41 リンネでパンク③
それは、突然だった。
京華ちゃんが俺達のいる紅茶を飲む部屋に来てから程なくして、ドンっと大きな音が邸に響いた。
俺は、部屋を飛び出し――京華ちゃんを追う。
「さっきの音なんスか」
前を行く背中は、応えてはくれない。長い髪を揺らして、ぐんぐん離れる。くっ早え。
後ろを振り返ると、走る桜子が首を振る。……だろうな。誰もわからないから、急いでいるんだし。
俺はステップを効かせ角を曲がり、駆け抜けた。
向かった先は、エントランスホール――
「なっ――」
目に飛び込んできた光景もそうだが、張り詰めた空気に言葉を飲み込まされる。
たたずむ京華ちゃんは……既に臨戦態勢のようで、刀を抜き身にして構えていた。
彼女が睨むその先には、あいつが、
――『あてられ狩り』こと、リンネがいた。
リンネはにたにたと笑い、ふてぶてしい態度をみせている。
「池上殿。奴には近づくな」
京華ちゃんは十歩程離れた距離にいる相手から、視線を逸らずに忠告してくる。言われるまでもなく、俺はあいつに近づく気などはない。ないが――
リンネの後ろの方に見えるエントランスの扉は、壊され吹っ飛んでおり、その扉の下に横たわる人影があるのだ。
「瀬良爺っ」
「待て、桜子」
俺に追いついた桜子が、扉の下敷きになっているセバスチャンさんの方へ、駆け寄ろうとした。とっさに桜子の腕を掴む。
俺の手は、とても強い力で引っ張られる。けれども、離すわけにはいかない。
リンネがやったのかわからない。けれど、この状況……あいつは相当にヤバい。
「桜子、気持ちはよくわかる。けど我慢してくれ。あいつ、あいつは危険だ」
「でも、スバルっ瀬良爺がっ」
「……わかってる。俺がセバスチャンさん、瀬良さんを見てくる。だから桜子は、ここに……離れた所に隠れてろ。そして、救急車を呼んでくれ。できるな」
俺は、すうーと深く呼吸をした後、落ち着けと自分へ言い聞かせ、桜子に話す。
走ったからだろう。心臓の鼓動はいつもより高く速く打ちつけ、鳴り止まなかった。
「っんだよ。さっきの葬式帰り野郎もいけスカねーしよ。執事は寝ちまってるし、せっかく、リンネ様が来てやったっつーのに。クククッもっとスマイルで、VIPにもてなせよな」
「黙れっ! 貴様など、此処へ招いた覚えはないっ」
リンネの軽口に、京華ちゃんは過剰反応しているようだった。
ピリピリしたものが広がる。空気が重く、息苦しい。
京華ちゃんを止めるべきだろうか……いや違う、止めるどころの以前に、俺は戸惑っている。喧嘩とは別物だ。どうするべきか、判断がつかない。
だから、今はやれることをやる。
俺は彼女達を遠巻きに、セバスチャンさんの元へ駆け出す。
「はあ? おいおいてめえ、誰に黙れとか言ってんだ。あんまオレを怒らせんなよ。じゃねーとまた焼いちまうぞ、ゴラッ」
「リンネっ――!!」
「様をつけろよ! このサムライ女っ」
怒号ともとに、エントランスホールには衝撃音が――見ると、日本刀を振り下ろしている京華ちゃん。その切っ先はリンネの眼前で停止していた。
刃は切り返し、胴を薙ぐ。がしかし、衝撃音。またしても、空中で止まる。
京華ちゃんはリンネへ連撃を繰り出す。すると一太刀、日本刀が振り抜けた。
「チッ」
リンネは後ろ、後ろへスライドして行く!?
まるでここが氷の上なのか、という具合に、スケートでもするかのごとく絨毯の上を滑る。
その滑りながら高速移動するリンネを、超人的な素早さと動きで、追いすがる京華ちゃん。
俺は思わず足を止めてしまう。ぞわぞわとした感覚に襲われ……震えた。
本気だ。彼女は本気でリンネを切りつけている。
目に映る光景は、本当に異常だ。それでも、
――これは、現実なのだ。
「ウゼえぇんだよっ」
リンネが吠えた。日本刀の刃は空中にて止まっている。
そして!? 紅蓮の炎が立ち昇り、熱風が吹き付けてきた。
両腕を顔の前で交差させ、身構える。
「京華ちゃ――」
火柱だ。吹き抜けのエントランスホールの天井へ届かんとするばかりの炎が、リンネを包み込んでいた。
その火柱に、京華ちゃんが巻き込まれた。
「京華ちゃああああんっ」




