったのか知る由もないが、獅童さんは”紅い瞳”の話の前に獅子王のことを語った。
獅子王は存在を支配できる。だから、対象と頭の中で話すこともできるし、あの時、桜子を気絶させることもできた、と。
笑う声とともに流れ込んだ言葉だったので、冗談なのか知れないが――対象が人だったら、心臓を止めたりすることもできるよ。そうも言っていた……。
”紅い瞳”の桜子……。あの時、俺の目には確かに、空間を支配しているようには見えた。けれども、”アテラレ”の力に翻弄されている、もしくは、暴走しているようにも感じた。
獅童さんの言動からすると、桜子にあの時の自覚や記憶があるのか、怪しく思える。
――そして、気になった。
『誰にも』と言う言葉は、登城先輩や京華ちゃんも指すのだろうか。
今の邸の惨状を、桜子も含め彼女らはどう考えているのだろう……。
しかし、迂闊にそれを知ろうとすることはできない。獅童さんと約束してしまったのだから。
視線の先の獅童さんは、眼鏡を拭いていた。
「おやおや、そんなに見つめられたら変な気持ちになってしまうよ。スバルくん」
「京弥。スバルはさっき、私のこともずっと見つめていた」
「まあっ。フフ」
誤解されそうなことを言う獅童さんに、桜子が便乗してきた。否定を投げかけようとしたら、思わぬところからも声が上がっている。
愛くるしい瞳が、俺へ注がれた。
「ええと登城先輩、違わなくはないんスけど、別に深い意味があって見ていた訳じゃなくてですね――」
「スバルさん、私、愛の形は自由でいいと思うのですぅ。頑張って下さいね」
そっちですかっ。
先輩お願いですから、せめて桜子の方で勘違いして下さい。
「しかしながら、スバルくん。私は博愛主義でありたいのだけれど、それとこれとはまた違うからね……申し訳ない」
「ちょっ獅童さん、謝られたら余計変じゃないスかっ。やめて下さいよ」
「あはは。冗談冗談だよ。君が緊張しているように思えたからね。少しからかってみたんだ」
俺を、からかおうとはしていたんだ……。
獅童さんは眼鏡を顔の一部へと戻し、くいっと押し上げる仕草をする。
「そう硬くなりなさんな。別に取って食おうって訳ではないから。君が出会ったリンネについての話をするだけだよ。スバルくんも知りたいだろう、自分をそんな目に遭わせた者のことは」
「……はい」
一呼吸置いて、返事をした。
それから獅童さんは、またしても”アテラレ”に関わることだが、俺に話してくれた。
――リンネとジン。
その二つの名が、今までに知り得ていたこと耳にしていた情報とを繋ぎ合わせ俺の頭の中を整理させた。




