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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~は~ 】区切り(バトル)
42/114

42 リンネでパンク④


「――大事ない」


 俺の動揺したものとは対照的に、凛とした声が視界の隅から発せられた。

 顔を向けると、身に纏う衣類を焦がしてはいる様子だったが、無事な京華ちゃんの姿があった。

 手していた日本刀は見当たらないけれど、彼女はしっかりと立っている。


「良かった。怪我は――」


「池上殿っ」


 京華ちゃんは俺に向け叫ぶ。その意味……あっ、今理解できた。

 気付けば俺は、膝をつかされている。首の後ろから細い腕が伸びている。背中に体温を感じる。


「ようチェリーまた会ったな。クククッ。このまま動くなよ、動いたら黒焦げにすっから

な」


 耳元で吐息とともに囁かれたリンネの脅しが、俺にしっとりと絡みついてきた。

 いつの間に、と幾ら後悔しても意味がない。だが、後悔してしまう。

 俺の――俺のせいで、京華ちゃんが動けないでいるからだ。

 くそっ、なんてことだ。不甲斐ねっ。人質になっちまった。


「チェリーがなんでいんのか、リンネ様はスゲー気になんだけどさ、今日は大人しく人質やれば許してやんよ。クククッ、オレって優しいだろ」


「お前っ何フザけた言ってんだよ、ぐがっ」


「勝手にこっち見んじゃねーぞ、ゴラッ」


 背後にいるリンネから、殴られた。

 リンネの首元には、南京錠のチェーンネックレスがあった。それが見えたと言うのは、つまりその……着ていた服が服がさっきの火柱で燃えたのだと思う。肌の露出が増えていた。

 京華ちゃんは俺とリンネに、射いるような視線を飛ばした。

 俺に対してのそれは、とばっちりだ。


「何が目的だ。貴様らが欲する物など、此処にはないはずだが」


 京華ちゃんはリンネの目的をわかった上で、問いかけている。俺でも推測ができるのだから。

 桜子ん家はお金持ちではある。しかし、銀行強盗をするような奴が押し入るにしては、些か疑問符がつく。

 強盗の気持ちなど理解できない。けれど、金が欲しいならまた銀行を襲った方が、手っ取り早く大金を手にできるのではなかろうか。

 それなのに……『あてられ狩り』はここにいるのだ。


「目的だぁ? けっ、白々しいコト言いたがる。てめえだよ、てめえっ。オレがわざわざ出向いてやったのは、てめえの”あてられ”を取りに来てやったんだよ。クククッ、感謝しろよな」


「ふっ、笑止。今まで散々逃げ隠れしていた鼠が出てきたと思えば、よもやそのような戯言を聞かされようとは。私が貴様のような輩に、遅れを取るとでも思うてか」


 京華ちゃんは、明らかに挑発している。そして、これには意味があった。

 俺がリンネから殴られた時に、ちらっと見えたのだ――桜子の姿が。

 時間稼ぎ、もしくは、リンネの気を惹きつけたいのだと思う。


「ククアハハッ、勘違いしてんじゃねーぞサムライ女。ヤろうと思えばいつだって、てめえらなんかヤれんだよ。ジンの野郎がどうしても手ぇ出すなっつーから、見逃してやってただけだっつーの」


「池上殿。リンネの火炎の発動には、少しだが時間を必要とする」


 リンネの言葉を無視して、京華ちゃんは言う。

 俺はそれを、”燃やされる前に助けるから安心しろ”と受け取った。


「”火炎の”は了解です」


「うむ。……すまない池上殿」


「おうゴラッ。てめーらっ何リンネ様にシカトこいてんだ。調子乗んじゃ――」


「――京っ」


 リンネの喚きに、桜子の声が重なる――同時に、京華ちゃんは何かを投げた。

 目と鼻の先で、一本の黒い物体が停止している。忍者が使っていたとされる『クナイ』と呼ばれる武器だ。

 瞬間、さっきまで、何かに押さえつけられたみたいに動けなかった俺の体は、動く。

 この機会を逃してはならない。

 桜子が投げ放った日本刀が、絨毯の上を転がる。京華ちゃんがそれを拾うべく、身を翻す。

 俺は一刻も早く、リンネから離れなれればならない。

 背後にいるリンネを振り払――いない!?


