44 御子神①
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情報を整理するために、人は夢を見るという。
俺は夢を見ていた……と思う。不思議なもので、見た気はするのだが、その内容は目覚めると忘れていた。
仰向けで寝ている俺。だから、
「……知らない天井だ」
ううん。知らなくはないが、知っているとも言えなかったので、とりあえず口にした。
部屋の作り、感じからすると、桜子ん家にある部屋の一つだろう。
「スバル、起きたか」
「ああ……あれ? おま、お前大丈夫なのかっ」
ゆるゆると回転し始めていた意識と思考が、フル稼働になった。
上体を起こし傍らに座る桜子を、まじまじと見つめる。桜子は、きょとんとした態度である。
そうしながら、状況を徐々に把握していく。どうやら俺は床へ置かれたマットレスの上に、寝かせられていたようだ。
「私は大丈夫だ。スバルの方が大丈夫ではない。包帯ぐるぐるだ」
桜子に言われ、自分を見ては触る。
頭には包帯が、体のあちこちにも……。体からは薬品の香りがした。
「ハハ、ボロボロだな俺……じゃなくて、俺よりお前だよ。桜子の方が刀に――」
がばっと桜子を抱き寄せた。
そこにあった銀髪の男の姿が、あの時、目に焼き付いた光景を蘇らせる。
「目が覚めたようだね。と、おやおや、私はお邪魔だったのかな」
「苦しい、苦しいのだスバル」
「悪い……」
腕の中でもがく桜子に謝り、そっと離した。
反射的に庇おうと、桜子を引き寄せてしまったが、周りを見回してその必要性がないことを理解した。
部屋には、京華ちゃんや登城先輩もいたからだ。実際、桜子は元気そうだし……。
そして、この人が何者かって話だ。
ズボンのベルトとは別に、腰に巻いたベルトへ日本刀を差した、すらりと伸びた背格好の眼鏡男子。
お洒落な眼鏡――と言っても、眼鏡に疎い俺には、お洒落なのかわからない。けれど、それを掛けている台座が良いのだろう。
整った鼻、唇、奥にある目立ちは、はっきりとしているばかりでなく優しい感じだ。
そんなパーツが集まった顔は、世間的にカッコいいと言われるものだと思う。
更に、美麗な面立ちへ花を添えているのが、銀髪だ。
髪型は俺と似たようなものだが、こうも違うものなんだな”色だけ”で。俺も黒髪じゃなかったら、きっと……うん、間違いない……はず。
「ええと、その……」
「初めまして、私は御子神獅童だ」
銀髪眼鏡男子さんは名乗る。
その声音は、柔らかい毛布をふわっとかけられた、そんな声だった。
「あっはい、どうもです。俺は池上スバルです」
俺は御子神獅童さんに名前を告げ――と、そうじゃなくってっ。
桜子の肩をガシっと掴み、揺さぶり、
「あいつはあのリンネはどうなった!? それにセバ、瀬良さんはっ!? ここにいねーけどっ――――」
食ってかかる。
「あうう、落ち着くくのだ。スバルるうう」
「――それにお前、あの時のアレはなんなんだよっ」
「スバルくんでよかったよね。あはは。桜姫が凄い事になってるよ。もうその辺で勘弁してやらないと、桜の首が取れかねないよ」
「……その、すみません」
座り込む桜子にではなく、なぜか獅童さんの方に謝ってしまった。
「あらら。と、先に言っておくと何も心配要らないよ。瀬良っちは、大事を取って病院に行っているだけだし、後、あはは……どうやら私は、あの子猫ちゃんに嫌われているらしくってね。彼女は逃げてしまったよ」
苦笑いをして、肩を竦めた獅童さん。
俺にそんな気はないが……アレだ、美形な人ってのは、なんにしても絵になるよな。
「それと」
獅童さんの口角が上がる。日本刀が腰の鞘から、しゃらーっと抜かれた。
「ちょっ獅童さん、な、何!?」
「兄様っ、何をなされているのです」
「あはは、京華、百聞は一見にしかずってやつだよ」
きらりと光る刃を見せつけられ驚く俺を他所に、疑問を呈する京華ちゃんへ、答えになっていないようなことを返す獅童さんであるが……はて、百聞は一見にしかずって前も誰か言ってい――呼吸が、一時停止する。
獅童さんの顔を見て、自分の胸の辺りを見る。また獅童さんの顔を見上げる、軽い笑みがあった。そして自分の……。
何回目かの繰り返しを経て、やっと声が。
「――うおおっ」
「スバルくん、いいリアクションだね」
獅童さんは呑気である。
「いやいや、こっちは褒めらている場合じゃないんスよっ」
刺さってる。すこぶる刺さってる。俺の体を、ぶっすり日本刀が貫いてます。
不意打ち過ぎた。あまりにいきなりだったので……もう、笑うしかない。
「どうだいスバルくん。これで、謎は解けたかな」
「ハハ、ええと……納得できました」
刃は俺の胸から引き抜かれた。痛みも何も感じなかった。
不思議なこと極まりないけれど、要はその刀、人を切れないってことだろう。だから、桜子はピンピンしていた訳だ。
しかも、それ……俺は理解した。
「その刀、獅子王が”あてられ”なんですね」
俺は刀身が光を帯びていたので、獅童さんが”アテラレ”だと思っていた。
けれど、目の当たりにしたからなのか、鏡眼が教えてくれる。
”アテラレ”は日本刀の方であり、その名は――『獅子王』。




