39 リンネでパンク①
桜子ん家からセバスチャンさんに車で送ってもらった。
結局、登城先輩は付き添ってくれなかったけれど、セバスチャンさんが名作映画を、リアルタイムで観ていたりしていて、車内では映画談議を繰り広げることができ、有意義な時間を満喫できた。
「セバスチャンさん、パンフレットくれるって言ってたし、今度、桜子ん家に行くのが楽しみだな」
「おい、お前」
三時のおやつでも食べながら、DVD鑑賞にふけようか、などと考え、玄関のドアノブに手を差し伸べようとした時だった。俺は、不意に呼びかけられる。
振り返ると、そこには我が家の門柱を眺める、女……の子。
「お前ってさあ、池上なんだよな」
表札を見ている様子を見せ俺のことを池上と呼ぶ、年の頃は俺と変わらんだろうそいつは、ふてぶてしい態度全開だった。
ぱっと目に飛び込んできたのは――素材、革なのか? と疑いたくなるような、どピンクの革っぽいジャケットで、丈が短く、インナーのシャツもホットパンツに届かない長さだから、おへそが丸見えだ。くびれた腰がよくわかる……。
加えて、特徴的なのが髪型だろう。
ツインテールってのはよく耳にするが、”三本”の場合はなんて言うんだ……トリプルテールでいいや、片方の側頭部に一本、逆の方に二本だ。どういう構造なのか、それぞれ尻尾の長さが違う。
腕には、ジャラジャラアクセサリーやらリストバンドやら……とにかく派手だな。
「そうだけど……ええと、どちら様?」
「はんっ、オレが誰だろうと、てめえにゃカンケーねぇだろうよ」
おうおう、なんか文句でもあるのか、と言わんばかり理不尽女子。なんて口の悪い奴だ。後、目つきも悪い。だが……スタイルだけは良い。
前にも俺の名前を聞いてくる似たようなシチュエーションがあった気もするが、こちらは非常に不愉快だな。
「へいへい、関係ねーなら、俺行くからな」
こういう訳わからん奴とは、関わらないに限る。
「はあ? 勝手にドコ行くんだっつーの」
「――ぬおっ」
なんだ……何が起こった!?
一瞬だったよな。そう一瞬でこのガラの悪い女が目の前に、ズギューンと近づいてきやがった。
表札の所から、俺が居る玄関扉の前まで、二、三歩の距離じゃねーぞっ、なんだ、どういうことだ? てか……なんでだ、か、体が――動かねえっ。
「お前、柳でもねぇ、御子神でもねぇ、金持ってなさそうだし絶対登城でもねぇ、池上なんだよな。なのに、柳の車から出てきたよな」
目と鼻の先に居る女子は、そこまで言って、クククッと下品な笑いを披露してくれる。
「リンネ様はガツンときたね。クククッ、お前”アテラレ”だろ」
リンネ様と、自分のことを指して言った? 女子は、テンション高々であった。
それが、余計に俺へ”ヤバさ”を伝えてくる。
柳や、御子神、登城の名前が出てきた時点で、”あてられ”関係だなとは気付けた。ただ、恐らく遅かったと思う。
なぜなら、体がさっきから動かせない。いや肩から太ももにかけて、何かに押さえつけられている感じだ……まあ、どちらにせよ、ほぼ動けないことに変わりはないけれど。
しかもこのヤバさ、同じアテラレ”が元で起きた、学校で登城先輩に追い掛け回された時や、桜子が俺ん家に来た時のものとは質が違う。
京華ちゃんが日本刀で黒板を貫いたヤバさというか、それに近い危うさ、ヒリヒリしたものが俺の肌を刺激する。
「……ええと、なんの話っすか……よくわかんないんだけど」
「あん? お前さあ、嘘付いてるだろ。リンネ様にはお見通しなんだよ」
自称リンネ様は、目を細めて俺を舐め回すように見ながら、言葉を吐く。
確かに嘘をついている。オレモラルに反してまで、俺は嘘をついた。
自己防衛本能とでも言うべきか、こいつに”あてられ”に関係していることを知られてはいけないと、第六感が喚き立てる。
「クククッ、バレバレだっつーの。お前さ、嘘の見破り方って知ってるか。オレは知ってるから分かんだよ」
「ハハ……アレかな、汗を舐めたら嘘の味がするってやつかな」
「っんだそれ、変態じゃねぇか」
そう言って、リンネと名乗る女は俺の解答を一蹴すると、自分の両手を俺の首へ。
ま、マジかよ……。動悸がおかしくなるのがわかる。
俺は今動けない。このまま首に触れる手に力を込められたとしても、抗うことができない。
「ちょ、ちょ待ってくれっ。俺はその知らない訳じゃなくて、”あてられ”てないっていうか――ぐはっ」
「うるせぇなっ、黙れよっ」
リンネの手は俺の喉仏辺りを、ぎゅっと締め付ける。
「いいかよく聞けよ。リンネ様が嘘をついてるっつたら、そいつは嘘つきなんだよ、クククッ」
「がはっ、ぐ、な、なんて理不尽なこといいやが――るううっ」
――おい、おいおいおいっ!?
マジかマジかマジか、まじでかっ。どういうこった。何考えてんだこいつは。
いやいや、相手の考えなんてどうでもいい。落ち着け池上スバルっ。今は現状を把握するんだあああ。
お、俺の唇に、柔らかいものが触れている。
「ぷは、っんだよてめえ”アテラレ”じゃねーじゃねぇかよっ。チッ、なんか損した気分だっつーの。ぺっぺっ」
目の前には何やら文句を垂れ、俺ん家の庭に唾をぺっぺっする行儀が悪い奴が居る。
そのことにも物申したいが、まずは言うべきことがあるよな俺。
お、おれ、俺の――
「俺のファーストチュー返せよっ、こんちきしょう!!」