――京華ちゃんっ


 早い、速すぎる。あれが人の動きか。

 走るリンネが、日本刀を蹴り上げた。


「てめえら、ウゼぇんだよっ」


「貴様――」


「遅せえっ」


 リンネが吠え、京華ちゃんの動きが止まる。それから――


「やめろ桜子っ」


 桜子がリンネに突っ込む。


「――っ」


 ぐっ。痛すぎて声にならない。だが、間に合った。

 蹴られたのか、はっきりしないがこの打撃。女子のものとは思えないぐらい、重い。

 危うく意識が飛びそうになったじゃねーか。


「スバル、血が血が」


「ああ、頭蹴られたみてーだからな。ハハ、血い出てんのか俺」


 腕の中の桜子が、今にも泣きそうな顔で……怯えている。


「心配すんな。俺頑丈だからさ、大して効いてねーよ」


 それよりも……。

 桜子の頭を優しく撫でて、そっと押し離す。

 振り返る先では、リンネの蹴りに片手で応戦する不自然な京華ちゃんがいた。

 その理由がなんとなくわかる。俺の時みたいに京華ちゃんも、何かに捕まえられているのだろう。


「ぐっ」


 短く押し殺すようなうめき声とともに、京華ちゃんの左腕はだらりと下がる。

 リンネは手と足を止めない。


「下手に足掻くから、そうなんだよ、クククッ」


「……黙れっ。貴様などに、ぐっ……死んでも私の鏡眼は渡さぬ、がはっ」


「死にたきゃ、勝手に死ねっつーの。てめえがくたばる前に”あてられ”は、リンネ様が頂いてやっからさ」


 リンネの手が、京華ちゃんの首を締め付けている。

 あいつ、京華ちゃんを……いや、それはない。登城先輩が言っていた。宿主が亡くなると”アテラレ”は還る。それを『あれられ狩り』のリンネが知らないはずはない。恐らく気絶させるつもりで首を締めている。だからと言って、悠長にできる状況ではない。

 くそっ、急げよっ俺の足。ふらついている場合じゃねーんだよっ。


「おいおいチェリー? 何してんだてめえ」


「その汚ねえ手、離せよ――ぐっ、だはっ」


 なん発だ、なん回蹴られた……わかんねえ。リンネの腕を掴んだすぐ、体に衝撃が襲った。

 けれど、とにかく耐えろ。痛みはもう感じねえ、だから耐えろ。倒れることは許されねえ。俺が壁になるんだ。ここで倒れたら、後ろにいる京華ちゃんは守れねえ。


「……い、池上殿、頼む逃げろ……げてくれ……」


 喉を強く締められたからだろうか。それとも、その体に受けたダメージからなのか。かすれた声で、京華ちゃんは言ってくる。


「はあはあ……悪いん……だけどさあ、京華ちゃん。俺に……その選択肢はねえ」


「……池上殿」


「大丈夫だ京華ちゃん……俺結構、頑丈なんだ……ハハ。もうこれ以上、こいつには……はあっ、京華ちゃん殴らせねーから……」


「クククッ、カッコいいなおい。アハハッさすがチェリーだな、よく飼い慣らされてやがんよ」


「……いいから、好きなだけ俺を殴れよ……そんかわり、はあはあ……誰も殴らせねえかんな」


 これが俺の、精一杯の……啖呵だ。

 俺はこいつを殴れない。こんな状況にも関わらず、女の子を殴る――そんなもんは持ち合しちゃいね……。仮に殴りかかっったとしても、返り討ちに遭うのがオチだろう。

 だから、殴らねーし、殴らせねぇっ。


「かっ、つまんねーなお前。サンドバッグは要らねーんだよっ」


 言って、リンネは俺の胸ぐらを掴み……意味深げに、にやりとする。


「知ってるか、お前のご主人様はよぉ、善人ヅラした胸くそワリー女なんだぜぇ」


「……知るかよ」


「リンネ様はつえーから、どうでもいいんだけどよ。こいつら、思い通りならない”アテラレ”は殺そうとすっからな。クククッこえーこえー」


「黙れ……戯言をぬかすな」


「サムライ女、いい顔だなおい、クククッ。リンネ様はすべてお見通しなんだよ。てめら『マンダラ』さえ手に入れば、他の”あてられ”ヤっちまうんだろ? そうなんだろ?クククッアハハッ」


 なんだ……何いってんだこいつ。やっちまう? ってなん――


――痛っ。


 トンっと首の後ろに何か当った。体が横に引っ張られる。膝から捻るように俺は崩れ落ちているようだ。

 京華ちゃんの左手が何かを、払ったかのように伸びている。

 ああ、その手が俺を払い退けたのか……。


「そうかそうか、チェリーには聞かれたくないってか。クククッ」


 リンネが下品に言葉を吐いている。そして、京華ちゃんの首は再び締め付けられていた。

 苦しむ京華ちゃん。なんでだ、なんで俺を倒した。まだ俺は立っていられた。

 張っていた気持ちが途切れたからなのか、猛烈な吐き気が襲ってきた。めまいがする。天と地が、回転している。


「――ぬおおっ」


 俺は呻き、もがき、雄叫びをあげた。天井を上に、床を下に固定する。

 定まった光景の中には、リンネが京華ちゃんの唇を重ねる姿があった。


 それは――”アテラレ”を奪うキスである。



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